飯干晃一「仁義なき戦い 死闘篇・決戦篇」角川文庫
「兄貴あんたに言うとってあげるが、なんぼあんたに力がある言うたところで、気をつけないよ。狙う方と狙われる方いうたら、どうしたって、狙う方が強いけん、のう」
【どんな本?】
広島抗争(→Wikipedia)と言われる呉・広島で発生した暴力団同士の抗争を題にとり、その中心にいた美能組元組長・美能幸三の手記をもとに、綿密な取材と広範な資料によって裏付けた迫真のドキュメンダリー・ノベル。
扱う時代は戦後~1963年頃まで、いわゆる第二次広島抗争までを中心とし、戦後に急成長した暴力団の内幕と、そこに生きるヤクザの実態、および暴力団・政治家・芸能界・実業界の交友も含め、全て実名を掲載する徹底したリアリズムを貫いた昭和の問題作であり、深作欣二監督による映画も空前の大ヒットをとばし、俳優・菅原文太を一躍スターに押し上げた。
なお、カバーによると、正式な書名は以下。死闘篇・決戦篇とあるが、内要は素直に続いているので、実質的には上下巻と見ていい。
- 広島やくざ流血20年の記録 仁義なき戦い 死闘篇 「美能組」元組長 美能幸三の手記より
- 広島やくざ流血20年の記録 仁義なき戦い 決戦篇 「美能組」元組長 美能幸三の手記より
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原型は、抗争の中心部にいた美能組元組長・美能幸三が獄中で書き上げた手記である。これを題材に、元読売新聞の社会部記者の著者が、1972年5月19日から週間サンケイに46回にわたり連載したものを、書籍化にあたり再構成した。1980年3月20日初版発行、私が読んだのは死闘篇が1999年4月20日の26版、決戦篇が2001年8月20日の31版。着実に版を重ねてます。
文庫本縦一段組みで本文約249頁+約303頁=約552頁に加えあとがき7頁。8ポイント43字×17行×(249頁+303頁)=約403,512字、400字詰め原稿用紙で約1009枚。文庫本二冊としては妥当な分量。
元ブンヤさんが書いただけあって、基本的に文章はこなれている。が、シロウトが読みこなすのは、かなりシンドい。これにはちゃんと理由がある。
- 暴力団の内幕を描いた本なので、多少の専門知識が必要。テキヤとグレン隊の違いがわかれば充分で、もう少し突っ込んだ「兄弟杯(松江地区建設業暴力追放対策協議会の暴力団ミニ講座)」などは、本書中で説明がある。
- 大量の組織や人が出て来る上に、関係が入りくんでおり、かつ人物の地位や関係が刻々と変わってゆく。できれば登場人物一覧が欲しかった。
- 台詞の大半が慣れない広島弁である。
と書くと欠点だらけのようだが、実はこの三点こそが、この本の最大の魅力でもあるのだ。詳細は追って。
【どんな話?】
1952年、広島で大きな勢力を誇る岡組組長の岡敏夫が引退を表明する。組内の有力な幹部や、同じ広島に勢力を持つ打越会会長の打越信夫を差し置き、なんと呉の山村組を率いる山村辰雄が跡を継ぐことになった。打越と山村の対立は、全国制覇を狙う神戸の山口組と、それを阻止せんとする本多会の代理戦争の様相を呈し…
【感想は?】
下敷きになったのは美能幸三の手記だが、同時に著者の飯干晃一による細部の検証も凄まじい。いつ・どこで・誰と誰が会い・どんな会話を交わしたか、こういった事柄まで手記に出てくるとは思えないので、著者が独自に調査したものだろう。
個々の襲撃事件にしても、いつ・誰が・どんな動機で・どんな凶器を・どんな経路で手に入れ・どれぐらいの距離で使ったかなど、再現映像を見ているかのように詳しく書き込んである。抗争に巻き込まれた刑事や警官が何人か殉職しているが、彼らについても詳しく説明がなされている。相当に綿密な取材と調査をしただろうことが伺える。
上で読みにくさの理由を3つ挙げたが、読み終えてみると、逆にこの3点こそが本書の特異な地位を支える柱になっている。
まずは多少の説明不足だが、これは当事の読者層にあわせたものだろう。不要な説明や冗長な修飾を省き、簡潔かつ明瞭に事実を記述するスタイルをとることで、たいへんに内容の濃い本となった。元新聞記者という経歴のためもあるだろうが、多くのヤクザの死を淡々と描くことで、かえって暴力団の世界の無情さが伝わってくる。
次に内容の複雑さ。これはもともとの事件が入り組んでいるためだ。と同時に、本書のテーマである「暴力団の実態」と密接に関わっている。基本的に暴力団は利害で動いているが、横のつながりもある。戦国時代の武将がそれぞれに姻戚関係を結んだように、暴力団も兄弟杯などで他組織と協力関係を築こうとする。
また、同じ組でも内部で争いがあり、トップと幹部との反目もある。江戸時代の武士のように一本気な忠義とは無縁の社会であり、トップと反目する幹部は対立する組の者と組む場合もあるし、対立組織内の反目を煽るため内紛の種を撒く者もいる。暴力団の陰湿な権力闘争をリアルに描く以上、複雑になるのは仕方がない。
そして最後に広島弁。これは私が云々するより、菅原文太さんの名演技を思い浮かべていただくのが一番いい(→Youtube)。あんまりにもハマりすぎてるんで、当時は広島弁=暴力団みたいな、妙な印象が世間に流布してしまった。
話の大きな流れとしては、呉の小勢力だった山村辰雄が、広島の一大勢力としてのし上がって行く過程を描いた物語となっている。だが、山村の人物像は、マリオ・プーヅォの「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネと全く異なり、カネに汚く見栄っ張りで後先考えず、そのくせ口先だけは巧くて、いつだってその場しのぎで誤魔化しながら世間を泳いでゆく、どうにもいけすかない奴に描かれているのが、この作品の大きな特徴だ。
つまりはヤクザをカッコよく描く本ではない。いかに暴力団が人間のクズか、それを徹底的に暴露する本だ。
力をつけてきた組の幹部同士の争いを煽り、自分の地位の保全を図る山村も相当に酷いが、山村と対立する村越もかなりの腰抜けの上に、自分の嘘の責任を手下に押し付ける腐りきった男に描かれている。いずれも美能の立場からすれば面白くない人物なので、相応の色はついているだろうが、暴力団の内幕としては大きく異なってはいまい。
そんな局地的な抗争を、山口組などの広域暴力団がどのように利用し、系列化・組織化してきたか、その過程の物語としても重要な資料である。つまりは地域の紛争に介入し、一方の組に肩入れして地域の制覇を目論み、自分の組織を広げていくわけだ。かつて西欧が植民地支配で使った手口であり、冷戦時に西側・東側双方が使った手でもある。
いわゆる独裁国家の内幕がわかりにくい理由も、情報が出てこない事に加え、この本が描く暴力団内部の人間関係のような事柄が、政府内で繰り広げられているためだろう。この本では、山村の下のはずの美能が、敵対する村越と山口組の仲を取り持っている。
などの暴力団内部の話だけでなく、彼らと政治家や芸能界の関係もあけすけに描かれているのも、本書の重要さを際立たせている。港湾業務の人足管理、美空ひばりと田岡一雄の交際や、プロレス興行の仕切り、公営ギャンブル利権への食い込み、旧軍物資の横流し、朝鮮戦争当事の米軍業務などに加え、議員とのつながりどころか、組長が議員になってる例まである。
暴力団の内部事情や抗争を描いた本としても勿論面白いし、同時に、この国の社会・権力構造と暴力団の関係が見えてくるのにも興奮する。もはや過去となった昭和だが、その頃に作られた人脈や社会構造は、今でも生きている。単に暴力団を糾弾するだけの本ではない。権力闘争の生臭さと、戦後のこの国がどう作られたか、それを描く物語としても、一級品の価値をこの本は持っている。
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