藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars」角川書店
ソーナーで捉えられない相手の接近は、このスキャニング・レーザーに引っかかるまで知りようがない。投光器で照らしたとしても、深海で視認できるのは、条件がよい場合で、せいぜい十数メートルの範囲だ。
だから基本的に海中での戦いは、接近戦にならざるをえない。遠くから魚雷なんかで狙い撃ちできた時代は、もう過ぎ去った。まるで銃から刀に逆行したようだが、まさにその通りだ。
【どんな本?】
「クリスタルサイレンス」で鮮烈にデビューしたSF作家・藤崎慎吾による、血沸き肉踊る海洋冒険ロボットSF長編シリーズの開幕編。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」ベストSF2013国内編でも11位に食い込む活躍を見せた。
海底のメタンハイドレートや海底熱水鉱床など海底資源の開発が急ピッチで進みつつある近未来の太平洋を舞台に、人が乗り込み操縦するロボットが大暴れする大活劇。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年8月30日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約425頁。8.5ポイント47字×19行×425頁=約379,525字、400字詰め原稿用紙で約949枚。文庫本なら2冊分ぐらいの分量。
エンタテイメント分野で活躍している著者だけに、文章はこなれていて読みやすい。「クリスタルサイレンス」や「ハイドゥナン」などで海洋科学へのこだわりを見せた著者だけに、この作品でも海底熱水鉱床(→Wikipedia)やコバルト・リッチ・クラスト(→Wikipedia)など最新の海洋開発技術に加え、ロボットやメカ関係でも好き者をワクワクさせるガジェットがてんこ盛り。つまり、そういうのが好きな人向けの作品です。
【どんな話?】
愛知県渥美半島沖80kmのメタンハイドレート採掘施設。シャコに似た形の警備用イクチオイドで警備していたオレ宗像逍(むなかたしょう)は、相方の樫村先輩にドヤされた。全周ソーナーに影が映っている。水深1000mあたり、体長10mほど、速度は時速3ノット。ウバザメだろうと判断して接近し…
【感想は?】
うん、正しい。これぞ正しい日本のロボットSF。
巨大ロボットは、カッコいい。ロボット同士のバトルは、男の子の血が騒ぐ。だが、現実に兵器として使うとなると、色々と問題がある。その辺の事情は「ダイナミック・フィギュア」でも述べたので、詳しくは参照して欲しい。
それでも、やっぱりロボットをバトルさせたい。そこで創作者は色々と工夫を凝らす。ガンダムは、ミノフスキー粒子を導入した。「ダイナミック・フィギュア」では、敵の性質で説得力を持たせた。「機龍警察」では、サイズを押さえた。本来は無茶なモノに、いかに屁理屈をつけるか、それが作家の腕の見せ所だ。
この作品は、戦場を深海に設定することで、人がロボットに乗り込まにゃならん事情と、接近戦でチャンバラする必然性を生み出した。もともと「ハイドゥナン」や「鯨の王」で海洋科学に造詣が深い著者だから、自分の得意なフィールドに持ち込んだのかもしれないが、得意な分野だけに設定を支える描写はリアルで説得力がある。
人が巨大ロボットに乗り込んで肉弾戦かます必然性だけでなく、ロボットに装備する様々な機器や素材についても、いちいち最新テクノロジーをつぎ込んで「お、コレならなんとかイケそう」と思わせるのも楽しいところ。特に中盤から終盤にかけて、様々なロボットのバリエーションが出てくるあたり、メカ好きな私はワクワクした。
加えて、海中という特殊な条件化での戦闘方法についても、色々と工夫をこらしてる。海中じゃ一本背負いしたって、あまし意味がない。浮力で重力が打ち消されるんで、敵の体重を利用して海底に叩きつけてもダメージが少ないのだ。そもそも海底に足をつけてるとは限らないんで、投げようとしても、こっちの体が浮き上がってしまう。
打撃にしたって、ウエスタン・ラリアットは無謀だ。海水の抵抗が大きいんで、腕を振り回すエネルギーの多くが、水に吸収されてしまう。これも互いに海中に浮いてる状態なら、足を踏ん張れない。じゃ、どうするかと言うと…
などの兵器としての性能・形状・戦法に加え、社会背景もキッチリ書き込んで、いかにもな雰囲気を出しているのも嬉しい。今だって尖閣諸島で日台中が角突きあわせている。急激に膨れ上がりつつある中国の経済規模。海洋の資源開発が進めば、中東に依存しているエネルギー事情も激変し、世界のパワーバランスは大きく変わるだろう。
採掘できる資源が豊富な場所は、往々にして政治・軍事的に不安定になる。チェチェン・ナイジェリア・コンゴ・南アフリカ・インドネシアなど、例は幾らでもある。ペルシャ湾岸だって、今は合衆国が強大な軍事力で押さちゃいるが、イラクはなかなか安定しないし、アラブの春がサウジに飛び火したら…いや、やめよう、日本の景気も氷河期になっちまう。
物語で重要な役割を果たす海の民シー・ノマッドも、一見荒唐無稽のようだが、ソマリアやインドネシアの状況を見ると、現在起きている海賊事情の延長線上にあるのがわかる。詳しくはジャン=ミシェル・バローの「貧困と憎悪の海のギャングたち 現代海賊事情」が詳しい。今だってソマリアの海賊は沖に拠点となる母船を持ってたりする。
地上と違い、海の中は三次元の空間だ。敵味方共に、座標を特定するには三つの数字が必要になる。上下の動きは、水圧も激しく変わる。冒頭を読んでて、私は一瞬「あれ?」と思ったんだが、これもちゃんと解が用意してあった。ダイビングが好きな人なら、きっとわかると思う。そう、潜水病だ。こういう細かい部分に気を配っていると、やっぱり嬉しくなる。
もう一つ、ロボット物には難しい点がある。インターフェース、操縦方法だ。自動車と違い、ロボットは可動部が多く、操縦も複雑になる。指の関節を動かす指示を、どうやって与えるか。ハンドルを押したり引いたりじゃ、細かいニュアンスまでは伝わらないだろう。ソコまで考えてる作品は滅多にないが、この作品は大掛かりなガジェットを駆使してケリをつけた。しかも、エヴァンゲリオン以降ののロボット物に必須のアレまでつけて。いいなあ、こういうサービス。
人が乗り込む巨大ロボットの格闘戦が見たい。そういうお馬鹿な欲望を、最新の科学と世界・経済情勢で裏づけして多少のホラを混ぜ、エンタテイメントとリアリティを両立させた、日本ならではの爽快な冒険SFシリーズ開幕編。いかにも漫画な悪役もご愛嬌。どうせ根っこがお馬鹿な妄想なんだから、この調子でケレン味たっぷりに突っ走って欲しい。
【関連記事】
| 固定リンク
« レドモンド・オハンロン「コンゴ・ジャーニー 上・下」新潮社 土屋政雄訳 エピソード集 | トップページ | スコット・フィッシュマン「心と体の『痛み学』 現代疼痛医学はここまで治す」原書房 橋本須美子訳 »
「書評:SF:日本」カテゴリの記事
- 酉島伝法「るん(笑)」集英社(2022.07.17)
- 久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社(2022.04.06)
- 菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房(2021.08.22)
- 小川哲「嘘と正典」早川書房(2021.08.06)
- 草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA(2021.07.16)
コメント