« SFマガジン2014年2月号 | トップページ | マリオ・リヴィオ「黄金比はすべてを美しくするか? 最も謎めいた比率をめぐる数学物語」早川書房 斉藤隆央訳 »

2013年12月31日 (火)

人工知能学会誌2014/1 vol.29 表紙の話

 少しプ人工知能について知っているつもりの者が、この表紙を見て、どんなメッセージを受け取るか、という話。

 私はSFが好きなので、人工知能関係のトピックを少し知っている。ちゃんとした人工知能の学術的な基盤は持ってないのだけど、研究者や技術者があの絵を見でどんなメッセージをを受け取るか、半ば妄想で書いてみた。もし研究してる方から「それは違う」みたいな突っ込みがあれば、是非お願いします。

 とりあえず、箒と本を持ってるロボットらしきモノを、Rと呼ぼう。

 Rは箒と本を持っている。どうもこれは不自然だ。掃除をしているのか、本を読んでいるのか、判然としない。で、私は、この不自然さを、「メッセージを伝えるための意図的なもの」と受け取った。描き手は、ソコにメッセージがあると伝えるために、わざとヘンな絵を描いているのだ。そのメッセージは、Rが持っているモノ、箒と紙の本が表している。私はそこに、三つのメッセージを見出した。

 まずは、互換性

 私のパソコンは、LPレコードが読めない。CDは読めるけど。お陰で Mediterranea の Ecce Rock(→Youtube)はお預け状態だ…LPしか出ていないので。頑張ってエアチェックしたカセットも読めない。貴重なジェフ・ベックの歌声だって入ってるのに。いやあの人は歌わないほうがカッコいんだけど。

 今のコンピュータは、過去のモノと互換性がない。最近はBDもCDも読めるドライブが多いけど、それ以前のアナログな媒体を切り捨てた所に成立してる。

 でも、Rは箒と本を持ち、使っている。過去の道具と、上手いこと互換性を維持している。掃除機ではなく、箒ってのも嬉しい。かなり古い道具とも互換性が取れる事を示している。腰のプラグが何なのかよくわからないが、仮に電源などのエネルギーなら、エネルギー供給の問題を解決すれば、インフラが整っていない発展途上国でも活躍できるって事だ。

 そして「紙の本」。今は電子ブックが流行りつつあるけど、私の蔵書は大半が紙の本だ。「自炊」って手もあるけど、今の自炊はいったん本をバラさなきゃいけない。Rは本を「読んで」いる。壊さなくて済むのだ。そもそも、本を壊してスキャナにセットするとか、なんでヒトサマがやらにゃならんのか。「自炊しとけ」と命じたら、勝手にやってくれてもいいじゃないか。ヒトの手間を減らしてこそ、コンピュータではないのか。コンピュータに本を読ませるのに、なんだって大切な蔵書を壊さにゃならんのか。納得いかん。

 という不満を、Rは見事に解決している。「読んどけ」と命じるだけでいい。なんと便利なことか。

 次に、学習能力。人工知能研究の言葉で言えば、機械学習(→Wikipedia)だ。

 今は、コンピュータに仕事をさせたければ、プログラムを組まにゃならん。まあ一旦作ったプログラムは何度でも使えるけど、別の仕事をさせたければ、別のプログラムが必要になる。実に鬱陶しい。なんで HTML だの CSS だの JavaScript だの、新しいモノが出てくる度に覚えにゃならんのか。んなもん、コンピュータが自動でやればいいじゃないか。

 で、本だ。Rは、本を読んでいる。今は、新しい状況が出てくる度に、ヒトがコンピュータに教えなきゃならない。でも、Rは、自分で勝手に本を読んで覚える。手に入る情報ツールを活用し、自動的に賢くなる。たとえその情報ツールが、デジタル化されていない古いメディアであろうとも。ラッキー。

 最後に、掃除だ。

 今のコンピュータは、チェスの世界王者にだって勝てる。寿司だって握れるし、航空機の操縦もできる。大型ジェット旅客機の巡航中はほとんど自動操縦だし、スペースシャトルなんか、パイロットの仕事は、例えば帰還の際は「着陸用の脚を出すボタンを押す」だけで、大半はコンピュータが操縦している。なんか、とっても賢そうだけど。

 ずっと昔は、家事なんか簡単な仕事で、すぐに自動化できると思われていた。例えば1956年発表のロバート・A・ハインラインのSF小説「夏への扉」には、「文化女中器」なんてのが出てくる。

 でも、現実には違った。自動化できるのは、高度に専門化された仕事ばっかりだ。チェスだったり、航空機パイロットだったり、コンパイラやインタプリンタだったり(昔はjヒトが機械語でプログラムを作ってたんです)。

 なんでか。研究者が家事を馬鹿にしてるから? うんにゃ。市場は、家事=家庭電化製品の方が、桁違いに大きい。研究者も企業も、できれば家事を代行する機械を作りたい。じゃ、なんで作らないのか。答えは簡単。作れないから。出来ないから。家事を担える機械を作るには、学術的にも技術的にも、凄まじく難しい問題を山ほど解かなきゃいけないから。

 ホンダの ASIMO よりずっと前から、大型旅客機の操縦は自動化されてた。でも、話題は ASIMO の方が大きい。単に二本の足で歩く、それだけの事なのに。ヒトにとっては、歩くなんて簡単で、飛ぶ方が遥かに難しい。でも機械にとっては逆だ。飛ぶのは簡単だけど、歩くのは難しい。ヒトの「簡単」と、機械の「簡単」は、全く違う。

 掃除には、どんな問題があるか。ありすぎて困るんだけど、例えば、ゴミとゴミでないものを区別するって問題を考えよう。どうやって区別する? 床に落ちてる紙は、ゴミかもしれない。でも、実は大事なメモかもしれない。というか、「コレは何か」を、その前に判断しなきゃいけない。

 カメラには、なんか白いモノが写った。ソレは紙かもしれないし、床の模様かもしれない。ハンカチかもしれない。紙とハンカチは、どうやって区別する? 区別するには、「ハンカチ」って概念を持ってなきゃいけない。では、Rに掃除をさせる前に、あなたの部屋の中にあるモノを、全てRに教え込むのか? 何かを買ったり借りたりしたら、イチイチRに「コレはゴミではない」と釘を刺さねばならんのか。 

 ヒトは、パッと見れば、ソレが何なのか判断がつく。でも、機械にソレをやらせるのは、とても難しい。ヒトは見ただけで、ソレが硬いか柔らかいか判断できる。でも、なぜ判断できるんだろう? モノを持つときも、ソレが重いか軽いか、大体のアタリをつけられる。なぜ分かるんだろう? どういう基準で判断しているんだろう? ヒトは、犬のぬいぐるみと犬の違いもわかし、扱い方も変える。なぜ分かるんだろう?

 そういうのって、一見コマゴマとした問題に思えるけど。実は根底に、「ヒトは世界をどうやって認識してるんだろう」という、とんでもなく大掛かりな問題が潜んでいる。この辺は、恐らく1960年代あたりから認識されてきて、今でも人工知能の研究者の鼻先に突きつけられている。フレーム問題(→Wikipedia)が、その一つだ。半世紀たったにも関わらず、今でも解決できていない。

 専門的な仕事が自動化しやすい理由の一つは、フレーム問題を回避できているからだ。チェスが強い DeepBlue なら、駒の配置だけを考えればいい。対戦相手の服装や、部屋の照明などは無視できる、というか無視している。専門的な仕事ってのは、無視していい事柄が沢山あって、考えなきゃいけない事柄は、とても狭い範囲に収まる。

 でも、家事はそうじゃない。ゴミか否かを判断するには、結局のところ、ヒトの価値観を理解しなきゃいけない。モノの価値の判断基準のひとつは市場価値だけど、例えば私の記念写真の市場価値なんてゼロだろう。でも私には大切なモノなのだ。カレンダーも難しい。今年のカレンダーは12月31日までは役に立つけど、年を越したらゴミになる。モノの価値は、状況によって常に変わっていく。ソレを、どうやってプログラミングするのか。というか、個々のモノについて、いちいちプログラミングなんかやってられない。

 解の一つが、先の学習能力だ。Rが自動で本を読んで、勝手に勉強して賢くなればいい。または、自分でモノを触り動かして、モノの見た目と重さ・硬さの関係を、体験を通じて覚えてくれればいい。

 そう、もう一つ、スリッパも重要な意味がある。あそこでスリッパを履いてるなら、他の所では靴を履いてるかもしれない。恐らく、状況を自動的に判断して、適切な行動パターンを選んでいるんだろう。ヒトなら自然にやってる事なんだけど、これを機械にやらせるとなると、一気に開発の手間が数倍に増える。「場合の数」が爆発的に増えていくのだ。

 と、まあ、そんな山ほどある難問を、綺麗に解決した向うにある風景が、あの表紙だ。別の言い方をすると、あの表紙は、現在のコンピュータや人工知能研究が抱えている、様々な問題を鮮やかに表現している。そういう点では、読者に問題を突きつける、かなり厳しい表紙なのかもしれない。

 とまれ、こんな事を書いても、私の汚部屋は綺麗にならないわけで。さて、どこから手をつけたものやら。

 次回に続きます。

|

« SFマガジン2014年2月号 | トップページ | マリオ・リヴィオ「黄金比はすべてを美しくするか? 最も謎めいた比率をめぐる数学物語」早川書房 斉藤隆央訳 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/58843547

この記事へのトラックバック一覧です: 人工知能学会誌2014/1 vol.29 表紙の話:

« SFマガジン2014年2月号 | トップページ | マリオ・リヴィオ「黄金比はすべてを美しくするか? 最も謎めいた比率をめぐる数学物語」早川書房 斉藤隆央訳 »