ヘンリー・ペトロスキー「もっと長い橋、もっと丈夫なビル 未知の領域に挑んだ技術者たちの物語」朝日新聞社 松浦俊輔訳
「ファンタスティックという言葉は、技術について使われると、たんに『まだ実現していない』という意味にすぎない」
――ウィリー・レイ「技術者の夢」より「あまり多くの人の言うことを聞いたのでは、要点に達することはない」
――橋梁設計家ヨルク・シュライヒ
【どんな本?】
土木工学者の著者が、雑誌「アメリカン・サイエンティスト」誌に連載したエッセイをまとめたもの。金門橋やコンフェデレーション大橋などの橋や、ドリトン・アリーナなど独特のデザインの建築物を例に、どんな設計者・建築家が、どんな事情に配慮し、どんなポリシーでデザインしたかなど、エンジニアリング的な話に加え、その建築物を望む・望まない地元の事情や、地域の交通量や産業傾向など社会的な話も含め、土木・建築を中心とした話題を中心に、幅広い視点で主に技術者向けに書かれたエッセイ集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Pushing the Limits : New Adventures in Engineering, Henry Petroski, 2004。日本語版は2006年8月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約317頁。9.5ポイント48字×18行×317頁=約273,888字、400字詰め原稿用紙で約685枚。長編小説なら少し長め。
日本語の訳文は比較的にこなれている。内要も特に数式などは出てこないが、土木系の人が書いた本だけに、建築物、特に橋の形などある程度は知っておいた方が楽しめる。といっても、トラス橋・吊り橋・斜張橋ぐらいで充分だろう(→Wikipedia)。トラス橋は桁材を三角に組み合わせた、鉄道橋によくある形。吊り橋は明石海峡大橋、斜張橋は金門橋や横浜ベイブリッジが代表。また、様々な地域の著名な建築物が出てくるので、Google などで検索して写真を見ながら読むと、より実感がわく。
【構成は?】
序文 |
その他もろもろ――AND OTHER THINGS |
各章おだやかにつながりつつも、ほとんど独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
【感想は?】
カタチあるものを設計するってのは、大変そうではあるけれど、やはり面白そう。
一般に橋は川や海など、水の上に架ける場合が多い。橋が必要な場所は大抵が交通の要所でもあり、水運も盛んだったりする。そのため、単に橋の強度だけでなく、水上を運行する船の航行を妨げないように工夫する必要がある。
そこで様々な解が出てくる。一つは橋そのものを高い所に架ける案。これだと橋に可動部が要らない。反面、例えば列車を通すなら、橋に至るまでの経路を充分に長く取る必要があって、用地買収などで予算が嵩む。かといって跳ね橋とかにしたら、動力を確保しなきゃいけないし、可動部があるので設計も難しい。
タコマ橋(→Youtube)で有名なように、共振も怖い。斜張橋のノルマンディー大橋(→Wikipedia)だと…
長いケーブルは、無視できない振動を見せたので、振動を抑えるロープをかけてケーブルを連結する作業をするために、登山家が雇われた。ケーブルの長さはそれぞれ違うので、固有振動数も異なる。したがって、連結されたケーブルは、互いに相手の振動を抑制するように機能する。
最近は斜張橋が多いのも、そういう理由なんだろうか。タコマ橋の原因は風…かと思ったら空気の渦かあ(→Wikipedia)。ちょっと変わった共振だと、イギリスのミレニアム橋(→Youtube)。この原因は、歩行者。群集誘発型動的歩行負荷って難しい名前がついてる。
混んだ所だと、自然と人は歩調があっちゃう。たまたま歩調があうと端が揺れる。人は揺れを感じると、揺れにあわせて体が動く。これが揺れを増幅する上に、揺れが大きくなると、手すりにつかまって横の動きを増やす。歩調を合わせて行進する軍隊さんはこの現象を知っているらしい。
19世紀の吊り橋は、歩調をそろえて兵士が行進したことで落ちた例があるし、現代でも、渡るときは兵士に歩調を合わせるのをやめるように警告している橋もある。
橋以外の建築物で、いきなり感心したのが J.S.ドルトン・アリーナ(→Google画像検索)。馬の品評会ができるぐらい広い空間を、柱なしで作るという無茶な要求を、独創的な発想で実現した建物。この理屈は…と考えたら、携帯用の椅子が近い(→ドッペルギャンガー ウルトラライトマイクロチェア C1-54)。
まさしく、二つの引っ張り合うアーチが建物を支え、天井はアーチ間に垂れ下がる形だ。懸念は天井が風で煽られ吹き飛ばされることで、「風で上へ引き上げられる力は、1㎡あたり78kgほどと見込まれた」。東京ドームはどうやって対処してるんだろう?
とはいえ、ケッタイな形をしてりゃいいってもんじゃない。槍玉にあげてるのが、シドニーのオペラハウス(→Wikipedia)で、「最終的な費用は当初の見積もりの15倍近くになった」「大規模なオペラがきちんと上演できず、オペラ愛好家をがっかりさせている」とコキおろしている。
事故の話では、911で貿易センタービル崩落の原因を分析する所も興味深いが、「かがり火の虚栄」のテーマのテキサス農工大ボンファイア事件(→英語版Wikipedia)は、実にありがち。
元はテキサス大学オースティン校とのアメリカン・フットボールの試合の後に、打ち上げとかのキャンプファイアみたいな感じでゴミを燃やしたのが始まり。それが次第に大きくなり、丸太を切り出しすようになり、しまいにゃウエディング・ケーキ状に4段に積むまでになった…が、これが崩れて死者12名を出す事故になる。
つまりは学生がノリでやってたわけで、そもそも構造設計や安全対策なんか誰もやってない。「今まで巧くいってたんだから大丈夫だろ、つかもちっとデカくしようぜ」な感じで、どんどん危険な方向に突っ走っていく。学生なんてどの国でも無茶やるもんだが、実は企業でも似たような事は…ゲフンゲフン。
ちなみに世の中にはトンネル派と橋派があるみたいで、著者は完全な橋派の模様。基本はエッセイ集なんだけど、土木系の人だけあって、読んでいると頭の中で梁にかかる力がなんとなくイメージできてくる。橋や大きな建物を見る目が少しだけ違ってくる、そんな本だ。
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