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2013年12月 8日 (日)

スティーヴン・セン「確率と統計のパラドックス 生と死のサイコロ」青土社 松浦俊輔訳

数字は嘘をつくというが、それは違う。嘘つきも数字を使うことがあるということだ。
  ――モーリス・ケンダル

科学の科学らしい特徴は、間違わないことではなく、自己修正できるところである。

単純にいってしまえば、確率論は想定されるモデルから可能性のあるデータへと論証していく仕事であるのに対し、統計学は、既知のデータからモデルを推測する仕事である。

【どんな本?】

 スイス生まれでイギリスで活躍する医学統計学者の著者による、統計学を題材にしたエッセイ集であり、また一般向けの啓蒙書。

 イギリス風の皮肉なユーモアを交えつつ、確率論と統計学の違い,代表的な統計学者の生涯と業績,主な統計学の学派とその主張などに加え、三種混合ワクチンと自閉症の関係,O・J・シンプソン事件,シリコン豊胸術と結合組織疾患など有名な事件を題に取り、分散・偏差・ポアソン分布など統計の基礎概念を解説する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Dicing with Death - Chance, Risk and Health, by Stephen Senn, 2003。日本語版は2005年1月15日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約336頁+訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×336頁=約300,048字、400字詰め原稿用紙で約751頁。長めの長編小説の分量。

 一般向けの本だが、かなり歯ごたえがある。イギリス風のヒネたユーモアが横溢した文章で、ユーモラスなのはいいが、その分、かなりまだるっこしい表現が多く、真意を掴むのに苦労する。内容もアチコチに数式が出てくるので、数式にアレルギーがある人には辛いだろう。必要な数学の素養は、微分が一部に入るので、中学卒業じゃ少し辛いかも。具体的には以下三個程度。

  1. 自然対数の底 e。
  2. f(x)=... みたいな書式や θ・γ などのギリシャ文字、∩(かつ)などの記号にビビらない度胸。
  3. 微分の概念:「グラフの曲線の傾きを表す」ぐらいの認識で充分。

 とまれ、難しい部分には、その由の警告があり、「数学は勘弁という人は、飛ばしても差し支えない」とあるので、数式がわからなければ遠慮なく読み飛ばそう。かくいう私も、かなり読み飛ばしました、はい。

【構成は?】

 序文
1 角を丸める
2 サイコロ振り登場
3 生命の試験
4 サイコロと人間について
5 性別と個別の患者
6 薬(など)についての衰えぬ見方
7 時間の表
8 プールでひと泳ぎ
9 悩みのたね
10 間抜けな法律
11 太陽の帝国
 註/訳者あとがき/索引

 基本的に各章は独立しているが、そこはやはり数学の本。前の章を基礎として後の章が展開する構造なので、なるべく前から順に読むほうがいい。

【感想は?】

 昔から確率は苦手だった。これを読んでも、やっぱり苦手だ。それでも、とりあえず、確率と統計の違いはわかった…気がする。

統計学者と確率学者の違いは、確率学者はこれが正しくなるように問題を定義するが、統計学者は、それが正しいかどうかを検討し、それが正しいかどうかを検査するデータを得る事になる。

 …やっぱりわかんないね。確率は「こうなるはずだ」とモデルから結果を予想するのに対し、統計は「こうなった」という結果からモデルを見つけ出す学問なんだろう。当然、統計の基礎には確率論が必要。

 数学の一分野である統計の本ではあるが、やはり読んでて楽しいのは、統計学者の様々なエピソードや、統計に関する誤解を解く部分。まあ、誤解をなくす部分は、やっぱり統計がわかってないと辛いんだけど。やはり痛快なのは、イギリスの週刊誌「ビッグ・イシュー」と著者の論戦。

 ビッグ・イシュー曰く「この薬と年に31人の死亡者の関係」として、「イギリスで認可を受けて一年の間に31人が死亡している。誰のせいなのか」。著者は反論する。「死神はしかるべき数の人間としかるべき期間があれば、そういうふうにふるまうものだ」。

 著者は何が言いたいのか。別にバイアグラがあろうとなかろうと、一定数の人を一定期間観測すれば、その中の何人かは死ぬ。100年もすれば、みな死んでいるだろう。バイアグラを使った人と、使わなかった人の死亡率を比べなければ、31人という数字には何の意味もない。著者は、この点を辛らつに批判した投書を編集部に送る。なお、ビッグ・イシュー誌は、タイトルこそいじったものの、ちゃんと掲載したそうだ。

 人物伝もユーモラスなのが揃ってる。例えばポアソン分布(→Wikipedia)で有名なシメオン=ドニ・ポアソン(→Wikipedia)。幼い頃、乳母に預けられたポアソン君。乳母がお使いに出るときは、ポアソンの安全のため、釘にひっかけてぶらさげておいた。そしてポアソンは…

自分が振り子の物理学に興味を抱いたのは、幼い頃のこの経験のせいだと言っていた。

 そのポアソン分布にもオチがついてる。「スティグラーの命名の法則」に曰く。

ある発見に誰かの名前がついているときは、きっとその人は本当は見つけていないという法則だ。実際に、ポアソン分布はすでにド・モアブルが知っていた。

 肝心の統計に関しても、面白いネタが出てくる。「嫉妬深い夫のジレンマ」は、ミステリのネタにありがちな話。
 嫉妬深い夫が妻の浮気を疑い、探偵を雇う。何週間か徹底して調べ、詳しい報告書で探偵は結論を述べる。「奥さんはシロです」。一時は安心した夫だが、後で見落としに気がつく。「妻の浮気相手があの探偵だったらどうなるんだ?」

 ちょっと難しかったが、興味深いのが、伝染病の感染の話。感染者の割合が同じでも、単純に人口が多いほど、早く蔓延する。

 これを示す微分方程式がちゃんとあって、「100万の感染可能者がいて、1000人が感染していれば、この流行病は、1000人の村に1人の感染者がいる場合の100万倍の速さで(一日に増える感染者数で見て)広がることになる」「一人当たりの速さで見れば1000倍ということになる」。いや結局、式の中身はわかんなかったけど←をい

 真面目な統計の話としては、分散を求める際に、なぜ二乗するのか、をキチンと説明しているのがあり難かった。品質管理などで統計を学ぶ事は多いのだが、大抵は式を丸覚えするだけで、その意味までは教えてくれない。なぜバラつくのか、それをどう排除するのかに踏み込んで説明してくれるのは嬉しい…理解はできなかったが(←こればっかりだな)。

 最後は著者らしい皮肉が効いた文章を引用して終わりにしよう。シリコン挿入による豊胸手術を受けた女性が結合組織病にかかり、その原因は豊胸手術であるとして損害賠償を求める訴訟を起こした件で、原告と弁護士の会話を、こう想像している。

弁護士「15年前に豊胸手術を受けましたか?」
原告 「受けた」
弁護士「五年前、結合組織病にかかりましたか?」
原告 「かかった」
弁護士「なるほど。豊胸手術が結合組織病の原因になったのは、弁護士報酬ほど明らかですな」

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