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2014年1月 8日 (水)

ジェフ・ライマン「夢の終わりに…」早川書房 古沢嘉通訳

「ドティは幸せなんです。たいていのときは、本当に幸せなんです」ビルはいった。「彼女を不幸にするたったひとつのものがぼくたちなんです」

【どんな本?】

 カナダ生まれのSF/ファンタジイ作家、ジェッフ・ライマンによる、「オズの魔法使い」をテーマにした長編ファンタジイ小説。「オズの魔法使い」の主人公となった少女ドロシーにはモデルがいたとする設定で、19世紀末のカンザス州の田舎ジーンデールに住む少女ドロシーと、その周囲の人々の生活に絡め、映画「オズの魔法使い」で主役を演じたジュディ・ガーランドや、現代のホラー映画スターであるジョナサンの人生を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は 'WAS...', by Geoff Ryman, 1992。日本語版は1995年8月31日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組で本文約419頁。8.5ポイント25字×22行×2段×419頁=約460,900字、400字詰め原稿用紙で約1153枚。普通の長編小説なら2冊分ちょい。

 文章は翻訳物の小説としては、比較的にこなれている部類だろう。内容も特に難しい部分はない。ただ、すんなり読めるか、というと…

【どんな話?】

 1875年9月。セントルイスに住んでいた幼い少女ドロシーは、ジフテリアで家族を失う。ジーンデールに住む伯母エマ・ガルチを頼り、ドロシーは愛犬トトと共にカンザス州マンハッタンまで列車でやってきた。ジーンデールは、マンハッタンから更に馬車で一時間ほどかかる村だった。そこで始まったドロシーの生活は…

【感想は?】

 「オズの魔法使い」の明るい雰囲気は、きっぱり忘れよう。かなりシンドく悲しい話だ。

 表紙からして、水色を基調とした妙に寂しい感じの絵だ。この話の調子を上手く捉えている。というのも、ジーンデールでのドロシーの生活は、とてもじゃないが「のびのびとした田舎の生活」なんてもんじゃない。

 冒頭、ドロシーがマンハッタンの駅に降りる場面から、不穏な空気が漂っている。ドロシーはひとりぼっちで、誰も彼女の事を気にかけない。たった一人、ドロシーを気遣う若い女性エッタ・パーカスンがいるが、すぐに引き離されてしまう。他ならぬ保護者である伯母エマ・ガルチによって。

 おまけに、ドロシーに残された、かつての生活の名残りであるトトまで、エマとはしっくりいかない…どころか、初対面から敵認定されてしまう。最悪のスタートである。

 不安たっぷりに始まった物語は、進むに従い…。この辺は、幼いドロシーの目を通して展開する周囲の出来事や、それに対するドロシーの反応を、じっくり描くジェフ・ライマンの手腕が見事なだけに、読んでいてなかなかキツいもんがある。物語が始まってから、ドロシーは大切なモノを、圧倒的な力で次々と奪われてゆくのだから。

 ドロシーのたった一人の理解者だったウィルバーも、エマおばさんには気に入らない。己の無力さを実感して次第に無口になっていくドロシー、それをおとなしいと解釈するエマ。諦めきっているドロシー、礼儀正しく従順と解釈するエマ。被保護者であるドロシーと、保護者であるエマ。同じ事象を、なんだってこうも正反対に解釈できることやら。

 読み終えて改めて考えると、エマは単に子供の扱いに慣れてなかっただけ、とも解釈できるんだが、読んでる最中は、ひたすらエマが憎たらしくてしょうがない。これもまた、主人公に感情移入させてしまう著者の実力だろう。

 子供という立場の逃げ場のなさを、容赦なく思い知らされるのが、マンハッタンの学校の場面。失うものがないドロシーの、やぶれかぶれな戦い。代用教員とドロシーの場面。彼女の作文「トト」に始まる騒動、そしてドロシーが突き当たる、どうしようもない壁。悲しい事に、この壁は、現代の日本にだって消えちゃいなかったりする。

 追われてゆくもの、滅びてゆくもの、消えてゆくものへの共感が、この本には満ちている。インディアン,バッファーロー,そして古い町並み。そして、ドロシーもまた、そんなものたちと共に行きたいと願う。「オズの魔法使い」でジュディ・ガーランドが歌った「Over the Rainbow」→Youtube も、これを読むと全く違って聞こえてくる。

 そんなものを追いかける一人が、もう一人の主人公ジョナサン。古い建物や町並みに興味を示す、ホラー映画のスター。相応の頭脳と演技力を持ちながら、彼がホラーを好む理由というのが、これまた切ない。

 やはり映画界から登場する、もう一人の重要人物、フランシスことジュディ・ガーランド(→Wikipedia)。映画「オズの魔法使い」でドロシーを演ずる役者だ。大好きなパパのフランク・ガム、ママのエセル、お姉ちゃんのメアリ=ジェーンとジニー。幸せいっぱいに見えるフランシスだが、最初の上映会の場面から、一筋縄じゃいかない家族間の緊張が漂っている。彼女については、先の Wikipedia が必読。なかなか重たい内容だが、この本に相応しい生き方でもある。

 お話の大半は、徹底したリアリティに満ちている。ファンタジイか普通小説なのか、それは結末の解釈によって分かれるだろう。いずれにせよ、物語ではファンタジイそのものの意味が重要なテーマとなっている。かなり重たい内容の小説なので、覚悟して読もう。

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