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2014年4月17日 (木)

グレッグ・イーガン「白熱光」新☆ハヤカワSFシリーズ 山岸真訳

「なにか単純なものが存在するに違いないの」彼女はいった。「わたしたちはそれを探し求めつづけなくてはならない」

【どんな本?】

 硬派なサイエンス・フィクションが人気のSF作家グレッグ・イーガンが、その趣味を全開にして送る長編SF小説。

 多くの知的生命体が銀河系周辺領域全体に満ちた遠未来で、謎の存在からのメッセージに応じて銀河系中心部へと探索に向かう二人組みの物語と、奇妙な重力の勾配がある岩石内の世界で、トンネル内に住む地虫のような知的生命体の社会の変動の物語を交互に描く、濃SF者大喜びの濃厚な作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は INCANDESCENCE, by Greg Egan, 2008。日本語版は2013年12月15日発行。新書版ソフトカバー縦2段組で本文約395頁+著者あとがき3頁+訳者あとがき10頁。9ポイント24字×17行×2段×395頁=約322,320字、400字詰め原稿用紙で約806枚。長編小説としては長め。

 イーガンのファンよ、喜べ。この作品はとても読みにくいぞ(書き間違いじゃありません)。今までのイーガン作品の中でも、「ディアスポラ」を凌ぐ読みにくさだ。そんなわけで、これは普通のSFじゃ満足できない重度のSFジャンキー向けの作品であり、「少し不思議」なお話を求める人には向かない。

 この作品、少なくとも4種類の読みにくさがある。二つは困った読みにくさ、もう二つは嬉しい読みにくさだ。

 困った読みにくさの一つは、文章。職業柄で論理的な厳密さを追求したためか、二重否定を使うなど、まだるっこしい表現が多いのだ。例えば…

世界が彼を拘束状態から解放する理由が見つかったというだけではこんなには興奮しない、というふりをすることができなかった。

 否定形を使わないと、こんな感じかな?

彼の拘束状態を解く理由が、世界にはあるらしい。彼は興奮をあらわにした。

 もう一つの困った読みにくさは、三次元空間を移動するモノの動きの描写。こればっかりは、小説である以上どうしようもないんだが、なんとか頭の中で座標軸を組み立てて想像して下さい。「ネタバレ上等」な方は、MI's Attic白熱光メモ に詳しい解説があるので、ご参考までに。

【どんな話?】

 銀河系の周辺領域では、多くの知的生命体が共存していて、「融合世界」と呼ばれていた。そこに住むラケシュに、ラールと名乗る訪問者が現れる。ラールは銀河の中心部を突っ切って来たのだが、その途中で DNA の痕跡のある岩石、すなわち未発見の異星生物の痕跡を、「孤高世界」から提示された、と言うのだ。

 孤高世界は、銀河系の中心部を占める。別の形の知性体が存在するらしいのだが、大半のコミュニケーションの試みは無視され、物理的な探索もはじかれる。だが、銀河系中心部を突っ切る信号は、親切にも中継してくれる。接触は拒むが、通過は邪魔しない、謎の存在だ。

 興味を持ったラケシュは、仲間のパランザムと共に、謎の解明を求め孤高世界へと旅に出た。

 <白熱光>から吹き込む風で養われる岩石世界、<スプリンター>。種子供給地を保つ作業チームで働くロイは、老いたザックと出会う。ザックは奇妙な問いをロイに投げる。

「なぜわれわれはガーム地域やサード地域の方向からはヌル線へとのぼり、ショマル地域やジュヌブ地域からは下ることになるのかを?」

 この出会いが、<スプリンター>世界の大騒動のはじまりだった。

【感想は?】

 イーガン100%。

 物語は、二つの世界で繰り広げられる。一つは、我々人類の子孫も混じっているらしい、融合世界だ。遠い未来で、様々な星の知的生命体が、共存している。ばかりか…。最初の1行目からから「あなたはDNA由来ですか?」とくる。「ディアスポラ」を読んだ人なら、この冒頭の一行で「おお、きたキタキター!」となるだろう。

 この一言で、沢山の事を伝えている。直接わかるのは、DNAに由来しない個人もいること。「ディアスポラ」のヤチマのように、電脳(または仮想)世界で生まれた個人もいる世界なのだ。そんな真似が出来るくらいだから、科学や技術は今の我々より、遥かに進んでいる。

 嬉しい読みにくさの一つは、この点だ。我々より遥かに科学や技術が進んだ、そして社会形態や価値観が全く違う者の視点で語られるため、異様なSFガジェットが説明無しに次々と出てくる。お陰でSFを読みなれた者には、やたらと濃くて美味しいお話になるが、慣れない人には全く意味が分からない。

 物語の根本には、知的生命体を符号化・デジタル化したり復元したりする技術があるのだが、その由も全く説明しない。生命を符号化・復号化できるんだから、デジタル通信すりゃ光の速さで旅行できるって背景も、全く説明なし。生命をデジタル化できるなら、最初からデジタルで作れば、肉体の両親は要らない。

 こういった背景を、「あなたはDNA由来ですか?」の一行で片付けちゃってる。この濃さ、たまりませんわ。

 もう一つの嬉しい読みにくさは、<スプリンター>世界で繰り広げられる。どうやら岩石の中にトンネルを掘って生きてる、地虫みたいな知的生命体らしい。人(地虫)は、作業チームに属して働く事に喜びを感じているが、時として他のチームにスカウトされ、転職する事もある。

 この世界、なんか変で、重力に勾配がある。三次元の世界なのだが、その軸の一つガーム・サード軸は、端に行くほど、端へと引っ張る力が強くなる。逆にショマル・ジュヌブ方向は、端に行くほど、中心へと引っ張られる。真ん中のヌル線は、力が働かない。

 ここで登場するザック、名前の元はアイザック・ニュートンだとか。これでわかるように、スプリンター世界では、農耕社会から数学・力学・天文学・工学が立ち上がってゆく様子が、彼らの言葉で描かれてゆく。

 我々が知っている数学や力学の概念を、エイリアンの言葉で語ってゆくのが、このパートの読みにくさであり、イーガン作品ならではの面白さでもあるのだ。ロイが重力勾配を測るために旅をする過程は、メートルの定義のために旅をしたメシェンとドゥランブルや、相対性理論を確認するためアフリカへと旅したアーサー・エディントン(→Wikipedia)を思わせる。

 ザックが石を回転させる実験は、ガリレオの振り子の法則(→Wikipedia)を思わせるし、回転から力の強さを導き出す過程は、微分が生まれる瞬間を見ているようだ。ちなみに、アイザック・ニュートンは、微積分の誕生にも寄与してます(→Wikipedia)。

 そんな感じで、スプリンター世界の描写は、数学や物理学の歴史を知っていると、ワクワクするエピソードがギッシリ詰まってる。ロイが「方程式」を学ぶ場面。基準となる単位の確立に苦労する場面。大量の演算をチームで行なう場面。空間のゆがみに気づく場面。世界を記述する単純な法則を求めるザックは、純化した理論物理学者の姿そのものだ。

 などの数学・物理学の面白さと共に、理論と現実に橋をかける工学の楽しさ・苦しさも描いているのが嬉しい。

 進歩しつつある、だが同時に不完全な科学理論を元に、大規模な工学プロジェクトを推し進めるバード。新たな観測法を見つけだすチョー。複雑な計算を力技に置き換えるティオ。数学や物理学の綺麗で完璧なヴィジョンに対比して、「汚くて不正確だが有用」な工学も、数学・物理学と共に手を取り合って進んで行くのだ。

 と、スプリンター世界の面白さを味わうには、どうしても多少の数学や物理学の素養が必要になる。最初はニュートン力学で済んでたのが、中盤から相対性理論の世界に入り込んでゆく。そもそもスプリンター世界そのものが、相対論的な世界だし。

 そんなわけで、数学や物理学の基本的な理論・理念・定理を、全く別の言葉で表現しているのが、この本の美味しい所。読み解くのは難しく、同じ所を何度も読み返す必要がある。それだけに、読み解けた時の喜びも大きい。じっくりと時間をかけ、パズルを解くつもりで読もう。

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