« 中村明一「倍音 音・ことば・身体の文化誌」春秋社 | トップページ | マイケル・バー=ゾウハー&ニシム・ミシャル「モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝」早川書房 上野元美訳 »

2014年1月12日 (日)

宮部みゆき「日暮らし 上・中・下」講談社文庫

「そりゃ修行したおかげで、あたしは豪勢な料理をつくれるようになりました。けどね、それを親父にもおふくろにも、兄弟たちにも食わしてやることなんかできなかったよ。あたしのもらってる給金じゃ、石和屋の料理は食えねえんだ。そんなんじゃさ、あたしは二十年以上も、いったい何をやってきたんだろうって思っちまうのも、しょうがないでしょう」

【どんな本?】

 直木賞をはじめ数々の賞に輝くベストセラー作家・宮部みゆきが存分に本領を発揮した、ミステリ仕立ての人情時代小説シリーズ、第二弾。シリーズ開幕の「ぼんくら」でも活躍?した怠け者の同心・井筒平四郎と、彼が関わった本所深川の鉄瓶長屋に住んでいたお徳・佐吉など懐かしい面々が再登場し、江戸の長屋で逞しく生きる人々の暮らしと想いを描き出す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 元は2004年12月に単行本上下巻で刊行。私が読んだのは講談社文庫版で2008年11月14日発行の第1刷。文庫本縦一段組みで上中下の三巻、それぞれ本文約298頁+269頁+268頁=約835頁に加え、末國善己の解説8頁。9ポイント38字×17行×(298頁+269頁+268頁)=約539,410字、400字詰め原稿用紙で約1349枚の大作。

 ベストセラー作家の作品だけあって、文章の読みやすさは抜群。単にわかりやすいだけじゃなく、微妙なリズムがあって、読んでいてやたらと気持ちがいい。内容も特に難しくはないが、人の生き様と心持ちを描く作品だ。個々の登場人物の背景事情が重要な意味を持ので、素直に前作の「ぼんくら」から読もう。

【どんな話?】

 暑さにへばっているぼんくら同心・井筒平四郎を訪ねてきた町医者の幸庵先生がいうことには、岡っ引きの政五郎のところのおでここと三太郎が倒れたという。数日前から飯を食わず、水ばかり飲んで、ついに寝込んでしまった。政五郎も女房のお紺も心配し、幸庵先生を呼んだが、どうにもらちがあかない。面倒くさがる平四郎に、追い討ちをかける幸庵先生。

「井筒様には、頼もしい味方がおられるでしょう」

【収録作は?】

上巻: おまんま/嫌いの虫/子盗り鬼/なけなし三昧
中巻: 日暮らし
下巻: 日暮らし/鬼は外、福は内  解説(末國善己)

【感想は?】

 一応、主人公は、ぼんくら同心の井筒平四郎だが、彼はむしろ狂言まわしみたいなモンで。

 今回は、おでこさんこと三太郎の病で幕があく。前作「ぼんくら」を読んだ人には、むしろここで「おお、懐かしい」となる所。平四郎は、どうにも影が薄い…おそらくは、意図的に。というのも、平四郎の周りの人たちのキャラがやたらと濃いのだ。そこに濃いキャラを突っ込んだら衝突してしまう所を、平四郎のぼんくらっぷりが巧いこと中和している。

 最初の「おまんま」から、おでこさんのキャラクターが、やたら強烈だし。おでこさんこと三太郎、齢十三の男の子。この時代だと、ぼちぼち働きに出てもいい年頃だ。ところが政五郎もお紺も、おでこさんを猫かわいがりで、滅多なことじゃ嫌味のひとつもいいやしない。寝込んだおでこさんに対する政五郎とお紺の気遣い方が、これまたそれぞれの性格を伺わせて、読者は「うん、そうだよね」と納得してしまう。

 続く「嫌いの虫」では、前作でいなせな姿を見せた佐吉の兄貴が登場する。女性ファンには悔しい事に、なんと所帯持ちだ。ここでは、新婚さんの悩みがテーマとなる。先の「おまんま」に登場した政五郎とお紺は、絵に描いたようなベテランの夫婦なのに対し、佐吉とお恵は若いだけあって…。

 次の「子盗り鬼」では、二人の女の子を女手一つで育てる新キャラクター・お六が登場し、現代日本でも話題になっているしち面倒くさい輩がテーマになると同時に、このシリーズ全体を通して影のようにつきまとう、湊屋の因縁も色濃くなってくる。これがまた、前作「ぼんくら」でも重要な役を担う、意外な人の意外な素顔に驚かされる。

 そして「なけなし三昧」。ついに出ました、このシリーズの真の主役、お徳さん。元気です。亭主と共に煮売屋を始めたものの、病で亭主を失い、それでも一人で店を切り盛りし、鉄瓶長屋から幸兵衛長屋に店を移しても、相変わらずの腕ときっぷのよさで大繁盛…かと思いきや。

 もうね。あたしゃ、お徳さんが出てくるだけで嬉しくなっちゃう。お六もそうだけど、こういう逞しく生きるオバサンを描かせたら、宮部みゆきの筆は冴える冴える。どんな所で怒るか、どんな時に意地を張るか、どんな時に踏ん張るか、そしてどんな時にヘコんで、どんな時に弱気になるか。

 お六も、その生き様を読めば、なかなか逞しい人なのに、こういう危機にはとことん弱い。やっぱり似たような形で、きっぷのいいお徳さんも、尻込みしちゃったり、よせばいいのに余計なちょっかいをしちゃったり。そのあたりを飲み込んで気を使う平四郎たちも、なかなかのオトナだ。

 そんなお徳さん贔屓な私が、スカッとしたのが、平四郎が奥様とお徳にドヤされる場面。主人公がいじめられて、なんでこんなに気持ちがいいんだろうw やっぱり平四郎が奥様に睨まれて冷や汗をかく場面も、実に心地いい。綺麗な奥様の笑顔って、やっぱし怖いよねえ。ざまあ←ひがんでます

 新キャラクターでは、少ない出番と台詞で強烈な印象を残す、同心の佐伯錠之介がいい感じ。

とにかく長身だ。そして痩せている。頭が長い顎が長い首が長い。指まで長い。

 と、ルックスもさることながら、その性格が、これまたケッタイな奴で。中巻あたりから事件の推移に関わってくる人なんだが、何を考えてるのか、なかなかわからない。でも職務を考えると、それなりに適切な性格なのかもしれないし、実は平四郎の同類なのかもしれない。

 などのレギュラー陣の中で、幼いながらも名探偵振りを発揮するのが、弓之助。跡取りの話も平四郎は次第に乗り気になり、まんまと奥様の術中にはまりつつある。イケメンすぎると平四郎の奥様は心配しているが、ちゃんと自分の視野の具合はわかっている様子。おでこさんとのコンビもいい具合で、ラストには鮮やかな見せ場がちゃんと用意されてる。

 一応はミステリ仕立てだけど、面白いのはむしろ夫婦の機微や職場での軋轢、気がいい故に面倒に巻き込まれちゃう人々など、普通に生きてる人が普通に経験し感じている事柄が、生き生きと描かれていること。読みやすさは抜群だし、ぜひ前作の「ぼんくら」から続けてお読みいただきたい。

【関連記事】

|

« 中村明一「倍音 音・ことば・身体の文化誌」春秋社 | トップページ | マイケル・バー=ゾウハー&ニシム・ミシャル「モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝」早川書房 上野元美訳 »

書評:フィクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宮部みゆき「日暮らし 上・中・下」講談社文庫:

« 中村明一「倍音 音・ことば・身体の文化誌」春秋社 | トップページ | マイケル・バー=ゾウハー&ニシム・ミシャル「モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝」早川書房 上野元美訳 »