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2014年4月20日 (日)

フレデリック・ルヴィロワ「ベストセラーの世界史」太田出版 大原宣久・三枝大修訳

「ヒットした作品というものは、必ずひどい駄作なのです」
  ―-ルイ=フェルディナン・セリーヌ

 十九世紀末のアメリカで、本の売り上げに差し障りが出るからと、自転車の流行を書店主や出版人たちが非難したことがあった。それより少しのちには、同じような非難を自動車や電話、野球の試合、そしてもちろん何より映画に対しても繰り広げることになる。映画は大衆を映画館に引き寄せて、読書からは遠ざけてしまう、といういい分だった。

【どんな本?】

 ベストセラー。たくさん売れる本。ベストセラーを馬鹿にする作家もいれば、売り上げを追い求める作家もいる。売れる本は良い本か、くだらない本か? 今まで、どんな本が売れたのか。それはどんな風に生み出され、出版されたのか。どんな本が売れるのか。どうすれば売れる本を作れるのか。売れる本を作る方法は、どう変わってきたのか。

 書物・作者・読者の三つの方向から、ベストセラーの歴史と、それを生み出した原因を探り、本の売り上げに影響する要素をあぶりだすと共に、ベストセラーに対する文壇・作家・出版の姿勢や、過去と現在の有名作家・作品のエピソードを豊富に収録した、本好きによる本好きのための本の本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Une histoire des best-sellers, by Frédéric ROUVILLOIS, 2011。日本語版は2013年7月19日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約389頁+訳者あとがき5頁+解説6頁。9.5ポイント47字×17行×389頁=約310,811字、400字詰め原稿用紙で約778枚。長めの長編小説の分量。

 翻訳物のノンフクションだが、拍子抜けするほど文章は読みやすくこなれている。内容も特に前提知識は要らない。フランス人の著作のため、出てくる作品の大半はヨーロッパとアメリカのものだが、「ドン・キホーテ」「風と共に去りぬ」「ロビンソン・クルーソー」など、読んだ事はなくても名前だけは知っている類の作品が大半なので、海外文学に疎くても心配は要らない。もちろん、海外文学に詳しい人なら、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

  •  まえがき
  • 第一部 書物――ベストセラーとは何か
    • 第一章 大部数の恩寵
      • 一 現実ばなれした計算
        • インチキ
          • アンクル・トムの豪邸/販売法としての嘘
        • 神話と噂話
          • スーパースター、イエス・キリスト/マドンナのッミリオンセラー
        • 目の錯覚
      • 二 数字の話
        • 職人仕事の時代
        • 産業化の時代
        • 最大級の時代
    • 第二章 ヒットの時期
      • 一 開花の時期
        • すぐにベストセラーになるケース
          • ニセモノの奇跡――ラマルティーヌの『瞑想詩集』/シリーズもののベストセラー
        • 遅れてきたベストセラー
          • スタンダールの場合/ありふれた不運な出来事
      • 二 持続期間
        • 文芸の世界での「賞味期限切れ」について
        • ベストセラーか、ロングセラーか
          • かくも長き旅/ベストセラーからロングセラーへ
    • 第三章 ベストセラーの地理学
      • 一 初期の世界的ベストセラー
        • ロビンソンからウェルテルへ
        • 多様化
        • グローバル化の完了
      • 二 グローバル化の非対称性
        • フランスという例外
          • フレンチ・キス/フレンチ・タッチ/フランスの失敗劇
        • 利益のバランス
          • 大規模生産/一方的な保護主義/周縁からのグローバル化は?
  • 第二部 作者――どのようにしてベストセラーを作るのか
    • 第四章 作家とヒット
      • 一 作家とメーカー
        • すっぱいぶどう
        • 読者を探して
        • ベストセラーを製造する
          • バラ色の人生/ダン・ブラウンの手法
      • 二 落ちぶれた者たち
        • 十九世紀の時代遅れ
        • 二十世紀における衰え
          • フィッツジェラルドの不幸/見捨てられた者たち法
    • 第五章 ペテン師たちの小説
      • 一 企業家
        • ゴーストライター
          • デュマ株式会社/ナントの奴隷商人
        • 仕事のリスク
      • 二 盗作家
      • 三 詐欺師
        • 仮面作家
        • 実見録
    • 第六章 編集者の戴冠
      • 一 当事者としての編集者
        • 価格をめぐる戦い
        • 広告の出現
      • 二 創造者
        • グラッセ革命
          • 『マリア・シャプドレーヌ』の謎/運命の扉をこじ開ける
        • ヒットのためのテクニック
          • 本を知らせること/買わせること/ヒットを知らせること
        • 死刑執行人
        • 新たな怪物たち
    • 第七章 検閲、万歳!
      • 一 骨折り損
        • 検閲の無力
        • 氾濫
          • 書物は読者と運命をともにする/スタール夫人 VS. ナポレオン
      • 二 幸いなるかな、虐げられる者たち
        • ベランジェの栄光、あるいはオメー氏の勝利
        • 好奇心という悪魔
    • 第八章 書物と映像の婚姻
      • 一 映画におけるベストセラー
        • ジェームズ・ボンドのケース
        • 婚姻の法則
      • 二 テレビでは
        • 推薦人の時代
        • 黄金時代の終わり?
  • 第三部 読者――ベストセラーはなぜ売れるのか
    • 第九章 読まなければならない本
      • 一 信仰の書
        • 宗教書の場合
        • 政治的バイブル
      • 二 成功を手に入れるための本
        • 集団に溶けこむ
        • 教育を受ける
        • 美しく見せる
          • 肉体崇拝/痩せている人の座右の銘
    • 第十章 パニュルジュ・コンプレックス
      • 一 文学賞とクラブ
        • ゴンクール賞をめぐる冒険
        • ルノードー、フェミナ、ピュリッツァー、その他の文学賞
        • クラブ
      • 二 読者と購買者
        • 飾りになる本
        • 読めない本のランキング
    • 第十一章 安楽の文学
      • 一 気晴らしにする
        • 血や涙による気晴らし
        • いつの世も恋愛もの
      • 二 心を落ち着ける本
        • 敬虔なる読書
          • 信心深きベストセラー本/現代の精神生活
        • 偉人たちのカーニヴァル
          • 殉教者/善をなす者/反抗する者/救世主
  • 結論 持続する奇跡
    • 一 発掘の軌跡
      • 風と共に去りぬ
      • 死後のベストセラー
    • 二 出会いの奇跡
      • 時流
      • 運命の女神
        • デュラス、なかば不意のヒット/自費出版からベストセラーへ
    • 三 不可能なことが起きるとき
      • ジャンルの掟からの逸脱
      • パラダイムシフト、すなわち新たな視点?
  • 原注(抜粋)/訳者あとがき/解説(野崎歓)/人名索引/書名索引

【感想は?】

 本好きは、ベストセラーに複雑な想いを抱いている。

 自分が好きな作家や作品は売れて欲しいが、興味のない作品が売れるのは納得いかない。それが拗れて厨二病を併発すると、売れる本を馬鹿にしたりする。ええ、私がそうです、はい。

 この本は、基本的に本を作って売る側の視点で書いている。作家や編集者の視点だ。私たち大衆を扇動し、本を買わせる手口が、たくさん出てくる。その多くは、確かに私にも利いて、今まで何度も乗せられたなあ、などと昔を振り返って読むと、なかなか痛い。

 やはり効果があるのは、「売れてます」という宣伝。「アンクル・トムの小屋」を売り込む発行人ジョン・ジューエットの広告が巧い。

「製紙機が三台、印刷機が三台、昼夜を問わず稼動し、百人を超える製本職人が休みなしに働いていますが、それでも注文すべてに応じるには至りません!」

 こう具体的な情景を書かれると、つい本気になるし、読みたくなってしまう。この作品をジューエットに売り込んだのは、ストウ夫人の夫で、25ドルで手を打とうとした。その目的は、「妻に絹のドレスを買ってやることだった」。ところが、ジューエットの大法螺もあって、作品は世界的な大ヒットになる。わからんもんです。

 売れたモノには「柳の下のドジョウ」を求め、類似品が出回るのも、昔から。ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」は、ドイツで「ドイツのロビンソン」「ザクセンのロビンソン」「シレジアのロビンソン」などを生み出してる。SFだと、トム・ゴドウィンの「冷たい方程式」が…いえ、なんでもないです。

 「着実に売れる作品」の創作方法を暴いてるのも、面白いところ。例に挙げてるのが、ダン・ブラウンとハーレクイン出版。ダン・ブラウン作品の粗筋解説もかなりの毒舌だが、ハーレクイン出版はもっとすごい。自ら作品のパターンを明かし、ハッピーエンドを読者に保障するのだ。

一応、予防線を張っておくと、別に私はハーレクイン物を貶すつもりはない。私自身、例えばロバート・R・マキャモンの初期作品には「普通の弱い者が強大な敵を打ち倒す」話を期待するし、大藪春彦も大好きだ。定型に沿い、終わり方が保障されてる、そんな話を読みたい時もあるし、実際に読む。ただ、私の好みの味付けが、ハーレクインとは違うってだけ。

 などと、工夫して売り上げを伸ばす場合もあるが、思わぬ幸運に恵まれる時もある。特に皮肉なのが、「第七章 検閲、万歳!」。ここでは、当局が禁じたため、逆に話題になって売れた本の話が並ぶ。ナポレオンの時代のスタール夫人(→Wikipedia)の「ドイツ論」から、サルマン。ラシュディの「悪魔の詩」、D・H・ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」など。

 チャタレイ夫人に関しては、BBCいわく「書店には群集が押し寄せた。そのほとんどは男性だった」。うんうん、わかる、その気持ち。なお、この章で冒頭を飾るボリス・ヴィアン、実際は自分で書きながらアメリカ人作家の翻訳と偽って出した暗黒小説「墓に唾をかけろ」で悪評を買い、それが幸いして60万部を売り上げたんだが、続く「北京の秋」はサッパリ

 …と思ったら、Culture Vulture書評:『北京の秋』ボリス・ヴィアン著 によると、「本書は当の中国では例のごとく発禁となっているが、海賊版が出回り、若者たちのあいだでひそかなベストセラーになっているという」。わはは。

 つまりは話題になれば本は売れるわけで、一昔前は映画だった。けど本好きには悔しい副作用もあって、例えば「ゴッド・ファーザー」と聞けば、多くの人はマーロン・ブランドやアル・パチーノを思い浮かべる。「結局のところ映画は原作本を忘れさせてしまうのだ」。ほんと、これは悔しい。マリオ・プーヅォの原作、読み始めたら止まらない面白さなのに。

 映画同様、影響力が強いのがテレビ。ドラマの話も出てくるが、羨ましいのが書籍を紹介する番組。フランスの「アポストロフ」、ドイツの「レーゼン」、イギリスの「リチャード・アンド・ジュディー・ブッククラブ」、そしてアメリカの「オプラ・ウィンフリー・ショウ」が、多くのベストセラーを生み出している。日本でそういう番組、あったっけ?とまれ…

推薦人とはすなわち、いたるところに四散して存在するブロガーやツィッター発信者などであるわけだが、彼らの影響力は、かつての推薦人の力に比べて劣っているわけではない。

 まあ、影響力がある推薦人と、ない推薦人がいるんですよ、はい。スゴ本みたく影響力の大きいブログもあれば…

 「第九章 読まなければならない本」には、現在までの発行部数ベスト15が載っている。トップはもちろん聖書、次が「毛主席語録」。本好きなら納得できない気持ちと納得しちゃう気持ちが半々だろう。売れる理由はわかるんだけど、なんか面白くない。私が好きなSFだと、例に挙がってるのが「ダイアネティックス(→Wikipedia)」。切ない。まあ、「売れた」と「読まれた」は違うんだけど。

 なんていう出版サイドの話も多いが、作家と作品にまつわる話も盛りだくさん。アレクサンドル・デュマの小説工場、「風と共に去りぬ」の意外な出版事情、「薔薇の名前」の予想外のヒット、ウィリアム・シェイクスピアの当事の販売実績、スコット・フィッツジェラルドの挫折、晩年のジュール・ヴェルヌの悲哀など、作家の面白話も多い。

 翻訳物だが文章もこなれていて読みやすく、ソフトカバーの製本も親しみやすい。本好きなら、思い当たる節がアチコチにあって少しイタい思いをするけど、それだけに身に染みて楽しんで読める。充分な資料で裏づけした真面目な内容だが、口当たりはよくて一気に読める本だった。

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