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2014年4月27日 (日)

ジョン・スコルジー「レッドスーツ」新☆ハヤカワSFシリーズ 内田昌之訳

 ダールはにっこりした。「まあな。フォーシャン人の宗教はやすらぎに満ちていた。フォーシャン人の宗教戦争はそうでもなかった」

【どんな本?】

 「老人と宇宙」シリーズでヒットをかっ飛ばした期待の新鋭SF作家、ジョン・スコルジーによる、明るく楽しいユーモアSF長編小説。2012年ヒューゴー賞・ローカス賞受賞。銀河連邦の栄光ある旗艦イントレビット号に転属された下っ端ルーキーたちが、艦および上級士官に潜む謎を追い、命がけの探索に挑む。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は REDSHIRTS, by John Scalzi, 2012。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約322頁に加え堺三保の解説6頁+訳者あとがき3頁。9ポイント24字×17行×2段×322頁=約262,752字、400字詰め原稿用紙で約657枚。少し長めだけど、ハヤカワの銀背としてはコンパクトな部類でしょう。

 この手の作品じゃ手馴れた内田氏の訳のなかでも、この作品はかなり出来がいい。スコルジーとの相性がいいのか、リズムを掴んだのか。娯楽物のスペースオペラなので、内容も特に構える必要はない。言うまでもないけど、トレッキー大喜びの作品。

【どんな話?】

 銀河連邦の旗艦イントレビット号に配属された新クルー5人は、ステーションで出会う。フォーシャン人の四つの方言を操るアンドルー・ダール少尉。とても積極的なマイア・デュヴァル少尉。大富豪の息子ジミー・ハンスン。艦勤務の裏事情に通じるフィン。ひがみっぽいヘスター。

 やがて彼らは、イントレビット号の奇妙な性質に気がつく。下級乗組員の死亡率が異様に高い。しかも、特定の上級士官の周辺に偏っている。他のクルーの挙動も不審だ。

【感想は?】

 大爆笑の感動作品。

 解説によると、レッドスーツとはアメリカの俗語で、「フィクションにおいて登場してすぐ死んでしまう無個性な脇役」の意味。スタートレックの最初のシリーズで、バタバタ死んでいく保安要員を皮肉った言葉。

 そんなわけで、この作品じゃ安物のシリーズ物スペースオペラへの愛と突っ込みに満ちている。冒頭から、細かくも適切で、愛に満ちたツッコミが炸裂しまくり。低予算のホラー/サスペンス映画を、家族や友人と見ながら、画面に向けてツッコミかます楽しさを知っている人なら、腹を抱えて笑いまくるだろう。

 ダール少尉が、謎の装置"ボックス"と関わる場面も、笑いが止まらない。だいたい70年代ごろまでのSFってのは、コンピュータやネットワークの進歩を全く考えてないから、今から思えば無茶苦茶しまくってるんだよなあ。でもきっと、今のSF映画だって、50年後に見たら…

 この作品の主人公たちも、使い捨てにされる下っ端クルーたちだ。宇宙戦艦のシリーズ物ドラマだと、たいていの回じゃ必ず数回は爆発や事件・事故があって、下っ端のクルーが死にまくるし、それを誰も気にしない。でも、レギュラーを勤める艦長などは、決して死なない。

 往々にして艦長さんはとても勇敢で、紛争が始まってる惑星や未知の遊星に、自ら飛び込み…そして、下っ端のクルーを巻き添えにする。そして、レギュラー陣だけは、チャッカリ生きて帰ってくる。だって、そうしないと、ドラマが続かないし。でも、巻き添えにされるクルーからすると、たまったモンじゃない。

 という事で、ダールたちは、艦と上級士官たちの秘密に迫ろうとするのだが…

 そんな感じに、彼らが直面している状況はとてもシリアスなんだが、語りはとても軽妙。だいたいギャグやユーモアはリズムが大切で、漫才師が大阪に多く京都に少ないのも、言葉のリズムが関係ある気がする。早けりゃいいってもんじゃないけど、ボケとツッコミのタイミングが重要。

 だからユーモア物の翻訳ってのは、やたらと難しい。意味だけじゃなくリズムも伝えなきゃいけない。その点、この作品は、今までの内田氏の翻訳の中でも格段にノリがいい。同じスコルジーの「アンドロイドの夢の羊」で鍛えたのか、アメリカのソープオペラっぽく早口で無駄口の多い雰囲気を残しながら、テンポよく会話が回っていく。

 もう一つギャグやユーモアで大事なのが、波長というかセンスというか。これは作る側と読む側が、どれだけ文化を共有してるか、ってのがキモになる。この点、アメリカ産の安物のスペースオペラは、ネタとして使いやすい。今でこそクールジャパンなんて言ってるが、サブカルチャーの輸出じゃ文句なしにアメリカ一人勝ちの状態だから、多くの人が知っている。

 テレビのシリーズ物とくれば、予算も制作スケジュールも限られてる。そこで、どうしたって脚本に甘い点が残る。だけじゃなく、映像として訴えるために、本来はありえない描写も「お約束」として使われる。例えば昔のコンピュータは、壊れると必ずモニタが火を噴いた。

 「壊れたのモニタでしょ、とっかえりゃいいじゃん」と思うんだが、それじゃ絵にならない。遠くにあるサーバのディスクがフォーマットされたって、絵としちゃ地味すぎるし。しかしテレビドラマのハッカーって、なんでマウス使わないんだろうね。クラッカーはいちいち凝ったアラート画面残すし。怪人二十面相かよ。

 まあ、そんな感じに、あなたがツッコミたい所を、心置きなくツッコんでくれる快感と、謎をめぐるハラハラドキドキで読者をノせた後、中盤以降は斜め上行く仰天の展開。

 「ウンウン、そうだよね」と共感しながら大笑いして、ハラハラしたらビックりして、心地よく読み終えられる。SFが歴史を持った今だから楽しめる、気持ちのいい娯楽SFだった。

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