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2013年11月22日 (金)

ムハマド・ユヌス「貧困のない世界を創る ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義」早川書房 猪熊弘子訳

 過去において、経済的な団体はいつも自問していた。「貧しい人々は信用に値するだろうか?」いつも答えはノーだった。その結果、貧しい人々はまるで彼らが存在しないかのように、金融システムから単に無視され、排除されてきた。私は逆の質問を返した。「銀行は人々にとって価値があるのだろうか?」と。

【どんな本?】

 ムハマド・ユヌス(→Wikipedia)は、2005年ノーベル平和賞受賞者。バングラデシュで貧しい人を対象としたマイクロ・クレジット(→Wikipedia)のグラミン銀行(→Wikipedia)を創設・運営し、軌道に乗せた。そして今は、グラミン銀行の理念を更に拡張したソーシャル・ビジネス(→Wikipedia)を提言し、推進している。また、彼が提言するマイクロ・クレジットやソーシャル・ビジネスは世界中の発展途上国で芽吹き、成果をあげつつある。

 なぜ貧しい人向けのビジネスを始めたのか。なぜマイクロ・クレジットは成功したのか。そのために、どんな工夫をしたのか。そもそもソーシャル・ビジネスとは何か。どんなソーシャル・ビジネスを、どのように行って、どう成功または失敗したのか。それはチャリティーやNGO、政府開発援助(ODA、→Wikipedia)と何が違うのか。

 現在の経済学に新たな概念「ソーシャル・ビジネス」を導入し、その過去・現在・未来を見通す、理想と興奮に満ちたノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Creating a World Without Poverty, by Muhammad Yunus, 2007。日本語版は2008年10月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約365頁+訳者あとがき3頁。9.5ポイント45字×17行×365頁=約279,225字、400字詰め原稿用紙で約698枚。長編小説なら少し長め。

 翻訳物だが、文章は比較的にこなれている。内容も比較的にわかりやすい。全体の9割、つまりソーシャル・ビジネスの理念と、その成功の秘訣は中学生でも理解できるだろう。ただ、残りの1割、後半になって一部で出てくる資金の調達・運営の話では、株式や証券・債券など、現代金融の基礎的な概念が必要になるので、高校卒業程度の経済の知識が必要だろう。

【構成は?】

 プロローグ 始まりは握手から
第一部 ソーシャル・ビジネスの約束
 1 新しい業種
 2 ソーシャル・ビジネス――それはどのようなものなのか
第二部
 3 マイクロクレジット革命
 4 マイクロクレジットからソーシャル・ビジネスへ
 5 貧困との闘い――バングラデシュ、そしてさらに遠くへ
 6 神は細部に宿る
 7 カップ一杯のヨーグルトが世界を救う
第三部
 8 広がりゆく市場
 9 情報技術、グローバル化、そして変容した世界
 10 繁栄の危険
 11 貧困は博物館に
 エピローグ 貧困は平和への脅威である
  訳者あとがき

【感想は?】

 経済学は、今、革命期に来ている。

 物理学なら、ニュートン力学の世界にアインシュタインの相対性理論が来たような、そんな革命が始まっていると思う。ニュートン力学を否定するのではなく、その土台の下に革命的なシロモノが潜りこみ、応用範囲を大きく広げる、そんな変化が同時多発的に起きていると思う。

 というのも、ここ何年かで読んだ一般向けの政治・経済系の本は、同じ傾向があるのだ。現在の経済学は、人の欲望を「富の最大化」のみに絞っている。ところが、例えばブライアン・カプランの「選挙の経済学」では、こう主張している。「人は宗教的・政治的な信念を守る為にも代価を支払う」と。

 そして、この本も、似たような事を主張している。「人は社会に貢献するためにも財を差し出す」と。面白い事に、論調と読後感は正反対なぐらいに違うんだが、「人は気持ちの為にカネを出す」という基本的な理屈は共通している。

 本題であるソーシャル・ビジネスの概念を理解するには、具体例から入るのがいいだろう。グラミン銀行創設の物語だ。発端はソフィア・ベガムという貧しい女性で、家族のために一日中、竹の椅子を編んでいたが、一日の儲けはたった2セント。なぜか。

 椅子を作るには材料の竹が必要だ。仕入れの元手は、近所の高利貸しに借りた…はいいが、コイツが悪徳で、仕上がった椅子は高利貸しが独占して買い叩く。高利貸しの被害者は同じ村で42世帯、借り入れ金額は856タカ=27ドル。ポケットマネーを貸して彼女らを救った著者は、同じ事をするよう銀行に掛け合うが、相手にされない。担保がなきゃバングラデシュの銀行は金を貸さないのだ。まあ、それは日本の銀行も同じだけど。

 「オーケー、じゃ俺がやってもいいのね?」と仲間と組み小額融資のグラミン(村)銀行を始める。年率20%の単利。日本の消費者金融と同程度だから「高いじゃん!」と思うかも知れないが、バングラデシュじゃこれでも低金利。高利貸しはどれだけ暴利をむさぼってたんだか。まあいい。この本によると、グラミン銀行の返済率は98.6%。利息が20%なら、充分に営利企業として利益を出せる水準だ。

 ここで巧妙なのが、返済率を高めるための工夫。まず、貸し出す相手は女性が多い。曰く「男は時運のために金を使う。女は家族、特に子供のために使う」。また借り手は五人組を作り、毎週ミーティングして相談しあう。踏み倒さない最もありがちな理由は、「グループの他のメンバーを失望させるのがいやだから」。他にも「16の決意」などで、借り手に貧困から抜け出すアドバイスを与えてゆく。

この想いを、先のブライアン・カプランなら見栄と呼ぶだろう。そしてムハマド・ユヌスは誇りと呼んでいる。

 まあ、ここまでなら、ちょっと変わった、でも急成長する成功した営利企業と同じに見える。ソーシャル・ビジネスが違うのは、利益の使い方だ。グラミン銀行は、利益を組織の拡大に再投資する。株主・出資者への配当はない。じゃ施しと何が違うのか。出資者は、いつでも資金を引き上げていい。カネを与えるんじゃない。一時的に預けるだけだ。

 グラミン銀行は、金融だけだった。これを、別の商売に応用したのが、ソーシャル・ビジネスだ。この本では、日本でもユーグルトで有名なフランスの企業ダノン(→ダノンジャパン)と創った合弁会社グラミン・ダノンの創立経緯で幕を開ける。

 例えばテレフォン・レディ、携帯電話版のヤクルトおばさん。彼女は携帯電話を持つ。利用者は電話をかける際、代金を払って一時的に彼女から借りる。人間公衆電話だね。バングラデシュには有線電話が普及していないので、需要は多かった。

 それまで農民は作物を市場に持ってゆき、言い値で売るしかなかった。農機具やポンプを買うのも、市場に出かけ言い値で買う。今は、まず複数の業者に電話をかけ価格を聞き、最も有利な条件で取引ができる。とまれ、最近は携帯電話が普及したため、苦戦しているようだが、著者はインターネットと組み合わせた新ビジネスを考えている。

 終盤では、発展途上国向けIT技術の要求仕様を出している、これが、実は Google や Apple の野望と近い所を突いてるのがエキサイティング。

 例えば「字が読めない人にも使えるように声で動かないか?」音声認識はまた研究段階だけど、アイコン起動は既に当たり前になってるし、読み上げも既に登場している。「英語じゃわからん、翻訳してよ」。自動翻訳も、Google 翻訳が動いている。精度は改善の余地が大きいが、今後改善するのは確実だ。そして、ソレをネットワークに繋ぐスマートフォン。テレフォン・レディーが iPhone を持ったら、何が起きるんだろう。

 とまれ、著者は従来の政府開発援助や営利企業も否定していない。例えばメガポート構想。チッタゴン沖に大港湾設備を作る発想だ。地図(→GoogleMap)を見て欲しい。最大の利益を得るのはバングラデシュだが、同時にアッサムやナガランドなどインド東北部・ミャンマー・ブータン・ネパールにも利益がある…そして、チベットにも、だ。

 ソーシャル・ビジネスは、誕生したばかりの概念だ。今後、政府や営利企業との関係など、様々なバリエーションが生まれてくるだろう。ユヌス氏の野望は壮大だ。今は大法螺に見えるが、世界中で着実に成果をあげているのも事実。エキサイティングで希望にあふれた本だった。

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書評:ノンフィクション」カテゴリの記事

コメント

ちくわぶです。コメントありがとうございます。機会があったら読んでみます。

投稿: ちくわぶ | 2015年3月26日 (木) 22時25分

「世界は貧困を食いものにしている」 ヒュー・シンクレア
グラミン銀行はユヌス氏の名を借りたノーベル経済学賞の威光で批判から逃れている貧困ビジネスで、年利20%とか言いながら実質100%になってるケースも有るという。実は貧困者が金を借りてビジネスで成功するケースはパンフレットの中だけで実際はとても少ない。大手銀行・企業がよく調べもせずにいかがわしいトコロにお金を出資してるなどの話が出てくる。
著者のシンクレア氏が実際に現場で働き、またオランダで訴えられた経緯などから書かれてりる本。批判することを許されない立場を手に入れた業界の実態、不都合な真実の一例。
こちらも是非読んでみてください。

投稿: | 2015年3月25日 (水) 17時43分

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