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2013年10月14日 (月)

ジェイミー・ドーラン+ビアーズ・ビゾニー「ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で」河出書房新社 日暮雅道訳

「私たちが生徒に『これは誰がやったの?』と尋ねると、ユーリー(ガガーリン)はいつも『僕です、二度としません』と言ったものです」
  ――小学校でガガーリンを教えた教師、エレーナ・アレクサンドロヴナ

(宇宙からの帰還後)彼はアンナ(ガガーリンの母)を抱きしめ、その涙をハンカチで拭ってやり、わざと子供っぽい声で言った。「泣かないで、ママ。もう二度としないよ」

【どんな本?】

 1961年4月12日、人類は初めて宇宙有人飛行を実現する。パイロットの名はユーリー・ガガーリン(→Wikipedia)、ソビエト連邦空軍のパイロット。

 ソ連崩壊に伴う情報公開により明らかになった資料や、可能となった多くの人のインタビューにより、ユーリー・ガガーリンの人物像と生涯を明らかにすると共に、鉄のカーテンに隠されていたソビエト連邦の初期の宇宙開発体制と、設計技師長ことセルゲイ・コロリョフ(→Wikipedia)など宇宙開発に関わった人々の実像に迫るドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Starman : The Truth behind the Legend of Yuri Gagarin,by Jamie Doran and Piers Bizony。1998年初版、2011年に改訂版。日本語版は2013年7月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約332頁、9.5ポイント42字×18行×332頁=約250,992字、400字詰め原稿用紙で約628枚。長編小説ならやや長め。

 文章は比較的にこなれている。一応カテゴリを「科学/技術」としたが、読みこなすのに特に科学の素養は要らない。とまれ、宇宙ロケットについて多少知っていると、より楽しめる。また、当事は冷戦の最中で、アメリカとソ連が睨みあっていた時代だ、と知っていれば充分。キューバ危機などの詳しい背景は、本書中に説明があるので、詳しく知っている必要はない。

【構成は?】

 まえがき
第1章 農民の息子
第2章 リクルート
第3章 設計技師長
第4章 準備
第5章 飛行直前
第6章 108分間
第7章 帰還
第8章 宇宙開発競争
第9章 フォロス事件
第10章 仕事への復帰
第11章 地に堕ちる
第12章 残骸
 エピローグ
  あとがき/訳者あとがき/原注・参考文献

 時系列順なので、素直に頭から読もう。できれば索引をつけて欲しかった。

【感想は?】

 滅茶苦茶、面白い。ずっと驚愕と爆笑の連続。主人公ガガーリンの魅力的な人物像も相まって、一気に読み終えた。

 この本の魅力は沢山ある。情報統制が厳しく実態がよくわからないソビエト連邦の社会の様子。その中で行なわれた、驚きに満ちた宇宙開発の詳細。異世界としか思えない、ソ連のガガーリンへの対応。そして何より、主人公ユーリー・ガガーリンの愛すべき人物像。

 ユーリー・アレクセイエヴィッチ・ガガーリン。1934年3月9日、モスクワの西160kmのスモレンスク地域の村クルシノ生まれ。父アレクセイは大工の技能を活かし農場の建物や施設の保守責任者で、母アンナは酪農の仕事に就いていた。教養あるアンナは子どもたちに本を読み聞かせていたが、富農を憎むスターリン体制化のソ連では、「教養がある」と見られるのは好ましくなかった。

 やがてドイツ軍が雪崩れ込んできて、幼いユーリーもレジスタンスとして活躍する。この武勇伝も楽しいが、そんなのは序の口。空に憧れる16歳の彼は、モスクワのリューベルツィ鉄鋼工場の職に就き、学校に通う。当事の上司ヴラディミール・ゴリンシュテインは、こう評している。「彼が特別な人間か?いいえ。だけど努力家でしたよ」

 ロシア人らしい鋼の忍耐力に加え、明るく茶目っ気がある。何より驚くのは、頭の回転の早さと優れたユーモアのセンス。地上に帰還を果たした彼は、ソ連の栄光を体現する英雄として世界各国のドサ回りを任される。「貧農の息子」のレッテルにも関わらず、彼は優れた外交センスで西側記者の意地悪な質問をかわしてゆく。例えば東京でぬいぐるみを山ほど買ったガガーリンに対し、日本人記者が…

記者「国に帰ってもロシアのおもちゃは買えなかったりするのですか?」
ガガーリン「いつも娘たちにおみやげを買って帰るんですよ。今回は日本のお人形で驚かせてやろうと思っていましたが、これでこの話はどの新聞にも出てしまって、子どもたちにもばれてしまいますね。あなたはいま、二人の幼い娘の楽しみをだいなしにしたんですよ」

 なまじ外交センスに優れていたのが仇となり、帰還後の彼は客寄せパンダとしてハード・スケジュールでのツアーの連続となり、ストレスが溜まった彼は…などガガーリンその人のエピソードは当然豊富だが、それ以上に当事のソビエトの宇宙開発の実情がわかるのも、この本の大きな魅力。

 医者に小突きまわされるのは、アメリカのオリジナル・セブン(→Wikipedia)と同じ。選抜の対象が空軍のパイロットなのも、そう(アメリカは空軍・海軍・海兵隊の航空機パイロット)。2200人の候補者から20人を選抜したというから、競争率は100倍を越える。

 危険でケッタイなテストも沢山ある。10Gを越える遠心分離機やパラシュート降下はともかく、部屋の空気を抜いていく酸素欠乏訓練なんてのもある。

 驚くのは、候補生以外に、単にテストを受けるだけの「テスター」の一隊が存在した事。その仕事は「人間の体がどこまで持ちこたえるかを示すこと」。つまりテストの限界を探るためのモルモットだ。秘密保持のため、負傷者に特別な補償は出ない。「1200人のテスターが、30年にわたりさまざまなプログラムに関与した」。おそロシア。

 宇宙開発のスケジュールも常識外れ。1957年8月21日、ロケットR-7(→Wikipedia)の弾道飛行に成功したコロリョフに、最高指導者フルシチョフ(→Wikipedia)から電話が入る。「10月革命40周年記念に革命歌『インターナショナル』を宇宙から放送できないか?」コロリョフは答える。「生きた動物を乗せ有人飛行の地固めをしましょう」。

 無機物を飛ばすならともかく、動物を飛ばすとなれば、生命維持システムなど大量の新規技術が必要になる。それを、たった一ヶ月でやろうってんだから、今の慎重居士のNASAじゃ考えられないスピード。そして見事ライカ(→Wikipedia)を飛ばしてみせる。

 このコロリョフ、なんとシベリア帰り。謎に包まれた「設計技師長」の逸話も豊富で、彼の遺灰を巡るロマン溢れる伝説は涙なしに読めない。

 秘密主義のソ連ならではのエピソードが大量に続くのは、ガガーリン帰還時の様子。そもそも彼が飛ぶこと自体が秘密とされていて、家族も知らない。例えば彼の父アレクセイはいつも通り職場に顔を出し、息子について聞きたがる同僚に対し…

アレクセイ「それがどうしたっていうんだ?」
同僚「知らないのか?ガガーリン少佐が宇宙に飛んだって、ラジオで言ってたんだよ」
アレクセイ「ちがうね、うちの息子はただの中尉だよ。同名なら幸運を祈るよ、なあ?」

 妙に思ったアレクセイ、地元の評議会に確認に行く。そこに党の役員から電話がかかってくる。「その宇宙飛行士の記録が君の村にあるか?」評議会議長のワシーリー・ビリュコーフは答える。「記録なんかいりません、彼の父がここにいますから」。アレクセイは地元クルシノから役員がいるグジャーツクまで出かける羽目に。

 ところが途中の道路は洪水で水没、アレクセイは馬に引かれたトラクターの後ろで草原を横断しましたとさ。息子はロケットで地球を横断、父は馬車で草原を横断。なお、ユーリー・ガガーリンの階級について、アレクセイの記憶は正しい。ユーリーの帰還を迎えたのはガシエフ少佐。まるでドラマみたいな会話が交わされている。

ガガーリン「同志少佐!ソヴィエト社会主義共和国連邦の宇宙飛行士、ガガーリン中尉であります!」
ガシエフ「いいや、きみも少佐だ。知らなかったのかね?きみは飛行中に昇進したのだ」

 他にも驚愕の無重力訓練、アメリカのミサイル・ギャップの誤解、初の宇宙遊泳の秘話、ユーリーのライバルであるゲルマン・チトフとの関係、ソユーズ1号の事故のあらまし、キューバ危機の冷や汗の一瞬、どこにでもいるKGBなど、興味深いエピソードがてんこもり。トム・ウルフの「ザ・ライトスタッフ」に並ぶ、笑いと驚きと感動に満ちたドキュメンタリーの傑作。

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