« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年2月の15件の記事

2014年2月27日 (木)

児玉聡「功利主義入門 はじめての倫理学」ちくま新書967

(ジェレミー・)ベンタムは「共感・反感の原理」について書いている。これは、正しいと思う行為とは、自分が気に入った行為のことであり、不正な行為とは、自分の気に入らない行為のことである、という考え方だ。ベンタムによると、彼以前のほとんどの哲学者がこういう考えをしており、彼らは自分の考えをもっともらしく見せるために、「自然の法」とか「永遠不変の真理」とかいう言葉を持ち出したそうだ。

【どんな本?】

 倫理学とは、なんだろう? それは道徳と何が違うんだろう? そんなものが何の役に立つんだろう? などの疑問を持つ、倫理学を全く知らない人向けに書かれた、現代倫理学のわかりやすく親しみやすい案内書。

 「最大多数の最大幸福」をお題目に掲げる功利主義を具体例として取り上げ、その言葉の意味や、そこからどんな理論が展開するか、どんな問題が提起されどんな批判があるか、どんな人がどんな論を述べどう変わってきたかを語りつつ、過去・現代の政策や実施例を具体的として示し、「倫理学とは何か」「それが何の役に立つのか」「どう学べばいいか」を、一般読者に解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年7月10日第一刷発行。新書版ソフトカバー縦一段組みで約215頁。9ポイント40字×15行×215頁=約129,000字、400字詰め原稿用紙で約323枚。小説なら長めの中編~短めの長編ぐらいの分量。

 学者の書いた本だが、文章はとても素直で読みやすい。内容もズブの素人向けに書かれていて、哲学や倫理学を全く知らなくても充分に読みこなせる。ソクラテスっやプラトンと聞いて「なんか昔のギリシャの有名な人だよね」ぐらいに思う人向けなので、漢字さえ読めれば小学生高学年でも内容は理解できると思う。

【構成は?】

はじめに
倫理を学ぶ二つの仕方/「批判的に考える」の意味/功利主義から倫理学を学ぶ
第1章 倫理と倫理学についての素朴な疑問
倫理についての誤解/倫理は相対的か/宗教なしの倫理はありえるか/「人間は利己的」だかた倫理は無駄か/「自然に従う」だけでいいのか/倫理学は「非倫理的」か
第2章 功利主義とは何か
事例で考える/J美、ベンタムの『序説』を読む/功利性の原理とそれに対立する二つの原理/功利計算/なぜ功利主義に従うのか/J美の回答/功利主義の三つの特徴
第3章 功利主義者を批判する
『シザーハンズ』での問いかけ/功利主義者の答え/われわれは誰の幸福を気にかけるべきか/ゴドウィンの過激な主張/ゴドウィンとウォルストンクラフト
第4章 洗練された功利主義
ゴドウォンの修正/規則や義務の重視/ミルの他者危害原則/わら人形攻撃(非呪術)/公平性と「道徳的に重要な違い」
第5章 公共政策と功利主義的思考
歴史的背景/現代の公共政策における功利主義的思考/功利主義と分配的正義/功利主義と自由主義/功利主義の二つの顔/「公衆衛生」とは/公衆衛生と功利主義/チャドウィック/J・S・ミル/公衆衛生の倫理学/介入はどこまで許されるか/人間はどこまで合理的か/喫煙規制のケース
第6章 幸福について
低調な「幸福論」/「幸福とは何か」という問い/ベンタムやミルの快楽説/快苦の定義は可能か/機会や薬で幸福になる?/幸福=欲求の満足か?/適応的選考の形成/愚かな選考を充足すべきか/幸福=利益を充足させることか/筆者の暫定的な見解/幸福再考のすすめ
第7章 道徳心理学と功利主義
なぜわれわれは援助しないのか/特定の人の命と統計上の人命/経験的思考と分析的思考/記述理論と規範理論の関係/「直感的思考の強化」戦略/「共感能力の特性利用」戦略/「理性的思考の義務付け」戦略/倫理学から実践へ
おわりに/あとがき/ブックガイド

 基本的に前の章の内容を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読もう。ひねくれた人は、最後の「ブックガイド」を流し読みしよう。この本の雰囲気が一発で掴める。

【感想は?】

 この本の最大の特徴は、圧倒的な親しみやすさ。その特徴が最も強く出ているのが、最後の「ブックガイド」。

 著者の本音は「皆さん、倫理学を学んで下さい」なんだろうが、その目的を果たすために、徹底して親切な読書案内を心がけている。多くのブックガイドは、取り上げた本の全てを絶賛しちゃって、結局どの本から読んでいいかわからないシロモノだが、この本のブックガイドは、その辺を充分に承知してて…

  • アリストテレス『ニコマコス倫理学』:初心者には高度すぎて危険
  • カント:初心者には難しいのでお勧めできない
  • 加藤尚武『現代倫理学入門』:倫理学の入門書としては今日でも最初に読むべき本

 と、わかりやすい上に、ソクラテスを「明らかに鬱陶しい老人だ」と評するなど、ユーモラスで親しみやすい。つまりは倫理学に興味を持った人が、効率よく楽しみながら学べるように案内する、そういう目的で書かれた本なのだ。

 では、倫理学とは何か。カバー裏には、こうある。

倫理学とは、「倫理について批判的に考える」学問である。

 ケチをつけろ、と言っているんじゃない。あらゆる倫理(または道徳)を単に覚えるだけでなく、その根底にあるルールを考えましょう、そういうことだ。とまれ、倫理学にも功利主義・義務論・徳倫理など様々な流派がある。

 空手を学ぶには、どうすればいいか。空手には様々な流派があるが、とりあえずどこぞの道場に入門して一つの流派を身につけるのが手っ取り早い。それと同じ理屈で、「初心者でも比較的に理解しやすい」功利主義を例に取り、その基本的な考え方と、功利主義への批判を挙げてゆく、そういう趣旨の本だ。

 その功利主義とは何か。有名なお題目は「最大多数の最大幸福」だが、これだけじゃ何のことやらよくわからない。そこで有名な暴走トロッコ問題(→Wikipedia)だ。

暴走するトロッコの先に5人がいる。あなたは橋の上にいて、隣にデカい男がいる。放置すれば5人は死ぬ。巨人を突き落とせばトロッコは止まり5人が助かる。あなたは巨人を突き落とすべきか?

 ここで「より多くの命が助かるんだから巨人を突き落とすべき」と答えるのが、功利主義。つまりは情を捨て計算で解を出す、そういう立場だ。「そりゃ極端だ」と思うだろうが、既に深刻な状況で命の選別が行なわれている。トリアージ(→Wikipedia)だ。秋葉原連続殺人事件でも、これが行なわれた。多くの負傷者がいて医者が足りない時、患者を以下の四種に分ける。

  1. 赤:重傷で緊急
  2. 黄:緊急ではないが早い手当てが必要
  3. 緑:軽傷
  4. 黒:既に死亡または絶望

 で、上の順番に治療してゆく。そうする事で、最も多くの患者を救えるからだ。非情ではあるけど、できる限り多くの人を救うには、情を捨てたほうがいい。これは功利主義が巧くいってる例だ。が、現実の人間は理屈どおりにゃ動かない。例えばオレゴン大学心理学教授のポール・スロヴィックが面白い実験をしてる。まず、学生を三つのグループに分け、アフリカで飢餓に苦しむ子どもに、いくら寄付するかを尋ねる。それぞれ…

  1. ロキアという名の7歳の子供の詳しい説明を写真を見せる。
  2. 飢餓で苦しむ子供たちの統計的事実を伝える。
  3. 上の両方を伝える。

 結果、募金額は大きい順に 1→3→2 となりましたとさ。愚直な功利主義じゃ巧くいかない時もある。ヒトは数字より物語で動くのだ。これにはヒトの脳の仕組みも関係していて…

 などと、倫理ってのは、哲学の辛気臭い話かと思ったら、現実の医療や経済政策の話も出て来て、ヒトの脳の構造にまで話は発展してゆく。功利主義ってのは、比較的に理性を重視する立場なので、徳育とかを胡散臭く思っている人でも、とっつきやすい。私のように倫理学を全く知らない人にお勧めの、格好の案内書だ。

 あ、もちろん、ジョン・ウィンダムの「トリフィドの日」を勧めるなど、著者が苔の生えたSF者だから贔屓してるわけじゃありません、ええ、違いますとも。でもきっと、グレッグ・イーガンの「しあわせの理由」も好きなんだろうなあ、この人。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月25日 (火)

コニー・ウィリス「ブラックアウト/オール・クリア 1,2」新☆ハヤカワSFシリーズ 大森望訳

「あたしたちのだれだって、今夜――それとも来週――死ぬかもしれない。だったら、それまでずっと踊って過ごしたっていいんじゃない?」

【どんな本?】

 SF界の女王にして賞レースの常連コニー・ウィリスお得意の、オックスフォード大学史学部シリーズ最大の長編。2011年ヒューゴー賞・2010年ネビュラ賞・2011年ローカス賞とアメリカのSF賞を総ナメにし、日本でもSFマガジン編集部編「SFが読みたい!」海外部門で「ブラックアウト」がベストSF2012の8位、「オール・クリア」もベストSF2013の8位に食い込む活躍を見せた。

 過去にだけ行けるタイムマシンが実現した未来、2060年。オックスフォード大学史学部は、教授や学生を様々な時代に送り出し、調査・研究・実習にタイムマシンを使っている。ところが原因不明のトラブルが発生し…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 たぶん出版・流通・製本の事情で次の3冊になっているが、実質的には一つの長編。

  • ブラックアウト 新☆ハヤカワSFシリーズ5005 2012年8月15日発行
  • オール・クリア1 新☆ハヤカワSFシリーズ5009 2013年4月15日発行
  • オール・クリア2 新☆ハヤカワSFシリーズ5010 2013年6月15日発行

 原書は BLACKOUT, 2010 / ALL CLEAR, 2010, by Connie Willis。新書版縦二段組で本文約738頁+475頁+486頁=1699頁に加え、訳者あとがきがブラックアウトが8頁+オール・クリア2が13頁。9ポイント24字×17行×2段×(738頁+475頁+486頁)=約1,386,384字、400字詰め原稿用紙で3466枚。そこらの長編小説7冊分の巨大容量。

 翻訳物の割に、文章は比較的こなれていて読みやすい。シリーズ物だが、特に前作を読んでいる必要もない。SFとはいえ、ケッタイな仕掛けはタイムトラベルだけなので、映画「バック・トウ・ザ・フューチャー」が楽しめる人なら、充分についていける。

 それより重要なのは、第二次世界大戦、特にダンケルク撤退やバトル・オブ・ブリテンなど西ヨーロッパ戦線の知識と、ロンドンの地理、それにシェイクスピア。いずれも知らなくても充分に楽しめるが、知っていると更に楽しみが増す。

 それより、問題は長さと複雑さ。タイトルは「ブラックアウト」「オールクリア」と違う作品のようだが、実質的には一つの長編だ。おまけにタイムトラベルが絡むので、複数の時間帯と舞台に渡って物語が進む上に、主要な登場人物の多くが偽名を使っている。なるべく間をおかず、三冊を続けて読む方が楽しめるだろう。

【どんな話?】

 2060年。オックスフォード大学史学部は、第二次世界大戦下のイギリスに、三人の学生を送り出す。メロピー・ウォードはアイリーン・オライリーの名で疎開児童の観察を、マイクル・デイヴィーズはマイク・デイヴィスの名でダンケルク撤退の英雄を、ポリー・チャーチルはポリー・セバスチャンの名でロンドン大空襲下の市民生活の調査だ。だが、いずれも不具合があって…

【感想は?】

 ロンドンおたくのコニー・ウィリス、やりたい放題。

 一応、SFではある。が、この小説の面白さは、あまりSF的なものじゃない。帰還のトラブルに関して「時空連続体」とかソレっぽい言葉が出てくるけど、ぶっちゃけわかんあくて結構。「なんかハッタリかましてるな」程度に思っていればいい。

 お話はアイリーン・マイク・ポリーの三人が、ドイツ空軍の空襲に怯えるイギリスに置き去りにされ、なんか2060年に戻ろうと悪戦苦闘する、というもの。技術としてタイムトラベルは実現しているが、イマイチその作用・副作用が確認されてなくて、往々にして予想外のトラブルが起きるのだ。

 置き去りにされた若者三人は、変える手立てを探しつつ、空襲下のイギリスで生活してゆく。この小説の面白さは、そんな彼らが、生活の中で出会い関わってゆく、当事の人々(小説内の言葉では時代人)との人間関係にある。つまりは、SFならではの面白さと言うより、普遍的な小説の面白さだ。

 とまれ、SFな仕掛けにも意味はあって。これは、「時代人」という言葉に現れている、視点の違いだ。当初、三人の学生は、未来人としてやや冷ややかで突き放した視点で、この時代の人々と関わってゆく。本業は観察で、いつかはオックスフォードに帰る、そういう気持ちで暮している。

 正直言って、序盤、私は読んでて「いいよな学生は気楽で」みたいな気持ちで読んでいた。置き去りにされた学生より、空襲下で暮らす人々の視点で読んでいたのだ。ところが、話が進むにつれ、三人の学生の感覚が、次第に時代人に近くなってゆく。

 ここで発揮されるのが、コニー・ウィリスのロンドンおたくぶり。当事のイギリスの人々の生活が生き生きと描かれ、名前だけの人々が、次第に血肉を帯びてくるあたりから、俄然物語が面白くなる。それが最も顕著に現れるのは、ポリーが最初に避難した防空壕の面々。

 シケた陰険オバサンのミセス・リケット。おしゃべりな二人組み、ライラとヴィヴ。犬連れのミスター・シムズ。彼らが、サー・ゴドフリー・キングズマンの輝きに照らされ、「単なる顔見知り」から「名前と性格を伴った人」へと変わってゆく場面は、「ブラックアウト」中盤の読みどころ。特にサー・ゴドフリーにシビれる女性は多いんじゃなかろか。獅子は老いても牙と爪は鋭いのだ。

 カッコいい爺さんは、ゴドフリーだけじゃない。マイクが出会う、オンボロ船レイディ・ジェーン号の船長、コマンダー・ハロルドもなかなかのもの。さすがバイキングの末裔、己の船乗りとしての誇りと、愛するレイディ・ジェーン号への信頼は巌の如し。はいいんだが、お陰でマイクは大変な目に…

 もう一人の主役、アイリーン(メロピー)も、やっぱり疫病神に取り付かれる。しかも、こっちは二人組み、ビニーとアルフのホビトン姉弟の悪ガキども。少しもじっとしていない、一瞬でも目を離すと何処かへ消える、そして消えたら何を仕出かすかわからない…というか、軽くこっちの想像を超えたマネを仕出かしてくれる。よい子は真似しちゃうけません。この二人の疫病神と、アイリーンの関係の変化も、この作品の読みどころ。いやホント、出てきた時は、どう関わっても不幸しかもたらさない連中としか思えないんだが。

 第二次世界大戦の西部戦線に詳しい人には、嬉しいクスグリも満載。バトル・オブ・ブリテン(→Wikipedia)やダンケルク撤退(→Wikipedia)はもちろん、ノルマンディー上陸(→Wikipedia)で生垣に苦労するとか、マニアックなネタも扱ってる。ロケット・マニアにはV2(→Wikipedia)が有名で、これは今のミサイルの元祖。V1(→Wikipedia)は無人攻撃機で、パルス・ジェット・エンジン搭載が特徴。いずれも命中精度が問題で、それが逆にどこに落ちるか分からない恐怖をもたらしていた。

 そんな状況で、ロンドン市民はどんな生活を送っていたのか。灯火管制で明かりすらつけられず、夜ごと空襲警報のサイレンで防空壕に駆け込む日々が、彼らの心にどんな変化をもたらすのか。それは、三人の気持ちをどう変えてゆくのか。

 もうひとつ、興味深いのが、著者の文学趣味。現代作家の代表としてアガサ・クリスティーが作中でよく出てくるが、もう一人、作中で重要な役割を果たすのがウィリアム・シェイクスピア。現代日本では高尚な芸術っぽい印象があるが、この作中での扱いは、むしろ日本だと水戸黄門や大岡越前に近い。

 つまり、誰でも知ってて楽しめるお馴染みの娯楽だ。実際、読んでみるとシェイクスピアってシモネタ大魔王だし。こういうのは、やはり時代がかった文語調の台詞の方がキマる。彼らがサー・ゴドフリーで興奮するくだり、ピンとこない若い人は、池田秀一の声でシャア・アズナブルの台詞を脳内再生してみよう。たぶん、そんな気持ちに近いと思う。

 タイムトラベルが出てくるのでジャンルはSFだけど、この作品の面白さは小説が持つ普遍的な面白さだ。小難しい理屈も少しは出てくるけど、わかんなかったら読み飛ばして構わない。ただ、文庫本七冊分はあろうかという分量で、時系列が混乱した複雑な構成なのが問題で、できれば三冊まとめて入手し、一気に読もう。でないと、禁断症状に苦しむ羽目になる。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月23日 (日)

サイモン・ウィンチェスター「クラカトアの大噴火 世界の歴史を動かした火山」早川書房 柴田裕之訳

残っていた記録によれば、気温の低下は平均0.55度、クラカトアの噴火とほぼ同時に起こっている。しかし、いまだに明快にできず、科学界を悩ませているのは、どちらのほうが先立ったかという問題だ。噴火が世界の気温を下げたのだろうか。それとももしかしたら、何か違う原因で世界中の気温が低下し、(とてもありそうにない気がするが)その影響でどういうわけか地殻が圧力を受け、ひずんで断裂し、火山の噴火が続いたのだろうか。

【どんな本?】

 1883年8月27日月曜日、インドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にある火山島、クラカトアが噴火、島そのものを吹き飛ばし、火山弾や大津波で3万6千人が亡くなった。衝撃波は地球を7周し、噴火の轟音は4700km以上も話された所でも聞こえ、吹き上げた噴煙は3万6600mも上昇、北半球の空を赤く染め上げる。

 時は大英帝国が七つの海を制覇し、電信技術が世界を覆う科学の時代。噴火のニュースはたちまち世界を駆け巡り、各地で熱心な観測がなされる。従来の火山噴火と大きく異なる点がそれで、この噴火は多くの記録が残っている。

 噴火の舞台となったシャワ・スマトラ両島の歴史と同時の社会動向、帝国主義がぶつかり合う国際情勢、大きな曲がり角を向かえる地質学、火山ができるしくみ、噴火が及ぼす様々な被害、噴火後の生態系の変化など多彩な視点で描く、科学と歴史のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は KRAKATOA - The Day the World Exploded : August 27, 1883, by Simon Winchester, 2003。日本語版は2004年1月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約419頁+訳者あとがき4頁。9ポイント48字×20行×419頁=約402,240字、400字詰め原稿用紙で約1006枚。長編小説なら2冊分ぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。科学と歴史に関わる本だが、読みこなすのに専門的な知識は要らない。中学卒業程度の理科と歴史の知識があれば充分だろう。特に日本はプレート・テクニクスの知識が一般に敷衍してるので、読みこなせる人が多いと思う。地理と歴史が関わる本なので、地図帳または Google Map と、歴史年表があると更に便利。

【構成は?】

 序
第1章 尖った山のある島
第2章 運河に潜むワニ
第3章 ウォーレス線上の接近遭遇
第4章 過去の火山活動
第5章 地獄の門が開かれる
第6章 日の光も届かぬ海底で
第7章 おびえたゾウの奇妙な行動
第8章 大爆発、洪水、最後の審判の日
第9章 打ちのめされた民の叛乱
第10章 子供の誕生
エピローグ この世が爆発した場所
さらに詳しく知りたい人のための推薦(一作だけは禁止)図書・映像
 謝辞/訳者あとがき/索引

 基本的に時系列順で話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 昨年(2013年)に西之島新島が話題になったばかりなので、タイミングがよかった。単に日本の国土が増えただけでなく、色々と重要な意味があるのがわかる。

 前半のクライマックスは、「第3章 ウォーレス線上の接近遭遇」。ここでまず主役になるは、アルフレッド・ラッセル・ウォーレス(→Wikipedia)。イギリスの博物学者で、「ダーウィンの月」の二つ名で知られる。ダーウィンとは独立・同時期に進化論に達し、論文の仲介をダーウィンに頼む。世間の反感を恐れ慎重にしてたダーウィンはケツを蹴っ飛ばされ…

 と大きな功績のあった人だが、「ダーウィニズム」なんて言葉を造るぐらい「すべての名誉を気前よくダーウィンに譲った」。が、この本で重要なのは別の話。同じインドネシアでも、ボルネオ島やジャワ島など西側と、スラウェシ島や小スンダ列島など東側じゃ、全く生態系が違う。東側は有袋類ふがいたり、オーストラリアに近い。この二つの生態系を分けるのが、ウォーレス線。

 もう一人の主役が、大陸移動説で有名なアルフレート・ロタール・ウェゲナー(→Wikipedia)。早すぎたアイデアと悲劇っぽい印象があるが、本人は好きなグリーンランドで、「上空で起きている気象現象の研究に心から満足して携わっていて亡くなった」。

 やがて、先のウォーレス線など生態学の話と、磁鉄鋼の磁気の向きや海底探査・重力の異常など地質学の話が、地殻プレートよろしくぶつかり合い、プレート・テクニクスが生まれるあたりは、話の大きさも手伝ってゾクゾクしてくる。

 話はゆっくりと噴火当日へと進む。イギリスとオランダによる植民地化が進んでいた地域でもあり、両国は観測用に船舶を派遣するなど、多くの観測記録が残っている。火山はかなり前から蠢動を始めており、5月には商売熱心なオランダ領東インド汽船会社が、噴火を見る観光船を企画、即座に満員御礼となっている。

 そして運命の1883年8月27日月曜日、午前5時30分から4回の噴火が起き、最後の10時2分の大噴火はクラカトア島そのものを吹き飛ばす。轟音は4776kmも離れたロドリゲス島まで鳴り響くが…

バタヴィアやバイテンゾルフ、ジャワ島西部ではじつに多くの人間が何も聞いていない。おかしなことに耳が聞こえなくなったと感じた者、耳の中で妙なブンブンうなる音を聞いた者、あるいは周りで急激な圧力の変化があったのを感じたものもいた。

 ここで被害を拡大したのが、津波。少なくとも…

165ヵ村が破壊され、3万6417人が命を奪われ、無数の負傷者が出た。犠牲になった村やその住民の大半は、クラカトアの大噴火そのものではなく、それにともなって翌朝に発生した巨大な高波(津波)の被害にあったのだった。

 吹き上がった粒子は3万6600m上空まで届き、何ヶ月も漂う。「低いところでは、いつまでもぐずぐずと漂っていたがる小さな塵を洗い流してしまう雨も、この高さでは存在しない」。この塵は世界中の夕焼けを赤く染め上げ、合衆国では何回か火事と勘違いされ消防隊が出動している。

 「第9章 打ちのめされた民の叛乱」は、最近の物騒な中東・アフガニスタン情勢に興味がある人には、なかなか示唆に富む内容。この先も長く続くインドネシア独立の先駆けである、バンテンの叛乱(→コトバンク)を題にとり、現地住民とオランダ植民地政府との戦いの構造を描く。ここで重要な役割を果たすイスラム教スンニ派のしくみは、サウド王家の庇護を受け現代も着実に活動している。

 そして「第10章 子供の誕生」では、再び科学にテーマが戻る。ここでは、噴火で壊滅したかに見える近隣の島や、新しく成長してきた「アナック・クラカトア」の生態の変化が描かれる。最初に見つかったのはクモ。どうやら風に乗ってきたらしい。1906年には、アリやミミズまで見つかっている。ミミズは、どうやってきたんだろう?

 西欧の植民地化の歴史、それを支え共に発展した保険会社ロイズやロイター通信社の成り立ち、冷戦が地質学に与えた意外な影響、火山が生まれるしくみ、大陸移動説が生まれるダイナミックな物語、ヒトにはどうしようもできない火山噴火の凄まじい影響と、なんとかソレを解き明かそうと努力する地質学者たちの連なり。地理・歴史・科学にまたがる、大著に相応しいボリューム満タンの本だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月20日 (木)

SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」早川書房

 たとえば、自分が生まれ育った町のどこかで家が一軒建ったとしても誰も気づかない。そうやってひとつひとつ家が建っていくと、いつのまにかすごく大きな都市ができている。その過程で何かが失われていったことに誰も決して気がつかない……といったような。
  ――パオロ・バチガルピ

 2013年に日本で発表されたSF関係の書籍・漫画・映画などから、傑作だったり印象的だったりする作品を選び、人気投票で遊んだり、注目作家にインタビュウしたりする、SFファンのお祭り本、または2013年のSF/ファンタジイのブックガイド。2014年2月15日初版発行。ソフトカバー192頁。

 やはり気になるのは「ベストSF2013 国内篇/海外篇」。

 国内篇では、「星を創る者たち」「Gene Mapper -full build-」といった、由緒正しいサイエンス・フィクションが上位に食い込んでいるのが嬉しい。また新鋭作家の進出が著しいのも、SFの未来の明るさを示している気がする。攘夷二位が、いずれも創元SF短編賞の出身なのにも注目。私は11位の深海大戦が気になる。

 酉島伝法インタビュウ「酉島伝法のつくりかた」では、その創元SF短編賞を評して「SF版の日本ファンタジーノベル大賞」に納得。こういう「なんでもあり」な姿勢だと、SF者が好むケッタイなシロモノが出てくるよね。改稿では「ひたすらリターンキーを打ち続けました」に爆笑。

 「Windup mapper 対談パオロ・バチガルピ vs 藤井大洋」は、テクノロジーに悲観的なパオロ・バチガルピと、50年代的な明るい姿勢の藤井大洋で、「げ、マズいんじゃね?」と思ったけど、意外と和やかでホッとした。Gene Mapper で描いたベトナムのネットワーク環境が、まんまで呆れてしまう。つか、ネットワークボードのメーカーどこよw Scrivener は使ってみたいなあ。

 海外篇、刊行時期のハンデを振り切って2位に食い込んだ「ブラインドサイト」の活躍にびっくり。チャイナ・ミエヴィルの安定ぶり以上に、R・A・ラファティがベスト20に三作も入ってるのが驚き。でも気になるのは17位につけてるマックス・バリーの「機械男」。歯が人工物に置き換わりつつある私としては、かなり気になる。

 小説以外で気になるのは、「人生なんて、そんなものさ―カート・ヴォネガットの生涯」。小説は毒がたっぷりで、エッセイはリベラルな知識人ぶりが目立った人だった。同様に評伝では、「<驚異の旅>または出版をめぐる冒険」が、ジュール・ヴェルヌと編集者のポエール=ジュール・エッツェルを扱っていて、興味津々。

 コミックは「成恵の世界」が完結してしまった。「バーナード嬢曰く。」、今度読んでみよう。ちなみに1はリチャード・バックの「ONE」で←SFじゃねーし

 ヤケになったとしか思えない特別企画「SFで読み解く2013年」は、2013年のトピックにかこつけてSF作品を紹介しようという、強引極まりない力技。ネタは「PSYCHO-PASS サイコパス」「あまちゃん」「進撃の巨人」「艦隊これくしょん -艦これ-」「半沢直樹」「パシフィック・リム」「風立ちぬ」「英国ロイヤルベビー誕生」「2020年東京オリンピック開催決定」「iPhone5s/5c発売開始」。

 「きっかけはなんでもいいからSFを読んで欲しい」とゆー編集の無謀な熱情が伝わってくる企画、しかしSF者の思考回路は屈折しまくって。「艦これ」の一発目、提督への悪意に満ちてるw それと「進撃の巨人」、そういう基準なら「ガンパレード・マーチ」があったっていいじゃないか。あと「機神兵団」をどっかに突っ込んで欲しかった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月18日 (火)

北中正和「ギターは日本の歌をどう変えたか ギターのポピュラー音楽史」平凡社新書144

そのころに録音された「ダーク・ウォズ・ザ・ナイト(→Youtube)」(28年)のまるで生き物のような彼(ブラインド・ウィリー・ジョンスン)のスライド・ギターの響きは、一般的なギターのイメージから遠くかけ離れている。
  ――ヴォイジャーに乗って宇宙をゆくブルースのレコードもある

【どんな本?】

 現代のポップ・ミュージックには欠かせない楽器となったギター。そのギターの先祖は、どこで生まれたどんな楽器なのか。なぜ他の楽器より人気が出たのか。どんな音楽を演奏するどんな人に使われ、どんな演奏法だったのか。エレクトリック・ギターがどのように生まれ、どんな演奏がされてきたのか。

 そして、日本にはいつ、どんな音楽と共に入ってきたのか。代表的な演奏者は誰で、どのように使われたのか。古賀政男や田端義夫は、どこが画期的だったのか。歌謡曲とギターは、どんな関係だったのか。

 現代の代表的な大衆楽器であるギターを、その由来と歴史を辿りつつ、ロックやジャズなどポップ・ミュージックのルーツも探る、ギター・ファンやルーツ・ミュージックに興味のある人にはたまらない一冊。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年6月19日初版第1刷。新書版縦一段組みで本文約181頁。9ポイント40字×16行×181頁=約115,840字、400字詰め原稿用紙で約290枚。小説なら短めの長編か、長めの中編の分量。写真を豊富に収録しているので、文字量は8~9割ぐらいだろう。

 文章は読みやすい。前提知識もほとんど要らない。敢えて言えば、Ⅰ部に出てくる言葉「コース」(→Wikipedia)ぐらいか。ギターやマンドリンなどを弾いた経験があれば、まず問題なく読みこなせる。Ⅱ部以降は、日本の古い流行歌を知っていると、更にエキサイティングに読める。じゃ、スグに読み終えられるか、というと…

【構成は?】

はじめに

Ⅰ ギターの歴史/基礎知識編
まずギターについて基本的なおさらいから/エレクトリック・ギターは一枚岩ではない/ギターでないのにギターと呼ばれている楽器もある/ギターの語源についてひとこと、そしてギターの表記/実はカモノハシのような楽器がたくさんある/指で弾くか弓で弾くか、それは問題ではない/ギターの弦はいつから6本になったのか/ひょうたんか人工物か/ウードから生まれたリュート、ただし調弦法はつがっていた/豊臣秀吉はリュートの演奏を聞いていた/ヨーロッパの楽器かアジアの楽器か/ビウェラとギターの登場/弦の数が4コースから6コースへ/弦が11本から6本に減り、構造も変わった/産業革命がギターを作った?/アメリカ大陸に入ってきたギター/ブルースの誕生とギター/バンジョーはアフリカン・アメリカンの楽器だった/バンジョーはギターか/ハワイで起こったギター奏法の革命/アメリカのギター音楽のパイオニアはハワイ人だった/最初にギター演奏を録音したブルースマン/ヴォイジャーに乗って宇宙をゆくブルースのレコードもある/カントリーへのハワイアンの影響/音量を大きくするためにリゾネイター・ギターが登場する/エレクトリック・ギターの第一号は「フライパン」だった

Ⅱ 日本のポピュラー音楽とギター/1945年まで
キリシタン学校では洋楽器を使って音楽を教えていた/唱歌管弦ノ道ハ敏速ナル女性が弾いていた楽器/ギターはいつ日本に持ち込まれたのか/ギターの国産第一号は誰が作ったのか/ジャズの輸入とギター/ハワイアンとアーネスト・カアイの功績/レコード歌謡の黎明期にはハワイアンのバンドが三組も活躍していた/古賀政男と佐藤千夜子の出会い/ジャズ・ソング・ブームの陰に隠れてしまった古賀政男のデビュー/アンドレス・セゴビアの衝撃/「影を慕いて」はなぜ画期的だったのか/灰田晴彦のハワイアンのスティール・ギターを聞いて観客は笑った/日本で最初にエレクトリック・ギターを弾いたのは?/あきれたぼういずの功績/後継者の少なかった画期的な音楽/ダンス・ホールの禁止がかえってギターを広めた

Ⅲ 日本のポピュラー音楽とギター/戦後から現代まで
バタやんからはじまった戦後のギター/ストリート・ミュージシャンとしての「街の伊達男(ズンドコ節)」/憧れのハワイ航路へ/ハワイアンのバンド・ブームと歌謡曲の距離/「湯の町エレジー」と古賀ギターの復活/敗戦と共にはじまったカントリー/スパニッシュ・ソリッド・ボディの登場/上流のお坊ちゃんたちの趣味が音楽を変えていった/ワゴン・マスターズの快進撃/ギターをアンプにつないだ日/ウエスタン・カーニバルとロカビリー・ブーム/ロカビリー歌手が抱えていたのはアコースティック・ギターだった/寺内タケシとブルージーンズ登場/1965年、日本中からテケテケテケが聞こえた/静かにはじまったカレッジ・フォークのブーム/日本の住宅事情になじみやすかったフォーク/電気ギターからエレキ・ギターへ、そして社会現象に/演奏しながら歌うグループ・サウンズ・ブーム/手締めの三拍子から生まれたスパイダースの「フリフリ」/エレクトリック・ギターのサウンドが時代の通奏低音に

 主要参考文献/関連略年表/あとがき

 基本的に時系列順なので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 文字数は少ないのだが、実は読み終えるまで結構時間がかかった。

 やっぱりね、楽器やミュージシャンの名前が出てくると、どうしても聞いてみたくなる。そして今は Youtube なんて便利なモンがあるから、思わず検索してしまう。すると、出るわ出るわ凄いシロモノが。

 冒頭に引用したブラインド・ウィリー・ジョンスンも鬼気迫るモンがあるし、ロバート・ジョンソンのクロスロード(→Youtube)もいい。この本によると、リュート/ギターの先祖はイランの ud(ウード)まで辿れるらしく、これを調べたら Yalnızlık の 3Dem Ud Trio(→Youtube)が見つかって、これもなかなか気持ちいい。

 7~8世紀にアラブのミズハール Mizhar の進化形らしい。面白いのは、フレットがない事。「アラビア音楽で好まれる微分音に対応した結果だと思われる」。音階そのものが違うんですね。

 それが西洋に渡りリュートになり、15世紀に大流行する。「15世紀にイベリア半島最後のイスラム王国が崩壊した事に因果関係があったのはまちがいない」。が、リュートも18世紀にギターラに座を明け渡す。「その理由は音量の限界や演奏の難しさにあったと言われる」。チューニングの難しさを揶揄したジョークが二つ。

「いつも調弦に追われて、まだ演奏したことがないリュート奏者」
「人生の四分の三を調弦に費やしたリュート奏者」

 当時はナイロン弦がなくガット弦だし、コースで音を合わせるのも大変だったんだろうなあ。そのギターラ、イマイチ正体は不明らしい。ポルトガルのギターラがソレっぽいらしく、これも Youtube を漁ったら見つかった(→、Lui's Guerreiro Jose' Manuel Neto A^ngelo Freire - guitarra portuguesa)。はいいが、あまりに美しい演奏に聞きほれちゃって…

 これが二つのルートでアメリカに渡る。一つはイギリス移民が東部に、もう一つはスペイン・フランス系が南西部に。面白いのは、ブルースの本場と言われるシカゴとギターの因縁。

19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカの安価なギター生産拠点のひとつはシカゴだった。北米大陸の中央にあるシカゴは、各地と鉄道網で結ばれ、通信販売の拠点として有利だったのだ。

 バンジョーの誕生も意外で、ハワイアンやスライド・ギター誕生秘話も意外性に満ちている…とかやってるとキリなくて、いつまでも日本にたどり着けない。

 日本のギターじゃハワイアン、特にアーネスト・カアイ Ernest Ka'ai の影響が大きかった模様。ここも意外なのが、アンドレス・セゴビア Andrés Segovia(→Wikipedia、→Youtube)より前にハワイアンが入ってる事。しかも…

それまで日本のクラシック系のギターは、イタリアから輸入された金属弦のギターが標準とされていた。ところがセゴビアはガット弦を使っていた。(略)
 湿度の高い日本では、ガット弦は伸び縮みしやすいから、安定した音を出すことが難しい。

 なんとガット弦より先にスチール弦が入っていたとは。まあいい。
 セゴビアに衝撃を受けたのが古賀政男、名曲「影を慕いて」(→Youtube)を生み出す。これの何が新しかったかというと、極論すれば三味線のフレーズを西洋楽器のギターで弾いたこと。「そんな発想はなかった」のだ、当時は。

 これをコミックバンド「あきれたぼういず」がエスカレートさせ(→Youtubeの「四人の突撃兵」)、バタやんこと田端義夫に繋がってゆく。四国に渡る連絡船の中で聞いた闇屋の歌に惚れたバタやん、オリジナルの春歌を少し変える。当時はオーケストラを揃えて収録するのが普通だったが…

いい曲だったので、他の人が出す前に一刻も早く録音するため、ギターだけでレコーディングした

 のが、町の伊達男ズンドコ節(→Youtube)。当時はライブ感覚やシンプルな気持ちよさってのが、レコード会社には理解されてなかったのだ。

 などと意外性に満ちたギターや、その奏法の歴史も面白いが、出てくるミュージシャンや楽器の音を Youtube で聞き始めるとキリがない。単に読むだけならアッサリ読み終えられるが、ちゃんと味わおうとしたら時間がいくらあっても足りない。ギター・マニアにとってはアリジゴクのようにズルズルと引き込まれる、困った本だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月15日 (土)

篠田節子「ルーティーン ROUTINE SF短編ベスト」ハヤカワ文庫JA 牧眞司編

「辛かったことを忘れろというのは、周りの者の勝手な言い草ですよ。それがお母さんの人生だったのですから」
  ――怨み祓い師

【どんな本?】

 直木賞受賞作家・篠田節子の多くの短編から、SF/ホラー風味の強い作品を選び、書き下ろしとエッセイ・インタビュウ・代表作紹介を加えた、著者への愛に溢れるアンソロジー。荘厳さと不気味さが漂う「子羊」、アケスケな人の本音が炸裂するテンポのいいギャグ「世紀末の病」、疲れた都会のOLが主役の幻想的な「コヨーテは月に落ちる」など、バラエティ豊かながら、いずれも強烈な篠田味が効いた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年12月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約459頁に加え、あとがき2頁+牧眞司の解説「Setsuko in Wonderland ジャンル横断実力作家はSFでも凄玉!」なんと22頁。力入ってます。9ポイント40字×17行×459頁=約312,120字、400字詰め原稿用紙で約781枚。長編小説なら長めの分量。

 文章は抜群の読みやすさで、スラスラ読める。読めてしまう。ところが、改めて読み直すと、猛毒が盛ってあるから油断できない。最新の技術をダシに使った作品もあるが、理科が苦手な人でも大丈夫。「どんな仕組みか」がわからなければ、無視して構わない。「何ができるか」「どんな効果があるか」だけ分かれば、充分に楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれタイトルの後に初出誌と収録書籍を挙げた。

子羊 / SFマガジン1995年8月号、角川文庫「静かな黄昏の国」
 「神の子」M24は、施設の中で暮している。外の世界は知らないし、興味もない。外の世界に溢れた戦争・貧困・病気などから、ここは守られた砦なのだから。身辺の世話をしてくれるのは、シスターと呼ばれる者。ここには満たされた生活がある。
 無菌室で育った少女の視点で語られる、一種のユートピア/ディストピアの話…かと思ったら。花壇でも手芸でもフィギュアでも、自分の手で何かを作り育てる趣味や余技を持つ人には、心に突き刺さる作品。そういえば、趣味にハマってる人は、カルトにハマりにくい気がする。
世紀末の病 / 週間小説2000年1月28日号、新潮文庫「天窓のある家」
 最近の若い娘のファッションは理解できない。昔もヤマンバなんてのがあったが、今は完全に婆さんだ。肌の皺やかさつきまで再現してる。かと思えば、いきなり「一身上の都合により」と退職届。そりゃ昨日、ちょっと叱ったけど。先週末にも一人、無断欠勤のあげく退職した奴がいた。
 20代末の女性を襲う、恐ろしい災厄を描くディザスター物…かと思ったら、軽快なテンポで次々と転がる、猛毒のギャグ短編だった。登場する全ての人物が、これまた実に強烈なキャラクターばかり。最初の災厄の原因と結果だけでも充分に笑えるのに…。
コヨーテは月に落ちる / オール讀物1997年新年号、文春文庫「レクイエム」
 木造アパートの六畳二間を引き払い、引っ越したマンション。だが、来週には転勤で青森に引っ越さなければならない。寺岡美佐子は道に迷っていた。自分が買った部屋のあるマンションで。ことの始まりは、銀座。こんな所にいるはずのない、一匹のコヨーテを見かけ、後を追いかけ…
 長年、役所にノンキャリアとして働いてきた女性を主人公にした、幻想的な作品。改めて考えると、セキュリティの厳しいマンションって、閉じ込められる環境としちゃ最悪だなあ。
緋の襦袢 / 週間小説1994年10月28日号、文春文庫「死神」
 ベテランのケースワーカー大場元子のカウンターに現れたのは、札付きの厄介者の老女・大牟田マサだった。若い頃は結婚詐欺で荒稼ぎ、60を過ぎてからも詐欺を繰り返し、服役しても全く反省せず、今も生活保護を受けながら暮らす木造アパートでトラブルを起こしまくり、叩き出されて泣きついてきたのだ。
 煮ても焼いても食えない婆さん・大牟田マサの強烈なキャラクターが光る作品。ある意味、器用な人で羨ましい。タイトルも仕掛けもホラーなんだが、むしろユーモアが漂う作品。それでもやっぱり、最後までマサ婆さんの憎まれ口は冴えてる。
怨み祓い師 / 小説すばる2002年7月号、集英社文庫「コミュニティ」
 母の島村トメと娘の多美代、いずれも見分けがつかぬほど老いた二人は、六畳と四畳半に風呂付の借家に住み着き、針仕事で質素に暮している。口を開けば恨み言ばかりの母トメ、黙って聞いている娘の多美代。世間とは距離を置きながらも、クリーニング屋から入る繕い物の仕事などで、堅実に生活していたのだが…
 年寄りの年齢ってのは、ホントに分からないもんで。まして普通に働いて暮してるなら、傍からじゃますます見当もつかない。とかの主題もさることながら、トメと多美代の稼ぎ方が、昔ながらの仕事でありながら、それなりに世相を反映してて面白い。手に職があれば、現代でもそれなりに生きられるのかも。
ソリスト / オール讀物2004年2月号、文春文庫「秋の花火」
 高名なピアニスト、アンナ・チェーキナ。名前が出れば、コンサートのチケットは常に完売。だが、アンナいは悪い癖がある。遅刻は当たり前で、土壇場のキャンセルも珍しくない。彼女を呼んだ神林修子はヤキモキしながらも、開園時間を繰り下げる。
 テクニックとアンサンブルと解釈の、繊細なバランスの妙を感じさせる音楽小説。ステージ上で繰り広げられる、各プレイヤー同士の張り合いが生み出す緊張感が伝わってくる。
沼うつぼ / 小説すばる1993年12月号
 万葉後光鰻、沼うつぼ。半島先端の漁村の朱沼にしか住まぬ魚。その正体は不明ながら、明治の初期に食通に名が知れ渡り、珍味として持てはやされ、高値で取引されるようになる。人気は乱獲を呼び、減った個体数は更なる高値につながり、高値が更に人気を呼び…
 食い物に拘る人間の性が引き起こす悲喜劇と、それを煽る者たちを描いた作品。知られればレッドリスト入り間違いなしの生物を主題にしつつ、学者さんが一切出てこない潔さがいい。
まれびとの季節 / メフィスト(小説現代)1999年5月増刊号
 その日から、司祭マフムドは忙しくなる。この二年間で出た十二人の死者を、まとめて弔わねばならない。亡くなった者たちが楽園に入れるように、神に賄賂を贈るのだ。一人につき豚一頭、十二頭の豚を捕らえ屠って料理し、島内の七つの村から客を呼んでもてなすのだ。
 司祭の名がアラブっぽいマフムド、でも神に捧げるのは豚。「あれ?」と思わせた時点で、これは作者の勝ち。場所は明示されていないが、マレーシア・インドネシア・フィリピンあたりかな? マレー人はムスリムが多いけど、女性は生活力のある逞しい人が多いとかで、そういうイメージで読んだ。途中で出てくる老バエンと息子の論争が、なまじ真面目ながけに笑いが止まらない。
人格再編 / 小説新潮2008年1月号
 ストレッチャーに乗せられた患者・木暮義美は、悪態が止まらない。年を重ねた女は、丸くなるどころか、やたら意地汚く猜疑心に凝り固まった鬼婆へと変わった。疲れ果てた家族は、最後の望みにすがる。人格再編処置だ。担当する医師の堀純子は、丁寧に説明した。そして処置は行なわれ…
 これまた現代日本が抱える問題をネタにして、ちょっとしたヒネリを加え、痛烈な社会批評にした作品。落ち着いて考えると、こんな状況を一般の庶民までが抱えた社会なんてのは、恐らく人類が最近になって初めて直面する事態なわけで。どうケリがつくのか、それともつかないままズルズルいくのか。なんかズルズルいきそうで怖いなあ。
ルーティ-ン / 書き下ろし
 府中から武蔵野線に乗り、武蔵浦和で埼京線に乗り換えるか、南浦和で京浜東北で乗り換えるか。ぼんやりと考えていたら、乗り越してしまった。仕方なくタクシーを捕まえ、大宮に向かおうと思った途端に、大きな揺れ。タクシーだけじゃない、全てが揺れている。
 長年、地味ながら真面目に勤め、妻と子どもに囲まれた幸福な家庭を築いていた男。「ルーティ-ン」のタイトルが示すように、急激な世界の変化に対し、狭い視野でしかモノを考えない男の思考は、笑いたくなるけど、実は多くの勤め人に共通する性質だったりする。贅沢さえ言わなけりゃ、現代の日本はなんとなく暮していけるのかも。
短編小説倒錯愛 / 波1998年8月号、講談社文庫「寄り道ビアホール」
いきなり志賀直哉とO/ヘンリーをコキおろす所から始まる、豪快なエッセイ。短編だからこそ出来ることについて、篠田節子ならではの鋭い視点で見事な分析をsてみせる。こんな事を言われると、つい「じゃ俺も」といい気になって一遍書きたくなるじゃないか。
「篠田節子インタビュウ――SFは、拡大して、加速がついて、止まらない」 / SFオンライン1999年5月24日号
聞き手・構成は山岸真に、ゲストで大森望が参加。これまた出だしから爆笑もの。純文学とエンタテイメント小説の違い、SF者とミステリ・ファンの性向の違いなど、鋭い視点での楽しいネタが盛りだくさん。
Setsuko in Wonderland ジャンル横断実力作家はSFでも凄玉!(牧眞司)
豪華22頁を費やした解説。作家・篠田節子論から始まり、収録した作品の解説ばかりか、他の代表的な長編の紹介まで、解説者の思い入れがたっぷり詰まっていて、「SFファンよ、篠田節子は美味しいんだぞ」と煽りまくる。

 解説で「ゴサインタン」を「幻想小説」と紹介しているのに少し違和感を覚えたんだが、確かに幻想小説でもあるなあ、あれ。なんで違和感を覚えたかというと、この作家、描写から匂う生活臭が半端ないのだ。この作品集だと、「怨み祓い師」「まれびとの季節」「ルーティーン」で、その手腕を存分に発揮してる。

 皮膚感覚、特に舌にリアリティが伝わってきて、「幻想」って言葉がピンとこないのだ。ジョージ・R・R・マーティンの美食趣味とは違い、我々が日頃咀嚼している、慣れた食卓の味と匂いが、生々しく蘇ってくるのが、この人の作品の特徴。

 かと思えば筒井康隆ばりの毒舌ギャグもあり、小松左京ばりの骨太SFもあり、この人ならではの家庭・ご近所視点の物語もあり。大技を使いつつ親しみやすさは抜群で、初心者にもスレたSF者にも自信を持って勧められる、読みやすくて骨太な作品集。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月13日 (木)

大田眞也「スズメ百態面白帳」葦書房

 育雛期における日本でのある観察では、六羽の雛に親鳥が虫を運ぶ回数は一時間当たり約40回だったそうである。一日の活動時間を12時間、巣立ちまでを2週間、巣立ち後の給餌日数を10日間として、一回に一匹の虫を運んできたとして、一回の繁殖で雛に与える虫の数を単純計算すると11520匹となる。

【どんな本?】

 最も身近な野鳥であるスズメ。民家の軒下などヒトに近い場所に巣を作り、ヒトの住まない孤島などでは見かけない。ヒトの近くに住むにも関わらず、ハトとは異なりヒトへの警戒心は強く、飼いならした話もあまり聞かない。

 スズメはどこに住み、何を食べ、いつ繁殖するのか。スズメは害鳥なのか、益鳥なのか。どのように番い、雛がそだつまでどれぐらいかかり、寿命はどれぐらいなのか。繁殖の季節はいつごろで、どれぐらい卵を生むのか。ヒトはスズメとどう付き合い、どう見てきたのか。

 生活の中でスズメを見守り観察してきた著者による、身近な野鳥スズメの生態と観察の案内書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2000年12月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約214頁。9.5ポイント41字×16行×214頁=約140,384字、400字詰め原稿用紙で約351枚。長編小説なら短めの分量だが、写真を豊富に掲載しているので、文字の分量は7割ほどだろう。文章はこなれている。内容も一般向けで、特に前提知識は要らない。中学生でも充分に読みこなせるだろう。

【構成は?】

 はじめに/スズメの一年間の主な生活行動
食う
食害/食性と功罪/カキとスズメ/<温故知新―スズメの有益性><スズメの保護―穀霊神として>
天敵
渡る世間は鬼ばかり/最も怖いカラス/雀鷹/困ったネコ/<スズメの寿命>
育てる
声変わり/雄の争い/鏡に敵対する/好条件下では集団的に営巣/<萱葺き屋根の巣>/<瓦>/<青葉入れ>/<巣の害>/交尾/産卵し抱卵する/育雛/平等な給餌/卵割り・雛殺し/<子殺し>/巣立ち/雀の学校/分散による活力
巣のこと
巣のルーツをたどる/<十島菅原神社>/<「スズメとツバメ」の昔話考>/巣の未来を予測する
群れる
群れる智恵/雀のお宿は繁華街/<家紋「竹に飛雀」>/色変わりスズメ/綿帽子/雪に消えた白スズメ/雪原に黒スズメ/<羽毛の色>/親スズメの独寝/水浴びと砂浴び/台風禍/地獄網
分布・進化
スズメ類は人類の居住地が好き/イエスズメ日本に侵入か/スズメとイエスズメの興亡/小鳥の出現/スズメ類の進化/農耕地は第二の故郷/<日本の稲作>/稲作以前のスズメたち
民俗
ススと鳴き群れる小鳥(スズメの語源)/頬に黒斑がない稲の害鳥(ニュウナイスズメの語源)/スズメの地名/スズメを飼う/<スズメの子飼は現行法違反>/白スズメは瑞鳥/注連縄飾りとスズメ/雀守り神さん
おわりに

 1~5頁の短い記事が並ぶ構成で、それぞれの記事もほぼ独立しているため、気になった部分だけを拾い読みしてもいい。巻頭にカラー写真がある他、本文中にも多数のモノクロ写真があり、それを見ているだけでも楽しめる。頭だけ白い「綿帽子」が可愛い。

【感想は?】

 この本は先週に読みたかった。先の週末に雪が積もったからだ。

 やっぱり、身近な理科は興奮する。日本に住んでいれば、どうしたってスズメは馴染みになる。だが、近づいてじっくり見るのは難しい。ハトと違って警戒心が強く、すぐ飛び立ってしまうからだ。

 冒頭から意外な事が書かれている。「人里離れた原生林や孤島でスズメを見かけることはまずない」「過疎などで人が住まなくなると、空家はあってもスズメもまたいつの間にかどこへともなく姿を消してゆく」。なぜか人の近くに住むのだ、スズメは。だったら少しは慣れてくれてもよさそうなもんだが。いけず。

 田や畑を食い荒らすと思われているスズメだが、同時に虫を食べる性質もある。食い荒らすのは田の周辺部で、近くに生垣や竹薮など隠れ場がある所だけ。人家に近く目に付きやすい所で食い荒らすので、実際より害が大きく思われてるんじゃないか、と著者は疑問を呈している。なかなか目の付け所は鋭い。

 特に5~6月は「食物量の40%前後を(昆虫が)占めている」「ゾウムシ・ハムシ・コガネムシなどの甲虫」「ヨコバイ・アワフキ・イナゴ・ガの幼虫など、いわゆる農作物の害虫といわれているものが大半」なので、功罪は難しいところ。

 冒頭の引用は、この季節の子育ての様子で、一時間に40回も餌を運んでいる。働き者だなあ。あの小さな体のどこに、そんなスタミナがあるんだろう。面白いのは、「孵化後間もなくは雛の消化能力も不十分で、糞にはまだ栄養分が残っているので親鳥が食べてしまう」なんて習性もある。よく調べたなあ。

 それだけ頑張って育てても、「生後一年以内に75%が死んでいる」。天敵のカラスやネコに狙われたり、台風で体温が維持できず衰弱死したり、雪で飢え死にしたり。体が小さいので、食いだめできないのだ。だから、雪の日なら餌付けしやすかろうと思って、こんな書き出しになった。

 平均寿命は野生で三年ほど。蝉より短命だ。飼育したら最長記録は雌の13年10ヶ月、雄で5年3ヶ月。ジャンガリアン・ハムスターと同じぐらいかな? でも、スズメの子飼いは禁止されてます。残念。

 民家の軒下に巣を作るなど、人が住む所に巣を作る習性のあるスズメ。困った問題を引き起こすこともあって、風呂の煙突に巣を作っちゃった場合、排煙が逆流して一酸化炭素中毒の事故を引き起こす場合があった。最近は煙突に防鳥網の設置が義務付けられ、そんな事故も減ったけど。

 他の鳥の巣を拝借する事もあって。火山灰によるシラスの崖に、カワセミが掘って造った巣穴をちゃっかり利用してたりする。アオサギやトビの巣に間借りする事もあって、食われないのかしらん。変わった所じゃ、なんとスズメバチの巣を再利用してたり。特に可愛らしいのが、民家の柱時計の上に巣を作った話。餌を運んできても、人が見てると巣に近寄らない。

 家の人の話だと、いつもこうで、人が見ていると分かるといつまでも時計の上にじっと止まって、ちょっとでも目を離すと、そのすきに餌を与えているとのことだった。

 ヒトに慣れてるんだか、警戒してるんだか。スズメも可愛いが、それを鷹揚に見守る家の人も懐が広い。他にも狛犬の口や鬼瓦に作った巣の写真も載っていて、実に工夫に富んでいるというか柔軟性が高いというか。

 身近な野鳥の、逞しく意外な生態も楽しいが、それを温かく見守る著者の目線も心地良いし、そんな著者に協力する人々の気持ちも暖かい。小さい体で頑張って生きているスズメを、少しだけ今までとは違う目で見られるようになる、そんな本だ。しかし、先の雪をどうやってスズメたちはしのいだんだろう?

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月12日 (水)

片理誠「終末の海 Mystrious Ark」徳間書店

 考えなきゃ! 考えるんだ圭太! 僕はエンジニアだ! エンジニアは決して諦めない! 優秀なエンジニアは、どんな状況でも常に最善の方法を模索する! 僕にチャンスを残してくれた父さんのように。だから今度は僕が、そのチャンスを活かしてみせる! 間に合わせでも何でもいいから、今あるものでどうにかしてみせろ、圭太!

【どんな本?】

 新鋭SF作家・片理誠のデビュー作。第5回(2003年)日本SF新人賞佳作入選作「終末の海 韜晦の箱舟」に、加筆訂正・改題して出版された。核戦争を逃れ脱出したが、核の冬に閉じ込められ座礁した漁船の中で、わずかに生き残った少年・少女たちの、生存を賭けた戦いを描く、クラシカルな香り漂う正統派の長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年3月31日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約267頁+あとがき4頁。9ポイント45字×19行×267頁=約228,285字、400字詰め原稿用紙で約571頁。標準的な長編の分量。新人とは思えぬほど文章は読みやすく、スイスイ読める。破滅後の世界を描くSFだが、特に難しい理屈も出てこないので、日頃SFを読まない人でもとっつきやすいだろう。かつての眉村卓の学園SFのような、少し懐かしい感じすら漂う、万人向けの作品だ。

【どんな話?】

 エネルギーが石油から水素にシフトした近未来。だが愚かな人類は、核戦争によって自らの環境を破壊してしまう。圭太の家族は、父が乗っていた漁船・第二十七翔竜丸に、他の乗り組員の家族と共に乗り込み、南太平洋に浮かぶフロート・ナインを目指す。基地の軌道エレベーターで軌道リングまで昇り、シャトルで月面都市へ向かう予定だったが…

【感想は?】

 黄金時代のSFの味。

 主人公は12歳の少年・圭太。エンジニアである父ちゃんに憧れ、少しでも近づきたいと願う少年。エンジニアったって、椅子に座って図面引いたりキーボード叩いてる人じゃない。機関室で油にまみれ、パイプやバルブの面倒を見る、油臭い仕事に携わる人だ。

 こういう、滅多に目立たない立場の人が、「憧れの人」として大きな存在感を示すのが嬉しい。しかも、冒頭から父ちゃんは船の命運を握る大活躍を見せる。まあ、活躍ったって、暑苦しい機関室で、その場凌ぎのパッチ当てなんだけど。ここで、エネルギー源が石油から水素に替わった事による、現場の問題が出てくるのも芸が細かい。確かに老朽化したら、大問題になるだろうなあ。

 現在の漁船の燃料は軽油か重油(→Yahoo!知恵袋)、大型船舶は重油(出光興産株式会社VLCCで消費される燃料はどのくらい?)。単位重量あたりの発熱量は重油46MJ/kg、水素は143MJ/kgだから、巧く体積を圧縮できれば水素の方が燃費はいい(藤田和男監修「トコトンやさしい天然ガスの本」日刊工業新聞社B&Tブックス)。

 また航法はバイオコンピュータに任せてたり、こういうちょっとした技術で、近未来である由を匂わせるあたり、なかなか手馴れている。数字で「20XX年」とかやるより、読者としては、ずっと感覚的に時代背景を掴みやすい。

 物語はこの後、厳寒の海に座礁した漁船内に取り残された少年・少女たちの、厳しいサバイバルが描かれる。ここでもエネルギーが風力発電だったり、微妙に未来を感じさせるのはSFだが、そこで展開する少年少女のドラマは、むしろジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」を思わせる、古典的な香りを漂わせる。

 18歳の京田康之は、身勝手な乱暴者で、無茶ばかり言う。同じ18歳の鈴掛英人は、落ち着いて頼りになるリーダー格で、圭太の幼馴染。英人の妹の美阿も、圭太の一つ上で幼馴染。そして圭太の弟の夕矢は、まだ六歳。大人は二人の中年女性も含め、生存者は11人。

 十五少年漂流記より、銀河漂流バイファムかな?残った大人が、あまし頼りにならないのも、バイファムっぽい。状況はヤバいながら、船内は比較的に和やかだったジェイナスと異なり、この作品では、かなり剣呑な雰囲気になってる。

 いきなり葬儀があったりするのもそうだが、やっぱり康之の存在感が大きい。典型的な頭の悪い自分勝手なお坊ちゃん育ちの不良で、いきなり圭太にイチャモンつけるあたりが、実に憎たらしく書けてる。やっぱりね、遠慮なく憎める奴が悪役にいると、お話は引き立つよなあ。

 などと絶望的な状況でのサバイバルは、やがて謎の「箱船」に舞台を移す。

 ここから始まる不気味なミステリも、このお話の大きな魅力。破滅した世界の中で、定期的に安定して航行する大型船舶の正体と、その目的は何か。かの箱船を訪れた大人たちは、なぜ・どこに消えたのか。箱船は、どこに向かっているのか。そして圭太たちは、無事にフロート・ナインにたどり着けるのか。

 破滅した世界のなかでの、厳しいサバイバル。残された少年少女の集団の中での、様々な軋轢と対立。大人たちを飲み込んで消える、大きな箱舟の謎。そして、父親を尊敬する少年の、憧れと生存への強い意思。気恥ずかしくなるぐらい真っ直ぐで、けれど若い頃に夢中になって読んだ黄金期のSFの味を、21世紀に蘇らせた、正統派のSF長編だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月11日 (火)

ヴィクター・セベスチェン「東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊」白水社 三浦元博/山崎博康訳

「レフ(・ワレサ)は二度目のノーベル賞を受賞する資格がある。『連帯』内で平和を保っていることがその理由だ」

「ベルリンの(壁崩壊)事件について、米政府に情報を与え続けたのは、CIAよりむしろCNNだった。ベルリンの壁の崩壊は、冷戦終結期の歳月を通じて続く事になるCIAとCNNの無言の競争の号砲だった。CIAはさまざまな出来事に関して、スパイ情報網を持っておらず……東欧各国とソ連の首都にいた情報源のだれも、われわれに事態を解説することができなかったのだ」
  ――CIAソ連圏担当上席分析官ミルト・ベアデン

【どんな本?】

 1985年3月10日、ミハイル・ゴルバチョフのソ連共産党書記長就任に始まるペレストロイカとグラスノスチは、東欧諸国に大きなうねりをもたらし、1989年11月9に始まったベルリンの壁崩壊をピークに、雪崩のごとく東欧諸国を席巻し、米ソの冷戦構造を一転させ、連帯のレフ・ワレサなどのスターを生み出した。

 冷戦前の東欧諸国はどんな状況だったのか。ゴルバチョフはどんな目的でペレストロイカとグラスノスチを推し進めたのか。なぜ1968年の「プラハの春(→Wikipedia)」のようにソ連軍が、または1989年6月の第二次天安門事件(→Wikipedia)のように各国軍が鎮圧しなかったのか。東欧諸国の権力者や庶民や反体制派は、どう判断し行動したのか。アメリカなど西欧諸国は、どんな影響を与えたのか。

 第二次世界大戦以降の NATO vs ワルシャワ条約機構 という20世紀後半の世界情勢をひっくり返した東欧崩壊を、その前夜からルーマニアのチャウシェスクの失脚に至るまで、共産党首脳陣・反体制派・海外の要人を交え描いた、ドキュメンタリーの大作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Revolution 1989 - The Fall of the Soviet Empire, by Victor Sebestyen, 2009。日本語版は2009年11月15日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約571頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字20行×571頁=約513,900字、400字詰め原稿用紙で約1285枚。長編小説なら2冊分ちょい。

 訳文は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。「冷戦って、アメリカとソ連が手下を連れてメンチ切りあってたんだよね」程度で充分に読みこなせる。とまれ、600頁近い大作だけに、登場人物が異様に多いので、巻末の人名索引には何度もお世話になった。出てくる人がロナルド・レーガンやエーリッヒ・ホーネッカーなど当事の有名人だったり、チェコスロバキアが今はチェコとスロバキアになっていたり、当時を知らない若い人には少し辛いかも。

【構成は?】

序文
プロローグ 1989年12月25日(月曜日)、トゥルゴビシュテ(ルーマニア)
第一部 冷戦
第1章 労働者国家
第2章 希望のメッセージ 1978年10月16日(月曜日)、クレムリン
第3章 連帯 1980年8月9日(土曜日)、グダニスク(ポーランド)
第4章 電気工 1980年8月14日(木曜日)、グダニスク
第5章 内戦 1981年12月12日(土曜日)、ワルシャワ
第6章 出血する傷口 1981年12月13日(日曜日)、カブール
第7章 権力なき者たちの力 1982年6月、プラハ
第8章 軍事演習「エイブル・アーチャー」 1983年11月12日(水曜日)、ワシントンDC
第9章 米国先導するハト派 1983年11月、ワシントンDC
第10章 ビュロスの勝利 1983年12月3日(土曜日)、ワルシャワ
第二部 雪解け
第11章 新生ツァーリ 1985年3月10日(日曜日)、モスクワ
第12章 剣と盾 1985年4月、東ベルリン
第13章 レーニンの使徒 1985年4月4日(木曜日)、モスクワ
第14章 封印された記憶 1986年1月18日(土曜日)、ブダペスト
第15章 「われらは勝てない」 1986年1月、モスクワ
第16章 「憎ませておけ」 1986年1月26日(日曜日)、ブカレスト
第17章 チェルノブイリ原発事故 1986年4月26日(土曜日)、ブリビャチ市(ウクライナ)
第18章 民族浄化 1987年6月、ソフィア
第19章 赤の広場の屈辱 1987年5月28日(木曜日)、モスクワ
第20章 四人組 1987年6月、モスクワ
第21章 ゴルバチョフのベトナム 1988年4月19日(火曜日)、ワシントンDC
第22章 老人たちの物語 1987年9月17日(月曜日)、ボン
第23章 ポーランドの終焉 1988年8月31日(水曜日)、ワルシャワ
第24章 ブッシュが大統領に 1988年11月8日(火曜日)、ワシントンDC
第25章 マンハッタンの勝利 1988年12月7日(水曜日)、ニューヨーク

第三部 革命
第26章 非難合戦 1989年1月1日(日曜日)、ブダペスト
第27章 獄中のハベル 1989年1月16日(月曜日)、プラハ
第28章 円卓会議 1989年1月16日(月曜日)、ワルシャワ
第29章 射殺命令 1989年2月5日(日曜日)、東ベルリン
第30章 友好の橋 1989年2月15日(水曜日)、テルメズ(アフガニスタン)
第31章 鉄のカーテン崩落 1989年3月3日(金曜日)、クレムリン
第32章 慎重居士ブッシュ 1989年4月1日(土曜日)、ワシントンDC
第33章 忠実な反対派 1989年4月4日(火曜日)、ワルシャワ
第34章 負債を払う独裁者 1989年4月12日(水曜日)、ブカレスト
第35章 不正選挙 1989年5月7日(日曜日)、東ベルリン
第36章 トルコ人追放 1989年5月20日(土曜日)、ソフィア
第37章 地滑り勝利 1989年6月4日(日曜日)、ワルシャワ
第38章 ブダペストの葬送 1989年6月16日(金曜日)、ブダペスト
第39章 大統領の歴訪 1989年7月10日(月曜日)、ワルシャワ
第40章 トラバントの旅 1989年8月19日(土曜日)、ショブロン(ハンガリー西部)
第41章 反体制派政権 1989年8月24日(木曜日)、ワルシャワ
第42章 難民の波 1989年8月25日(金曜日)、ギムニッヒ城、ボン
第43章 建国記念パーティー 1989年10月7日(土曜日)、東ベルリン
第44章 ピープルパワー 1989年10月31日(火曜日)、東ベルリン
第45章 ベルリンの壁崩壊 1989年11月9日(木曜日)、東ベルリン
第46章 宮廷クーデター 1989年11月10日(金曜日)、ソフィア
第47章 ビロード革命 1989年11月17日(金曜日)、プラハ
第48章 露呈した弱さ 1989年12月17日(日曜日)、ティミショアラ(ルーマニア)
フィナーレ 1989年12月1日(金曜日)、バチカン帝国
 謝辞/訳者あとがき
 写真クレジット/出典/参考文献/人名索引

 大作だが、10頁程度の短い章を積み重ねる形で構成され、意外と読みやすい。とまれ、基本的に時系列順に並んでいるので、素直に頭から読もう。巻頭の地図「1989年のヨーロッパ」と、巻末の人名索引は役に立つので、栞を挟んでおこう。

【感想は?】

 当時を振り返ると、あれは夢に浮かされたような状況だった。

 ゴルバチョフはゴルビーの愛称で親しまれ、あれよあれよという間にレフ・ワレサがヒーローになり、ベルリンの壁が崩壊し、チャウシェスクの悪行が暴露された。

 不思議に思ったのは、ソ連の赤軍や各国の国軍が民衆を弾圧しなかったこと。この本に、その解の一部が書かれている。ソ連軍の不介入は、ゴルバチョフの命令によるものだ。ソ連軍が東欧革命に巻き込まれるのを、ゴルバチョフは嫌った、とある。あくまでも東欧諸国自身に任せたのだ、と。その理由の一つはアフガニスタンだ。

ミハイル・スースロフ「もう一つのアフガニスタンを抱え込むゆとりなどない」

 前半では、崩壊前の東欧各国の状況が明らかになる。トラバント(→Wikipedia)を覚えている人なら、経済・産業の様子は、なんとなく想像がつくだろう。どころか、実態はそれ以上に酷かった。1970年代のポーランドでは、ヘアピンがまったくなかった。経済・産業計画は男性が作り、女性が指摘しても計画の変更は「面倒すぎてできるものではない」。ルーマニアでは、「大鎌や小鎌で収穫が行なわれた」。ソ連から供与された石油を、西側に転売して外貨を稼ぐためだ。

 というのも。「共産主義体制は西側からの大規模な借り入れをせずには、体制側の約束をまもれなくなった」からだ。「東ドイツでは1980年代初頭には、所得の60%が債務返済に充てられていた」。貸していたのは西側の銀行。ソ連の信用保証を信じたのだ。ところが、肝心のソ連は…

この帝国は支配下にある多くの植民地と比べ、はるかに貧しかったのである。(略)ソ連は機械製品や消費物資、食料と引き換えに、石油、ガス、その他の原材料を大量に供給していたのである。

 地下資源に頼った帝国だったわけだ。今でもロシアは原油輸出量でサウジアラビアに次ぐ世界第二位にいるが、日本はロシアからの輸入には慎重だ(→経済産業省石油統計速報平成25年12月分)。

 話を戻そう。つまりはソ連にとって東欧諸国はお荷物で、東ドイツなどは破産寸前だった。そして、それを知っていたのは、ホーネッカーを加え5人だけ。「長期ローンの利払いに短期ローンを充ててきた」って、住宅ローンの支払いにサラ金から借りる、みたいな感じかな?ここで暴露される東ドイツの財政状況は、素人の私にも相当ショッキングだ。

 東欧ばかりでなく、ソ連の間抜けっぷりも容赦なく叩いている。大韓航空機撃墜事件(→Wikipedia)では、当事のソ連の防空体制について「カムチャツカ半島とサハリン等にある計11の防空レーダー基地のうち、8ヶ所は大韓航空機を探知できていなかった」。おいおい、小型機じゃない、ジャンボことボーイング747だぞ。これには1976年のベレンコ中尉亡命事件(→Wikipedia)もひょっこり出てくる。

数年前、最新鋭戦闘機ミグ25が日本に飛び、亡命する事件が起きて以来、防空軍機は外国領空に到達できる燃料を積載してはならないとする常時命令が出されていた。

 迎撃に出たゲンナジー・オシポビッチ大佐のスホイ15は、航続時間が最大45分しかないので、じっくり確認する余裕がなかったのだ。この事件に屈辱を、赤軍は1987年に再び味わう。5月28日、19歳の青年マティアス・ルスト(→Wikipedia)操縦のセスナ172-Bが赤の広場に着陸する。

 これは赤軍の大粛清を引き起こす。国防相セルゲイ・ソコロフ元帥は辞任、防空軍司令官アレクサンドル・コルドゥノフが即刻解任されたのを初め、150人以上の将校が解任され、「国防相と参謀本部、およびワルシャワ条約機構軍司令部と全軍管区司令部の上層部がすっかり入れ替わった」。後にルスト青年は「西側最強の兵器」と言われた。もっともコレにはオチがついてる。「ほとんどはペレストロイカの敵対者と見なされた将校たちである」。

 ソ連および体制側の武力介入を恐れ慎重に動くワレサ、国境の鉄条網の維持費が捻出できず国境を開放するハンガリー、法王ヨハネ・パウロ二世の意外な影響力、奇妙な東ドイツの選挙風景、己の人気を過信する東欧の共産党指導部、ジョージ・ブッシュの信じられない外交など、読み所は幾らでもある。

 私には、自分が嫌われている事を全く認識していない権力者たちの姿が、特に印象的だった。ルーマニアのチャウシェスクの狂気を煽る北朝鮮や、テレビとラジオが東欧に与えた大きな影響も、注意深く読めば読み取ることができる。ひとつの体制が崩壊する過程の物語として、愚かで無責任な権力者の行動のサンプルとして、そして20世紀後半の最大の事件の記録として、読み応えも面白さも突出している。じっくり時間をかけて読もう。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月10日 (月)

主流文学の王道作品って、何?

 私の書評には頻繁に王道って言葉が出てくる。最近じゃマイクル・コーニイの「パラークシの記憶」を「王道の青春SF長編」と評した。

 SFなら、どんな作品が王道か、具体的に作品を挙げられる。といってもあまり新鮮味のないラインナップで、アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」,グレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」,小松左京の「日本沈没」,ジェイムズ・P・ホーガンンの「星を継ぐもの」とか、そんなところ。

 マニアックな所ではグラント・キャリンの「サターン・デッドヒート」,スパイダー&ジーン・ロビンスンの「スターダンス」かな…と書いてて、やっと気がついた。日本沈没を除いてファースト・コンタクト物ばっかりじゃん。

 SFを語ると長くなるんで、これくらいにしよう。

 最近になって読み始めた時代物だと、山本周五郎の「おごそかな渇き」,藤沢周平の「用心棒日月抄」,池波正太郎の「剣客商売」は、王道と言っていいんだろうか?柴田錬三郎は、意図的に変化球を投げてる気がするし、笹沢佐保の「木枯し紋次郎」も裏世界の人を扱ってる。司馬遼太郎は散々読んだけど、あの人は時代小説というより歴史小説と呼ぶのが相応しい気がする。

これがミステリだと私は少し苦手だ。たぶん王道と言われるのはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物,エラリイ・クイーンの「○の悲劇」,アガサ・クリスティーのポアロ物だろうか。

 ホームズ物は小学生の時に子供向けの本で読んだきり。同級生の間で流行ってたんで、つられて読んだんだ。読み物として面白くはあったけど、私は星新一の方が好きだった。クイーンはXだけ読んだのかな?クリスティーは「春にして君を離れ」しか読んでない。ポアロ出てこないじゃん。

 どうも私のオツムは粗雑で、緻密さを要求するミステリには向かないみたいだ。最近読んだ中じゃ宮部みゆきの「ぼんくら」シリーズがミステリの要素も入ってるけど、あれは人情物として優れてるんで、謎解きが主題じゃないだろう。逆に徹底して謎解きにこだわってるのがF・W・クロフツの「」だろうけど、あれは王道ではなく「本格」が相応しい呼び方だと思う。

 など、ジャンル物だと、なんとなく「王道」は定義できそうな気がするし、代表的な作品も挙げられるんだが。主流文学になると、何が王道なんだか、サッパリわからない。

 例えばパール・バックの「大地」は、王道なんだろうか? マリオ・バルガス=リョサの「世界終末戦争」は? リチャード・バックは…なんか、違う気がする。そもそも主流文学じゃないっぽいし。佐藤賢一の「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」も好きなんだが、娯楽色が強すぎるのかな。トルーマン・カポーティだと、実は「ティファニーで朝食を」より「冷血」の方が好きなんだけど、あれを王道と言っていいんだろうか。

 とか、こういう事で悩むのも、そもそも「主流文学とは何か」が定義できてないからかな、と思ったが。「じゃSFを定義しろ」とか言われたら、それはそれで三日三晩悩んだ挙句に「俺がSFと思った物がSF」とか無茶な結論になる気がする。結局、主流文学の王道作品って、何だろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 8日 (土)

逢坂剛「カディスの赤い星」講談社

「しかしセニョル、死んだときにしらがは尊敬されるが、でぶは棺桶代がよけいにかかるからやっかいなだけですよ」

【どんな本?】

 ミステリや冒険小説で活躍する売れっ子作家・逢坂剛が注目を浴びるきっかけとなった出世作。第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞受賞。スパニッシュ・ギターの名工ホセ・ラモス・バルデスが求める名器「カディスの赤い星」をめぐり、それに隠されたスペインの歴史と人々の執念を、情熱的なフラメンコの調べに乗せて描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1986年7月21日第一刷発行。私が読んだのは1989年4月28日発行の第13刷。版を重ねてます。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約423頁。今は双葉文庫と講談社文庫から、文庫本が出ている。いずれも上下巻。8.5ポイント25字×24行×2段×423頁=約507,600字、400字詰め原稿用紙で約1269枚。文庫本上下巻は妥当な分量。

 売れっ子だけあって、文章はこなれていて読みやすい。1975年を舞台にした物語なので、当事の雰囲気がわかればなおよし。物語にはスペイン内戦以来のスペインの政治状況が深く関わっているので、知らない人は軽く調べておくといいだろう(→Wikipedia)。それだけの価値はある。

 また、この作品で欠かせないのが、フラメンコ。ジャズが好きなら、パコ・デ・ルシア(→Youtube)はご存知だろう。ホァン・マジャ・マローテ(Juan Maya Marote)も Youtube にいくつか上がっている(→Solea' del recuerdo)。いずれも人間離れした演奏能力の持ち主だ。素人にウケる派手なテクニック以前に、ギタリストとしての基礎的な能力が化け物じみて高く、そこに至るまでの練習量は想像を絶しており、ギターを弾く者なら彼らの情念に背筋が寒くなる。

【どんな話?】

 1975年。小さなPR事務所を営む漆田亮は、得意先の日野楽器が招聘したギターの名工ホセ・ラモス・バルデスより、奇妙な依頼を受ける。1955年、カディスにいた彼の元を訪れた日本人ギタリストで、サントスと名乗る男を探して欲しい、と。畑違いの仕事だが、大手得意先の依頼とあっては断れない。当事の日本人でフラメンコのギタリストなら、それなりに絞り込める。事務所の若手・大倉幸祐も動員して捜索したところ、関西で手ごたえがあり…

【感想は?】

 先に書いたように、スペイン内戦とフラメンコ・ギターは外せない。その二つがなくても充分に小説として面白いんだが、知っていると、特に後半以降に感じる凄みが違ってくる。

 スペイン内戦(→Wikipedia)は、裏切られた戦争だ。

 左派としては比較的に穏やかな共和制だったが、ファシズムに近いフランコ将軍(→Wikipedia)が叛旗を翻し、スペイン全土を巻き込む内戦へと発展してゆく。寄り合い所帯の共和国軍は、世界中から共感する若者が駆けつけ国際旅団として支援するが、やがてソ連から派遣されたコミュニストに牛耳られてゆく。この状況を、イギリスやフランスは指をくわえて見ていた。

 対して、フランコ率いる叛乱軍は、軍の多くを引き入れたほか、国内では教会や富裕層を、国外ではナチス・ドイツを味方につけ、共和国軍を追いつめ粉砕してゆく。内戦後のフランコは独裁者として君臨、しつこく言い寄るヒトラーを翻弄しつつ、第二次世界大戦では中立を維持して見事な外交手腕を見せた。

 物語は学生運動と高度成長期の余韻が残る1975年の日本で幕を開ける。当時は日本赤軍がパレスチナ・ゲリラと共闘してテルアビブで自動小銃を乱射したり(→Wikipedia)、学生運動の残党が先鋭的になって無茶やってたんです。とまれ、全般的に日本は成長経済の中にいて、今に比べれば雰囲気は明るかった。

 ってな時代を背景に、広告業界と消費者運動の角突き合いでお話は始まる。ここでの消費者運動を率いる胡散臭いオバサン槙村真紀子と、主人公のPRマン漆田亮の、丁々発止のやりとりが、まるで映画みたいに気の利いた台詞の応酬で楽しい。槙村真紀子もなかなか食えない人物だが、漆田亮の「口の減らない」ユーモアがいい。

 この漆田、特に荒事に強いわけじゃないので、「冒険小説の主人公として大丈夫か?」と最初は気になったんだが、どんな危ない状況でも、というより危ない時ほど、辛らつなジョークを飛ばす奴で。肝が太いんだか、口が軽いんだか。彼と槙村真紀子を中心に展開する、広報を巡るジャブの応酬も、前半の読みどころ。

 前半はやがて、「サントス」を探しつつ、当事の日本のフラメンコ事情を巡るお話となる。今でこそANIF(日本フラメンコ協会)なんてキチンとした組織が出来ているが、当時は好きな人が群れてるだけ。日本人が「サントス」を名乗るのも、当時の気分が出てるし、グルーポ・フラメンコがシンガーを獲得するくだりは「おお!」と驚いたり。

 フラメンコ・ギターの世界は魑魅魍魎がウジャウジャいるらしく、本場スペインにはパコ・デ・ルシアに匹敵する人外が群れをなしてる、とか。本当か嘘かは不明だが、パコの演奏を聴けば、それを支える壮絶なまでの訓練が否応なしに実感できる。それも、相当に若い頃から修行しなければ、あの高みに辿り付けるものではない。かつてパコ・デ・ルシアと共演したアル・ディ・メオラはインタビューで語っていた。「毎日8時間は練習するよ、当たり前じゃん」。そういう世界なのだ。

 まあ、そんな訳で、ギターを弾き始めた頃に彼らの演奏する地中海の舞踏(→Youtube)を聴いた私が感じた絶望を、この小説は蘇らせてくれた。忌々しいw いやもうね、なんで同じ楽器を使って、これほどまでに違う音楽になるのか。なんだって、素人にここまで己の不器用さを思い知らせるのか。

 かように凄まじいフラメンコ・ギターの世界を、肝心のスペイン人たちはどう思っているのか。だいたい想像がつくと思うが、彼らの気持ちが伺えるのは、後半のお楽しみ。

 後半はスペインへ飛び、雰囲気は一気に物騒になる。

 中でも印象に残るのが、危なっかしいロコ(狂人)。やっぱり冒険小説じゃ、こういう人が出ないと。ファランヘ党(ファシスト)の父親を共和国に殺された、根っからの極右で、ナイフを握って生まれてきたようなヤバい男。コイツが登場すると、一気に周囲の温度が下がってゆく。いや憎ったらしい奴なんだけど、こういう災厄の権化みたいで行動が予想できない(というより予想したくない)悪役がいると、緊張感が違ってくる。

 かと思えば、スペインの別の顔も見せてくれるのが、この作品の魅力。宿の気のいいオヤジのミゲルと、料理のうまい女将のレナータ。フランコをパキートと呼ぶ老人は、かの国の激しい歴史を感じさせる。有能ながら、部下に恵まれない治安警備隊のサンチェス少佐。少佐の抱える物語もさることながら、彼の部下たちの働き振りが、いかにもスペインで笑ってしまう。

 元気があった70年代の日本、フラメンコに憑かれた男女の生き様、内戦の傷を抱えながら激動の時代へと向かうスペイン、そして驚きに満ちた展開。前半の引き込み方も巧いが、後半から終盤にかけてのたたみかけは、このボリュームに相応しいドンデン返しの連続だ。冒険小説としての面白さは勿論だが、私はギターが好きな人に是非読んで欲しい。ギターに魅入られた者の執念を、ギター弾きならわかってもらえると思う。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 6日 (木)

阿部昭「江戸のアウトロー 無宿と博徒」講談社選書メチエ152

天明午のとし、諸国人別改められしに、まえの子のとしよりは、諸国にて百四十万人減じぬ。この減じたる人、みな死にうせしにはあらず、ただ帳外となり、又は出家・山伏となり、又は無宿となり、又は江戸へ出て人別にもいらず、さまよいあるく徒とは成りにける。
  ――松平定信(→Wikipedia)自伝「宇下人言(うげのひとごと)」

【どんな本?】

 国定忠治などの任侠や鼠小僧次郎吉など、江戸時代のアウトローの実態は、どんなものなのか。そもそも無宿とは何か。当事の身分制度で、彼らはどんな位置づけだったのか。なぜ無宿者が生まれるのか。彼らはどうやって生活していたのか。

 記録に残りにくい「無宿者」に焦点をあて、刑罰の記録などを丹念に拾い、当事の民衆の生活ぶりから、政治・経済政策、そして社会情勢までをユニークな視点で照らし出す。異端のテーマに正統派の手法で挑み、意外な江戸時代の社会の実態を描き出す、少し変わった、だが真面目な歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1999年3月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約261頁+あとがき3頁。9ポイント45字×18行×261頁=約211,410字、400字詰め原稿用紙で約529枚。小説なら標準的な長編の分量。

 日本史の学者が書いた本だが、読者は一般人を想定していて、文章は読みやすい。一部に古文書の引用があるが、大半は現代文の訳が付いているので、心配は要らない。年代も元号に西暦を併記する心遣いが嬉しい。内容も素人向けに噛み砕いてあり、中学二年生程度の歴史の知識があれば、充分に読みこなせる。国定忠治や長谷川平蔵などの有名人が多く出てくるので、時代劇や講談が好きな人なら、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 はじめに 無宿のイメージ
第一部 無宿横行
 1 大戸の関所の捨て札 国定忠治
 2 笹川の貸元の大いちょう 万歳村勢力一件
 3 世間広く縦横自在なり 武陽隠士の嘆き
 4 島に送られ屋根を葺く
第二部 発生のメカニズム
 1 頼る術なく食べるに窮し
 2 奥ゆかしき人と存ぜられ候
 3 江戸の口入れ、店借層
 4 無罪の無宿の片付け
第三部 「有宿」と「無宿」の境界
 1 野非人と非人制道
 2 追放制限と佐渡の水替え
 3 欠落と帳外れ
 4 箱根の山は天下の険か

第四部世直しの足音
 1 村を出る者、残る者
 2 寄席人足の世界
 3 仕切り契約する用心棒
 4 在々商人の分限
第五部 無宿が精彩を放つ時
 1 「義賊」の正体 鼠小僧
 2 飯売女は公卿の息女
 3 「隠れ無宿」という行為
 4 世直しを裏切る者

 むすびに 拒否と共感

 引用資料と参考文献
 あとがき/関連年表
 索引(人名・事項・文献)

 各部は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。が、一部に前の部を前提に展開する部分があるので、できれば素直に最初から読むほうがいいだろう。

【感想は?】

 着眼点こそイロモノっぽいが、中身は真面目な研究書だ。だが研究書だからといって、ビビる必要はない。江戸時代なんてドラマと小説と落語ぐらいしか知らない私でも、充分に楽しめた。

 歴史の面白さの一つは、人の営みが昔も今もたいして変わってない点だ。これは冒頭の国定忠治で、さっそく思い知らされる。本文は「国定無宿忠次郎 戌四十一歳」が大戸で処刑される場面で幕をあける。生家は小作地を貸し出すほど裕福な農民で、忠治は近所の養寿寺や私塾五惇堂で読み書きや論語を習ってる。そこそこ豊かで教養はあるのだ。

 十七の時に喧嘩で人を殺め、累が及ぶのを恐れた生家や村から縁を切られる。人別帳から名前を除かれ、川越の博徒の親分・大前田英五郎に身を寄せ、無宿となる。つまり無宿とは、「人別長に載っていない」という意味で、今のホームレスとは違う。今の日本なら「戸籍がない」みたいな位置づけだろう。

 やがて上野に戻った忠治は博徒の親分・紋次の下で頭角を現し、周囲の博徒を従え国定一家を起こす。収入源は賭場の寺銭。ここで面白いのが、地元・田部井村との関係だ。賭場がバレたら、場所を貸した者ばかりでなく、地元の役人・村民も連座の危険がある。だから一家は地元に口止め料を払い、共犯に仕立て上げる。

 山口組など大規模な暴力団が地元じゃ諍いを起こさないのも、同じ理由だろう。しかもコッソリ賭場を開く同業者がいれば、殴りこんで叩きのめす。目的は売り上げの独占だろうが、地元の村民からすれば、滅多に来ないお上の役人なんかより、よっぽど頼りになる治安維持組織だ。武装も鉄砲まで持つ充実振り。そりゃ評判も良くなるだろう。

 当事の江戸の雇用事情も興味深い。藤沢周平の「用心棒日月抄」じゃ、地元を出奔した主人公の青江又八郎が、職探しに苦労しているが、本書によると「労働力市場における需要(求人)超過が続いていた」。だもんで口入屋が繁盛し、大名は中間を雇うのに苦労してる。お陰で「一日も勤めず給金だけ取って逃げてしまうような手合いも多かった」。羨ましい。町人が力を持つ背景には、こんな労働市場の事情があったのかも。

 やはり興味深いのが、当事の刑罰事情。獄門とか打ち首とか厳しそうだけど、軽い場合は「所払い」となる。これが滅茶苦茶で、要は「この近所に近寄るな」ってだけ。単なる厄介払いで、実質的な刑罰はなし。著者もソコを突いてて。

追放刑では、科人は当面の領主の目前から厄介払いされるだけで、なんら根本的な問題解決にならない。逆に科人を送り込まれてしまう地方では、他所から厄介払いされた者を押し付けられるだけであるから、迷惑な話である。

 まったくだ。当時は懲役・禁固は例外で、牢は未決囚が入る所。今の拘置所・留置場に近い。意外だったのが「門前払い」。今の言葉じゃ「相手にしない」って意味だが、この本によると「取調べを受けた奉行所の門前から、仕置き済みの科人を追い放つこと」で、つまり釈放。全然、意味が違っちゃってる。

 ってな状況で鮮やかな解決案を出したのが火付盗賊改の鬼平こと長谷川平蔵(→Wikipedia)。湿地帯を埋め立て人足寄場を作る。今の刑務所に近い物で、収容・懲役・教育を兼ねたシロモノらしい。逃亡などには罰則もあるが、更正を認められたら、「百姓する者には土地を、江戸者には店を与え」って、今の日本よりよっぽど温情がある。

 かと思えば、厳しい現実もあって。宿場の飯売女(飯盛女)、けしからんとお上は怒るが、宿からすりゃ客を呼び込むセールス・ポイント。宿場が寂れりゃお上も困るんで、「一軒に二人まで」みたいな妥協案が出る。が、なるたけ沢山置きたいのが宿。そこで無宿の女を置いて商売させ、お上から睨まれたらクビにする。今の派遣労働者みたいなモンですね。

 他にも非人と無宿の関係、鼠小僧が大名屋敷を狙った理由など、下世話で興味深い話が沢山出てくる。また、天明の大飢饉後の人口推移では、九州や四国など西国がほとんど被害を受けていなくて、これはサツマイモのお陰かしらん、などと思ったり(→品種改良の日本史品種改良の世界史作物編)。歴史の知識がない人は、意外な江戸時代の実態に触れられるし、ある人は知識の島が繋がってゆく快感が味わえる、万人にお勧めの一冊。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 4日 (火)

マイクル・コーニイ「パラークシの記憶」河出文庫 山岸真訳

「聞かせてあげよう。ヤムには、あたしみたいな女性がほかにもいる。ブルーノみたいな男性もいる。問題なのは、自分がまわりとは違っていると認める勇気が、その人たちにはないことだ」

【どんな本?】

 イギリス生まれのSF作家マイクル・コーニイによる、青春SF小説の名作「ハローサマー、グッドバイ」の続編。異星に住むヒト型の、だが独特の能力を持ち社会を形成している知的種族スティルクを中心に、17歳になるスティルクの少年ヤム・ハーディと少女ノス・チャームの初恋の行方、そして二人の周囲で起きる事件を描く王道の青春SF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は I Remember Pallahxi, by Michael Coney, 2007。日本語版は2013年10月20日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約509頁+訳者あとがき9頁。9ポイント38字×18行×509頁=約348,156字、400字詰め原稿用紙で約871枚。長編小説としては長め。

 翻訳物にしては、文章はかなりこなれている。内要も、特に科学の素養は要らない。小学校卒業程度の理科が解っていれば充分だろう。敢えて言えば、異星を舞台としてエイリアンが主役を務める作品なので、自然も文化も風俗も我々と異なる点が、SFに慣れない人には辛いかも。慣れた人には、それこそが美味しい所なんだけど。

 とはいえ、魔法や超能力がポンポン出てくる最近のライトノベルを楽しめる人なら、きっと大丈夫。むしろ、可愛い女の子が沢山出てくるライトノベルが好きな人にこそ、この作品と前作の「ハローサマー、グッドバイ」はお薦め。

 それ以上に、問題は名作「ハローサマー、グッドバイ」の続編であること。実を言うと、「ハローサマー、グッドバイ」を読んでいなくても、この作品は問題なく楽しめる。が、続編だけに、「ハローサマー、グッドバイ」の衝撃的なネタを遠慮なくバラしている。これの何がマズいといって、「ハローサマー、グッドバイ」が文句なしの傑作だってのがマズい。本作を読んじゃうと、前作を読む楽しみが減ってしまうのだ。なので、出来れば同じ河出文庫から出ている「ハローサマー、グッドバイ」から読んで欲しい。

【どんな話?】

 17歳の誕生日に、ぼく、ヤム村のハーディはソス村のチャームに出遭った。父ブルーノと共に取引でソス村を訪れ、ついでにスキマーで帆走してた際に、溺れかけた。この季節、海は粘流(グルーム)でドロドロしている。油断したぼくは河口まで行ってしまい、チャームに助けられたんだ。まん丸で暖かな茶色い目の女の子。けど、ぼくは内陸者で彼女は海辺に住む。ぼくたちスティルクは地球人と違い…

【感想は?】

 正直言って、あまり期待はしてなかった。前の「ハローサマー、グッドバイ」は文句なしの傑作で、ちょっとアレを超えるのは無理だろう、とタカをっくくっていた。

 が、しかし。見事に予想を裏切ってくれた。うん、これぞ正当な続編。

 カテゴリも迷った。SF/海外か、ライトノベルか。土壇場でライトノベルにした。別に中味が軽いとか、SF風味が薄いって意味じゃない。若い人でも、いや若い人こそ、この作品を楽しめるだろうと思うからだ。

 実際、若い人向けに書いたんだろうな、と思う。語りは一人称「ぼく」だし、人物造形はかなりステレオタイプだし。

 だが、同時に、本格的なSFでもある。舞台が異星で主人公がエイリアンなのはダテじゃない。特に前作と大きく違うのが、地球人が出てくる点。読者も主な登場人物たちも、彼らがエイリアンである由を充分に認識した上で話が進む。まあ、主人公目線だと地球人こそがエイリアンなんだけど。

 エイリアンだけあって、人類とは色々と異なる部分がある。いや姿は人類ソックリなんだけど。なんと言っても、その根幹となっているのが、彼らが祖先の記憶を持っていること…幾つかの制限つきで。「便利だな、じゃ父ちゃんが勉強してれば俺は勉強しなくていいじゃん」とか、そんな軽いモンじゃない。

 この不思議な能力とその制限が、彼らの社会や文化に、どんな影響を与えるか。制限が生み出す社会構造は序盤から明らかになり、なかなかのセンス・オブ・ワンダーを感じさせてくれる上に、中盤~終盤になって、この能力とその影響が大きな意味を持ってくる。

 ばかりでなく、異星ならではの現象や、ケッタイな生物も楽しみのひとつ。真っ先に出てくるのが、粘流(グルーム)という現象。年に一度、海水の濃度が上がる。海生生物はグルームに追われるので、海辺の村は漁の季節となる。この描写は序の口で、グルームならではの生物もお楽しみ。やはり印象に残るのが、氷魔。こっちは淡水に棲んでいて…

 ってな動物もいいが、植物もなかなか不気味。ワサワサとざわめきまとわりつくシバリ草なんて可愛いもんで、おっかないのがイソギンチャク樹。どうやら赤外線を感知する能力を持っているらしく、温度の高いモノに惹きつけられ…。彼らが森で立ち往生する場面は、童話のヘンゼルとグレーテルが森で迷う場面を思わせるが、物騒さは遥かに増している。

 生態は人類と少し違うスティルクだが、成人する年齢は同じぐらいのようで、ハーディの年齢17歳も、この作品の大きなポイント。大人になりかかった頃で、少しだけ子供の尻尾を残している。冒頭でソス村に来た目的も、彼の年齢の微妙さを象徴しているんだろう。

 ハーディの父ブルーノは、男村の長スタンスの兄として、村を代表し重要な交渉のためにソス村にやってきた。同行する息子のハーディは、遊ぶためのスキマーを車に乗せてきている。たぶんブルーノは、将来の村の重鎮として期待されている息子を、顔つなぎの意味も込めて同行させたんだろう。読むに従い、ブルーノの思慮深さが次第に見えてくる。

 対して、感情的で権威ぶる、いけすかない奴に描かれるのが、長のスタンス。彼と息子のトリガーの造型が、この作品をライトノベルに分類する決定打になった。いやもう、実にわかりやすい憎まれ役。権威をカサにきて偉ぶるばかりで、交渉じゃ周囲の村との対立を煽るばかり。そのくせ村の男を煽って物騒な空気を掻き立てるのだけは、やたらと巧い。

 お家の事情で引き裂かれそうになる若い恋人たち、前例のない事件に揺れる村の政治勢力。危機に見舞われる村の生活と、危機で表面化する政治闘争。大人への脱皮を余儀なくされる若者の喜びと戸惑いと痛み。変わってゆく世界と、それが秘めた謎。

 前作「ハローサマー、グッドバイ」で張った伏線を着々と回収する心地よさに加え、若者の成長とSFな驚きを鮮やかにリンクさせ、黄金時代のSFの芳醇な香りを21世紀に蘇らせた、青春SFの王道をゆく作品だ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 3日 (月)

ジェレミー・ウィンヤード著ホセ・クルース画「傑作から学ぶ映画技法完全レファレンス」フィルムアート社 吉田俊太郎訳

『Uボート』では、潜水艦が外海に向かって進むときは必ず画面の右方向へ、そして戻ってくるときは必ず左方向へ進行するように撮られている。
  ――スクリ-ン・ダイレクション

【どんな本?】

 映画やドラマは、全て人が作るものだ。だから、全てのシーンやカットに何らかの意味・意図がある。何かの動きを伝える・舞台の大きさを伝える・観客に不安感を与える・余韻を残す・何かに注目させるなど、目的に応じ映像作家は様々な技術を駆使し、工夫を凝らす。

 市民ケーン・スターウォーズ・ターミネーターなど有名な映画のシーンを題材として、「何をどう撮ればどんな効果があるか」を、ふんだんにイラストを使って親しみやすくわかりやすく解説した、初心者向けの映像作りの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SETTING UP YOUR SHOTS - Great Camera Moves Every Filmmaker Should Know, by Jeremy Vineyard, 1999。日本語版は2002年2月28日初版発行。単行本ソフトカバーで横2段組、本文約140頁。8ポイント19字×13行×2段×140頁=約69,160字、400字詰め原稿用紙で約173枚。

 文章は比較的に読みやすい。というか、この本の真価は文章の下にある絵で、文章はそれを補足する役割だ。内容も特に難しくない。読みこなすだけなら、中学生でも充分に楽しめる。書名どおり、多くの例をアメリカ映画から取っているので、映画に詳しい人ほど楽しめるだろう。出てくる映画はオーソン・ウェルズの市民ケーンからジェームズ・キャメロンのタイタニックまでバラエティ豊か。とはいえ、個々の技術は現代の映画やドラマでも頻繁に使われているので、特に映画ファンでなくても意味は通じるだろう。

【構成は?】

まえがき
step1 基本テクニック
ズーム/フォーカス/モンタージュ/パン/ティルト/ドリー/メカニカル/トランジッション/フレーミング/練習課題
step2 画面構成のテクニック
カメラの高さ/カメラのアングル/スクリーン・ダイレクション/傾斜ホライゾン/エクストリーム・クローズアップ/ステージング/デプス・ステージング/プレーン・ステージング/マルチ・レベル・アクション/練習課題
step3 クレーン装置を使ったテクニック
クレーン・アップ+退出/クレーン・ダウン+接近/サイチング・クレーン/ライズ・アップ/フォール・ダウン/クレーン・フロント・トゥ・トップ/クレーン・アップ・エントランス/クレーン・アップによる感情表現/クレーン・アップ+ルック・ダウン/クレーン・ダウン+ルック・アップ/練習課題
step4 動きに変化をつけるテクニック
ドリーによる感情表現/ディスカバリー/プル・バック・リトラクション/プル・バック・リヴィール/スピン・アラウンド/フライ・オーバー/デプス・ドリー/ドリー・アップ/ドリー・ダウン/スピン・ルック/トラック・スルー・ソリッド/バーティゴ/エクスバンド・ドリー/コントラクト・ドリー/コラプス・ドリー/練習課題
step5 視野に変化をつけるテクニック
POV/イヴェントリーPOV/POVオブジェクト/POV発射物/ヴォイヤー/ダーク・ヴォイヤー/マスク/ヴィネット/反射/ポータル/シャドウ/シルエット/サブジェクティヴ/練習課題
step6 カメラ操作によるテクニック
ホイップ・ズーム・ルック/ホイップ・パン/ホイップ・カット/スリープオーバー/サーチ・アップ/バック・トゥ・フロント/フォーカス・アウト+パス・アウト/フォーカス・トランジッション/露出操作/シーリング・ツイスト/フリップ・オーバー/シフティング・アングル/練習課題
step7 フィルム編集のテクニック
ジャンプ・カット/マッチ・カット/クロス・カット/サブリミナル・カット/カット・アウェイ/フリーズ・フレーム/ルック・アット/マルチ・テイク/カット・ズーム・イン/カット・ズーム・アウト/モンタージュ・シークェンス/ジャンプ・カット・シークェンス/画面分割/画面内画面/スーパーインポジション/遮断+リヴィール・フレーム/歩行+リヴィール・フレーム/コラージュ/カメラ・スナップ/フォト・トゥ・シーン/フラッシュ効果/練習課題
step8 その他の重要テクニック
モーション・コントロール/スプリット・フォーカス/クロマキー/彩度変化/CGI/ジャーニー・スルー・アイ/リア・プロジェクション/グローバル・ズーム/スライス・オブ・ライフ/ストロボ/セマティック・フィルター/ネガティブ/イメージ/キネティック・エナジー/レンズ/ミックス・メディア/ミキシング・ストック/サウンド・デザイン/ボイスオーバー/練習課題
訳者あとがき/プロフィール/逆引きムービー・レファレンス

 個々の技術は1頁で、舷側として頁の上半分に説明文、下に効果を表現する1~4コマのイラストがつく形。基本的に個々の技術は独立しているので、気になった所だけ拾い読みできる。

【感想は?】

 文章量は少ないので読み終えるのは簡単だが、折に触れて何度も見直したい、そんな本だ。

 映画、それもアメリカを題材としているが、ドラマ・アニメ・漫画など映像・画像が重要な役割を果たすコンテンツが好きなら、この本は大いに参考になる。個々の場面で、製作者が何を狙っているか、何を意図しているか、何を伝えたがっているか、よりハッキリとした形で理解できると共に、作者の使っているテクニックを巧く言語化できるようになる。

 取り上げた技術は、恐らく基礎的・基本的なものばかりだろう。動画が撮れるカメラを持っていれば、クレーンなど大掛かりなものを除き、大半の技術は素人でも真似できる。例えば、カメラの高さ。

『ターミネーター2』でターミネーターを映し出すシーンでは、ロー・アングルが多用されている。このテクニックを使うことで彼のパワフルなイメージを強調する効果を得ているのだ。

 おお、言われてみれば!やっぱり見上げる効果を上手に使っていたのが、平成ガメラこと「ガメラ 大怪獣空中決戦」。徹底して人の視点で撮ることで、怪獣の巨大さと恐ろしさ、怪獣が巻き起こす被害の大きさを実感させてくれた。つまりは、被写体を強く大きく見せたいなら、下から撮ろう、そういう事です。男の子がいるお父さん・お母さんは、一度やってみよう。

 やっぱり基本だなあ、と思うのが、「クレーン・アップ+退出/クレーン・ダウン+接近」。真っ直ぐな一本道を去ってゆくバイクを思い浮かべて欲しい。この際、カメラはバイクに焦点を合わせながら、少しづつ上に持ち上がってゆく。すると、映像は多くの風景を写しながら、バイクが遠ざかってゆくだろう。旅烏のヒーローが去ってゆくラストシーンにはバッチリ合う撮り方だ。これがクレーン・アップ+退出。

 クレーン・ダウン+接近は、この逆。高いカメラ位置で、一本道をやってくる車を撮り、ゆっくりクレーンを降ろしてゆく。これだと、「何かがやってくる」雰囲気が漂ってくる。車種によっては、物騒な感じにもなる。

 オープニングでもエンディングでもキまるのが、「プル・バック・リヴィール」。例えば、原野で死んでいる兵を映す。「ああ、残酷だなあ」と観客に思わせて、次第にカメラが引いてゆくと、そこは死屍累々の戦場跡。言葉で「一人の死は悲劇だが大勢の死は歴史だ」なんてカッコつけるより、遥かに説得力がある。そういえば、映画「タイムズ・スクエア」のエンディングもコレだったような…って、知らないよね、そんなマイナーな映画(→予告編、Youtube)。

 POVは Point of View、つまり視点。一般には第三者的な視点で撮るけど、「『ジョーズ』ではサメの視点」「『ターミネーター2』ではターミネーターの視点」。私の印象に残っているのは、むしろターミネーター1の、赤外線カメラっぽいサングラス。あれ欲しかったなあ。次のイヴェントリーPOVはFPSでよく使う技術で、持っている銃器を映しこむもの。

 「マスク/ヴィネット」は、双眼鏡越しや望遠鏡越しに見てる形にフィルムを編集するもの。現実の双眼鏡や望遠鏡の視界はそうじゃないけど、映像テクニックとしては、こういう形で「コレは双眼鏡越しに見てる映像ですよ」と観客に伝わる。映像ってのは、「実際に見えているモノ」を映すわけじゃなく、常に製作者の作為が入ってるわけ。

 最近よく使われるのが、マルチ・カット。「大事なことだから二度言いました」じゃないけど、印象的なシーンを多数のアングルで撮り、それを何度も繰り返し再生して、「ここ大事ですよ」と強調する手法だ。「『ターミネーター2』では、ターミネーターが凝固した敵のターミネーターを粉々にするシーン」。

 使われすぎてギャグと化してるのは、「モンタージュ・シークェンス」。「『ロッキー』では、大試合を前にトレーニングするロッキーの姿」って、日本だと重いコンダラ(違う)を引く星飛雄馬と、ソレを見つめる明子姉ちゃんかな。今はギャグになっちゃったけど、それだけ教科書になるぐらい巧いモンタージュ・シークェンスの使い方だからだろう。

 という具合に、映像の撮り方や効果を、有名な映画の具体例と、豊富なイラストで紹介している便利な本。映画だけでなく、ドラマ・漫画・アニメなど、映像モノが好きな人なら、読んで楽しめるだけじゃなく、コンテンツの見まで変わってくる、かなりインパクトの強い本だ。もちろん、「動画を作りたい」「漫画を描きたい」人なら、最初に読んでおこう。きっと表現の幅が広がるし、アイデアに詰まった時の参考にもなる。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 2日 (日)

宮部みゆき「おまえさん 上・下」講談社文庫

「侍も男だ」平四郎は言い張る。「だけどな、本当にそうなんだろうか。男だって、見目形で人から好かれたり嫌われたりすることがある。顔形で生き方が変わる。世渡りが変わる。男は顔じゃねぇなんて、わざわざ大きな声で言わなきゃならねえのも、そのせいだよ。本音を覆い隠してるのさ」

【どんな本?】

 ベストセラー作家・宮部みゆきによる、江戸は本所深川を舞台にした長編時代小説シリーズ第三弾。怠け者のぼんくら同心・井筒平四郎と、その周囲で起きる事件を中心に、平四郎の甥で鋭い頭脳の弓之介少年、きっぷのいいお菜屋のお徳、懐の深い岡っ引きの政五郎親分などレギュラー陣に加え、金壺眼の若く有能な同心・間島信之輔や弓之介の兄・淳三郎など新キャラクターを加え展開する下町人情模様。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 単行本・文庫本同時出版。私が読んだのは文庫本で、2011年9月22日発行の第1刷。縦一段組みで上下巻、それぞれ本文約602頁+約601頁=1203頁。9ポイント38字×17行×(602頁+約601頁)=約778430字、400字詰め原稿用紙で約1946枚。そこらの長編なら4冊でもおかしくない大ボリューム。

 量こそ多いが、文章の読みやすさは抜群。ボリュームに相応しく登場人物もやたらと多く、内容も複雑なのだが、不思議なくらいスンナリと頭に入ってくる。シリーズ物で先の「ぼんくら」「日暮らし」の続きだが、この作品は比較的に独立した内容なので、これから読んでも大丈夫だろう。

【収録作と初出】

上巻
 おまえさん  小説現代 2006年8月号~2008年9月号
下巻
 おまえさん  同上
 残り柿     小説現代 2008年11月号~2009年1月号
 転び神     小説現代 2009年2月号~4月号
 磯の鮑     小説現代 2009年5月号~7月号
 犬おどし    書き下ろし

 形の上では連作形式だが、内容的には全体で一つの長編になっていて、「おまえさん」で広げた謎と風呂敷を後の四編で片付ける形だ。素直に頭から読もう。

【どんな話?】

 季節は梅雨明け。幸兵衛長屋の近く、南辻橋のたもとで人が斬られた。下手人はおろか仏さんの身元もわからない。ばかりでなく、人の形の染みが残り、なかなか消えない。仏さんは貧相で痩せこけている。懐は抜き取られているが、物取りにしては美味しい獲物とは思えない。何より、傷の具合から、得物の刀が切れすぎている。平四郎と共に調べにあたる同心・間島信之輔は、若く真面目で優秀と噂だが…

【感想は?】

 前作・前々作と、主人公の井筒平四郎以上の存在感を発揮したお徳さん、今回は冒頭から大活躍。長年の商売の甲斐あって、この作品では堂々と手下を二人連れて登場する。女手ひとつで亡き亭主と始めた煮売り屋を守ってきた歴戦のつわものだけに、行進する姿も勇ましげ。

 お江戸の治安を守るにしても、ぼんくら平四郎じゃちと頼りない。でも大丈夫。彼には心強い味方がついてるから。まずは幼いなからも鋭い頭脳で真実を見通す、イケメン小僧の弓之介少年。前回まではおねしょの癖を散々からかわれてたけど、今回はそれもなく、着実に成長している様子。

 …と思ったら、意外と可愛い所を見せるのは、下巻に入ってからのお楽しみ。今まで滅多に拗ねた表情を見せた事のない弓之介、下巻で披露する感情丸出しの会話、ファンにはきっとたまらないんだろうなあ。

 人情物としての今作のテーマは、男と女だろう。イケメンの弓之介に対し、ブサイクながら真面目で優秀な同心・間島信之輔を配し、生薬屋・瓶屋の美女三人、娘の史乃・おかみの佐多枝・差配人のおとしに加え、様々な色恋模様や夫婦の機微が描かれてゆく。

 ミステリとして見ると、相当に破格の構成になっている。上巻で提示された主な事件の謎が、下巻の頭で明かされてしまう。それも、ミステリの定番、関係者を集めての謎解き、という形で。ところが、それだけじゃ終わらないのが、宮部みゆきの美味しい所。

 事件の謎は解けても、巻き込まれた人の気持ちはスッキリしない。むしろ、長年の遺恨が明らかになったり、誤解が解けたりで、巻き込まれた人は大きなわだかまりを抱えてしまう。このわだかまりをどうするか、そこを描く事こそ、宮部みゆき作品の醍醐味だろう。

 そんな訳で、下巻の後半に入ると、もう泣かされっぱなし。これまではフィクサー的な立場で、物分りがよくて頼りになる親分で通してきた政五郎親分と、おでこさんこと三太郎の関係に加え、いくつかの因縁をバッサリ裁く「残り柿」。ここの最後で吠える政五郎親分の啖呵の心地よさ、カッコよさ。

 やはり心に染みるのが、続く「転び神」。こっちで主役を務めるのは、冴えない担ぎ売りの丸助爺さん。職人だったが事故で腕を怪我し、女房のお万と担ぎ売りで食いつないできたが、二年前にお万と死に別れ、今は十徳長屋でやもめ暮らし。貧しく冴えない爺さんだけど、このラストシーンは…。華やかさも色気もないけど、決して甘くないけど、ビンボで朴訥な丸助だからこそ生きる、切ないラブストーリーに仕上がってる。

 続く「磯の鮑」。故事ことわざ事典磯の鮑の項を見るまでもなく、片思いを表す言葉。ここでは生真面目で優秀ながら、ブサイクが災いしている間島信之輔が中心となる。まあ、あれです、地味にやるしか能のない者として、淳三郎に感じる鬱屈は、とてもヒトゴトとは思えない。何が違うんだろうねえ。でもまあ、人は持ってるモンでやりくりするっきゃないわけで。

 などの主な登場人物に加え、楽しいトリック・スターも忘れちゃいけない。こちらも陰陽揃え、陰を受け持つのが、おでこさんこと三太郎の母親・おきえ。どんな巡り会わせか、大店のおかみに居座ったおきえだが…。

 対して陽を受け持つ本宮源右衛門老人。死体見物なんぞという物騒な趣味を持つ、間島信之輔の大叔父。耳が遠いのか、言葉は少ないながら、突然に大声を張り上げる困った?癖のあるじいさん。緊張して行き詰った雰囲気を、一言で吹っ飛ばす豪快さ、快活さ。こんな風に齢を取りたいなあ。

 長くて筋は複雑だし、登場人物も多い。でも、読み始めたら一気に読んでしまう。翌朝が早い人や、通勤電車の中で読むには向かない。ちゃんと時間を取って、じっくり一人で読もう…泣き顔を見られたくなければ。

【関連記事】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »