SFマガジン2014年4月号
二つの道があります。
SFファンに高く評価されるSF・ファンタジイ作品へ通じる道。
SFファンからは熱狂的な支持の対象にならないかもしれないけれど、ヒットするSFやファンタジイ、ホラー作品へと通じる道。
後者に興味があるひとのために、この文章はあります。
――エンタメSF・ファンタジイの構造 第1回 ひとはSF・ファンタジイに何を求めるか?を考える
ランキングとアンケートから 飯田一史
280頁の標準サイズ。特集は「ベストSF2013」上位作家競作。国内編は「皆勤の徒」で第一位の酉島伝法の「環刑錮」、「星を創る者たち」で第三位の谷甲州「イシカリ平原」。海外編は「夢幻諸島から」で第一位のクリストファー・プリースト「否定」、「ブラインドサイト」で第二位のピーター・ワッツ「遊星からの物体Xの回想」。小説は他にローレン・ビュークス「ウナティ、毛玉と闘う」、草上仁「スピアボーイ」、円城塔の新連載「エピローグ<プロローグ>」。
酉島伝法「環刑錮」。父殺しの罪で異形となり、土中を掘り進む赳志。全身を覆う針毛(とげ)、環状筋のならびからなる体。蠕動で前に進み、前端にある円口から土塊を飲み込み、肛門から団粒状の糞として排出する。第六終身刑務所に収監された、千三百人あまりの囚人の一人だ。
タイトルの環刑錮(かんけいこ)をはじめ、己媒者(こばいしゃ)・思紋(しもん)など、独特の造語感覚が溢れる作品。囚人をミミズに改造するって発想だけでなく、ミミズの主観で描く部分は、最初はキモチ悪いんだが、段々とミミズのキモチが分かってきて、自分がミミズに同化していくようでイヤ~な、でもちょっと面白いかも…ってな気分になる。
クリストファー・プリースト「否定」。モイリータ・ケインの小説「肯定(ジ・アフアーメーション)」に強い感銘を受けたディック。しかし戦争は激しさを増し、ディックも志願兵として従軍することになった。彼が配備された山岳地帯は、前線だが実際の戦闘は小競り合い程度で、比較的に安定している。そんな時、戦地派遣の作家としてモイリータが来ると知ったディックは…
「特権市民」なんて言葉から、どうにも不穏な社会背景を感じさせる作品。憧れの、だがあまり有名でない作家と、二人で対面しながら作品について語り合う。ファンとしては、最高に嬉しい時間だろうなあ。おまけに作品について解説してくれるなんて。
谷甲州「イシカリ平原」は、なんと航空宇宙軍史。時は第一次外惑星動乱後。小惑星マティルドの観測基地に一人で勤務する玖珂沼主任研究員。そこに、久しぶりの来訪者R・サラディン博士が現れる。来訪者は珍しくない。普通は一=二週間滞在し、機器を設置・調整するだけで、以後のメンテは玖珂沼が行なう。しかし、今回は…
うひょーい。久しぶりの航空宇宙軍史だ。これで再開するんだろうか。して欲しい、是非にも。「主任研究員」なんて肩書きから、孤立した観測基地でのエンジニアリングの話かと思ったら、これが文句なしの航空宇宙軍史そのもの。ええ、もうね、太陽系レベルの距離感を徹底的に考察した航空宇宙軍史シリーズならではの味が見事に蘇ってくる。この調子で本格的にシリーズ再起動してくれないかなあ。
ピーター・ワッツ「遊星からの物体Xの回想」。衝突するまで、わたしはもっと大きかった。探険家で、外交官で、伝道師だった。無数の世界を訪ね、交霊した。だが、衝突の衝撃でわたしは多数に分解し、それぞれが瞬時に死んだ。自分の一体性を必死に維持したが、今のわたしは叡智を失ってしまった。
タイトルでおわかりのように、ジョン・カーペンター監督作品「遊星からの物体X(→Wikipedia)」のオマージュ。「ブラインドサイト」でも「普通のヒトとは異なる世界観で生きるヒト」を違和感たっぷりに描いたピーター・ワッツ、この作品では侵略者である物体Xの視点で描いてゆく。あのミミズ・スパゲティの正体は…
円城塔「エピローグ<プロローグ>」。わたしの最初の恋人は、誰かの空想の産物だった。彼はラブストーリーを生業にするエージェントの家に生まれた。幼い頃の彼は、そんな出自を呪っていた。だから、わたしたちは仲良くなった。二人の間には、ラブストーリーになる要素が見つからなかったからだ。
「エピローグ」というタイトルの<プロローグ>という回。ラブストーリーになる要素がないから仲良くなった二人。いかにも円城塔らしい、ヒネくれきったネタで始まる新連載。やたらとメタなネタが多い彼の作品だけど、今回だけなら、なんとかついていけた…気がする。
ローレン・ビュークス「ウナティ、毛玉と闘う」。<サイコー戦隊>の面々と、ビッグエコー渋谷店で盛り上がっていたウナティ曹長。ウナティがスパイス・ガールズの Tell Me What You Want (What Tou Really Ready Want)(→Wikipedia)を歌おうと構えた時、触手が壁をブチ破って侵入してきた。
「ZOO CITY」でもポップ・ミュージックが重要な役割を果たしていたローレン・ビュークス、この作品でも日本のポップカルチャーが妙に歪んだ形でワンサカ登場する。著者が誤解してる面も多々あるだろうけど、基本的にギャグ作品なので、あまし真面目に突っ込まないように。サイト26to50に元ネタのリンクつき版あり。
草上仁「スピアボーイ」。ジムスのスイングドアを開け、生意気な若造が入ってきた。「上で八の字切ってるスピア、あんたのかい?」髪が半分白くなってるマドックに対し、「あんな老いぼれに、まだ乗っているわけ?」などと突っかかってくる。若造の名前はハン。わっか屋マドックを知らないなら、ヨソ者だろう。
西部劇っぽい味わいが横溢した作品。土地の置いた古株マドックと、若く生意気なハンを対比させ、それに異性生物スピアを絡めた草上仁ならではの短編。ジェット機に似た理屈で飛ぶ動物スピアと、その乗り手であるスピアボーイの関係も心地よい上に、オチもなかなか。航空ファンなら、「おお、そうきたか!」と思わず唸るところ。
ブックレビュウで気になるのが、ピーター・H・ディアマンティス&スティーヴン・コトラーの「楽観主義者の未来予測」。曰く「これまでのように線形でなく指数関数的に発展」している、と語る本。実感でも、特にコンピュータの進歩は凄まじいものがあって、今は携帯電話ですら能力は昔の大型汎用機を凌いでる状況。いかにもワクワクしそうな本だ。
椎名誠のニュートラル・コーナー「我はなぜそのホテルの夜明けがうれしかったのか」。福島の奥会津から東京へピックアップ・トラックで帰る途中、大雪の渋滞で阻まれた椎名氏。宿を取ろうにも、どこも満杯。なんとか見つけたホテルは、八十歳ぐらいの老婆が経営する所で、どの部屋の電灯もついていない。建物はやたら複雑で…
と書くとホラーっぽいが、この人が書くと、妙に間が抜けた雰囲気になるんだよなあw
長山靖生「SFのある文学誌」第二十八回 偽史・改変歴史の欲望――杉山藤次郎『午睡之夢』『豊臣再興記』。<義経=ジンギスカン説>の、意外なルーツが明らかになる話。昔から「義経って可愛そうだよね、なんとかもう一花咲かせてあげたい」と思う人は多かったようで。
香山リカ「精神の中の物語」と鹿野司「サはサイエンスのサ」は、いずれも佐村河内守氏の騒動が題材。香山氏が「演技してるうちに本気になっちゃったんじゃ?」と分析するのに対し、最近になって目の手術をした鹿野氏は「他の障害者が誤解されたらマズい」という話。
「ホビット 竜に奪われた王国」公開記念インタビュウでは、ピーター・ジャクソン監督とスマウグを演じたベネディクト・カンバーバッチ。
「なぜオリジナルのキャラクターを女性にしたの?」に答えるジャクソン監督曰く、「このシリーズ、圧倒的に女性が少ないからだよ。『ロード・オブ・ザ・リング』のときも女性や幼い少女のファンはたくさんいた。彼女たちが共感できるキャラクターも欲しかったんだ」に納得。確かに野郎ばっかしだもんね、ホビット。
ベネディクト・カンバーバッチは、幼い頃にお父様が原作を読み聞かせてくれたとか。やっぱり、あの本は父親が読む本だよなあ。スマウグの声で熱演しすぎ「初日は喉を痛めて出血」。モーション・キャプチャーの感想も興味津々。
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