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2014年3月19日 (水)

神林長平「ぼくらは都市を愛していた」朝日新聞出版

 書くという行為は、祈りだ。わたしはいま初めてそれを知る。

【どんな本?】

 ベテランSF作家・神林長編による長編SF小説。あらゆるデジタル情報機器ばかりでなく、情報記憶媒体までもが狂う謎の現象「情報震」に襲われる世界で、情報震観測任務を遂行する情報軍中尉と、かつて女子高生と愛人関係にあり、今は腹に体内通信回路が出来てしまった公安刑事を交互に描きながら、都市と人、現実と人、人と人の関係を探ってゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」ベストSF2012国内編9位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年7月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約290頁。9.5ポイント45字×20行×290頁=約261,000字、400字詰め原稿用紙で約653枚。長編小説としてはやや長め。

 ベテラン作家だけあって文章そのものはこなれているが、そこは神林長平。舞台装置は現実離れしているし、ややこしくヒネくれた議論や人を食ったような仕掛けがアチコチに出てくる。意味分からなさで並べると、わかる順に 敵は海賊→本作→雪風 ぐらいの位置か。

【どんな話?】

 デジタル機器が狂い、情報媒体上のデジタル情報も消える情報震に襲われる世界で、小隊を率い観測任務を遂行する日本情報軍の中尉・綾田(あやでん)ミウ。今日は最大級の情報震を観測、四分後に余震を観測した。現在、情報軍通信司令部とも連絡が取れない。情報軍そのものが壊滅した可能性もある。

 満員の通勤電車で立っていると、目の前に腰掛けている少女がケータイに打つ内容が感じ取れた。「テツ、キモカワ」。おかしい。なぜわたしにわかる? 出勤し、上司の寒江香月(さむかわかづき)尋ねてみた。わたしより一回り若い課長だ。「タイカン通信がうまくいった、ということじゃないですか」

【感想は?】

 この人は真面目な口調と表情でギャグかますから困る。

 テーマそのものは、かなり真面目なもの。いつもの神林節らしく、ヒトと認識の問題もアチコチで出てくるが、この作品ならではのテーマは、タイトルにある「都市」。「都会」ではなく、「都市」なのが、神林長平らしいところ。多くの人が集まり、活動する所を、「華やかな都会」ではなく、機能またはシステムとして捉えているのが、この作品の視点の独特な点だろう。

 物語は、二つの視点で語られる。一方は、謎の現象「情報震」により、都市から人が消えた世界。ガワだけが残り、都市の中身であるヒトが消えた世界だ。それは、果たして都市と言えるのか。電気やエレベーターなど機能は維持しつつ、それを利用する人間は、綾田小隊の7名だけ。

 もう一つの視点は、我々に馴染みの世界だ。ただし、それを見る疲れたオッサンの「わたし」は、異変に見舞われている。公安刑事のわたしは、職務で「新型内視鏡カプセル」を飲んだ。そして今日、通勤電車で異変に気づいた。前に座っている女子高生のメータイの内容がわかったのだ。

 都市の機能の一つは、匿名性だ。互いに顔も名も知らない同士が、特に警戒もせず共存できる。コミュニケーションを拒絶し、互いが名無しとなることで、治安が維持できている。が、「わたし」は、その「コミュニケーションの壁」が破壊されてしまう。相手の腹の中が読めるのはいいが、相手によってはこっちの腹の中も筒抜けになる。

 表面上はなんとか巧くやっているオトナの腹の中が筒抜けになったら、どうなるか。窓際勤務を受け入れた「わたし」と、エリート志向の若い女性の同僚・柾谷綺羅(まさやきら)が交わす、最初のタイナイ通信の会話は、なかなか陰険で楽しい。ちょっと「敵は海賊」の海賊課三人組のドツキ漫才を思わせるが、互いの突っ込みあいはもっと熾烈。

 とまれ、ここで出てくる、デジタル・ネットワークが生み出す人間関係の粘っこさは、なかなか興味深い。昔は電子メールなんで閑な時にまとめて読むもので、互いの時間を拘束せず、迅速な情報訪韓ができる点が便利な機能だったのに、今はリアルタイムで返答を要求されたりする。

 都市が保障する匿名性やプライバシーとは逆行する現象を、デジタル通信ネットワークがもたらしているのは、なかなか皮肉な話。

 物語は進むにつれ、やはり神林作品らしく、やがてヒトの認識の問題へと向かってゆく。情報震の世界では、記憶と記録の齟齬となって浮かび上がってくる。自分の記憶と、残っている記録とが食い違っていたら、信じられるのはどっちなのか。ここで、情報震が起こす現象の影響範囲が不明なのも手伝って…

 タイナイ通信の世界では、自分と他人の境界がボヤけてゆく。ここでも、都市の持つ匿名性が侵されるのが面白い。主人公が殺人事件に巻き込まれてからの会話は、悩んでいいのか笑っていいのか。いや私は笑いましたが。

 この手の、やや人の悪いギャグもアチコチにあって。彼の作品に外せない「フムン」も、なんか分かっててワザとやっているような。確かこの作品じゃ一回しか出てこないし。「一度はやらないと読者が納得しない」とか思ってるんじゃなかろか。やっぱり悪趣味なギャグが、ボビイの再起動操作。これを軍人さんが真面目な顔でやるんかい。

 セルフ・パロディっぽい仕掛けも、アチコチにあったり。そもそも腹で通信って何よ。「狐と踊れ」かい。二つの世界の主人公の関係も、「猶予の月」を思わせる。

 互いに見知らぬ多くの人が集い、互いに意味が分からない活動をして、それでも不安を感じずに生きていける不思議な機構、都市。便利で、匿名性があって、にぎやかな場所。複雑で、活発で、便利で、でも互いに何をやっているかはよく分からない。その主人は、都市なのかヒトなのか。ひとときの混乱を味わいたい人にお薦め。

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