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2013年11月10日 (日)

岡田哲「とんかつの誕生 明治洋食事始め」講談社選書メチエ179

和洋折衷という新しい食である「洋食」をつくりあげていったのは、やはr、庶民の創意と工夫の積み重ねであった。それには次のようなステップを踏むことになった。

  1. 庶民は、初体験の洋式調理にはなかなかなじめず、
  2. やがて牛肉を、食べ慣れた日本の調味料(味噌・醤油)で仕立てて、牛鍋やすき焼きを作りあげ、
  3. さらに、洋式調理のなかから、折衷料理という独特な洋食を、家庭料理のなかに取り込んでいった。

【どんな本?】

 現在の日本の食卓には、実にバラエティ豊かな食材な並び、またその調理法も和風・中華風・洋風と工夫に富んでいる。洋風にも色々あって、コロッケやとんかつは洋風のようでいて、実際は日本独特の料理だ。「洋食」という、欧米風を取り入れた、しかしれっきとした日本が創りあげた料理なのだ。

 明治維新は、同時に料理維新だった。それまでの野菜・穀物・魚介類を中心とした和食から、獣肉を扱う欧米風の食事へ。それまでの切る・煮る蒸す・・焼くに加え、油で炒める・揚げる調理法へ。明治政府主導のもと、食卓を欧化しようとする動きは、料理界の工夫や庶民の嗜好により、日本独自のジャンル「洋食」を生み出してゆく。

 千二百年に渡る肉食の禁忌を破り、いかに日本は欧米の食を取り入れていったのか。その過程で、どのような思惑があり、軋轢があったのか。パンにあう欧風料理を、コメに拘る日本人は、どうやって受け入れたのか。洋食の王者「とんかつ」の誕生に至るドラマを通し、明治以来の日本の食卓の歴史を描く、意外性に満ちた美味しい日本の近代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2000年3月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約219頁+エピローグ10頁。今は講談社学術文庫から文庫版が出ている。9ポイント45字×17行×219頁=約167,535字、400字詰め原稿用紙で約419枚。長編小説なら少し短め。

 真面目な学術的な本だが、地の文は意外と読みやすい。また、この記事冒頭の引用が示すように、随所で箇条書きを使うなど、わかりやすさに充分に配慮している。明治の頃の文献を引用する際は、著者が句読点を補っており、当事の雰囲気を巧く伝えると同時に、読みやすくしようとする著者の心遣いがわかる。内容を理解するのに特に前提知識は要らないが、多少なりとも料理の心得があると、更に楽しめるだろう。

 あ、それと、体重が気になる人は、食後に読まないように。

【構成は?】

 プロローグ
第一章 明治五年正月、明治天皇獣肉を食す
第二章 牛肉を食わぬ奴は文明人でない
第三章 珍妙な食べ物、奇妙なマナー
第四章 あんパンが生まれた日
第五章 洋食の王者、とんかつ
第六章 洋食と日本人
 エピローグ
  参考文献/日本洋食年表/索引

【感想は?】

 日本人ってのは、柔軟なのか頑固なのか、よくわからくなった。

 洋食ってのも考えてみれば不思議な料理で、西洋料理では、ない。「とんかつ」なんてのは、フランスにもイギリスにもドイツにも、ない。かといって、伝統的な和食でもない。それはどこからどうやって出てきたのか。それが、この本のテーマだ。

 冒頭では、16世紀末に来日した宣教師と1863年にフランスに渡航した第三回遣外使節団を例に引き、相互の食文化の違いを印象づける。当事の宣教師の資格の一つが「粗食に耐えられること」で、日本の遣外使節団もフランスの食事に慣れず携行した米を海水で炊いた粥にかぶりつく。互いに相手の料理を食事と認識しなかった模様。それぐらいに断絶があったわけです。

 そこにやって来た黒船。明治維新以降、欧米に追いつくために、政府は全ての改革に手をつける。これは食事も同じで、「肉食を解禁し、西洋料理を普及させることで、体力的にも文化的にも、日本人の劣等感を払拭することが急務」と、西洋料理を取り入れ、陛下が「みずから肉食の範を示してもら」う。676年以来1200年に渡るタブーを破るには、それぐらいの覚悟とデモンストレーションが必要だった、と著者は説く。

 今気がついたんだが。この本だと、江戸時代の豚肉の話で、こんな事が書いてある。

江戸初期になると、豚は、中国から琉球を経て薩摩に伝えられる。薩摩汁(豚汁)がつくられると。九州の武士・蘭学者・蘭医が好み、薩摩汁も一緒に東上して江戸に伝えられる。

 維新の功臣は薩摩の人も多かったから、元々、肉食に慣れた人が多かったんじゃなかろか。とまれ、明治の肉食、最初は豚ではなく牛肉から始まっている。牛鍋ですね。とまれ、味付けはまず味噌、それから醤油と砂糖。ここに、日本人の柔軟さと頑固さが現れている。素材は洋物でも、味付けは和風。

米飯に合うおかずとして発展しはじめる。しかし、欧米の肉料理に共通する、香辛料の使用はまったく見られない。つまり牛鍋は、日本人の食卓を欧風化したのではない。洋風素材の牛肉を、和風鍋に取り込んだのである。

 材料の入手経路もあり、横浜や神戸など外国人居留地の近くで始まった肉食は、やがて日露戦争で従軍し牛肉に慣れた復員兵により、地方にも浸透してゆく。ここでも、陸軍の対応が興味深い。脚気予防では、西洋食を全面的に取り入れた海軍に対し、陸軍は米飯に麦を混ぜて食べている。

各地から兵を集める海軍に対し、地域ごとに編成する陸軍は、兵の結束力が強いんで、食事のように命に直結する部分は、あまし無茶できなかったんだろうか。それとも薩摩と長州の違いなんだろうか。

 まあ、なんにせよ。鹿鳴館などを使ったナイフとフォークによる欧風な食事の導入は、なかなか庶民に浸透せず、だが肉食そのものは様々な形で庶民に普及してゆく。結局、日本人ってのは、コメのメシさえ旨く食えれば、オカズは何だっていいんじゃなかろか。逆に言えば、全ての食材はコメのメシのオカズとして食われるんだろう。

 と思ってたら、この本は見事な例外も提示してくれる。あんパンだ。これを開発した木村安兵衛の執念も凄まじい。二度の火災で店を失いながらも、六年間の暗中模索で1874年にあんパンを売り出し、大人気となる。冷めても柔らかく美味しいのがまんじゅうとの違い。やがて山岡鉄舟を介し明治天皇にも献上され、「大変に喜ばれたという」。菓子パンという、コメのメシと対立しないポジションも幸いしたんだろうか。

 「第五章 洋食の王者、とんかつ」では、とんかつの調理法の独特さを、従来の和食の調理法と、欧風の調理法を引き合いに出し、細かく分析してゆく。ここで紹介されるとんかつの一般的なレシピが、どれほど創意工夫に富んでいる事か。そして、その材料であるパン粉から、調理法である揚げ方に至るまで、どれほどの試行錯誤が繰り返されたことか。

 材料こそ洋風だけど、コメのごはんのおかずであり、箸で食べられる洋食。明治維新の産物であり、同時に和食の伝統を受け継いだものでもある。柔軟に洋風の食材を取り入れながらも、コメと箸は頑として譲らない日本人と、そんな市場にあわせ欧米料理をアレンジしてきた料理人たち。お陰で我々は多様な食材を慣れたスタイルで美味しく食べられる。

 まあ、そんなわけで、読了後はヒレかつを美味しく頂ました。冷めたカツはアルミフォイルに乗せオーブンで温めるとよいです(→Yahoo!知恵袋)。

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