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2013年11月20日 (水)

ジョン・スコルジー「アンドロイドの夢の羊」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

 ダーク・モラーには、おならで重大な外交上の事件を引き起こせるという確信はなかった。だが、それを身をもって知る覚悟はできていた。

【どんな本?】

 「老人と宇宙」シリーズで颯爽とデビューしたアメリカのSF作家ジョン・スコルジーによる、未来を舞台にした愉快で爽快な長編SF小説。地球とニドゥ族の戦争につながりかねない外交対立の焦点となった特殊な羊の捜索に駆りだされた退役兵ハリス・クリークの冒険を、アクションとユーモアと楽しいガジェット満載で描く娯楽SF長編。

 SFマガジン編集部編「このSFが読みたい!2013年版」のベストSF2012海外篇9位に加え、第44回(2013年)星雲賞海外長編部門に輝いた人気作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Android's Dream, by John Scalzi, 2006。日本語版は2012年10月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約557頁+訳者あとがき5頁。9ポイント40字×17行×557頁=約378,760字、400字詰め原稿用紙で約947枚。普通の長編小説なら2冊分ぐらいの分量。

 翻訳物のSF小説としては、日本語は比較的にこなれている部類。奇矯なエイリアンやガジェットが続々と出てくるんで、SFとしては濃い方だろう。とはいえ、難しい理屈に頭を悩ます類の話ではなく、アイデアとユーモアとアクションを楽しむ娯楽作なので、あまり構える必要はない。

 タイトルでわかるように、随所に古いSFを匂わせるネタをまぶしてあるので、苔の生えたSF者は随所でニヤニヤする。とまれ、わからなくても大筋を追うには問題ないので、若い人も安心して読める。ただ、登場人物がやたらと多く、ハヤカワ文庫SFには珍しくカバー裏に登場人物一覧がついている。自分のブックカバーをつけて読む人は、注意しよう。

【どんな話?】

 人類が宇宙に進出し、銀河には多くの異星人が群雄割拠している未来。人類とニドゥ族は、共に大銀河連邦の弱小種族として同盟関係にありながらも、テーブルの下では足を蹴りあっている。人類の連邦政府内でもニドゥ族との外交関係には様々な意見があるが、現政権は友好的な方針となった。だが、貿易交渉の席上で、前代未聞の騒ぎが持ち上がり…

【感想は?】

 出だしから大笑い。まさか、こんなバカなネタで始まるとは。

 おならですよ、おなら。んなネタで32頁もひっぱるとは。とまれ、ギャグばかりでなく、同時にちゃんと世界背景の説明も入れ、またSFの醍醐味であるケッタイなガジェットと奇矯なエイリアンもちゃんと出てくる。うん、まあ、んなケッタイなシロモノを自ら使おうなんて奴は、まずいないだろうなあ。

 しかも、ここで紹介されるダーク・モラーの父ちゃんのエピソードを通じ、ちゃんと物語の敵役であるニドゥ族のキャラクターまでわかる仕掛けになっている。

 全編を通して敵役となるニドゥ族が、徹底してわかりやすい「イヤな奴」なのも、この作品のカラーをよく表している。相手を騙すことを何とも思わない、卑劣で非情なエイリアン種族。その最初に出てくるラーズ=ウィン=ゲタグは、名門出身のボンボンで激高しやすい無能な奴で、そこはかとなく小物臭が漂うのも、娯楽物語の定石どおり。

 こういう、ちょっとした本筋に関係ないエピソードが、なかなか楽しく気が利いてて、この本の著作姿勢をよく表している。。やはり冒頭近く、主人公のハリス・クリーク登場場面で出てくるカサンギ族の話も、3頁ほどで相当のドラマが展開する。いや短い分、情緒たっぷりとはいかず、むしろドタバタ活劇なんだが、この世界の混乱振りがしみじみ伝わってくる。というか、この話、何かのパニックSF映画のパロディなんじゃないかな。

 書名でわかるように、パロディっぽい場面は他にもチラホラあって。やはり序盤に出てくる<進化した羊の教会>も、トム・クルーズが入れ込んだという某作家某組織っぽい。実はこのネタにはもう一つ仕掛けがあって、何かのSF小説を下敷きにしてると思うんだが、どうにも思い出せない。「完璧な赤い牡牛を求める(宗教)組織」が重要な役割を果たす話なんだが、うーん、何だったんだろう。

 巧く作ってあるな、と思ったのが、テッドの敵に加わるハッカー、アーチー・マクレランの造形。彼が農務省で出会う巨体は、今でこそ影が薄いが、それこそ戦艦大和並みの傑作で、日本のコンピューター・メーカーも散々模倣したシロモノ。さすがに現役機は動いていないだろうが、システム上で開発されたプログラムは、今でも恐らく後継機で稼動しているはず。主に金融機関や、大きな組織の事務処理で。

 また、アーチーの好む飲み物にも注目。こういう細かい所まで目が届いてるのも、この作品のうれしい所。たぶん、コリイ・ドクトロウが協力したんだろうなあ。

 やっぱりコンピュータ関係で笑っちゃったのが、知的エージェントの話。「お薦め情報」のネタは、いかにもありそうで大笑い。例えば、今ちょっと Google で「夫△」(△は半角の空白)を検索しようとしたら…。あなたが既婚の男性なら、試さないほうが家庭は安泰です。まあ、そんなわけで、コンピュータってのは、どうにも気が利かない所があって。

 ってなギャグで前半は引っ張りつつ、中盤からはハードボイルドな「探偵と依頼人の女性」っぽいパターンで話が進む。最初の登場では冴えない特殊技能の持ち主に見えた主人公のハリー・クリークが、段々とカッコよくなり、どっかの私立探偵みたいなタフな活躍を見せてくれる。この辺でも、アーチーとの知恵比べは、なかなかの読みどころ。

 娯楽作品だけに、終盤に入ると「お約束」な展開が多くなってくる。特にかつての戦友たちが集まるあたりから、「いつくるか、いつくるか」と期待しながら私は読んだ。彼らがそれぞれ自己紹介するあたりから、「おお、盛り上がってきたぞ」とワクワクしながら読んでたら…。

 散々な目にあいながらもめげないタフな主人公、卑劣で狡猾で冷酷で憎ったらしい敵役、足をひっぱるしか能のないドジ踏み役、敵ながら妙に憎めない奴、逃亡劇の途中で出会う変わり者など、魅力的なキャラクターが続々と登場するアクション娯楽活劇で、セリフもハリウッド風に気が利いてる。読了感は最高に爽快。黄金期のSFが帰ってきた、そんな感じの気持ちのいい作品。

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書評:SF:海外」カテゴリの記事

コメント

サウスパークなら、何かのパロディでしょうね。元ネタはあっちじゃ有名なのかも。

投稿: ちくわぶ | 2015年3月23日 (月) 23時09分

>>「完璧な赤い牡牛を求める(宗教)組織」が重要な役割を果たす話
サウスパークでそんなん見た覚えがある。

投稿: GodAssFucker | 2015年3月22日 (日) 22時23分

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