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2014年1月 3日 (金)

チャールズ・A・リンドバーグ「翼よ、あれがパリの灯だ」恒文社 佐藤亮一訳

「ひとりはひとり、ふたりになると半人前、三人ではゼロになる」

【どんな本?】

 1927年5月20日、ニューヨークのルーズベルト飛行場から一機の単発飛行機が飛び立つ。セント・ルイス号、郵便パイロットのチャールズ・リンドバーグが世界初の単独無着陸大西洋横断を賭けて創った、高翼の単葉機だ。

 彼を無謀な挑戦に駆り立てたのは何か。どうやって計画を立て、支援者を募ったのか。なぜ機体に無名のライアン社を選んだのか。リンドバーグとはどんな青年で、どのように育ったのか。そして、飛行中にはどんな困難があり、どうやって克服したのか。1954年ピュリッツアー賞を受賞した、記録文学の傑作であり、飛行機文学の金字塔の全訳版。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Split of St. Louis, by Charles A. Lindbergh, 1953。日本語版は1991年10月20日発行の第1版第1刷。Wikipedia の訳者の項を見ると、1955年に出版共同社、1980年に旺文社文庫から出ているが、いずれも抄訳版で、全訳版は恐らく1991年の恒文社版が最初。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約545頁。8ポイント27字×19行×2段×545頁=約559,170字、400字詰め原稿用紙で約1398枚。そこらの長編小説2~3冊分の大ボリューム。

 翻訳物にしては、日本語は比較的に素直で読みやすい部類。著者がアメリカ人だからか、飛行機乗りの性なのか、表現が素直で明確なのも原因だろう。内容的に引っかかりそうな所は四つ。

  1. 単位系がヤード・ポンド系。だいたい1フィート=30cm、1マイル=1.6km、1ポンド=454g。
  2. 当事の飛行機のしくみと操縦。昔は尾翼や補助翼の角度をヒトが制御して、飛行機の姿勢や方向を変えてたんです。
  3. 航法。大西洋横断はだいたい東に向かって飛べばいいんだが、地球は球面だし機体は風に流される。だもんで、当時は「そもそも洋上で自分がドコにいるのか」すらよーわからん状況だった。
  4. 当事の社会・技術背景。第一次世界大戦後。GPSなんかないし、ラジオや無線機も真空管式で10kgを越える重さ。当然、iPhone なんかありません。

 まあ、この辺は飛行機や冒険物が好きなら覚悟して当たり前の事なんで、そういうのが好きなら、中学生でも充分に読みこなせるだろう。というか、むしろ技術的な細かい部分の書き込みこそ、この本の欠かせない魅力。

【どんな話?】

 第一次世界大戦の戦禍も癒えつつあるアメリカ、セントルイス。合衆国陸軍航空隊の大尉の肩書きを持つ若き郵便パイロット、チャールズ・リンドバーグは職務での飛行中に、ひとつのアイデアを思いつく。「ライト・ベランカ機なら、シカゴを経由せず直接ニューヨークに飛べ…いや、充分にガソリンを積めば、パリにだって飛べるぞ」。

 そして、青年の挑戦が始まった。

【感想は?】

 読み応えは充分。リンドバーグの独特の人物像もさることながら、飛行機文学としての魅力に溢れている。

 やはり、最初に目に付くのは、いかにもアメリカが育てた航空機パイロットらしいリンドバーグの人柄だろう。単独大西洋横断という無茶な計画を思いつく熱情と、それを実現させる冷静な計画性。一見、相反する二つの面が、彼の中では矛盾なく同居している。

 激情に駆られ走り出すわけじゃない。最初に彼の頭に浮かぶのは、「金がない」だ。ま、常識だよね。一応、最初にやり遂げればオーティング賞の賞金2万5千ドルが手に入る。必要な費用は多くて1万5千ドルだから、成功すればモトは取れる計算だけど、それで納得するスポンサーなんか、まずいない。

 ってんで、「どうやってスポンサーを口説くか」が、最初の関門になる。最初に相談したのが、飛行機学校の生徒で保険会社社長のアール・トンプソン。航空機に興味があり、かつセントルイスの実業界に影響力がある人物だ。最初にトンプソンを選ぶ目もいいし、トンプソンに持ちかける話し方も、なかなか気が利いてる。

「私はいま考えている計画について、あなたのご意見を伺いたくてまいりました」

 「あなたのご意見を伺いたくてまいりました」が、上手いなあ、と感心するところ。こう言われて悪い気がする人は、まずいない。もちろん、その後に細かい費用や技術の話が出るんだが、ちゃんとソコも前もって検討してある。残念ながら、最初の話し合いじゃ決まらないけど、ちゃんと興味を持たせる事には成功し、やがて最高・最強の支援組織が出来上がる。

 この支援組織との絆は、オーティング賞の賞金がかかる土壇場の危機で、後援者の一人ハリー・ナイトの見事な啖呵となってリンドバーグの背中を押す。二部構成のこの物語の、前半で最も盛り上がる場面だ。

 こういう思い切りの良さは、サンディエゴの小さな航空機会社ライアン社でも、随所に現れてくる。モノを創る立場として、リンドバーグは理想的な顧客と言っていい。「自分が欲しいモノ」がハッキリ分かっていて、技術にも運用にも詳しい。何より、要求仕様の優先順位が明確で、「何を求め、何を切り捨てるか」の基準をキッチリ示してくれる。

 とにかく航続距離を優先、次にパイロットの安全。だから重くなる燃料計は要らない。でも緊急時の救命ボートは必要。この辺の、現場で多くの事故を目撃・経験したパイロットらしい、絶妙のバランス感覚がうかがえる。

 だからと言って、「全てを一つに賭ける」とはしないのも、リンドバーグの複雑な所。

 私は飛行のための予備を、二つに分けていた。第一を成功のための予備とし、第二を失敗した場合の予備とした。

 と、合理的にモノゴトを進め、箇条書きを好むアメリカ人らしい計画性が、彼の複雑な一面をうかがわせる。

 第二部は飛び立つまで、第二部は大西洋横断飛行の記録に、リンドバーグの半生の回想が重なる。単調になりがちな飛行記録に、回想を混ぜたのは、常套手段ながらも上手い工夫だろう。とまれ、私は飛行記録に熱中して「早く次の場面にならないかなあ」と最初は思っていたんだが。

 とにかく、飛行機の細かい描写が面白くてたまらない。セントルイス号は、大西洋単独横断のため、様々な部分が特別性だ。分かりやすいのが燃料タンクで、機首・左翼・翼中央・右翼・胴体と、五個も積んでる。シビれたのは、軽量化の工夫で、補助翼が短い事と、その影響。こういう記述は、私のような生半可な飛行機好きでも、たまらなく嬉しい。

 改めてセントルイス号を見ると、かなり無茶な形をしている。操縦席の前と上を燃料タンクが塞いで、前も上も全く見えない。これはリンドバーグのアイデアによるもので、ちゃんと彼の設計思想を反映しているのだ。

 実際の飛行記録を読むと、「やっぱし大型機によるチーム飛行の方がいいんじゃね?」と思う場面がしばしば出てくる。アイルランドにたどり着くまでは危機また危機で、それこそ冒険小説の面白さだ。まず最初の恐怖は眠気で、なんと飛行前夜、彼はマスコミに悩まされて全く寝ていない。昔っからマスコミってのはw

 慎重に計画を立てたにも関わらず、随所で霧や雲に入り込み、計器だけを便りに飛び続ける。真っ暗闇の中で、機体の方向すらわからない状態が続く。おまけに、疲労と睡眠不足がもたらす判断力の低下。これを、本人がキチンと把握し、予め手を打ってあるのも凄い。

 最初は「うう、早く次の展開を」とか思ってた回想場面も、アメリカの航空機の黎明期がわかって、次第に面白くなってくる。特に、リンドバーグがジプシー飛行士として国内を飛び回り、ドサ周りで稼ぐ場面は、国土の広いアメリカがしみじみ羨ましくなる。ミシシッピ州で、最初の顧客モースを乗せる場面は、いかにも「古き良きアメリカ」な読みどころ。

 かつて少年向けの抄訳版が出ていたために、「いい子ちゃん向けの教科書的なお話」だと思ってたら、とんでもない。確かに優等生ではあるものの、最終的には孤独を愛する飛行気乗りの複雑な気質や、それを育てた若いアメリカの荒々しい環境、そして設計・整備・操縦にまで通じた当事の飛行気乗りだからこそ書ける、圧倒的なディテールの航空機の描写。飛行機が好きなら、是非とも読んでおこう。

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