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2013年12月19日 (木)

H.W.ハインリッヒ/D.ピーターセン/N.ルース「産業災害防止論」海文堂 井上威恭監修 (財)総合安全工学研究所編訳

潜在的有傷災害の頻度に関するデータから、同じ人間の起こした同じ種類の330件の災害のうち、300件は無傷で、29件は軽い傷害を伴い、1件は報告を要する重い傷害を伴っていることが判明した。

【どんな本?】

 安全管理・品質管理のバイブル、第5版。

 損害保険会社に勤めていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ(→Wikipedia)が、その経験から得た教訓を元に著した論文を元に、産業における災害の定義・災害の原因・災害の影響などを、主に経営者・監督者・安全管理責任者に向け、災害を災害を防ぐ効果的な方法を、多くの具体例をひいて解説し、安全管理の重要性を啓蒙する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Industrial Accident Prevention 5th ed. , by H.W.Heinrich & Dan Petersen & Nestor Roos, 1980/1959/1950/1941/1931。日本語版は1982年4月25日初版発行。私が読んだのは1987年9月25日発行の2版。
 単行本ハードカバー横一段組みで本文約303頁。9ポイント35字×28行×303頁=約296,940字、400字詰め原稿用紙で約743枚。長めの長編小説の分量。

 文章は、かなり読みにくい。恐らく安全管理や災害防止が専門で、著述は専門でない人が訳しているんだろう、直訳風で、言葉の言い回しが硬く、読みやすさは配慮していない。例えば音読みの言葉「除去する」を、訓読みの言葉「取り除く」にするだけでも、だいぶ親しみやすくなるんだが。なお、訳者は以下。

 井上威恭/上原陽一/近藤太二/武井勲/朝倉祝治/小木曽千秋/前田豊/佐藤吉信

 内要は難しくない。ただ、テーマが「産業界での災害」なので、民間企業の職場内の話が多く、働いた経験のない中学生や高校生にはピンとこない例が多いだろう。主に企業の経営者・監督者・安全管理担当者向けの本だが、もちろん労働者にも役に立つ。

【構成は?】

第Ⅰ部 災害防止の基礎と理念
 第1章 災害防止の基礎理念
 第2章 災害防止の原則
第Ⅱ部 災害防止法
 第3章 安全管理流れ図
 第4章 データ収集と解析
 第5章 システム安全
 第6章 事故解析
 第7章 対策の選択
 第8章 安全対策の適用――矯正策
 第9章 モニタリング
 第10章 関心の喚起と維持
 第11章 同期づけモデル
 第12章 安全訓練
 第13章 監督者についての法則
第Ⅲ部 特殊課題
 第14章 安全専門家の法的責任
 第15章 保険会社の役割
 第16章 リスク・マネジメント
 第17章 損害実績に基づく保険料率の決定
  付録 機械の接触予防装置の原理

【感想は?】

 冒頭に引用した 1:29:300 の「ハインリッヒの法則」で、あまりに有名な本。ここから「不安全行動と不安全状態をなくせば災害も傷害もなくなる」とよくいわれるし、この本にも教訓として載っているが、ハインリッヒは別の事も言っている。

 統計をみると、度数率を減らすことによって強度率を減らそうとした場合は、前に述べたように、部分的にしか成功しない。

 つまり、「小さい事故や災害は減っても、大事故・大災害が減るとは限らない」と忠告してたりする。案外と単純ではないのだ、安全管理ってのは。

 「管理」というからには、相応にシステマチックな印象がある。本書も、実際に報告書や帳票のサンプルを載せたり、手順を流れ図で示したりと、なんとか定型化しようと努力している点が多い。教科書としては、そういう部分が重要なんだろうが、野次馬として読んでて面白いのは、やはり様々なエピソードだ。

 で、載っているエピソードは、とてもじゃないがシステマチックな雰囲気ではなく、むしろ人間らしい心がけが重要だったりする。とまれ、根本に共通する原理はあって、「結局、動くのも動かすのも人だよね」ってこと。

 例えば、「従業員が食事の前に手を洗わない」って問題。いくら指導してもいう事を聞かない。原因は、手洗い所に隙間風が入って寒く、水も冷たかったから。そこで、すきまを塞ぎ石鹸を支給しお湯が出るようにしたら、「すぐに従業員は手を洗うようになった」。いや偉そうに説教する前に現場の声を聞けよ、と突っ込みたくなる。

 こういった安全管理の指導が現場に嫌われるのは、たいてい何か理由がある。曰く…

災害の二次的原因や、なぜ人々が不安全行動に固執するのかとか、なぜ不安全な機械的状態が繰り返し存在するのか、とかの理由が決定されなければならない

 なんか小難しい事を言ってるようだが、「現場の人が危ない真似をするのは、たいていスジの通った理由がある」みたいな意味だろう。
 別のエピソードじゃタイヤ工場の例で、事故は多発してるけど共通した原因は見つからない。ところが「総合的な原因解析から、事故の60%は職場が過密であることに原因があることが明らかになった」って、切ないねえ。

ちなみに、プログラマの生産効率で面白い話をどこかで読んだ覚えがある。プログラミング言語や給料などを調べたが、あまり相関は見られなかった。ただ一つ、強い相関を示したモノがあった。それは、職場の人口密度。つまり、プログラマに与える空間が広いほど、開発効率が高かった。

 なんて職場の話もあるけど、どうしようもない問題もある。「生活変化単位(LCU, Life Change Unit)」として、労働者の個人生活の変化で、病気やけがをしやすくなる、なんて表も出てくる。与える影響を数値化したものの一部を引用すると…

配偶者の死:100
離婚:73
別居:65
刑務所に入る:63
近親者の死:63
けが、病気:53
結婚:50
 …etc

 「結婚」なんてめでたいのもあるけど、上位は不幸な出来事で占められてる。企業にとっちゃ、忌引きや結婚休暇は、キチンと取らせた方が、安全管理上は得なのかも。

 「損得で考えても安全管理をチャンとやった方が得だよ」と主張しているのも、この本の特徴。基本的に動機付け、つまり「ソノ気にさせる」事を重要視している本だけに、読者で最も影響力の大きい経営者を「ソノ気にさせる」事も忘れちゃいない。曰く…

 災害のコストは(賠償金などの)直接コストだけじゃない。むしろ間接コストが大きくて、「直接コストの4倍であると見積もられてきた」。従業員が大怪我したら、ラインが止まって野次馬が集まる。その間、経営者は野次馬に無駄な給料を払ってるし、止まったラインは納期を食いつぶす。そういう「1件あたりのコストは低くとも件数が多い小傷害によって、主として構成される」。

 とまれ、訳文はかなり硬い。恐らく読者の多くは、私のような野次馬根性の道楽者ではなく、職務の一環として読む人だろう。安全管理は組織的にするものであって、個人の努力でどうなるモンでもない。安全教育の一環として抜粋を配ることもあるだろう。その辺を考えて、もう少し親しみやすい文章にして欲しかった。

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