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2013年11月14日 (木)

宮部みゆき「ぼんくら 上・下」講談社文庫

「どんなに頭が切れても、それが他人にわからなければ、頭が切れるってことにはならねえわけだ。逆に、実はなまくらな頭でも、よく切れるように見せかけることさえできれば、それは頭が切れるってことになるわけだな……ああでも、なまくらを切れるように見せかけるなんてことは、やっぱり頭が切れなきゃできねえか」
「それは頭が切れなくたってできますよ。狡ければいいんです」

【どんな本?】

 直木賞作家でヒット・メーカー宮部みゆきによる、ミステリ仕立ての長編時代小説。夫の加吉に先立たれながらも威勢よく煮売屋を商うお徳・苦労人で物腰の柔らかい差配人の久兵衛・愚痴っぽい魚屋の蓑吉などが住む、本所深川の鉄瓶長屋で起きた惨事を中心に、ぼんくら同心の井筒平四郎と長屋の住人の交流を描く連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は雑誌「小説現代」1996年3月号~2000年一月号に掲載。加筆・訂正の後、2000年4月に講談社より単行本が刊行。私が読んだのは講談社の文庫版上下巻で、2004年4月15日第1刷発行、2008年11月14日第25刷発行。安定して売れてます。文庫本上下巻で縦一段組み、本文約318頁+約283頁=601頁に加え、北上次郎の解説6頁。8.5ポイント41字×17行×(318頁+283頁)=約418,897字、400字詰め原稿用紙で約1046枚。長編小説2冊分の分量。

 ベストセラー作家だけあって、文章の読みやすさは抜群。江戸時代の深川を舞台とした小説だが、特に歴史の知識も要らない。当事の制度や風習に関わる設定がアチコチに出てくるが、文中で充分に説明があるので、全く問題ない。せいぜい「士農工商」の身分制度を知っている程度で、充分に読みこなせる。読みにくい漢字にはルビが振ってあるし、小学生でも高学年なら楽しめるだろう。

【収録作は?】

 殺し屋/博打うち/通い番頭/ひさぐ女/拝む男/長い影(長編)/幽霊

【どんな話?】

 江戸は本所の深川、鉄瓶長屋。夫婦で始めた煮売屋を、夫の加吉に先立たれながらも一人で切り盛りするお徳は、明け方に起きだした。裏道を走る足音に目を覚ましたのだ。明かりが灯る差配人の久兵衛の家に向かうと、八百屋の娘のお露が打ちひしがれている。寝込んだきりの父親・富平を支え、兄の太助と仲良く店を守ってきたお露だが、久兵衛の口から出た事実は、意外なものだった。

「死んだのは富平さんじゃない、太助の方だ」

【感想は?】

 つくづく、宮部みゆきって人は、オバサンを描くのが巧い。

 この作品の主人公は、タイトルロールでもあるぼんくら同心・井筒平四郎だ。物語も、基本的に平四郎の視点で進む。彼もなかなか魅力的なのだが、読み終えて最も印象に残るのは、煮売屋のお徳さん。

 夫婦で始めた煮売屋を、女手一つで守ってきた働き者。威勢のいい世話焼きで、長屋の女房連中のまとめ役。長屋の差配人(マンションやアパートの管理人に近いか?)の久兵衛とも持ちつ持たれつで、お互いに自然と役割を担いながら長屋をまとめてきた。学こそないがきっぷはよくて人情に厚い。

 と、まあ、口うるさいが世話焼きで、困った時には便りになる、典型的なオバサンだ。口は悪いが性根はまっすぐで、商売柄か歳の功か、それなりに人情も世間も知っている。彼女が絡む会話は、どれも歯切れが良くて気持ちいい。主人公の平四郎を差し置いて、最初から最後まで逞しい存在感を発揮する。

 そんなお徳に軽んじられながらも、なんとかお役目を務めるのが、主人公の井筒平四郎。ミステリの探偵役なのに、どうにも頼りない。書名からして「ぼんくら」だし。歳は四十半ば。仕事にも出世にも不熱心で、なにかというと「めんどくせえ」と考える怠け者。役目を悪用して荒稼ぎするでもなく、もめ事はなるべくなあなあで済ませる性質。

 武士としての忠義なんかどこへやら、むしろ大店に長年勤めていた久兵衛の方が、よっぽど主家に誠実なのが笑えるたりする。威厳もイマイチで、お徳の店でこんにゃくを食ってはお徳にやりこめられている。現代だと、近所の住民に親しまれている駐在さん、ぐらいの雰囲気かな。

 ミステリ仕立てだが、上巻はむしろ人情物語として話が進む。ここで面白いのが、幾つかの作品で親子関係が重要なテーマになっている事。

 主人公の平四郎は、武家の三男で、本来なら家を継ぐ立場じゃなかった。何の因果か跡継ぎになったものの、気性のせいもあって、父親とは巧くいかなかった過去を持つ。「博打うち」では、博打狂いの因業な親爺の権吉と、甲斐甲斐しい娘のお律が、物語の中心となる。

 この両者の間に立つ佐吉も、若いながら親子関係じゃ、そうとうに重い因果を背負ってる。それだけに、佐吉が下す権吉とお律の裁きは、かなりの読みどころ。

 などと人情話で話を進めつつ、主な登場人物の紹介を進める上巻に対し、下巻に入ると、今度はミステリとしての面白さが浮かび上がってくる。ここまで読み進めちゃうと、先が気になり途中で本を閉じるのが難しくなるので、翌朝が早い人は「ひさぐ女」あたりで、いったん本を閉じたほうがいい。「長い影」に入ると、まず途中じゃやめられない。

 全体の中心となる「長い影」、これまでの登場人物の総出演に加え、新たに魅力的な人物が続々と出てくる。まずは探偵役の弓之助。平四郎の妻の姉の子、つまりは甥にあたる。10歳の子供ながら、頭の働きは抜群で、加えてなかなかの美少年。ぼんくらな平四郎に代わり、とっさの機転と意外な特技で謎に迫ってゆく。

 美形という所で私は少し妬んだが、なかなかどうして気性もまっすぐだし、ケッタイな趣味も手伝って、可愛らしいじゃないか。

 可愛いというよりカッコいいのが、官九朗。黒ずくめのオシャレな姿に、赤いストライプが一本のいなせな姿。愛嬌のある黒い瞳で、身の軽さを活かし伝令役として大活躍。私はもちっと、彼の活躍する場面が見たかったなあ。

 他にも忠義者の小平次、ズレちゃいるけど憎めないおくめ、頼りになる親分さんの政五郎、おでこさんこと三太郎、鋭いツッコミが冴える奥様、そして見上げた根気の仁平など、魅力的な人物が続々とでてくる。ミステリ仕立てだけど、人間ドラマが面白い作品なので、ミステリが苦手な人にも自信を持ってお薦めできる。

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