コニー・ウィリス「ブラックアウト/オール・クリア 1,2」新☆ハヤカワSFシリーズ 大森望訳
「あたしたちのだれだって、今夜――それとも来週――死ぬかもしれない。だったら、それまでずっと踊って過ごしたっていいんじゃない?」
【どんな本?】
SF界の女王にして賞レースの常連コニー・ウィリスお得意の、オックスフォード大学史学部シリーズ最大の長編。2011年ヒューゴー賞・2010年ネビュラ賞・2011年ローカス賞とアメリカのSF賞を総ナメにし、日本でもSFマガジン編集部編「SFが読みたい!」海外部門で「ブラックアウト」がベストSF2012の8位、「オール・クリア」もベストSF2013の8位に食い込む活躍を見せた。
過去にだけ行けるタイムマシンが実現した未来、2060年。オックスフォード大学史学部は、教授や学生を様々な時代に送り出し、調査・研究・実習にタイムマシンを使っている。ところが原因不明のトラブルが発生し…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
たぶん出版・流通・製本の事情で次の3冊になっているが、実質的には一つの長編。
- ブラックアウト 新☆ハヤカワSFシリーズ5005 2012年8月15日発行
- オール・クリア1 新☆ハヤカワSFシリーズ5009 2013年4月15日発行
- オール・クリア2 新☆ハヤカワSFシリーズ5010 2013年6月15日発行
原書は BLACKOUT, 2010 / ALL CLEAR, 2010, by Connie Willis。新書版縦二段組で本文約738頁+475頁+486頁=1699頁に加え、訳者あとがきがブラックアウトが8頁+オール・クリア2が13頁。9ポイント24字×17行×2段×(738頁+475頁+486頁)=約1,386,384字、400字詰め原稿用紙で3466枚。そこらの長編小説7冊分の巨大容量。
翻訳物の割に、文章は比較的こなれていて読みやすい。シリーズ物だが、特に前作を読んでいる必要もない。SFとはいえ、ケッタイな仕掛けはタイムトラベルだけなので、映画「バック・トウ・ザ・フューチャー」が楽しめる人なら、充分についていける。
それより重要なのは、第二次世界大戦、特にダンケルク撤退やバトル・オブ・ブリテンなど西ヨーロッパ戦線の知識と、ロンドンの地理、それにシェイクスピア。いずれも知らなくても充分に楽しめるが、知っていると更に楽しみが増す。
それより、問題は長さと複雑さ。タイトルは「ブラックアウト」「オールクリア」と違う作品のようだが、実質的には一つの長編だ。おまけにタイムトラベルが絡むので、複数の時間帯と舞台に渡って物語が進む上に、主要な登場人物の多くが偽名を使っている。なるべく間をおかず、三冊を続けて読む方が楽しめるだろう。
【どんな話?】
2060年。オックスフォード大学史学部は、第二次世界大戦下のイギリスに、三人の学生を送り出す。メロピー・ウォードはアイリーン・オライリーの名で疎開児童の観察を、マイクル・デイヴィーズはマイク・デイヴィスの名でダンケルク撤退の英雄を、ポリー・チャーチルはポリー・セバスチャンの名でロンドン大空襲下の市民生活の調査だ。だが、いずれも不具合があって…
【感想は?】
ロンドンおたくのコニー・ウィリス、やりたい放題。
一応、SFではある。が、この小説の面白さは、あまりSF的なものじゃない。帰還のトラブルに関して「時空連続体」とかソレっぽい言葉が出てくるけど、ぶっちゃけわかんなくて結構。「なんかハッタリかましてるな」程度に思っていればいい。
お話はアイリーン・マイク・ポリーの三人が、ドイツ空軍の空襲に怯えるイギリスに置き去りにされ、なんとか2060年に戻ろうと悪戦苦闘する、というもの。技術としてタイムトラベルは実現しているが、イマイチその作用・副作用が確認されてなくて、往々にして予想外のトラブルが起きるのだ。
置き去りにされた若者三人は、還る手立てを探しつつ、空襲下のイギリスで生活してゆく。この小説の面白さは、そんな彼らが、生活の中で出会い関わってゆく、当事の人々(小説内の言葉では時代人)との人間関係にある。つまりは、SFならではの面白さと言うより、普遍的な小説の面白さだ。
とまれ、SFな仕掛けにも意味はあって。これは、「時代人」という言葉に現れている、視点の違いだ。当初、三人の学生は、未来人としてやや冷ややかで突き放した視点で、この時代の人々と関わってゆく。本業は観察で、いつかはオックスフォードに帰る、そういう気持ちで暮している。
正直言って、序盤、私は読んでて「いいよな学生は気楽で」みたいな気持ちで読んでいた。置き去りにされた学生より、空襲下で暮らす人々の視点で読んでいたのだ。ところが、話が進むにつれ、三人の学生の感覚が、次第に時代人に近くなってゆく。
ここで発揮されるのが、コニー・ウィリスのロンドンおたくぶり。当事のイギリスの人々の生活が生き生きと描かれ、名前だけの人々が、次第に血肉を帯びてくるあたりから、俄然物語が面白くなる。それが最も顕著に現れるのは、ポリーが最初に避難した防空壕の面々。
シケた陰険オバサンのミセス・リケット。おしゃべりな二人組み、ライラとヴィヴ。犬連れのミスター・シムズ。彼らが、サー・ゴドフリー・キングズマンの輝きに照らされ、「単なる顔見知り」から「名前と性格を伴った人」へと変わってゆく場面は、「ブラックアウト」中盤の読みどころ。特にサー・ゴドフリーにシビれる女性は多いんじゃなかろか。獅子は老いても牙と爪は鋭いのだ。
カッコいい爺さんは、ゴドフリーだけじゃない。マイクが出会う、オンボロ船レイディ・ジェーン号の船長、コマンダー・ハロルドもなかなかのもの。さすがバイキングの末裔、己の船乗りとしての誇りと、愛するレイディ・ジェーン号への信頼は巌の如し。はいいんだが、お陰でマイクは大変な目に…
もう一人の主役、アイリーン(メロピー)も、やっぱり疫病神に取り付かれる。しかも、こっちは二人組み、ビニーとアルフのホビトン姉弟の悪ガキども。少しもじっとしていない、一瞬でも目を離すと何処かへ消える、そして消えたら何を仕出かすかわからない…というか、軽くこっちの想像を超えたマネを仕出かしてくれる。よい子は真似しちゃうけません。この二人の疫病神と、アイリーンの関係の変化も、この作品の読みどころ。いやホント、出てきた時は、どう関わっても不幸しかもたらさない連中としか思えないんだが。
第二次世界大戦の西部戦線に詳しい人には、嬉しいクスグリも満載。バトル・オブ・ブリテン(→Wikipedia)やダンケルク撤退(→Wikipedia)はもちろん、ノルマンディー上陸(→Wikipedia)で生垣に苦労するとか、マニアックなネタも扱ってる。ロケット・マニアにはV2(→Wikipedia)が有名で、これは今のミサイルの元祖。V1(→Wikipedia)は無人攻撃機で、パルス・ジェット・エンジン搭載が特徴。いずれも命中精度が問題で、それが逆にどこに落ちるか分からない恐怖をもたらしていた。
そんな状況で、ロンドン市民はどんな生活を送っていたのか。灯火管制で明かりすらつけられず、夜ごと空襲警報のサイレンで防空壕に駆け込む日々が、彼らの心にどんな変化をもたらすのか。それは、三人の気持ちをどう変えてゆくのか。
もうひとつ、興味深いのが、著者の文学趣味。現代作家の代表としてアガサ・クリスティーが作中でよく出てくるが、もう一人、作中で重要な役割を果たすのがウィリアム・シェイクスピア。現代日本では高尚な芸術っぽい印象があるが、この作中での扱いは、むしろ日本だと水戸黄門や大岡越前に近い。
つまり、誰でも知ってて楽しめるお馴染みの娯楽だ。実際、読んでみるとシェイクスピアってシモネタ大魔王だし。こういうのは、やはり時代がかった文語調の台詞の方がキマる。彼らがサー・ゴドフリーで興奮するくだり、ピンとこない若い人は、池田秀一の声でシャア・アズナブルの台詞を脳内再生してみよう。たぶん、そんな気持ちに近いと思う。
タイムトラベルが出てくるのでジャンルはSFだけど、この作品の面白さは小説が持つ普遍的な面白さだ。小難しい理屈も少しは出てくるけど、わかんなかったら読み飛ばして構わない。ただ、文庫本七冊分はあろうかという分量で、時系列が混乱した複雑な構成なのが問題で、できれば三冊まとめて入手し、一気に読もう。でないと、禁断症状に苦しむ羽目になる。
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