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2014年2月 6日 (木)

阿部昭「江戸のアウトロー 無宿と博徒」講談社選書メチエ152

天明午のとし、諸国人別改められしに、まえの子のとしよりは、諸国にて百四十万人減じぬ。この減じたる人、みな死にうせしにはあらず、ただ帳外となり、又は出家・山伏となり、又は無宿となり、又は江戸へ出て人別にもいらず、さまよいあるく徒とは成りにける。
  ――松平定信(→Wikipedia)自伝「宇下人言(うげのひとごと)」

【どんな本?】

 国定忠治などの任侠や鼠小僧次郎吉など、江戸時代のアウトローの実態は、どんなものなのか。そもそも無宿とは何か。当事の身分制度で、彼らはどんな位置づけだったのか。なぜ無宿者が生まれるのか。彼らはどうやって生活していたのか。

 記録に残りにくい「無宿者」に焦点をあて、刑罰の記録などを丹念に拾い、当事の民衆の生活ぶりから、政治・経済政策、そして社会情勢までをユニークな視点で照らし出す。異端のテーマに正統派の手法で挑み、意外な江戸時代の社会の実態を描き出す、少し変わった、だが真面目な歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1999年3月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約261頁+あとがき3頁。9ポイント45字×18行×261頁=約211,410字、400字詰め原稿用紙で約529枚。小説なら標準的な長編の分量。

 日本史の学者が書いた本だが、読者は一般人を想定していて、文章は読みやすい。一部に古文書の引用があるが、大半は現代文の訳が付いているので、心配は要らない。年代も元号に西暦を併記する心遣いが嬉しい。内容も素人向けに噛み砕いてあり、中学二年生程度の歴史の知識があれば、充分に読みこなせる。国定忠治や長谷川平蔵などの有名人が多く出てくるので、時代劇や講談が好きな人なら、更に楽しめるだろう。

【構成は?】

 はじめに 無宿のイメージ
第一部 無宿横行
 1 大戸の関所の捨て札 国定忠治
 2 笹川の貸元の大いちょう 万歳村勢力一件
 3 世間広く縦横自在なり 武陽隠士の嘆き
 4 島に送られ屋根を葺く
第二部 発生のメカニズム
 1 頼る術なく食べるに窮し
 2 奥ゆかしき人と存ぜられ候
 3 江戸の口入れ、店借層
 4 無罪の無宿の片付け
第三部 「有宿」と「無宿」の境界
 1 野非人と非人制道
 2 追放制限と佐渡の水替え
 3 欠落と帳外れ
 4 箱根の山は天下の険か

第四部世直しの足音
 1 村を出る者、残る者
 2 寄席人足の世界
 3 仕切り契約する用心棒
 4 在々商人の分限
第五部 無宿が精彩を放つ時
 1 「義賊」の正体 鼠小僧
 2 飯売女は公卿の息女
 3 「隠れ無宿」という行為
 4 世直しを裏切る者

 むすびに 拒否と共感

 引用資料と参考文献
 あとがき/関連年表
 索引(人名・事項・文献)

 各部は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。が、一部に前の部を前提に展開する部分があるので、できれば素直に最初から読むほうがいいだろう。

【感想は?】

 着眼点こそイロモノっぽいが、中身は真面目な研究書だ。だが研究書だからといって、ビビる必要はない。江戸時代なんてドラマと小説と落語ぐらいしか知らない私でも、充分に楽しめた。

 歴史の面白さの一つは、人の営みが昔も今もたいして変わってない点だ。これは冒頭の国定忠治で、さっそく思い知らされる。本文は「国定無宿忠次郎 戌四十一歳」が大戸で処刑される場面で幕をあける。生家は小作地を貸し出すほど裕福な農民で、忠治は近所の養寿寺や私塾五惇堂で読み書きや論語を習ってる。そこそこ豊かで教養はあるのだ。

 十七の時に喧嘩で人を殺め、累が及ぶのを恐れた生家や村から縁を切られる。人別帳から名前を除かれ、川越の博徒の親分・大前田英五郎に身を寄せ、無宿となる。つまり無宿とは、「人別長に載っていない」という意味で、今のホームレスとは違う。今の日本なら「戸籍がない」みたいな位置づけだろう。

 やがて上野に戻った忠治は博徒の親分・紋次の下で頭角を現し、周囲の博徒を従え国定一家を起こす。収入源は賭場の寺銭。ここで面白いのが、地元・田部井村との関係だ。賭場がバレたら、場所を貸した者ばかりでなく、地元の役人・村民も連座の危険がある。だから一家は地元に口止め料を払い、共犯に仕立て上げる。

 山口組など大規模な暴力団が地元じゃ諍いを起こさないのも、同じ理由だろう。しかもコッソリ賭場を開く同業者がいれば、殴りこんで叩きのめす。目的は売り上げの独占だろうが、地元の村民からすれば、滅多に来ないお上の役人なんかより、よっぽど頼りになる治安維持組織だ。武装も鉄砲まで持つ充実振り。そりゃ評判も良くなるだろう。

 当事の江戸の雇用事情も興味深い。藤沢周平の「用心棒日月抄」じゃ、地元を出奔した主人公の青江又八郎が、職探しに苦労しているが、本書によると「労働力市場における需要(求人)超過が続いていた」。だもんで口入屋が繁盛し、大名は中間を雇うのに苦労してる。お陰で「一日も勤めず給金だけ取って逃げてしまうような手合いも多かった」。羨ましい。町人が力を持つ背景には、こんな労働市場の事情があったのかも。

 やはり興味深いのが、当事の刑罰事情。獄門とか打ち首とか厳しそうだけど、軽い場合は「所払い」となる。これが滅茶苦茶で、要は「この近所に近寄るな」ってだけ。単なる厄介払いで、実質的な刑罰はなし。著者もソコを突いてて。

追放刑では、科人は当面の領主の目前から厄介払いされるだけで、なんら根本的な問題解決にならない。逆に科人を送り込まれてしまう地方では、他所から厄介払いされた者を押し付けられるだけであるから、迷惑な話である。

 まったくだ。当時は懲役・禁固は例外で、牢は未決囚が入る所。今の拘置所・留置場に近い。意外だったのが「門前払い」。今の言葉じゃ「相手にしない」って意味だが、この本によると「取調べを受けた奉行所の門前から、仕置き済みの科人を追い放つこと」で、つまり釈放。全然、意味が違っちゃってる。

 ってな状況で鮮やかな解決案を出したのが火付盗賊改の鬼平こと長谷川平蔵(→Wikipedia)。湿地帯を埋め立て人足寄場を作る。今の刑務所に近い物で、収容・懲役・教育を兼ねたシロモノらしい。逃亡などには罰則もあるが、更正を認められたら、「百姓する者には土地を、江戸者には店を与え」って、今の日本よりよっぽど温情がある。

 かと思えば、厳しい現実もあって。宿場の飯売女(飯盛女)、けしからんとお上は怒るが、宿からすりゃ客を呼び込むセールス・ポイント。宿場が寂れりゃお上も困るんで、「一軒に二人まで」みたいな妥協案が出る。が、なるたけ沢山置きたいのが宿。そこで無宿の女を置いて商売させ、お上から睨まれたらクビにする。今の派遣労働者みたいなモンですね。

 他にも非人と無宿の関係、鼠小僧が大名屋敷を狙った理由など、下世話で興味深い話が沢山出てくる。また、天明の大飢饉後の人口推移では、九州や四国など西国がほとんど被害を受けていなくて、これはサツマイモのお陰かしらん、などと思ったり(→品種改良の日本史品種改良の世界史作物編)。歴史の知識がない人は、意外な江戸時代の実態に触れられるし、ある人は知識の島が繋がってゆく快感が味わえる、万人にお勧めの一冊。

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