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2013年11月25日 (月)

籘真千歳「スワロウテイル/初夜の果実を接ぐもの」ハヤカワ文庫JA

「それでは皆様、遭難のお準備はお済みですか?」

【どんな本?】

 新鋭SF作家・籘真千歳のスワロウテイル・シリーズ四部作の最新作。舞台は関東平野が水没した未来。日本から半独立的な地位を勝ち得た人工的な海上都市「東京自治区」は、<種のアポートシス>に感染した者が、人が創りあげた知性体・人工妖精と共に住んでいる。

 そんな人間のひとり、優れた才能と極悪な性格を同居させた精神原型師・詩藤鏡子は、行くあてのない人工妖精・揚羽を養育者の名目で保護しつつ、今日も容赦なく揚羽を虐待して鬱憤をはらすのであった。

 …なんか違う気がするけど、ま、いっか。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年7月25日発行。文庫本縦一段組みで本文約542頁+あとがき6頁。9ポイント41字×18行×542頁=約399,996字、400字詰め原稿用紙で約1000枚。普通の長編小説なら2冊分ぐらいの大容量。

 文章は独特のスタイルで、少々硬い。精神原型師にアーキタイプとルビを振るなど、黒丸尚以降を感じさせる現代的な文体だ。内容も古細菌類から巨大回転蓄電器などガジェットが頻出しSF分は濃く、一部ではニーチェを巡る解釈論が展開するなど、歯ごたえのなる作品に仕上がっている。お話の仕掛けで意図的にストーリーをシャッフルしている部分もあるので、じっくり腰を据えて読もう。

 設定や登場人物も、前の三作「人工少女販売処」「幼形成熟の終わり」「人工処女受胎」を引きついでいて、この巻から読むのは少々厳しい。刊行順なら「人工少女販売処」→「幼形成熟の終わり」→「人工処女受胎」となるが、とっつきやすさを優先すれば時系列順に「人工処女受胎」→「人工少女販売処」→「幼形成熟の終わり」もいいかも。

【どんな話?】

 古細菌類の侵食で関東平野は水没した。同時に人類は古細菌類を培養した微細機械(マイクロマシン)を開発し、繁栄を謳歌したが、同時に疫病<種のアポートシス>の危機に直面する。関東湾の中央の海上都市・東京人工島は、<種のアポートシス>感染者を隔離する牢獄でありながら、同時に日本国から一定の自治権を勝ち得る半独立国として、主に知的財産権を収入源として相応の経済規模を誇る。

 東京自治区は、火属性の人工妖精・椛子が総裁として君臨し、圧倒的な軍事力を誇る列強と、頼りにならぬ宗主国・二本の間で危うい独立を維持している。その補佐役であり護衛でもある武芸に秀でた十本指のうち、なんと七人までが一人の暗殺者に始末され、最強を誇る親指も危機に陥っていた。

【感想は?】

 注意深く読もう。この巻は、意図的に読者を混乱させる構成になっている。仕掛けの一つは、前々作の「幼形成熟の終わり」を読んだ人ならわかるだろう。

 「人工少女販売処」「幼形成熟の終わり」ともに、静謐な水上シーンが印象的だったこのシリーズ、今回も(短い寓話に続いて)蒼い水上の場面で始まる。ただ、今までの水の場面が寒々しい印象だったのに対し、今回は爽やかに晴れ上がった空の下に広がる海。絵としては健康的なんだが、素直に自然礼拝とはいかないのが、クセ者の作者らしい。

 今までも圧倒的な傍若無人振りを発揮してきたマッド・サイテンティストの鑑・詩藤鏡子、この巻でも見事な唯我独尊ぶりを発揮し、揚羽を虐待しまくる。と同時に、その博覧強記で解説するニーチェ思想の概要は、なんとなく読者を「わかった気持ち」にさせるから、案外と教師としても優秀なのかも。いや授業は受けたくないけど。

 そんな鏡子さんに対し、一歩も譲らぬどころか、逆にタジタジとさせる強敵が現れるからこの巻は楽しい。いやあ、あのお方の登場場面のなんと嬉しいことか。どうなる事かと思ったら、更にパワーアップしている様子で…。

 このシリーズの重要な要素が、人工妖精の精神構造。精神原型師が職人仕事で創りあげるわけだが、基本的なバリエーションが四つあって、相応のクセがないと、キチンと「意識」が動作しない、そういう設定になっている。クセは四つのバリエーションがあって、曰く水・土・火・風。

 温和で従順な水、理性的で求道的な土、情緒豊かな火、気まぐれで行動力に溢れる風。一応は四つに分類されてるようだが、あのお方の場合は…まあ、あれだ、地上の土にしたって、全てを飲み込む泥湿地・全てを凍らせる永久凍土・全てを干上がらせる砂丘があるように、同じ気質にも色々あるんだろうなあ、うん。

 というわけで、毒舌でも世界最高峰を誇るであろう詩藤鏡子に対し、一歩も惹かぬ手腕を見せ、なおかつ手段を選ばず己の規範を断固として押し付ける毅然とした態度と能力は見事なもの。全般的に陰鬱な雰囲気が漂うこの巻の中で、明るく軽やかで貴重なコメディ・パートとなっている。あの方には、是非とも他の作品などで再登場を願いたい。

 などとコメディに仕立てているが、改めて考えると、あの方の行動は、このシリーズのテーマにも関わっていたりする。つまりは人類と「別の知性」の共存だ。

 神でも異星人でもロボットでも、人類は別の知性との会合を求めてきた。今の所、神様は見つかっていないし、異星人も望み薄だ。じゃ自分で作ってしまえ、というのがロボット。現実に Google などは統計的な手法で検索システムの精度を上げているし、IBM もワトソン(→Wikipedia)がクイズ王となった。だが、ヒトが求めているのは、そういうものじゃない。

 単に有能なだけでなく、ちゃんと感情を持った存在が欲しい。だが優秀で感情を持つ存在が、人の奴隷としての地位に甘んじているだろうか。このシリーズでは、あっさりと我々の思い込みを覆す設定にしている。つまり、東京自治区に君臨するのは、火属性の人工妖精である、椛子閣下だ。ロボットがヒトの上に君臨する形となっている。

 あの方の場合も、そんなわけで、我々の思い込みを見事にひっくり返す原理に従って行動している…あれ?もしかして、この行動原理を徹底的に突き詰めたら、なんか凄まじい世界になりそうな気が。その気になれば出来ちゃいそうなお方だけに、次のシリーズでは堂々と主役に…無理かな。

 「シリーズ4作のフィナーレ」とあるだけに、なんかモヤモヤしてた揚羽の秘密が明らかになると同時に、今までのシリーズで散りばめられた壮大な仕掛けが終盤に炸裂してゆくと共に、この巻の錯綜した構成もスルスルと解けてゆく。いや私は少し考え込んで、やっと「おお、そうか!」と納得したんだけど。

 凝った構成、深遠な哲学論議、破壊的なコメディ、そして可愛い女の子が一杯の新世代のSFシリーズ、これにて一応の完結。

 でもやっぱり、あのお方の活躍がもっと読みたいぞ、私は。

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