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2014年1月 2日 (木)

マリオ・リヴィオ「黄金比はすべてを美しくするか? 最も謎めいた比率をめぐる数学物語」早川書房 斉藤隆央訳

「理性的な人間は世界に自分を合わせていくが、理性を欠いた人間はあくまでも自分に世界を合わせようとする。だからすべての進歩は、理性を欠いた人間にかかっている」
  ――ジョージ・バーナード・ショー

【どんな本?】

 φ(ファイ)。黄金比。1.6180339887…。点ABCが一つの線分にあるとき、距離AB/距離AC=距離BC/距離ABとなるわけ方。ピラミッドやパルテノン神殿など古代の有名な建築物に隠されているとされ、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画やヨハン・セバスティアン・バッハの名曲にも埋め込まれているといわれる。

 人工物ばかりではない。オウムガイの殻、雄羊の角、ヒマワリの種、ハヤブサの飛び方、そして銀河系の渦の形など、自然界の様々な所で黄金比が顔を出す。

 なぜそんな数に意味があるのか。誰が、いつ、何を考えてφを見つけたのか。φの発見は、どんな騒動を巻き起こしたのか。どんな人がφに関わったのか。そして、なぜ黄金比が自然界の様々な現象に表れるのか。

 黄金比をきっかけに、その性質、それに関わった人々、自然界の現象、数学と音楽との関わり、そして数学の歴史などを紹介しながら数学の面白さを解く、一般向けの数学の啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE GOLDEN RATIO, The Story of Phi, the World's Most Astonishing Number, by Mario Livio, 2002。日本語版は2005年12月15日初版発行。私が読んだのは2006年1月31日の再版。今はハヤカワ文庫NFより文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約306頁。9ポイント45字×20行×306頁=約275,400字、400字詰め原稿用紙で約689枚。やや長めの長編小説の分量。

 翻訳物の一般向け数学解説書にしては、かなり日本語はこなれている部類。数学の本だけあって、アチコチに数式が出てくるが、必要なのは加減乗除と累乗と平方根ぐらい。しかも、面倒くさかったら読み飛ばしてもいい。

 時おり連分数が出てくるが、ハッキリ言って分かんなくても構わない。「なんか規則正しいな」ぐらいで充分に雰囲気は掴める…というか、重要なのは数学の能力より、「規則正しい数列」に心地よさを感じる感性だろう。義務教育修了程度の数学がわかれば、充分に楽しめるだろう。「数学は得意だ」という人向けには、巻末の付録に歯ごたえのある証明過程が載っている。

【構成は?】

 はじめに
1 φへのプレリュード
2 音程と五芒星形
3 星を示すピラミッドの下に
4 第二の宝
5 気立てのよい息子
6 神聖な比率
7 学者と詩人はどんな思い切ったこともやってよい
8 タイルから天空まで
9 神は数学者なのか?
 訳者あとがき・図版/引用出典/参考文献/付録

【感想は?】

 私が今まで読んだ一般向けの数学の啓蒙書の中では、恐らく最も数式が沢山出てくる。にもかかわらず、読みやすさも最高レベルだし、ユーモアも伝わってくる。これは訳者の腕だろう。著者がアメリカ人なのも関係あるかもしれない。ヨーロッパ系の人のユーモアは、一回りヒネててオチが分かりにくいんだけど、この人のユーモアは素直に伝わってくる。

 数学の歴史も扱ってるだけあって、古代ギリシャから沢山の数学者が出てくる。ユークリッド(→Wikipedia)なんて、現代に生きていたら世界一の大富豪になっていただろう。なんたって、彼が著した「原論」は、世界第二のベストセラーなんだから。にも関わらず謙虚な人らしく、「自分が最初に出したのでない成果については、いっさい名誉にあずかろうとしていない」。ちなみに世界最高のベストセラーは聖書。

 とまれ、私が最も深い印象を受けたのは、レオナルド・フィボナッチ(→Wikipedia)。1・1・2・3・5・8・13・21…と続く、コンピュータ関係の本じゃしょっちゅう出てくる、フィボナッチ数列(→Wikipedia)を考え出した人。前の二つを足すと今の数になる、そーゆー数列です。偉そうに書くと n0+n1=n2 みたいな。

 なんで黄金率の本にフィボナッチ数列が関係あるのか、って疑問はもっともだけど、それは本を読んでもらうとして。印象に残ったのは、ソレとは別の業績。12世紀イタリアの港湾都市ピサで関税・貿易官の息子として生まれた彼は、「位取り」の記法を著書「算盤の書」で紹介する。なんと、最初の7章を「アラビア数字とその用途の説明にあてた」。数字の読み方・書き方だけに、7章も使っているのだ。

 当事のピサは繁盛した港町で、当然ながら商人や役人も沢山いて、数字を扱う人が多かった。当事のピサで使われてたのは、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ…というローマ数字。やってみりゃわかるが、これで計算するのはやたら面倒くさい。

たとえば3786と3842の和を求めようとしたら、MMMDCCLXXⅥ と MMMDCCXLⅢ を足さなければならなくなる。

 いわゆるアラビア数字の記法に慣れた我々は、「こんなの簡単じゃん、なんでそんなのを説明するのに7章もかけるんだ?」と思う。小学校1年生だってスグに覚えられるほど簡単なルールだし。でも当時の人から見たら、位取りってのは、えらくケッタイな仕掛けに思えたんだろうし、一旦覚えちゃったローマ数字の記法から抜け出すには、それぐらい大変な事だったんだろう。

 と同時に、それ以前の人々、例えば先のユークリッドなどは、位取り記法を使わずに数学を扱ってたわけで、それはそれで凄いよなあ、と思ってしまう。「アポロ宇宙船のコンピュータはファミコン未満の性能だった」に似た感動がある。

 なんて小難しい話も面白いが、数学者や物理学者をネタにしたジョークも楽しい。例えば物理学者ポール・ディラック(→Wikipedia)のネタ。二個の電子間に働く電磁力の強さを決める微細構造定数は、ほぼ1/137で、物理学者はその理由で悩んでいた。ジョークは。

天国に着いたディラックに、何か訊きたいことはあるかと神が言った。そこで彼は質問した。
「なぜ1/137なんですか?」

 もしかしたらダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイク・ガイド」の42の元ネタは、これかもしれない。

 数字も数式も沢山出てくるけど、ビビっちゃもったいない。ぶっちゃけ、この本を楽しむのに、数式の意味を理解する必要はない。「なんかパターンがあるな」で充分だ。この記事では割愛したけど、音楽や絵画のネタも沢山あって、特に遠近法の部分では美術と数学の意外な関係に気づかされたり。あまり構えず、リラックスして読もう。

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