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2014年3月11日 (火)

「完本 池波正太郎大成4(鬼平犯科帳1)」講談社

一、盗まれて難儀するものへは手を出さぬこと。
一、つとめをするとき、人を殺傷せぬこと。
一、女を手ごめにせぬこと。

【どんな本?】

 昭和を代表するベストセラー作家・池波正太郎による、「剣客商売」と並ぶ人気作にして代表作である、時代小説の連作短編シリーズ。何度もテレビドラマ化され、舞台でも多く演じられている。

 田沼意次が失脚し、老中・松平定信による幕政改革のさなか。犯罪が凶悪化し治安の悪化を食い止めるべく、幕府は火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)を設け、その機動力をもって江戸の警護を固めようとしていた。天明七年九月十九日、火付盗賊改方の長官が変わる。その名も長谷川平蔵宣似(のぶため)。

 彼はやがて盗賊どもにこう呼ばれる。人呼んで鬼の平蔵、略して鬼平。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解題によると、初出は1968年。雑誌「オール讀物」1月号~1971年7月号。完本は1998年5月20日台一冊発行。私が読んだのは2011年3月30日発行の第七刷。順調に版を重ねてます。完本1は、文春文庫の「鬼平犯科帳」なら1巻~6巻までを収録。

 ズッシリ重い単行本ハードカバーで縦2段組で本文約814頁。.8.5ポイント28字×25行×2段×814頁=約1,139,600字、400字詰め原稿用紙で約2849枚。文庫本で約6冊分の大容量。

 ベストセラー作家だけあって、文章の読みやすさは抜群。ただ、さすがに後の作品「剣客商売」と比べると、読みやすさは一歩譲る。時系列的には鬼平が先に出て大当たりしてるんで、鬼平の大当たりにも気を弛めず更に文章を磨き、「剣客商売」をモノにした、と考えるのが妥当だろう。

 内容も特に前提知識は要らない。テレビドラマの時代劇が楽しめれば充分に味わえる。東京、それも本所や深川など下町に詳しいと、より楽しめる。また、読後でも史実の長谷川平蔵(→Wikipedia)を調べると、更に楽しみが増す。ただし、幾つか問題がある。

 まず、胴回りの成長が気になる人は、夜に読まない方がいい。ダイエットの大敵なのだ、この人の本は。次に、本に影響を受けやすい人は、登場人物の口調がうつる危険がある。リズムがよすぎるんだ、この人の文章は。最後に、完本はちと重い。通勤電車で読むには、さすがに辛い。かといって、文庫本だと、まとめて買っておかないと禁断症状が…

【収録作】

唖の十蔵/本所・桜屋敷/血頭の丹兵衛/浅草・御厩河岸/老盗の夢/暗剣白梅香/座頭と猿/むかしの女/蛇の眼/谷中・いろは茶屋/女掏摸お富/妖盗葵小僧/密偵/お雪の乳房/埋蔵金千両/麻布ねずみ坂/盗法秘伝/艶婦の毒/兇剣/駿州・宇津谷峠/むかしの男・霧の七郎/五年目の客/密通/血闘/あばたの新助/おみね徳次郎/敵/夜鷹殺し/深川・千鳥橋/乞食坊主/女賊/おしゃべり源八/兇賊/山吹屋お勝/鈍牛/礼金二百両/猫じゃらしの女/剣客/狐火/大川の隠居/盗賊人相書/のっそり医者
 解題

【感想は?】

 この巻だと、大江戸盗賊列伝といった感じ。

 シリーズ名こそ「鬼平犯科帳」だが、この巻では、むしろ次から次へと登場する盗賊どもの方が印象に残る。

 著者曰く「〔謎とき〕の捕物帖でない」と語るように、ミステリ仕立ての話は少ない。盗賊の話と、捕り方である鬼平側の話を交互に進め、「どうなるんだ?」と読者をヤキモキさせるのが、このシリーズの基本パターンであり、大きな特徴。

 謎ときの魅力を排していいのか、なんて心配は、全く要らない。それどころか、盗賊の物語こそ、めっぽう面白い。丹念に構成され、じっくりと書き込まれた盗賊たちのシステム、それぞれの主義と意地と実益が絡み合い、せめぎ合う盗人の世界こそ、この物語の魅力だ。

 冒頭の引用は、盗賊たちが理想とする三か条。盗みと書いて「おつとめ」と読む。泥棒ったって、それなりの誇りと意地があるのだ。きれいな「おつとめ」をする者は大盗賊と呼ばれ尊敬される、そんな世界。どうやらこれ、全部著者の創作らしいのだが、読んでると「いかにもありそう」と思えてくるから作り話ってのは怖い。その手口というのが…

 あ、いや、それも読んでのお楽しみ。要は盗みの手口なんだけど、実に巧妙で手が込んでるんだ。それが少しづつ姿を現してくるのが、この巻のお楽しみでもある。

 「血頭の丹兵衛」では、その「きれいなおつとめ」を巡る話が楽しめる。江戸を荒らしまわる盗賊団。十余の手下をしたがえ、富裕な商家を襲い、脅して金品を強奪した上で、一人残さず皆殺しにして去る。だがしかし、かつての丹兵衛を知る者はこう語る。「いま御ひざもとを荒らしているやつは、にせものの血頭の丹兵衛でございますよ」

 …と思ったら、話は更に二転三転。この仕掛けも見事ながら、最後に漂う余韻も見事なもの。これじゃ人気が出るのも頷ける。いやね、仕掛けもいいけど、とにかく誰かと話したくなるんだ、このお話。でも、読んでない人にネタは明かしたくないから、まず「読んでみてよ」と布教に励んじゃうんだな。そうやって鬼平ミームは繁殖してゆくのだ。

 そんな風に、盗賊にもいろいろあって。じっくり仕込んできれいな職人芸を見せる盗賊もいれば、手っ取り早く荒っぽい「おつとめ」をする奴もいる。大きな組織と複数のアジトを持ち、様々なスペシャリストを揃えた盗賊団もあれば、己の腕を頼りに「ひとりばたらき」に励む者もいる。

 人の眼に隠れ生きねばならぬ盗人とはいえ、それぞれに意地はある。誰だって長く勤めていれば、それなりに誇りも芽生えてくる。奇妙にねじれた職人の意地が楽しめる「兇賊」「大川の隠居」も楽しいが、大笑いしたのが「盗法秘伝」。

 一時的に火付盗賊改方の役を解かれ、父の墓参りを兼ね京都へと向かう平蔵。道中、知り合った年寄りに、その腕と度胸を気に入られ、持ちかけられた話が… と、改めて私が好きな話を挙げていくと、どうも私は、この人が書く「爺さん」が好きらしい。いい歳こいて相応の分別はついても、己の腕自慢だけは収まらない。しょうもない男の性というか。

 テレビドラマになるだけあって、コミック要員がちゃんとレギュラーでいるのも嬉しい。この巻で活躍するのは、「お雪の乳房」からスポットがあたる、若い同心・木村忠吾。温和で明るいが、ちょいと抜けた所があって、今ひとつ頼りない。おまけに酒と女に目がなくて、閑をみちゃ通いつめる。返事だけはいいんだが…

 物騒な話も多いこのシリーズ、それでも「うさぎ」こと木村忠吾が出てくると、一気に雰囲気が明るくなるから、なかなか貴重な存在。全般的に一途で有能で生真面目な人が集まった火付盗賊改方で、職場の空気を和ませる、欠かせない人材なのかも。にしても、全く懲りないあたりが、この人の持ち味というか。いいなあ、こういうキャラクター。

 各話は一話で完結するから、美味しそうな所だけ拾い読みしてもいい。その上で、それぞれの話は登場人物やエピソードを介してゆるく繋がっているから、鬼平世界に入り込むと、全部を知りたくなる。読み終えて史実を調べると、実に巧く史実を取り込んでいて驚いたり。

 ただ、夜に読むと、蕎麦が欲しくなるんだよなあ。ほんと、ダイエットの敵だわ、この人の作品は。

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