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2013年11月 5日 (火)

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」河出書房新社

まず、わたしの仕事から説明せねばなるまい。
必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作SF小説を送り出しながら早逝した伊藤計劃の遺稿を、やはりSF界の新鋭・円城塔が引きついで完成させた2012年日本SFの最大の話題作。

 人間の遺体を屍者として使役が可能となった、もうひとつの19世紀を舞台に、ジョン・H・ワトソン(名探偵ホームズの相方),ヴァン・ヘルシング(ドラキュラの敵)など架空のなど架空の人物やロバート・ブルワー・リットン(→Wikipedia)や川路利良(→Wikipedia)など実在の人物を取り混ぜて描く、ゾンビ・スチームパンク。

 2013年第44回星雲賞日本長編部門を受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」でもベストSF2012国内編のトップに輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月30日初版発行。私が読んだのは2012年9月21日発行の7刷。さすが話題作。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約452頁。9.5ポイント42字×18行×452頁=約341,712字、400字詰め原稿用紙で約855枚。長編小説としては長め。

 正直、かなり読みにくい。なんたってクセ者の円城塔だし。そう、文章は伊藤計劃じゃなくて円城塔だ。それでも、伊藤計劃の構想が骨組みとなっており、長編小説として普通にストーリーが進むので、Boy's SurfaceSelf Reference Engine よりは親しみやすい。

【どんな話?】

 19世紀、ロンドン大学医学部では、ジャック・セワード教授が招いたエイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授の指導による実習が始まった。死体に擬似霊素をインストールし、使役可能な屍者を作り出す。学生のジョン・H・ワトソンは両教授に誘われ、リージェント・パーク沿いの古い建物へ同行する。プレートには「ユニヴァーサル貿易」とあり…

【感想は?】

 伊藤計劃の遺作とはいうものの、そういう暗い気分で読むもんじゃない。プロローグから名探偵ホームズのワトソン君,吸血鬼ドラキュラのヴァン・ヘルシングとジャック・セワード,メアリー・シェリーのフランケンシュタイン,フランツ・アントン・メスメル(→Wikipedia)の動物磁気など、怪しげなシロモノが次々と出てくる。

 老婆心で付け加えると、「フランケンシュタイン」は怪物を作った研究者の名前で、怪物には名前がない。物語中で怪物は死ぬが、死の条件は明示されていない。また、ヴァン・ヘルシングが退治する吸血鬼ドラキュラは、本来、不死だ。プロローグから不死に関係深い名前が連発するのに注意しよう。

 ガジェットも、チャールズ・バベッジ(→Wikipedia)の解析機関(→Wikipedia)が実用化されてるし、コメディっぽいホラーの雰囲気で始まり、いきなり死体が動き出す。

 当事の怪しげな技術で死体を蘇生させる、という点では確かにフランケンシュタインの怪物を思わせるが、屍者の描写は、むしろゾンビだ。こう言っちゃなんだが、そもそもホラーってジャンルはB級感が付きまとう。それでも心理物は文藝っぽく持っていけるし、吸血鬼は耽美にできる。が、ゾンビは、モロにB級そのもの、というかむしろB級の王者だろう。

 深刻でシリアスな作品で度肝を抜いた伊藤計劃と、論理的っぽいが得体の知れない芸風の円城塔が、B級の王道ゾンビをどう扱うか。今まで両者の作品を楽しんできた読者としては、とても気になる所だ。

 成立過程としては、伊藤計劃がプロローグと大まかな骨格を残し、円城塔がプロローグだけを残して彼なりに料理したらしい(→河出書房の「屍者の帝国」あとがきに代えて)。

 プロローグは、コメディとして展開しそうな雰囲気がある。馴染みの人物の登場と、フランケンシュタインや解析機関のアレンジ、そしてウォルシンガム機関やMも、「おお、アレをそう使うか!」と、知っている人ならニヤニヤする仕掛けが随所に仕掛けられている。

 この仕掛けの巧みさ・濃さは円城塔パートも健在で、やがてアフガニスタンへ向かうワトソン君、こっちでもどっかで聞いたような人を相手に、どっかで聞いたような冒険に巻き込まれてゆく。この辺、細かい所が気になる人は、誰かの名前が出てくる度に、いちいち検索したりするんで、なかなか読み進められないかも。

 もともと円城塔って作家は、至極真面目な表情でやたら難しい哲学的・論理的な話をしながら、全く声も表情を変えずに狂ったギャグをかます悪いクセがある。これはこの作品も健在で、物語の大きな謎を提示し人類の未来がかかった第二部の冒頭で…いや、そのセリフをバーナビーに言わせるかw

 まあ、そういう話なのだ。人間の死体を屍者として蘇らせ、単純労働用の少し知的で燃費のいい使役動物として使っている世界。屍者と書けばシリアスだし、実際そういう文体で話は進むのだが、実態はゾンビだ。動きは不気味で不器用、多少傷ついても動き続け、意識はない。ゾンビを屍者と言い換え真面目な雰囲気にしてるが、絵柄はB級。そういう、かなりヒネくれたユーモアが漂う作品である。

 他にも、今まで短編を中心に書いてきた円城塔が、普通にストーリーがある長編をどうかくか、という興味もある。

 全体はプロローグ・第一部・第二部・第三部・エピローグの五部構成で、円城塔には珍しく同じ世界を舞台に時系列順に話が進む。しかも、全てワトソン君を中心に。おかげで、彼の作品にしては比較的に読みやすい部類になった。

 とまれ、あくまでも「円城塔の作品にしては」の但し書きつき。第一部はまだ大人しいし、第二部は馴染みのある場所が舞台なのでマシなのだが、肝心の謎が重要となる第三部以降は、かなり円城塔の色が濃くなり、読者はかなり注意深く読まなければ迷子になってしまう。まあ、それでも、世界観は一貫していて、物語としてマトモにストーリーが流れるので、なんとかSF小説の範疇に収まっている。ありがたや。

 19世紀の人工ゾンビなどというゲテモノなネタを生真面目に語り、大量のパロディで彩りつつ、思いっきり壮大でマッドなアイデアを繰り広げ、最後にはヒトの本質を考えさせる奇怪なキメラ作品。2012年最大の話題作に相応しい、歯ごたえとセンス・オブ・ワンダーとヒネくれたユーモアに満ちた作品。

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