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2013年11月 6日 (水)

吉村恒監修 横山章/下河原稔/須賀武「トンネルものがたり 技術の歩み」山海堂

「次男坊生まれたり 長男坊より出来がよし」

【どんな本?】

 大きな橋と長いトンネルには、夢がある。イランの地下水路ガナートや青の洞門など、トンネルは我々の生活を安全・便利にするが、同時にトンネル工事には岩盤の切り崩しや湧水など困難と危険が付きまとってきが、近年はナトム工法やシールド工法などの新技術開発で飛躍的に安全性が高まり、また人員削減や工期短縮にもつながっている。

 人はいつからトンネルを使っていたのか。どんな目的でトンネルを作ったのか。どうやって作ってきたのか。どんな不具合があり、どうやって克服したのか。現代では、どんな技術が使われているのか。日本国有鉄道などで多くの経験を積んだ著者らが、主に明治以降の日本の鉄道用トンネルを中心に、豊富なエピソードを交えて語る、トンネル技術の歴史と現在。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年12月15日第一般第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約260頁。9.5ポイント42字×16行×260頁=約174,720字、400字詰め原稿用紙で約437枚。標準的な長編小説の分量。イラストや写真を豊富に収録しているので、実際の文字数は9割ほどだろう。

 意外と文章はこなれている。内容も数式などは出てこないし、特に前提知識は不用。ただ、監修者・著者はいずれも知識・経験・実績ともに豊富な人だけに、「地山(じやま、→コトバンク)」や「切羽(きりは、→コトバンク)」などの初歩的な専門用語が説明なしに出てくる。まあ、だいたいは文脈でわかるんだけど。また洪積層(→Wikipedia)などの地質学用語も出てくる。

【構成は?】

 序文/まえがき
序章 トンネルについて
第一章 黎明期
第二章 トンネル技術の夜明け
第三章 丹那と関門トンネル
第四章 戦後の日本
第五章 自然を知る事が大切
第六章 大湧水や膨れてくる地質と戦う
第七章 二つの海底トンネル
第八章 ナトム工法―新しい支保概念の誕生
第九章 覆工コンクリートでは土圧を受けない
第十章 地下鉄トンネル―シールド工法の発明と発達
第十一章 トンネルは機械で掘ろう
第十二章 もうトンネル彫りは危ない仕事ではない
第十三章 21世紀のトンネルはどうなるか
 あとがき

【感想は?】

 監修者・著者は日本の鉄道を牽引してきた人たちだけに、明治以降の日本の鉄道トンネルの話が多い。幸いにして文明開化以後の日本のトンネル技術は、世界のトンネル技術の歴史を圧縮したような発展をしてきたので、そのままトンネル技術史になった感がある。

 冒頭でトンネル技術の3つのブレイクスルーをまとめているのがありがたい。曰く。

  1. ノーベルによるダイナマイトの発明:のみとハンマーに加え黒色火薬も使ってたけど、爆発力が弱い上に煙とガスが酷かった。
  2. 鋼製のアーチ支保工:トンネルには周囲から土圧がかかる。昔は、いったん松丸太で支え、煉瓦やコンクリートで覆工したんだが、松丸太を外す時が危なかった。
  3. ナトム工法:「トンネル空間を保持するのは地山自身であり、人工の支保はこれを補助するだけ」

 実はナトム、この本じゃいまいちピンとこない。Wikipedia にもあるが、私は Loschild's Pageナトムって何?がわかりやすかった。基本的には、掘ったらすぐ30~50cmの厚さに(無筋!)コンクリートを吹き付け、ロックボルトで補強するだけ…なんだが、実際には薬剤を注入したりして、地山自体を改造する場合も多いっぽい。

 この効果は凄くて、事故率が劇的に下がった上に、工期も短くなり費用も減った。長野新幹線の構造別建設費を見ると、kmあたりじゃトンネルが一番安く、高架橋・切取り&盛り土・橋梁と続く。切取り&盛り土は用地が高く、橋梁は架橋費用が高い。トンネルは用地が異様に安い。

 とまれ、ナトムは固い岩盤のオーストリアで生まれた技術。この本を読んでると、日本は複雑な地質になかり苦労し、独自の工夫をこらしてる。

 まず目に付くのが、湧水。水田がアチコチにあるぐらい水に恵まれた土地だけに、地下水も多い。「大きな問題となる地質条件は、大湧水と膨れてくる地形です」。地表に水が無くても、地下にはあるんですね。富士山みたく、裾野に多くの湖がある所は鬼門。山の中に帯水層があり、それが地表に出た所に泉ができるわけ。水はけがいい場所はかえって危険。

 で、これをポンプで汲み出し地下水位を下げるんだけど、下手すっと近所の井戸が枯れたりする。

 もう一つの「膨れてくる地形」ってのは、飴みたくトンネルが勝手にふさがっちゃうケース。「膨れてくる地山の地表では、ほとんど例外なく地すべりが起きています」。この原因分析が面白い。一つは圧力で押し出されてくる。次に土中のモンモリロナイト(→Wikipedia)など粘土鉱物が地下水と化学変化して膨れる。最後に土中のメタンガスの圧力。

 記録が残っている最古のトンネルが、バビロンのユーフラテス河底トンネルで紀元前2180~2160年頃ってのが凄い。幅4.6m高さ3.6m長さ900m、断面は馬蹄形で煉瓦&天然アスファルトで補強。よく作ったなあ。並行して橋もあるから、何に使ったのか謎。緊急時の軍事目的って説が有力らしい。

 青函トンネルも湧水に苦しんでるけど、「ズルい」と言いたくなるほどスンナリ言ってるのが、英仏海峡トンネル。これは運と事前調査がよくて、厚さ20mほどの「手ごろな硬さの不透水層の均質な柔岩」チョーク層(石灰岩)がある。海上から140本ほどボーリングして調べ、「忠実にこの地層の起伏に沿うよう」計画したんで、トンネル内に起伏があるとか。

 素人が見ても面白いのは、終盤に多数掲載されてるTBM(トンネル・ボーリング・マシン)とシールド掘削機の写真。つまりは地下を掘り進むドリルだが、大きさがハンパじゃない。ちょっと画像検索してみよう(→TBM、→シールド掘削機)。シールド工法は未来的で、掘削機が掘りながら背後のトンネルもセグメント(トンネルの外壁)で覆っていく。「現在、日本は世界のシールド工事の9割が集中するシールド大国です」。

 他にも青函トンネルの苦闘、御徒町トンネル事故の原因、環境重視のスイスの姿勢など、トリビアが満載。第一次世界大戦の微動計の関係や、いかにもクラウゼッツに心酔した明治の軍部の発想など、ニワカ軍ヲタとしての収穫もあった。

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