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2013年10月18日 (金)

宮内悠介「盤上の夜」東京創元社

「教祖様の打ち回しにしても、もちろんタネはある。それを、おれはついに見破れなかった。つまりはこういうことさ。突出した技術は、魔法と区別がつかない。そして現象だけを見るならば、真田優澄は魔術としか言えないことをやってのけた。だが……だがよ、プロがそんなこと、腐っても口にできるか?」
  ――清められた夜

【どんな本?】

 新鋭SF作家・宮内悠介の鮮烈なデビュー作。囲碁・チェッカー・麻雀・将棋などのゲームと、それにのめり込むプレイヤーたちの姿を通し、盤上の向うに広がる宇宙を描く、傑作連作短編集。表題作「盤上の夜」が第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞したほか第33回日本SF大賞を受賞。またSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」でもベストSF2012国内編の2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年3月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約276頁。9.5ポイント43字×19行×276頁=約225,492字、400字詰め原稿用紙で約564枚。長編小説なら標準的な長さ。

 デビュー作ながら、日本語は比較的に素直で読みやすい。SFとはいえ、内容はそれほどマニアックじゃないので、理科が苦手な人でも、それほど苦労しないだろう。というか、基本的にSFな小道具は味付けで、主なテーマは人間にあるので、わからなくても特に問題はない。

 むしろ重要なのはゲーム。出てくるのは囲碁・将棋・チェッカー・麻雀で、特に重要なのは囲碁と麻雀。当然、詳しい人ほど楽しく読めると思うが、「ヒカルの碁」や「アカギ」などの漫画が楽しめる程度でも、ぐっと迫力が増す。私は囲碁とチェッカーを全く知らないし、将棋は駒の動かし方を知っている程度、麻雀も点数計算すら出来ないヘボだが、充分に楽しめた。

【収録作は?】

盤上の夜 Dark Beyond the Weiqi / 創元SF文庫「原色の想像力」2010年12月
 
異端の棋士、灰原由有。15になるまで碁を知らなかったが、海外で四肢を失い碁を覚えた。一時はトッププロに列席した相田淳一の弟子としてデビューし、数年の短い絶頂期を迎えたが…
相田は語る。「由有は、盤面を肌で感じることができる人間だったのです」
 
お話の構図は、娯楽の王道路線で漫画的。突然、棋界に現れた破格の新人女性棋士と、反発する古老たち。彼女を暖かく見守るべテラン、ライバルとみなす若手の風雲児…と少年漫画にありがちな形を取りつつ、主題はとんでもない方向に進んでゆく。と思ったが、やっぱり映像化したらハチワンダイバーみたいな絵になる気がする。
人間の王 Most Beautiful Program / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.45 2011年2月
 
1992年、アルバータ大学のシェーファーらが作ったプログラムが、当事の王者マリオン・ティンズリーを破る。その後、2007年に、同じシェーファーらが証明した。双方が最善の手を打ち合った場合、チェッカーは引き分けになる、と。果たしてゲームとしてのチェッカーは死んだのか。また、マリオン・ティンズリーとは何者だったのか。
 
 1997年にディープ・ブルーがカスパロフを破り、また最近では電王戦などで、コンピュータと人の対戦が注目され、様々な問題を提起している。いずれも二人完全情報ゼロ和ゲームで、理屈の上では純粋戦略でゲームの値が存在する…つまり、双方が最善の手を打った場合、結果は以下3つのいずれかと決まっている。先手必勝,後手必勝,常に引き分け。これがチェスや将棋の価値にどう影響するか、が話題の一つだ。
 
 既に解が出ているチェッカーを例に取り、この問題に真っ向から取り組んだのが、この作品。主役であるマリオン・ティンズリーが、これまた凄まじい人物で、一応リンクを張っておくが、少々ネタバレ気味なので要注意(→ニコニコ大百科)。
 SF者としては、シェーファーのプログラム・シヌークと、近年の Bonanza(→Wikipedia)以降の流れの違いが面白かった。似たような問題が「IBM 奇跡のワトソン・プロジェクト」でも、Google 翻訳をネタに提起されてたり。ソフトウェア開発の世界でも、大人数が参加する大規模なプロジェクトでは、規格化したコードが喜ばれ、巧みな職人芸は歓迎されません。だって他の人が引きつげないし。
清められた卓 Shaman versus Phychiatrist / 東京創元社<Web ミステリーズ!>2011年6月
 
白鳳位戦の第九回は封印され、新日本プロ麻雀連盟の歴史から抹消された。あまりに異様だったからだ。対局したのはアマ三人とプロ一人。宗教法人<シティ。シャム>代表の真田優澄,アスペルガー症候群の九歳の少年・当山牧,精神科医の赤沢大介,そしてたった一人のプロは新沢駆。
 
 この短編集では、この作品が一番好き。全体の中で、これが最も異色でもある。何より、新沢駆の人物像がいい。麻雀というゲームの胡散臭さを、見事に体現している。
 
 三つの点で、麻雀は囲碁・チェッカー・将棋と全く性格が違う。他は二人完全情報ゲームだが、麻雀は四人の不完全情報ゲームだ。つまり、数学的に完全な解析は不可能で、運が入り込む余地があり、短期決戦ならある程度の実力差を覆せる。次に、基本的に博打であり、胡散臭い印象が付きまとう。最後に、審判がいない。お陰でイカサマがアリなのだ。他の打ち手が手口を見抜き現場を押さえない限り、やられた方が悪い。
 
 そのためか、他の作品の登場人物が純粋で妙に神がかりなのに対し、ここに登場する新沢プロは、口調もスレてるし、手口も搦め手が多い。徹底してえげつなく俗な新沢プロと、神がかりな真田優澄の勝負って構図になる。それに絡むのが、数学的に打つ当山牧と、凡人ながら最善を尽くす赤沢大介。何度も修羅場を潜り狡知に長けた新沢が、人智を超えた打ち手の真田に、いかに挑むか。異色ではありながら、同時にこの作品集のテーマを巧く表現した作品。
象を飛ばした王子 First Flying Elephant / 東京創元社<Web ミステリーズ!>2012年2月
 
遠い昔。ヒマラヤの麓にある小国カピラバストゥ最後の王子の物語。大国コーサラとマガダに挟まれ、ひとつ誤れば存続も危うい。10歳の王子ラーフラは、物思いにふける癖があった。群臣に頼りないと思われがちな彼は、だが軍議で妙手を提案し…
 
 今回の勝負はチャトランガ(→Wikipedia)。チェスや将棋のルーツと言われるゲームだ。ゲームのルーツを、この作品で取り上げているのが、連作短編集としてのこの本を読み解くキモになる。なぜ山田正紀賞なのか、私はここまできてやっと解った。
千年の虚空 Pygmalion's Millenium / 書き下ろし
 
葦原兄弟の絆は奇妙なものだった。政治家として国を改革しようとした葦原一郎。将棋で活躍した恭二。二人の間には、もう一人の女性がいた。織部綾。孤児の兄弟を、資産家の織部家が引き取った。一郎・恭二・綾は共に育った。意外な事に、恭二を将棋に誘ったのは一郎だった。
 
 先の「象を飛ばした王子」を受ける形の作品。一郎・恭二・綾の三人は、いずれもラーフラが抱える迷い・躊躇いを体現したかのような人物。それぞれが限界のある肉体を抱える人間でありながら、それを越えようと足掻く姿は、悲しくもあり羨ましくもあり。まあ、人間、なかなか悟れるもんじゃない。
原爆の局 White Sands, Black Rain / 書き下ろし
 
出版する本で灰原由有&相田淳一と打ち合わせが必要なのだが、やっぱり二人とも行方をくらませている。なんと幸い若手のトップ・プロ井上隆太が行き先を知っていて、シアトルにいると言う。これ幸いとシアトル行きを決めたが、タイトル戦を控え多忙な井上までついてきた。
 
 冒頭の「盤上の夜」で暴れた面々が再登場する、連作短編集の完結編。途中でひょっこりアノ人が出てくるのは、ファン・サービスなんだろうか。タイトルが示す重苦しい雰囲気を、一気に吹き飛ばすのはさすが。近代以降の日本の囲碁の歴史を辿るあたりは、勝負ものとしても味わい深い。

 山田正紀が気に入った理由が、「象を飛ばした王子」でやっとわかった。あの人は「謀殺のチェスゲーム」なんてのも書いてるから、そっちかと思ったら…。同じテーマを追いかける者として、鋭い嗅覚が働いたんだろうか。でもやっぱり、微妙な胡散臭さが漂う「清められた卓」が一番好きだなあ。というか、いかにも海千山千でしぶとい新沢プロがいい。

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