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2014年3月16日 (日)

キャロル・エムシュウィラー「すべての終わりの始まり」国書刊行会 畔柳和代訳

自分がどこかおかしいことも、それが人目につくこともわかっているが、たちまち気づかれてしまうようで、なぜそうなるのかは見当がつかない。でも多くの人間はとり澄ました石頭のくせして結婚できるのに、私には友だちすらほとんどいなかった。
  ―-ジョゼフィーン

【どんな本?】

 アメリカの作家キャロル・エムシュウィラーの短編を、日本で独自に編纂した作品集。日本ではあまり馴染みのない作家であるにも関わらず、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2008年版」ベストSF2007海外編で15位に食い込んだ。

 SFともファンタジーとも少し違う、だが普通小説の枠にも収まらない、独特の芸風が特徴。一人称で語られる物語が大半で、その多くが老いた女性だ。往々にして舞台も登場人物も正体不明で、結末も様々な解釈ができる作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年5月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで約347頁。9.5ポイント44字×18行×347頁=約274,824字、400字詰め原稿用紙で約687枚。長編小説ならやや長めの分量。

 文章は翻訳物の割に比較的にこなれていて、読みやすい部類だろう。ただ、内要は…・。いや、難しい理屈や数式が出てくるわけじゃなくて、「少し不思議」な系統のお話が多い。だから、SFを読みなれていない人でも大丈夫。ただ、この人の芸風が独特で。最後まで主人公や起きた事柄がハッキリしない話が多く、注意力と想像力をフル稼働させる必要がある。結末が何通りにも解釈できる作品ばかりなので、それなりに小説を読んでいる人向けの本だろう。

【収録作は?】

 それぞれ 日本語作品名 / 原題 / 雑誌初出 / 収録単行本 の順。

私はあなたと暮しているけれど、あなたはそれを知らない / I Live with You and You Don't Know It / The Magazine of Fantasy and Science Fiction [ F&SF ] 2005.3 / I Live With You, 2005
ひとり暮らしの女性の家に、こっそり隠れ住んでいる。狭い天井裏に潜み、彼女の服や敷物を少しづつ調達して、生活用品を整える。彼女は背格好が私と同じ。私と同じで、まったく目立たない。私はうずくまって、あなたの背後から家に入った。
すべての終わりの始まり / The Start of the End of It All / テリー・カー編 Universe 11, 1981 / The Start of the End of It All, 1990
彼らは、この惑星を乗っ取ろうとやってきた。夜明けまで語り合って、私は協力者になった。まずはキッチン。「キッチンとよい椅子が数脚あれば、だいたいこと足りる」。それはいいけど、次が問題。「だがまず」「猫を除去しなければならない」
見下ろせば / Looking Down / Omni, 1980.1 / The Start of the End of It All, 1990
俺は風に乗って来たが、怪我をして落ちてしまった。みなの後を追うつもりだったが、やがて雪が来る。奴らは俺を玉座に据え、神と崇める。王冠も悪くはないが、我が冠毛ほどではない。そして、俺に願いを述べる。
おばあちゃん / Grandma / F&SF, 2002.3 / Report to the Men's Club, 2002
昔、おばあちゃんは活動家だった。近所で捜索隊や救助隊が作られると、必ずおばあちゃんも参加した。一人で十隊分ぐらいの働きをしたし、両腕に鹿を抱えて山を軽々と飛び越えた。今だって、おばあちゃんは地下室でトレーニングしてる。でも、孫の私は出来損ないで…
育ての母 / Foster Mother / F&SF, 2002.3 / Report to the Men's Club, 2002
私はそれを預かり、育てている。可愛い坊や。マニュアルには「脳みそは小さく、ライ豆二個大です」とか書いてあるけど、今は私をムーシュ、ムーシュカ、マッシュって呼ぶ。私たちは散歩に出かける。坊やが疲れるとおぶってやる。あの子は花の名前も覚えた。
ウォーターマスター / Water Master / Sci FIction, 2002.2 / Report to the Men's Club, 2002
彼はウォーターマスター。用水路と水門を調べ、管理する。いつもつば広の帽子を深くかぶっていて、顔はよくわからない。彼は山の高みの、ダムの近くに住んでいる。今年はあまり雪が降らなくて、山の湖の水位が低い。りんごの木やタマネギは枯れつつある。
ボーイズ / Boys / Sci Fiction 2003.1 / I Live With You, 2005
我々はどこからでも少年を盗む。敵味方は気にしない。最初はホームシックになるが、大方は捕らわれて喜んでいる。ようやく男の一員になれたのだから。一年に一度、我々は<母親たち>のもとへ行き、交尾する。
男性倶楽部への報告 / Report to the Men's Club / / Report to the Men's Club, 2002
みなさんお一員に加えていただき、わたくしは誇らしく思い、深く感謝しております。我々は狩人たちの息子であって、恋人たちの息子ではありません。わたくしは人類、マンカインドの研究にいそしんでまいりました。
待っている女 / Woman Waiting デーモン・ナイト編 Orbit 7, 1970 / The Start of the End of It All, 1990
私は空港で搭乗のアナウンスを待っている。216便、私の便だ。遅延されたという。他の飛行機は上昇してゆく。それを見ているうち、私は縮んでしまった。
悪を見るなかれ、喜ぶなかれ / See No Evil, Feel No Joy / / I Live With You, 2005
我々は黒をまとう。我々は沈黙の誓いを立てた。常に帽子を目深にかぶる。でも私は折り悪く、人と目があってしまった。お互い素早く目を逸らしたが、一瞬見つめあった。彼はどう思っただろう。
セックスおよび/またはモリソン氏 / Sex and/or Mr. Morrison / ハーラン・エリスン編 Dangerous Visions, 1967 / Joy in our Cause, 1974
だいたい8時半ごろ、モリソン氏がどすんどすんと降りてくる。いつも微笑んでいて、いい人だ。太っていて、いつも忙しそうだ。彼は私の真上に住んでいる。大男だけに、静かではない。
ユーコン / Yukon / / Versing on the Pertinent, 1989
彼は竜だ。狼だ。彼は食料を持ち帰り、あら探しをする。彼女は料理を作る。レバー料理、ウサギのシチュー、ホットワイン。彼女は朝に出発し、暗くなったらケルンの隙間で眠る。家では彼が叫んでいる。「ベーコン、ベーコン!」
石造りの円形図書館 / The Circular Library of Stones / Omni, 1987.2 / The Start of the End of It All, 1990
この遺跡にインディアン時代以前の都市なんかない。みんなそう言う。でも、発掘自体が私には楽しい。鏡だって発見した。地下60cmにあり、傷だらけ。そして地下30cmに石の小路らしいものを見つけた。あきらかにカーブしている。雨の日には老女らしく編み物をする。
ジョーンズ夫人 / Mrs. Jones / Omni, 1993.8 / Report to the Men's Club, 2002
婚期を逃した姉妹、姉のジャニスと妹のコーラ。ジャニスは痩せた夜型、コーラは太った朝型。結婚して親の古い農家を出ればよかった、二人ともそう思っている。
ジョゼフィーン / Josephine / Sci Fiction, 2002.11 /  I Live With You, 2005
いつだってジョゼフィーンを探すのは私の役目だ。「お年寄りの家」のレイトショーは、彼女が最高の呼び物だから。彼女はよく言う。「あなたが見つけてくれなけりゃ、わざわざ行方不明になんかならないわ」
いまいましい / Abominable / デーモン・ナイト編 Orbit 21, 1980 / Report to the Men's Club, 2002
我々は未知の領域に向かい前進している。男子七名は海軍の正装に身を固めた、各分野の専門家だ。彼らは実在する。我々の進路には、彼らが落としたと思われる品がある。冷凍アスパラガス、ディップのレシピ、しわくちゃの1ドル札。
母語の神秘 / Secrets of the Native Tongue / /  Versing on the Pertinent, 1989
現代言語学のシンポジウムの招待状が来た。あて先の綴りが違うので、間違いのようだが、住所はあっている。面白そうなので、出かける事にした。幸い準備期間があるので、該当分野の本を読み漁って準備した。だが、さすがに学者のファッション・センスまでは気が回らなかった。
偏見と自負 / Prejudice and Pride / / Report to the Men's Club, 2002
彼フィッツウィリアムは彼女エリザベスを見る。二人は裕福で、朝食は召使の手で運ばれる。二人は春に結婚したのだ。
結局は / After All / / Report to the Men's Club, 2002
どこかへ出かける潮時だ。お弁当も水もいらない。これは発見の旅もしくは自己回避の旅。子供たちは言うだろう。「ママ、自分で思うほど若くないのよ」。私は足を引きずってる。スリッパがしょっちゅう脱げてしまうから。
ウィスコン・スピーチ / WisCon Speech / /  I Live With You, 2005
2003年のウィスコン(フェミニストSF大会)でのスピーチ。フェミニストだからって、特に構えることなかれ。普通のオバサンの面白い話だと思って読もう。実際、なかなか楽しげでユーモラス。作品の意味不明さも、意図的なものであると語っていたり、この本を読み解くヒントになる鍵がアチコチにある。

 「ウォーターマスター」や「ジョゼフィーン」などのラブストーリーは、わかりやすい方だろう。「ボーイズ」や「ユーコン」は、ジェンダーがテーマなのかな? また、老人が主人公の作品が多いのも、彼女ならでは。特に「石造りの円形図書館」や「結局は」など、老いを直視した作品は、文学全般でも稀有なテーマだろう。

【感想、ネタバレあり、要注意!】

 いずれも様々な解釈ができる作品ばかり。普段はネタバレを避けるのだが、この作品集はどうしても結末を踏まえた感想を書きたいので、私なりの解釈を交えた感想を。

私はあなたと暮しているけれど、あなたはそれを知らない
最後まで読むと「座敷わらしか?」と思うのだが、主人公は明らかに肉体を備えているし、飲み食いもする。あ、でも、アメリカの座敷わらしだから、日本と違うんだろうなあ。
すべての終わりの始まり
地球侵略を目論むエイリアンと、彼らの手先となって働く老いた女性。エイリアンの描き方が、いかにも「主婦から見た男のだらしなさ」を突きつけてきて、妙にリアル。歯磨き粉のチューブの絞り方、便座の上げ下ろし、切った爪の始末…。言葉どおりエイリアンなのか、はたまた異国から来た宣伝工作員なのか。
見下ろせば
羽を怪我して仲間とはぐれたカラスの一人称で語られる物語。ヒトが彼を捕らえ、神として崇める。中盤以降は、かなり無茶な展開だと思ったんだが、もしかしたらネイティブ・アメリカンの神話を、トーテムとなった神様の視点で語っているのかも。
おばあちゃん
老いたスーパーガールと、仲のいい孫のお話、かな? あんまり出来はよくないけど、おばあちゃんの想いはちゃんと受け継いだ孫が語る、老後のスーパーガールの姿。頭取さんは、話を聞いて、どう思うんだろう?
育ての母
恐らくは戦闘用の人工生物を預かり、育てた母性愛溢れる女性の物語。フランケンシュタインの怪物が、こんな女性に出会えていたら、全く違う物語になったかも…という解釈もできるけど、母性愛に狂った女のタワゴトともとれる。とりあえず、今の所、私は前者と解釈してます。
ウォーターマスター
お得意の、孤独な年配の女性と男性のラブストーリー。娘らしい幻想が壊れてもなお…って展開は、一昔前の少女漫画の王道かも。
ボーイズ
男の子同士の戦争ごっこがエスカレートしたような、奇妙な世界の物語。女性らしい皮肉な目で男たちの戦いを見ているが、「でっかい男の子」のしょうもない性分は、腹が立つほどよく書けてる。
男性倶楽部への報告
男性優位主義の女性を茶化した作品とも思えるけど、男が勝手に妄想する「男性優位主義の女性」を描いた話かもしれない…と思ったが、検索してやっとわかった。カフカの「ある学会への報告」のパロディなのか。いやカフカは読んだことないけど。
待っている女
 体を洗わずに家を出た、きっとそれを見破られていると思い込む。気分が縮こまった、だから体も縮んでしまう。こういう、主観と客観が混同してゆく話は、なんか肌がゴワゴワしてくる。山尾悠子やアンナ・カヴァンの肌合いを連想した。彼女らは本能的にやってる感があるが、キャロル・エムシュウィラーはわかった上で、表現として使っているんじゃないかなあ。
悪を見るなかれ、喜ぶなかれ
徹底した禁欲と、人格の抑圧を強いる、閉鎖的なカルト集団の中での生活…というと、アーミッシュを思い浮かべるんだが、この作品は更に徹底していて、家庭まで破壊している。カルトを皮肉った作品にように見えるけど、彼女の手にかかると、もう一つか二つヒネリが入ってるように思えるんだが、よくわからない。
セックスおよび/またはモリソン氏
デブのモリソン氏に恋をした婆さんのお話。齢はとっても、考えることは小娘と同じ。トカゲみたく小さくなって、彼の部屋に忍び込みたい…というか、やってる事はモロにストーカーなんですが。
ユーコン
妻を家政婦のように扱う夫と、それから逃げ出した妻を描いた寓話かな?で、次の男は大人しくて無口、知的ではあるが少々鈍い…と思って読んでたが、子供がアレだと、全然違う気もする。
石造りの円形図書館
遺跡の発掘なんぞという、奇妙な道楽に憑かれた老女の一人称で語られる物語。娘たちは彼女がボケて妄想に取り付かれていると思っている。とまれ、終盤近く、この一節は心に染みる。
 「する」ことがあるように。「いる」だけなんて嫌だ。
ジョーンズ夫人
セコく角突き合う姉妹を、いかにも著者らしく意地の悪い細かい描写で活き活きと描いてる。「母さんの銀の枝つき燭台」や「父さんのゴム長」なんて小道具が、ずっと実家に住み着いてる姉妹にリアリティを持たせてると思う。オチは…私はホラーだと思うんだが、どうでしょうね。
ジョゼフィーン
老いてから出遭った、涼宮ハルヒとキョンのラブストーリー。いやそうでしょ、どう見たって。活力・行動力に溢れ、周囲から浮いてしまうツンデレのヒロイン。グダグダと愚痴をこぼしながら、ヒロインに鼻先を振り回されるダメ男。最後までヒロインに振り回される男が、なかなか可愛い。
いまいましい
男女の間にある、どうしようもない不理解を戯画化したお話、のように見えるけど…。うーん。
母語の神秘
すんません、ほとんど意味がわからなかった。「悪を見るなかれ、喜ぶなかれ」とは逆に、こっちは主人公の台詞が引用だけなのが気になる。また、綴り云々のあたりが、「ウィスコン・スピーチ」とも繋がってる気がする。エムシュウィラーって苗字も珍しいし、楽屋オチなのかも。
偏見と自負
すんません。「高慢と偏見」は読んでないです。とまれ、最後の段落は皮肉が効いてる。
結局は
ええっと…ボケた一人暮らしの徘徊老人は、こんな妄想してるんですよ、そんな話なのかなあ。

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