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2013年10月17日 (木)

スーエレン・ホイ「清潔文化の誕生」紀伊國屋書店 椎名美智子訳 富山太佳夫解説

「よい配管工事は……衛生改革者の最大の助けになる」
  ――ジョージ・ウェアリング

【どんな本?】

 現在、アメリカのまっとうなホテルなら、部屋ごとにシャワーがあり、シーツは真っ白でピンと張ってあり、洗面台にはひげそりセットなどの洗顔用品が揃えてある。

 いつからアメリカは清潔好きになったのか。その前は、どんな様子だったのか。なにがアメリカを清潔好きに変えたのか。だれが、どのように働きかけたのか。どんな運動があり、どんな方法が効果的だったのか。それは女性の地位をどう変えたのか。地域や社会的地位により、どんな格差があったのか。

 ノートルダム大学歴史学客員教授の著者が、膨大な資料から描き出す、アメリカの清潔文化の誕生と、それが浸透する過程、そして清潔文化が人々の生活や行動に与えた変化を綴る、生活感に溢れた近現代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Chasing Dirt : The American Pursuit of Cleanliness, by Suellen M. Hoy, 1995。日本語版は1999年5月28日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約299頁+訳者あとがき「清潔というイデオロギー」7頁+富山太佳夫の解説「不潔、清潔の歴史学」5頁に加え、原注がなんと76頁。9ポイント46字×19行×299頁=約261,326字、400字詰め原稿用紙で約654枚。長編小説なら少し長め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないし、前提知識も要らない。小学校の家庭科で習った程度の衛生観念があれば、充分に読みこなせる。炊事・洗濯・掃除など多少の家事の心得があれば、更に楽しめる。

【構成は?】

  序 まず「清潔」第一
第1章 すさまじく汚い
第2章 広がる戦争
第3章 都市の掃除
第4章 アメリカの習慣
第5章 大衆の説得
第6章 洗濯物は真っ白――漂白剤で輝く白さ
  あとがき
    訳者あとがき/解説 富山太佳夫/原注

【感想は?】

 水道に感謝。上水道にも、下水道にも。また、小学校で習った家庭科にも感謝。そしてもちろん、カアチャンにも。

 冒頭では、19世紀のアメリカの生活が描かれる。これが、かなりショッキング。19世紀に予防医学の普及と衛生改革に尽力したウィリアム・オールコット1850年に調査した際には、「ニューイングランドの人口の1/4が、年に一度も入浴して全身を洗わないことを知った」。まあ、こんなのは、まだマシな方で…。ちなみに同時期、日本じゃ銭湯が普及してます(→Wikipedia)。

 改革の契機となったのが、1861年~65年の南北戦争。この直前にクリミア戦争(1854年~57年、→Wikipedia)があり、そこで英雄となったフローレンス・ナイチンゲール(→Wikipedia)の影響も大きかった。なんたって、「クリミア戦争後、赤痢、コレラ、腸チフスなどの病気が原因となった死傷者の約3/4が院内感染だった」のだから。

 当事の戦争は、敵に殺される兵より病気で死ぬ兵の方が多かった。劣悪な衛生環境のせいだ。1846年~48年の米墨戦争(→Wikipedia)では、「メキシコ戦に参戦したアメリカ軍兵士十万人中、戦死者は1500人以上、一方病死者は一万人以上にのぼった」。なお、この数字が初めて逆転したのは、日露戦争。

 これを機会と捉えた人もいる。フレデリック・ロー・オムステッドは、衛生委員会の指導業務を引き受ける。これを機会と考えたのだ。「一般の兵士を教育しておけば、その兵士たちが地元に帰還したときに、今度はその考え方をアメリカ国民全体に広めるチャンスができる」。「カレーライスの誕生」にも、日本でのカレーの普及には日露戦争が一役買った、みたいな記述があるが、どうも戦争と軍ってのは、庶民の文化・風俗を大きく変えるらしい。

 特に北軍では、無知で無能で頭の固い軍医より女性、つまり「看護婦」が大活躍し、職業としての尊敬を勝ち得る。

 この本では女性に焦点をあてる場面が多い。著者がフェミニストっぽい部分もあるが、実際に現場で活躍しているのが女性なんだからしょうがない。というのも、清潔の維持ってのは、モロに生活そのものであり、炊事・選択・掃除などの家事が、伝染病の予防に直結しているからだ。そうそう、もう一つ、手洗いや歯磨きなど、子どもの躾も。

 当時は洗濯も重労働。そもそも水がない。川から汲んでくるか、または川に洗いに行くか。1919年でも、農家の多くは水汲みに毎週10時間以上かけている。もちろん、水汲みは女性の仕事と看做されていた。全自動洗濯機が普及した今はピンとこないだろうが、濡れて水を吸った洗濯物(特に冬物)ってのはやたらと重くて、たらいから出し入れするだけでも、かなりの力仕事となる。意外と家事って、筋肉を使うのだ。

 ってんで、水道の普及が重要な問題となってくる。特に解放奴隷が南部から職を求め集まった都市部は大騒ぎ。メンフィスも「1860年から70年までの10年間に、そこのアフリカ系アメリカ人の人口は、三千人から一万五千人へと増加した」。黄熱病やコレラが流行し、行政も真面目に対応する必要に迫られる。

 ってんで、婦人団体などが活躍を始める。ここで多くの教訓を残すのが、20世紀初頭に活躍したキャロライン・バートレット・クレイン。地域の衛生改善で大きな功績をあげた女性で、彼女の手法は社会運動の優れた教科書だろう。著者曰く「調査、教育、説得」。

 まず82項目のアンケートを取る。地域の婦人運動家に対しては、政治家や行政を巻き込むよう叱咤する。公演では、できる限り多くの聴衆が入る場所を選ぶ…群の庁舎ではなく。後援団体には予め資料を配り、新聞社にも情報を送る。当時は女性に参政権がなかったが、マスコミを使う術は心得ていた。

 やがてアイルランドのジャガイモ飢饉などもあり、欧州から移民が続々とやってくる。生活習慣の違う彼らに対し、「アメリカで成功するには清潔が重要だ」と刷り込む。ここで重要な役割を果たすのが二つ。初等学校と生命保険会社だ。学校はアメリカン・スタイルを子どもに教える。そして子どもは親に教える。成功がかかってるんだから、子どもの話でも、親は真面目に聞く。移民を同化する方法としては、なかなか見事だ。

 面白いのが生命保険会社。移民は様々な言語を話す。メトロポリタン社は外交員に「ターゲットとした移民と同じ共同体の出身者」を雇う。この外交員の手口が巧い。「うれしいことがあったときだけでなく、悲しいことがおこったり、誰かが亡くなったときにも」顧客に会いに行った。勿論、蝿叩きや結核予防パンフレットを配るなど、積極的に衛生教育に励んでいる。

 第一次世界大戦じゃ「徴兵予定者のほぼ1/3(251万1千人のうち73万1千人)が身体的に不合格とされた」などもあり、学校教育に更に拍車がかかる。1920年代になると、石鹸会社も清潔産業に加わる。今度は広告を利用した。

 ハッキリ言って、同時代の日本人の方が桁違いに清潔な生活をしていたと思う。江戸時代には銭湯が普及していたし。著者は「アメリカが清潔文化発祥の地」と主張するが、日本の読者なら異論ありまくりだろう。

 とまれ、逆に、入浴文化を持たないアメリカがどうやって衛生観念を普及させたか、個人主義が強い文化でいかに街路を清潔にしていったか、企業の自由を尊重し小さい政府を好む国でなぜ水道や電気などの社会基盤を整備させたのか、それを考えながら読むと、なかなか興味深い。今でこそ「フェミニズム」なんてカタカナ言葉があるが、昔のアメリカはかなり保守的だった事もわかるし、20世紀がいかに人類の生活を大きく変えたかも実感できる。

 衛生観念の普及のプロセスは、途上国の発展過程にも応用できそうな場面が多い。またキャロライン・バートレット・クレインの運動は、そのまま市民運動の教科書でもある。一見キワモノっぽいが、読み方によっては多くの事が学べる本だった。

 なお、終盤に出てくるハウスクリーニングのモーリーメイド社、今は日本にも進出している(→モーリーメイドジャパン)。「彼女らはイギリスのメイドをまねた青と白の制服を」ってな記述に興奮しヨコシマな期待で画像検索すると、現実が見えます。というか、現実を突きつけられました、はい。

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