片理誠「終末の海 Mystrious Ark」徳間書店
考えなきゃ! 考えるんだ圭太! 僕はエンジニアだ! エンジニアは決して諦めない! 優秀なエンジニアは、どんな状況でも常に最善の方法を模索する! 僕にチャンスを残してくれた父さんのように。だから今度は僕が、そのチャンスを活かしてみせる! 間に合わせでも何でもいいから、今あるものでどうにかしてみせろ、圭太!
【どんな本?】
新鋭SF作家・片理誠のデビュー作。第5回(2003年)日本SF新人賞佳作入選作「終末の海 韜晦の箱舟」に、加筆訂正・改題して出版された。核戦争を逃れ脱出したが、核の冬に閉じ込められ座礁した漁船の中で、わずかに生き残った少年・少女たちの、生存を賭けた戦いを描く、クラシカルな香り漂う正統派の長編SF小説。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2005年3月31日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約267頁+あとがき4頁。9ポイント45字×19行×267頁=約228,285字、400字詰め原稿用紙で約571頁。標準的な長編の分量。新人とは思えぬほど文章は読みやすく、スイスイ読める。破滅後の世界を描くSFだが、特に難しい理屈も出てこないので、日頃SFを読まない人でもとっつきやすいだろう。かつての眉村卓の学園SFのような、少し懐かしい感じすら漂う、万人向けの作品だ。
【どんな話?】
エネルギーが石油から水素にシフトした近未来。だが愚かな人類は、核戦争によって自らの環境を破壊してしまう。圭太の家族は、父が乗っていた漁船・第二十七翔竜丸に、他の乗り組員の家族と共に乗り込み、南太平洋に浮かぶフロート・ナインを目指す。基地の軌道エレベーターで軌道リングまで昇り、シャトルで月面都市へ向かう予定だったが…
【感想は?】
黄金時代のSFの味。
主人公は12歳の少年・圭太。エンジニアである父ちゃんに憧れ、少しでも近づきたいと願う少年。エンジニアったって、椅子に座って図面引いたりキーボード叩いてる人じゃない。機関室で油にまみれ、パイプやバルブの面倒を見る、油臭い仕事に携わる人だ。
こういう、滅多に目立たない立場の人が、「憧れの人」として大きな存在感を示すのが嬉しい。しかも、冒頭から父ちゃんは船の命運を握る大活躍を見せる。まあ、活躍ったって、暑苦しい機関室で、その場凌ぎのパッチ当てなんだけど。ここで、エネルギー源が石油から水素に替わった事による、現場の問題が出てくるのも芸が細かい。確かに老朽化したら、大問題になるだろうなあ。
現在の漁船の燃料は軽油か重油(→Yahoo!知恵袋)、大型船舶は重油(出光興産株式会社のVLCCで消費される燃料はどのくらい?)。単位重量あたりの発熱量は重油46MJ/kg、水素は143MJ/kgだから、巧く体積を圧縮できれば水素の方が燃費はいい(藤田和男監修「トコトンやさしい天然ガスの本」日刊工業新聞社B&Tブックス)。
また航法はバイオコンピュータに任せてたり、こういうちょっとした技術で、近未来である由を匂わせるあたり、なかなか手馴れている。数字で「20XX年」とかやるより、読者としては、ずっと感覚的に時代背景を掴みやすい。
物語はこの後、厳寒の海に座礁した漁船内に取り残された少年・少女たちの、厳しいサバイバルが描かれる。ここでもエネルギーが風力発電だったり、微妙に未来を感じさせるのはSFだが、そこで展開する少年少女のドラマは、むしろジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」を思わせる、古典的な香りを漂わせる。
18歳の京田康之は、身勝手な乱暴者で、無茶ばかり言う。同じ18歳の鈴掛英人は、落ち着いて頼りになるリーダー格で、圭太の幼馴染。英人の妹の美阿も、圭太の一つ上で幼馴染。そして圭太の弟の夕矢は、まだ六歳。大人は二人の中年女性も含め、生存者は11人。
十五少年漂流記より、銀河漂流バイファムかな?残った大人が、あまし頼りにならないのも、バイファムっぽい。状況はヤバいながら、船内は比較的に和やかだったジェイナスと異なり、この作品では、かなり剣呑な雰囲気になってる。
いきなり葬儀があったりするのもそうだが、やっぱり康之の存在感が大きい。典型的な頭の悪い自分勝手なお坊ちゃん育ちの不良で、いきなり圭太にイチャモンつけるあたりが、実に憎たらしく書けてる。やっぱりね、遠慮なく憎める奴が悪役にいると、お話は引き立つよなあ。
などと絶望的な状況でのサバイバルは、やがて謎の「箱船」に舞台を移す。
ここから始まる不気味なミステリも、このお話の大きな魅力。破滅した世界の中で、定期的に安定して航行する大型船舶の正体と、その目的は何か。かの箱船を訪れた大人たちは、なぜ・どこに消えたのか。箱船は、どこに向かっているのか。そして圭太たちは、無事にフロート・ナインにたどり着けるのか。
破滅した世界のなかでの、厳しいサバイバル。残された少年少女の集団の中での、様々な軋轢と対立。大人たちを飲み込んで消える、大きな箱舟の謎。そして、父親を尊敬する少年の、憧れと生存への強い意思。気恥ずかしくなるぐらい真っ直ぐで、けれど若い頃に夢中になって読んだ黄金期のSFの味を、21世紀に蘇らせた、正統派のSF長編だ。
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