ローレン・ビュークス「ズー・シティ」ハヤカワ文庫SF 和爾桃子訳
帰宅途中、電子レンジのポップコーンばりに自動小銃の鈍い炸裂音が響いたので、他の賢明な歩行者群にまじって、もよりのパリセーズ・ショッピングアーケードへあたふた避難した。
【どんな本?】
南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身の著者による、近未来(または現実とは少しだけ違う世界)のヨハネスブルグを舞台とに、探し物を生業とする元ジャーナリストの前科者の女ジンジ・ディッセンバーが、不法移民と犯罪者が渦巻く都市を徘徊するハードボイルド・ミステリ。2011年アーサー・C・クラーク賞受賞作。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は ZOO CITY, by Lauren Beukes, 2010。日本語版は2013年6月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約431頁+訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×431頁=約318,078字、400字詰め原稿用紙で約796枚。長編小説としてはやや長め。
小説としては、かなり読みにくい。原文がそっけない文体なのか、文章や描写の流れがブツブツ切れてる感じがあって、どうも乗り切れない。台詞も地の文もハードボイルド調で、もってまわったスカした悪態交じりの表現が多く、意味を掴むのに苦労する。カタカナのブランド名や固有名詞が頻繁に出て来るんだが、なにせ舞台が南アフリカなので、どうにもピンとこない。
といった文章ばかりでなく、内容的にも、背景事情が現代の南アフリカの社会・国際状況を色濃く反映している。かつてのアパルトヘイトやホームランドなど、南アフリカだけでも充分に複雑な上に、他国からの難民や不法移民も多く登場し、彼らの背景が重要な伏線であり、サハラ以南のアフリカの国内・国債情勢の知識も必要となる。南アフリカについては訳者あとがきが役に立つが、中央アフリカの情勢も終盤になって重要な意味を持ってくる。
ハヤカワ文庫SFには珍しく、カバー裏に登場人物一覧があるのは嬉しい心遣い。日本人には馴染みのない南アフリカ人の姓名なので、これがなければ物語はほとんど理解できないだろう。
【どんな話?】
南アフリカ共和国の大都市ヨハネスブルグ。治安は崩壊し、アパートなどの警護は民間警備会社が請け負っている。元ジャーナリストの女ジンジ・ディッセンバーは、特技を活かした失せ物探しの仕事をしながら、民間警備員のブノワ・ボカンガと、動物連れの街ズー・シティで同棲している。
凶悪犯罪者には、何かの動物が付きまとう。ジンジはナマケモノ、ブノワはマングース。そして、一つだけ特殊能力が与えられる。ラデツキー夫人に捜索を依頼されていた指輪を届けに出かけたジンジ。だが、彼女の家の周囲には警察と救急車が集まっていた。夫人が殺されたのだ。
【感想は?】
SFを期待しないように。「動物連れ」や特殊能力などの、ちょっと変わった仕掛けはあるが、物語の筋にはあまり影響しない。せいぜい、「動物連れは一目で前科者とわかる」ってぐらい。その為に世間じゃ元犯罪者は色眼鏡で見られるので、ジンジも色々と苦労するんだが。
むしろ、現代のヨハネスブルグを舞台としたハードボイルド・ノワールと思った方がいい。とまれ、この舞台が一筋縄じゃいかない。南アフリカの国内事情は解説を読んでもらうとして、もう一つ、この作品には大事な背景がある。
コンゴ・ウガンダ・ルワンダ・フルンジなどアフリカ中央部は戦乱続きで、大量の難民が出ている。日本じゃあまり印象の良くない南アフリカ共和国だが、サハラ以南のアフリカじゃかなりマシなので、各国の難民が南アフリカに押し寄せ、または不法移民として住み着いちゃっている。祖国じゃ仕事どころじゃないが、とりあえずヨハネスブルグなら食っていけそうだし。
なにせ祖国は酷い有様で。この辺はルワンダ虐殺(→Wikipedia)や神の抵抗軍(→Wikipedia)をご覧いただきたい。子供を攫い暴力と薬物で兵士に仕立て上げ、故郷の村を襲わせて帰る家を失わせるのだ。詳しくは松本仁一の「カラシニコフ」あたりを読んで欲しい。
とまれ、ヨハネスブルグに流れ着いた彼らは、しおれてるわけじゃない。とりあえず食ってかにゃならんので、手段を選ばず生き延びる。詐欺・窃盗・暴力が渦巻くヨハネスブルグのダウンタウン、犯罪者が住み着くズー・シティことヒルブロウ地区のデンジャラスな空気が、この作品の大きな特徴。一部で有名な「ヨハネスブルグのガイドライン」のコピペを思い浮かべていただきたい(→ニコニコ大百科)。この記事の冒頭の引用のように、全編がそんな雰囲気だ。
手段を選ばないのは主人公のジンジも同じで、本業?の失せ物探しの他に、かなりアレな副業も請け負ってる。本場はナイジェリアだと思ったが、困っている人も多いはず(ちょっとだけネタバレ、→Wikipedia)。日本じゃ、これ(→はてなキーワード)が有名だね。なんというか、典型的な才能の無駄遣い。私は「ママさんバレー」が傑作だと思うw
さて、肝心のお話は。探偵役のジンジが、ラデツキー夫人の依頼をきっかけに、大掛かりな事件に巻き込まれる、というもの。ダシール・ハメットの「マルタの鷹」やレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」みたく、陰謀に巻き込まれた探偵が大暴れする、ハードボイルド・ミステリの典型的なパターン。
ただし、主人公のジンジが、とてもじゃないがサム・スペードやフィリップ・マーロウみたいにカッコつけてる余裕がないのが、大きな違い。そりゃもう、経済的にも社会的にも精神的にも。ケッタイな副業が示すように、探偵役としての矜持すら持たず、はっきり言ってあまし感情移入できない人物だ。この辺が、小説としては読んでいて辛いところ。
むしろ、魅力を感じるのは、荒みきったヨハネスブルグの街そのものだろう。実のところ「動物連れ」ってギミックはSFというよりファンタジイで、ぶっちゃけお話作りの都合としか思えないんだが、ビジュアルな効果は大きい。ビルの窓は割れエレベータは壊れ、道にはゴミがアチコチに散らばり物騒な輩がタムロしてる。しかも、ナマケモノやマングースを抱えて。もうね、これぞ南アフリカだ、って風景だろう。
そんな現代的にデンジャラスな風景に、終盤になるとアフリカならではの影が大きくさしてくる。「現代的な顔をしてるけど、一皮剥けばこんなもんよ」ってな著者のメッセージが…あるのかなあ。
中盤以降は、現代アフリカのポップ・ミュージック・シーンにフォーカスがあたる。ポール・サイモンのグレイスランドなんて分かりやすいシロモノじゃなく、ヒップホップやテクノやグランジも混じって、ワケわからん状況になってるっぽい。今ちょっと検索してみたら、実在のミュージシャンも混じってる模様。Youtube で見つけたのを貼っとく。→HHP、→HoneyB、→SPOEK MATHAMBO。
おぢさんは「アル・スチュアート株式会社」に「おや?」となったけど、多分偶然だろうなあ。古い上に傾向が違いすぎるし(→Youtube)。つかテレキャスター・シンラインなんか持ってたのか。
あ、そうそう、参考資料としちゃ、これを貼っとかないと。スティーヴ・ビコ(→Wikipedia)
追記:
先の HHP を暫く聞いてて気づいた。今までヒップホップって苦手だったけど、この人のバック・バンド、意外と腕っこきが揃ってるわ。最初は6弦ベースのオバチャンに思わず注目しちゃったが、赤いストラトのギターも業師だし、ドラムも盛り上がった時のリズムがやたら気持ちいい。歌は何言ってるのかサッパリわかんないけどw
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