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2013年10月の20件の記事

2013年10月30日 (水)

畠中恵「しゃばけ」新潮文庫

「まったく、妖より恐ろしいのは人でございますよ。先刻私が申し上げたかったのは、そのことで」

【どんな本?】

 江戸時代の廻船問屋・薬種問屋の大店・長崎屋の一人息子の一太郎、歳は十七。幼い頃から病気がちで家族には溺愛され、滅多に外出も許されない。甘やかされて育った世間知らずのお坊ちゃんだが、穏やかな性格で人の心の機微も知っている。彼には不思議な能力があり、妖が見える…どころか、長崎屋では妖が人に化けて働いていた。

 大江戸を舞台に、妖が人に紛れて暮らす世界を描く、時代劇ファンタジーのシリーズ開幕編。2001年度・第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2001年12月に新潮社より単行本で刊行。私が読んだのは新潮文庫の文庫版で、2004年4月1日初版、2006年11月10日の18刷。売れてます。文庫本縦一段組みで本文約331頁+小谷真理の解説「かわいらしくてこわい江戸の幻想奇譚」7頁。9ポイント38字×16行×331頁=約201,248字、400字詰め原稿用紙で約504枚。長編小説としては標準的な長さ。

 時代物だが、文章や言葉遣いは現代の読者に合わせてあるので心肺無用。特に前提知識は要らないし、中学生でも楽しく読めるだろう。敢えて言えば、時刻の表現が当時風なぐらいか(→Wikipedia)。

【どんな話?】

 大店の長崎屋の若だんな一太郎は、生まれついての病弱がたたり、一人での外出もままならない。心配する家族や手代が許さないのだ。そこをなんとか抜け出し夜道を歩く一太郎、手代たちにバレたらコッテリ絞られる。そこに漂う血の匂い。なにやら物騒な気配と家路を急ぐが、背後から人の声が。

「香りがする……する、する……」

【感想は?】

 鳴家(やなり、→Wikipedia)が可愛い。

 冒頭から、登場人?物は人間より妖の方がにぎやかだったりする。神社の鈴の付喪神の鈴彦姫(→Wikipedia)。長崎屋の手代の両名、佐助はいかつい犬神(→Wikipedia)、仁吉は色男の白沢(→Wikipedia)。これに主人公の一太郎と、正体不明の殺人犯が登場する。

 妖怪が次から次へと出てくるこのお話、柴田ゆうのユーモラスなイラストも手伝って、冒頭に引用した台詞のように、実は妖怪が全然怖くない。最初に出てくる鈴彦姫は妙にはかなげで小動物っぽいし、次に出てくる佐助と仁吉は、とっても頼りがいがある。いや一太郎は佐助と仁吉を怖がってるけど、これはカミナリ親爺や小言婆さんを怖がるようなもんで、恐怖とは違う。

 どころか、後に出てくる屏風のぞき(→Wikipedia)や鳴家は「ウチにも出てこないかなあ」とすら思えてしまう。わらわらと出てくる鳴家が、ホントに可愛い。

 読む前は日常系のホンワカした話を想像したんだが、これはいきなり裏切られた。なんたって、夜道の殺人事件だし。夜ったって、今とは違う。江戸時代だから、街灯なんか、ない。提灯がなければ真っ暗闇だ。この闇の怖さが、最初から巧く出ている。おまけに、正体不明の殺人犯が迫ってくる。

 この時点で、読者は人間の殺人犯より鈴彦姫を頼りに感じてしまう。冒頭のたった6頁で、完全に作者の世界観にハマってしまった。

 読み進めると、次第に一太郎の周囲が見えてくる。これまた日常系ファンタジーっぽい。病弱な一太郎と、彼を慕い心配する佐助と仁吉をはじめとする妖怪たち。その佐助と仁吉は、ヒトのふりして店を切り盛りしてる。それも、なかなかの手腕で。だが、そこに忍び込む、不気味な影。

 一太郎の周囲は、実にホンワカして気持ちがいい。これに先の殺人事件が絡んで来るんだが、まさしく「外から侵入してくる黒い影」とか「楽園に這いよる毒蛇」みたいな違和感・異物感がある。単にホンワカしてるだけじゃないのが、この作品のキモだろう。

 一太郎のよき理解者にして友人の栄吉も、緩い空気と厳しい現実を併せ持っていて、油断のならない人物。菓子屋の三春屋の跡取りで、相応に世間を知っており、菓子作りにも熱心なのだが…。彼の特徴が、一見ギャグ仕立てでありながら、それだけじゃ終わらない所が巧い。

 ストーリーはミステリ仕立てだ。開幕してスグに殺人事件が起こり、途中で手がかりを箇条書きにまとめる親切さ。シリーズ物だけど、ちゃんと冒頭の事件は、この巻できれいにケリがつきます。

 その上で、次く巻へ読者の興味を惹く構成は、とてもじゃないが新人作家とは思えぬ巧みさだ。もしかしたら、最初からシリーズのつもりで構成したんだろうか。いやもう、栄吉の将来とか、冒頭で一太郎が出かけた理由とか、彼女の想いとか、これを読み終えた時点じゃ気になってしょうがない。

 結論としては、やっぱり、鳴家が可愛い。

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2013年10月29日 (火)

マット・リドレー「繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史 上・下」早川書房 大田直子/鍛原多恵子/柴田裕之訳

「テクノロジーが楽しいという考えを持つのはほんの一握りの人に限られている。残りの人は変化によって落ち込んだり、苛立ったりするんだ」
  ――マイケル・クライトン

「社会は転換期を迎えており、すでに古き良き時代は終わりを告げていると主張する人が絶対に間違っていると証明することはできない。しかし私たちの先人もみな同じことを言い、その理由は現在と同じく明白そのものだった」
  ――トーマス・バビントン・マコーリー、1830年

【どんな本?】

 化石燃料の枯渇・地球温暖化・人口爆発など、人類の未来を脅かす危機は常に事欠かない。そこで、未来を占う前に、ちょっと過去を振り返ってみよう。歴史から何かを学べるかもしれない。

 文明以前の人類が海辺に住むなら、きっと漁をしていただろう。漁師が一人だけなら、自分で銛を作り魚を取るだろう。でも数十人いるなら、一人ぐらい銛職人が欲しい。銛職人が何十人もいるなら、銛を作る道具を作る人も出てくる。

 キーワードは道具?いいえ。問題は、船を作っても、銛職人は魚が手に入らない。銛職人は、銛の代償として、魚を貰わなきゃ食っていけない。逆に、魚が手に入るから、銛職人は職人仕事に専念できて、腕を上げられる。そして銛職人が集まれば、職人用の道具を作る仕事も成り立つ。いい道具はいい銛を作るのに役立ち、漁獲量も増える。

 キーワードは、交換、そして分業と専門化だ。これを活発にすることで、人類は発展してきた…にも関わらず、なぜか知識人は将来を悲観し続けてきた。

 交換という視点を通じて人類の歴史を俯瞰し、また分業と専業化を推し進めるもうひとつの要素、イノベーションとそれを産み育てる、または阻む要因を探り、「人類の未来は明るい」と主張する一般向け啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Rational Optimist : How Prosperity Evolves, by Matt Redley, 2010。日本語版は2010年10月25日初版発行。今はハヤカワ・ノンフクション文庫から文庫版が出てる。私が読んだのは単行本のハードカバー上下巻。縦一段組みでそれぞれ本文約243頁+約231頁=約472頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×17行×(243頁+231頁)=約361,080字、400字詰め原稿用紙で約903枚。長編小説なら2冊分に少し足りない程度。

 翻訳物のわりに、文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。世界史に詳しい人なら更に楽しめるだろうが、義務教育で古代の四大文明を習いボンヤリ覚えている程度でも、充分に読みこなせる。長い文章を読むのに慣れていれば、中学生でも楽しめるだろう。

【構成は?】

上巻
 プロローグ アイデアが生殖するとき
 第1章 より良い今日――前例なき現在
 第2章 集団的頭脳――20万年前以降の交換と専門化
 第3章 徳の形成――5万年前以降の物々交換と信頼と規則
 第4章 90億人を養う――一万年前からの農耕
 第5章 都市の勝利――5000年前からの交易
下巻
 第5章 都市の勝利――5000年前からの交易
 第6章 マルサスの罠を逃れる――1200年以降の人口
 第7章 奴隷の解放――1700年以降のエネルギー
 第8章 発明の発明――1800年以降の収穫逓増
 第9章 転換期――1900年以降の悲観主義
 第10章 現代の二大悲観主義――2010年以降のアフリカと気候
 第11章カタクラシー――2100年に関する合理的な楽観主義
  謝辞/訳者あとがき/原注

【感想は?】

 愉快、痛快、爽快。あなたが初期のJ・P・ホーガンが好きなら、迷わずお薦めする。またはアイザック・アシモフやスティーヴン・ジェイ・グールドやリチャード・ドーキンスが好きな人にも。

 解説から先に読む人もいるだろう。これがまた、とっても爽快なのだ。ここでは、パソコン用マウスを例に取り、最初のボール内臓から始まりLED・レーザー・コードレスと進歩を紹介し、こう結ぶ。「やがて、マウス自体が別のツールにその座を譲る日が来るかもしれない」。この予言が、既に半分ほど成就しちゃってる。

 タッチパネルだ。パソコン用はこれからだけど、スマートフォンはタッチパネルが当たり前だし、携帯用ゲーム機にも使われている。タッチパネルの普及は、同時に利用者を爆発的に増やした。だって親しみやすいし、わかりやすいもんね。私の知人にも、昔はゲーム機を毛嫌いしてたくせに、今はスマートフォンを駆使して Google Map を使いこなしている人がいる。山歩きが好きなので、地図は必需品なのだ。

 こういう人に市場が広がったお陰で、Twitter なども利用者が増えた。私のブログも、携帯電話やスマートフォンで見てくれる人が増えている。元々が自己顕示欲でやってるんで、お客さんが増えるのは素直に嬉しい。

 なぜこんな事になったのか。その鍵が、「交換」だ、と著者は主張する。

 漁師と職人が魚と銛を交換すれば、お互いが得をする。銛職人が増えれば、工具を作る商売も成り立つ。そうやって人が集まり交換が活発になれば、様々な専門職が発生してくる。やがて船大工も出てくるし、船の材料の木を取る樵が、樵の斧を作る鍛冶屋が、斧の材料を集める鉱夫が…

 と、人が集まることで専業化が進み、新しい道具や技術が生まれ、人類の生活は便利になってきた。これを、膨大な資料によって検証したのが、この本だ。

 ところが、世の中には、自給自足こそ理想的な生活と考える人がいる。まあ、ある程度までは、私も否定しない。余裕があるなら、実は生活(というより家事)って、楽しいのだ。特に料理は。けど、忙しい時は外食で済ませたいし、ラーメン専門店も行ってみたいし、大人数でドンチャンするのも楽しいし、自分じゃ作れない異国の料理も味わいたい。

 趣味で自家菜園を耕すのは構わないけど、「昔に帰れ」ってのは、ちと違う気がする。特に、極端な環境保護論者が、石油文明をヒステリックに否定するのは、なんか納得いかない。これを、見事なデータで検証してるあたりが、すこぶる爽快で気持ちいい。

 京都議定書(→Wikipedia)で有名な1997年の京都会議こと第3回気候変動枠組条約締約国会議(→Wikipedia)。あれのデモンストレーションで、「未来の交通機関」として、とんでもないシロモノが飛び出した。なんと、馬車だ。私はあれで、「地球温暖化の原因は人為的なもの」という説に対し懐疑的になった。その底には、感情的な機械排斥があるんじゃないか、と。この本では、トラクターと馬の比較が出てくる。

 馬を育てるには土地が要る。1915年、アメリカは2100万頭の馬がいて、全農地の1/3を餌の栽培に使っていた。1920年、中西部の121万ヘクタール以上が未開墾だった。鉄道から130km以上離れていて、収穫物を荷馬車で運ぶのに5日以上かかり、それが穀物価格を押し上げるからだ。

 こういう自然回帰派や悲観論の根底には、「昔は良かった」という幻想がある。私はこれをエデン幻想と呼んでいるが、別にキリスト教に限ったことではなく、例えば孔子は周時代を理想と考えていた。この手の幻想を粉々に打ち砕くのも心地よい。

カラハリ砂漠のクン族から北部のイヌイット族にいたるまで、現代の狩猟民族の2/3がほぼ絶え間なく部族間の戦争状態にあり、87%が毎年戦争を経験していることがわかっている。(略)たいてい成人男性の死因の30%ほどが殺人だ。

 産業革命で多くの農民が労働者になった。なぜか。農家の生活より、都会の生活の方がマシだからだ。だが、当事の知識人は貧民街の悲惨さを問題にした。なぜ農民の生活は話題にならず、都市の貧民の困窮は問題になったのか。ロンドンに住む知識人は、田舎の農民の生活なんか知らなかったからだ。

 こういう状況は、今でもあまり変わらない。新しく珍しい事柄は話題になるが、ありがちな事は話題にならない。一時期、話題になった狂牛病では、何人が死んだのだろう? なんと、166人だ。ちなみに日本の交通事故の死者数は、年間4千人を越えている。ここ数年、少しずつ減ってはいるけど。さて、あなたは、どっちが怖い?

 常に流行る自然崇拝や悲観論を叩きのめし、人類の未来は明るいと断言する爽快な本。黄金時代のSFや、カール・セーガンなどの科学解説書が好きな人なら、きっと楽しめる。こういう本こそ、若い人に読んでほしい。

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2013年10月27日 (日)

SFマガジン2013年12月号

「わたしも悪党どもとは何度もやりあっています。いい会計責任者は死んだ会計責任者だけです」
  ――ジャック・ヴァンス「世界捻出者」中村融訳

 280頁の標準サイズ。特集は二つ、ジャック・ヴァンス追悼特集&金子隆一追悼特集。他に小説は草上仁「ウンディ」とチャールズ・ストロス「パリンプセスト」後編。

 ジャック・ヴァンス追悼特集は小説三本。「世界捻出者」中村融訳、「ミス・ユニバース誕生!」酒井昭伸訳、「暗黒神降臨」酒井昭伸訳に加え、酒井昭伸の特殊解説「ありがとう、そしてさようなら」と酒井昭伸&牧眞司の「ジャック・ヴァンス年譜」。

 「世界捻出者」中村融訳は、なんとデビュー作。実績はあるが、規則無用の態度で持て余し者のラナークが受けた仕事は、ネヴァダ女囚刑務所から逃亡したイザベル・メイの捕獲。イザベルの父親アーサーは巧妙な暗号システムを考案したが、報酬を巡るトラブルがあった。問題に備え暗号の鍵を娘のイザベルに預けたのだが…
 ハードボイルドな探偵と、ワケあり女の逃亡犯のチェイス。一見ハードボイルドな探偵物のように始まる物語は、すぐに宇宙へと飛び出してゆく。冒頭の引用にあるように、気の効いた台詞が読みどころ。この台詞回しの妙は、タイトルにある「世界捻出者」の登場で一気に冴え渡る。コロコロと変わる舞台、イケメン俳優と美人女優のコンビ、派手なクライマックス・シーンと、ハリウッドのアクションSF映画の原作にピッタリなお話。

 「ミス・ユニバース誕生!」酒井昭伸訳。カリフォルニア州三百年記念博覧会の呼び物として、実行委員長のハードマン・クラウデルと秘書のトニー・ルグランは美人コンテストを企画しする。ただの美人コンテストじゃない。銀河系全体から候補を募集するのだ。確かに問題は沢山ある。宇宙には様々な種族がいて…
 ユーモア短編とは言いつつ、次々と紹介されるエイリアンの異様さにも注目。この作品で挙げた5項目は、まんまエイリアン創造のテンプレートとして使えそうなぐらいに充実してる。これで美人コンテストなんか、どうやるんだか。まあ深々の気鋭に富むカリフォルニアだし。ハードマンとトニーの陰険漫才は序の口で、各ミスが登場してからギャグは加速する。

 「暗黒神降臨」酒井昭伸訳。原題は To B or Not to C or to D。悪名高い探偵マグナス・リドルフの、今回の依頼者はコワモテの鉱山主ハワード・サイファー。彼の持つ惑星ジェクス・ジェカは岩ばかりで空気も生命もない。だが地上の四ヶ所に水が湧く。嫌気生物のタルリアンを労働者に使い採鉱していたが、彼らの食費を節約するため泉を使って自給自足体制を整えようとしたのだが…
 前に読んだマグナス・リドルフ物はSFマガジン2012年四月号の「蛩鬼」だった。腹にイチモツ持つごうつくばりな依頼人と、腹黒さじゃヒケをとらないマグナス・リドルフの、陰険な騙しあいが楽しいシリーズ。今回も、いきなり依頼人のアワードと報酬をめぐってジャブの打ち合い。いやあ、ビジネスって大変ですねえ。

 酒井昭伸の特殊解説「ありがとう、そしてさようなら」にある、「すべてを他人事として長めているような、超然とした雰囲気がつきまとう」に唸った。そうそう、ヴァンスの面白さの一つは、俯瞰した視点で、司馬遼太郎に少し似てる。ただ描き方が対照的で、司馬遼太郎は解説者のようにわかりやすく伝えるのに対し、ヴァンスは読者に悟らせる。

 もう一つの特集は金子隆一追悼特集は、小林伸光と林譲治の追悼エッセイに、未発表原稿「中生代のシー・モンスター第一章」、そして「センス・オブ・リアリティ」再録6編。SFの文脈で語られる事の多い人だけど、私は科学解説者として楽しみにしていた。これからなのに。

 草上仁「ウンディ」。ウニア・ハイ以来、長くバンドを組んでる三人。ドラムのゲンバとキーボードのズート、そしてウンディのシロウ。なんとか食えてるが、いまいちパッとしない三人は、ホウジョウ・ギグ・コンテストにエントリーした。それぞれキャリアも実力も充分で、仲も悪くない。ただ、シロウは今でもエントリー・モデルのセブンを使い続けていて…
 心地よい音楽小説。プロともアマとも言い切れない、微妙なポジションにいるベテラン・バンドの、息はあってるけどユルい雰囲気が、とってもよく出てる。いや本当のところは知らないけど。特に泣けてくるのは、シローがウンディにかける想い。彼がルーンと初めて交わす会話が、ウンディ・プレイヤーのクセを見事に表現してる。もちろん、音を描く場面にも注目。

 チャールズ・ストロス「パリンプセスト」後編。二億五千万年後、<ステイシス>は太陽系の改造にのりだした。小惑星帯のケレスを分解し、多数のソーラーセイル宇宙機を建造、太陽系の内側へと軌道を変え…。一方、<最終図書館>へ向かう羽目になったピアスは、シリにひとまずの別れを告げ…
 「アッチェレランド」もそうだったけど、舞台の滅茶苦茶なスケールの大きさと、感情につき動かされる人間の対比が、この人の作品の特徴。舞台がいきなり二億五千万年なんて馬鹿デカいスケールで始まったと思ったら、更にエスカレートしてとんでもない所までいってしまう。にも関わらず、主人公のピアスが拘ってるのは…。

 長山靖夫「SFのある文学誌」、「新しい女」と新世界――ロビダから服部誠一『二十世紀 新亜細亜』へ。アルベール・ロビダの「新二十世紀」から、その翻案である服部誠一の二十世紀 新亜細亜」、そして当事の各国の女性の地位のお話。自転車と女性のファッションの関係が実に意外。共産主義国の政府は自動車を歓迎しなかったみたいだし、移動手段ってのは、自由と大きな関係があるんだろうなあ。

 最新作「誰に見しょとて」刊行記念の菅浩江インタビュウ。連載のブランクに気をもんだけど、インタビュウを読む限り今は「仕事よこせ」な感じなので、これから楽しみ。でも野尻・先生ナニやってんすか・抱介の二の舞にはならないで。「表現」をテーマにするあたりが、いかにもで納得。カフェ・コッペリア収録の「千鳥の道行」での、最新技術の使い方は意表をつかれた。

 Sense of Reality、香山リカ「コミュニケーション、その活況の先に」。今回はブログの炎上のお話。イヤほんと、耳が痛い。私なんか匿名でやってるんだし、イザとなりゃスラかれば実生活には影響ないんだから、もちっと明確に意見を言ってもいいかな、とは思うんだけど、長くやってると、なんか出来ちゃうんだよね、自分の中で、「ネット上の人格」が。ズラかるってのは、ソレを殺す事になるわけで、なかなか思い切れない。でも「沈黙のらせん(→Wikipedia)」も怖いしなあ。

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2013年10月25日 (金)

エイミィ・ステュワート「人類にとって重要な生きもの ミミズの話」飛鳥新社 今西泰子訳

化成肥料は作物を養うのに対し、有機肥料は土を養う。

【どんな本?】

 ガーデニングに凝る著者は、ミミズ・コンポストを使い始める。生ゴミを黙々と処理して堆肥に変えるミミズに、著者は次第に愛着を覚えてゆく。一般に土を肥やすといわれるミミズだが、調べ始めると、現代でも意外とわかっていない事に気がつく。なんたって、ミミズは光を嫌うし、日頃は土の中にいて全く見えない。

 進化論の礎を築いたチャールズ・ダーウィンが、ミミズをテーマに著した晩年の作品「肥沃土の形成」を随所に織り込みながら、知られざるミミズの生態と生態系に与える影響、そして科学や産業での利用の現状をレポートしつつ、ガーデニングの楽しさを伝える、一般向けの科学解説書。2005年カリフォルニア園芸協会ライター賞受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Earth Moved : On the Remarkable Achievements of Earthworms, by Amy Stewart, 2004。日本語版は2010年8月14日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約273頁+訳者あとがき5頁。10ポイント40字×17行×273頁=約185,640字、400字詰め原稿用紙で約465頁。長編小説なら標準的な長さ。

 翻訳物の科学解説書にしては、文章はかなりこなれていて読みやすい。内容も実にわかりやすく、小学校卒業程度の理科がわかれば充分すぎる。数式や分子式も全く出てこない。ガーデニングの話題が頻繁に出てくるので、花や野菜を育てたり庭の手入れをしている人なら、更に親しみやすいだろう。

 敢えてイチャモンをつけると、面積の単位がエーカーなのが難点。約4047平方メートルで、だいたい64m×64mぐらい。

【構成は?】

 はじめに
第1章 ダーウィンのミミズ
第2章 謳われざるヒーロー
第3章 大地は動いた
第4章 大地の腸
第5章 目もなく耳もなく
第6章 今、地中にある危機
第7章 侵略者の顔
第8章 巨大ミミズを追いかけて
第9章 生きた農耕機具
第10章 文明の礎として
第11章 生ゴミを黄金の土に
第12章 あなたが必要
第13章 高みへと昇るミミズ
 おわりに
 訳者あとがき

【感想は?】

 いわゆる一般向け科学解説書としては、とっても親しみやすく理解しやすい。分量も控えめだし、文章もこなれている。そして、驚きに満ちている。ガーデニングに凝る著者だけに、実際の体験談も多く、学問ぶった所もない。多くの専門家にインタビューしているが、いちいち「普通の人の言葉」に翻訳して伝えてくれる。

 ミミズにも色々な種類がある。わかっているだけで4500種。コンポストに入れるのは、たいていがシマミミズだ。「釣具店で買った釣餌1箱に4種類のミミズが入っていた」なんて話もある。オーストラリアのギブスランドミミズは体長1メートル、のばせば3メートルにもなる(Google画像検索の結果、覚悟してね)。

卵包が産み落とされてから孵化するまでに1年以上かかる。孵化すると長さ5センチほどの子ミミズが出てくる。(略)5年ほどで成熟し、20~30年生きるのではないかと考えられている。

 さて、そのミミズ、科学者たちも、今は生息型で3種に分けている。

  1. 下層土生息型:小さく黄褐色、植物の根にいる
  2. 表層土生息型:地面に穴を掘る大ミミズ、地中深くにいる
  3. 堆肥生息型:シマミミズなど、地表の堆肥にいる

 コンポストに入れるのは 3. のシマミミズ。小さいミミズ。地面を耕すのは 2. で、アメリカじゃナイトクローラー(→Google画像検索)、日本には別種のフトミミズ(→Google画像検索)がいる。この効果が劇的に現れたのが、ニュージーランド。ヨーロッパからミミズを輸入して試したら、「最初の数年間で、農地や牧草地の生産性が70%もアップした」。

 この成功を聞きつけた農夫が、1925年に土ごと山の斜面に移植したところ、「手を加えなかった土地の20倍ものライグラスが育つ」「飼育する羊の頭数は倍になり、冬に刈り取る羊毛の収量は2トン近く増加」と、どっかの宣伝漫画みいだ。ただ、「ナイトクローラーは1年に2、3メートルしか移動しない」というから、やっぱり時間はかかる模様。

 とまれ、いいことばかりじゃない。「冬小麦をおかす萎縮性腥(なまぐさ)黒穂病の病原菌は、ミミズが蔓延させるおそれのある真菌のひとつである。トマト萎縮病を引き起こすフザリウム属の真菌も、ミミズの働きによって広がるおそれがある」。また、外来のミミズを移植すると、一緒に外来植物も持ってきちゃう可能性がある。ミミズが種子を飲み込んだまま移動してるかもしれない。

 フィリピンのイフガオ州バナウェ棚田は、外来種のミミズが田んぼに穴をあけ水が抜けてしまった。昔は年中水を張っていたのでミミズが入り込めなかったが、最近は排水した棚田で商業作物の野菜や花卉を栽培するので、増殖してしまった。在来種も、田の畔を壊すので嫌われているとか。この対策が、また面白い。

「でも、ミミズを追い出す方法がひとつあるんですよ。ワサビです」

 この辺は、まんまバイオSFの面白さで、複雑怪奇な生態系のダイナミクスが味わえる。堆肥型のミミズのアポレクロデア・ロンガの糞には、シュードモナス・コルガタという細菌を、他のミミズの糞より10倍多く含む。この細菌はトマトの茎壊疽病を起こすが、ジャガイモの輪腐病を抑える。

 バイオSFなのは最近のガーデニングも同じで、著者は害虫や病気を抑えるため線虫や微生物をメールで取り寄せてたりする。これを拡散するのにも、ミミズが活躍してる。ムギを枯らすムギ類立枯病菌を防ぐシュードモナス・コルガタを羊の糞に混ぜて土壌に入れると、ミミズが羊の糞に惹かれて集まり、菌を運んでくれるのだ。

 のんびりと観察と実験にふける晩年のダーウィンの楽しげな姿、不耕起栽培に代表される最近の様々な農業の手法、古代文明とミミズの関係、ミミズが検証する大陸移動説など科学の楽しいエピソードに加え、ガーデニングの面白さにも溢れた、読みやすく親しみやすい一般向け科学解説書の傑作。

 唯一の問題点は、表紙だろう。真っ白な地に、色鮮やかでリアルなミミズのイラスト。人によっては、ちょっとひくかも。

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2013年10月24日 (木)

アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター「タイム・オデッセイ 太陽の盾」早川書房 中村融訳

「あれはほぼ未加工の尿で育てられています。そっちのエンドウ豆は、濃縮した糞便のなかに浮かんでいます。われわれの仕事は、もっぱら臭い消しなんですよ。もちろん、大部分はGMOです」遺伝的改良品種(ジェネティカリー・モディファイド・オーガニズム)のことだ。

【どんな本?】

 英国の誇るSF作家の長老アーサー・C・クラークが、最新の科学を大量にブチ込んだSFを得意とするスティーヴン・バクスターと組んで送るシリーズ<タイム・オデッセイ>第2弾。前回の「時の眼」とは打って変わり、今回は近未来の2037年を舞台に、迫り来る地球の危機と、それに立ち向かう壮大なプロジェクトを、最新の宇宙科学・工学およびセルフ・パロディをたっぷり詰め込んで描く、壮大で爽快なサイエンス・フィクション。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」でも、ベストSF2008海外編12位にランクインした。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Sunstorm : A Time Odyssey : 2 by Arthur C. Clarke and Stephen Baxter, 2005。日本語版は2008年4月25日初版発行。単行本ハードカバー縦2段組で本文約313頁。8.5ポイント25字×21行×2段×313頁=約328,650字、400字詰め原稿用紙で約822枚。長編小説としては長い方。

 翻訳物の小説としては、文章は比較的にこなれている方だろう。ただ、著者が両名ともイギリス人のためか、台詞は少々ヒネくれた言い回しが多い。内容は、コテコテの近未来宇宙開発サイエンス&エンジニアリング・フィクション。スイング・バイや軌道エレベーターと聞いて目を輝かせる人向け。

 一応シリーズ三部作の二作目だけど、登場人物のごく一部が重なっているだけで、この巻から読み始めても、ほとんど問題ない。いやストーリー的には繋がっているんだけど、この巻「太陽の盾」と前の「時の眼」に限れば、どちらを先に読んでも、あまし問題ないです。

【どんな話?】

 2037年6月7日。ロンドンには異変が起きた。空にはオーロラが輝き、交通信号はでたらめに点滅して道路は渋滞、幾つかの地区は急激に電圧が低下し、通信ネットワークは途切れがちで、そこかしこで煙が吹き上がっている。

 王立天文台長シヴォーン・マッゴランは、ロンドン市長広報担当のフィリッパ・ダフロッドから、突然の連絡を受けた。戸惑うイヴォーンに、フィリッパは告げる。「地磁気誘導電流です」。太陽から放たれた高エネルギー粒子が地球の磁場を変化させ、それが伝導性の物質、例えば送電線などに誘導電流を発生させたのだ。

 その頃、ミールから帰還したビセサ・ダットは、ロンドンの自宅にいた。そして、街の上には<眼>があった。

【感想は?】

 これぞ由緒正しい黄金時代のサイエンス・フィクション。

 迫り来る地球の危機。次々と起こる謎の現象。ひとつクリアする度に、更に困難になる技術的な問題。必死に立ち向かう科学者とエンジニア。危機に乗じて陰謀を企む謎の組織。オカルトじみた狂気に走る集団。紙一重のプランを出す異形の天才。そして…

 そう、私はこういうサイエンス・フィクションが好きなんだ。大きな謎や困難に対し、一見突拍子もない発想を基にした科学や技術で人類が立ち向かう、そういうお話が。

 しかも、書いてるのはクラークとバクスター。いずれも最新の科学・工学に誠実な作風が持ち味の作家だ。そりゃもう、宇宙開発オタクがニタニタするアイデアが次から次へと機関銃のように出てくる。なんたって、最初から月の南極のクレーターにある水の話。「うんうん、そうだよねえ」や「え、そうだったの?」の連続。

 もうね、ここで描かれる月開発の描写からして、好き者にはたまらないネタばっかり。月の開発には、どんな技術的な問題があるのか。月の極は何が嬉しいのか。エアロックを通過する際の生活感が滲むネタにも、「ほほう」と頷いてしまう。古株のファンなら、きっと「渇きの海」を連想するだろう。

 ロンドンの危機も、パニック物のお約束。書名をヒントに、オーロラと電気機器の故障とくれば、ソッチの人はピンとくる。しかも、これが、普通に連想する範囲を大きく超えた事態に持っていくから嬉しい。いや登場人物たちはてんやわんやの大騒ぎなんだけど。で、これがまた、傑作短編「太陽からの風」だったり。

 など科学の先端にいる人の話のほかに、普通の人の生活を担うのが、先の「時の眼」でも活躍したビセサ・ダット。「時の眼」じゃ未来を感じさせるガジェットは「フォン」だけだった。ここでは、ちょい未来にありそうなテクノロジーが幾つか出てくる。今でもOLPC(→Wikipedia)を途上国の児童に配ろうって計画があるけど、苦戦してるなあ。

 宇宙開発関係でも、マニアックなネタがポンポン。ちょっとした台詞にも、味覚など無重力空間に長期滞在できるようになってわかってきた事を反映させてるし、ツィオルコフスキー(→Wikipedia)から脈々と続く歴史(→Wikipedia)にも配慮してるあたりは、さすがクラーク。

 冒頭の引用は、月のクラヴィウス基地での話。食べ物をどうやって調達するか、という問題の解決法。そして、ここでは、SF者が大好きな、月面ならではのガジェットが登場する。このガジェットがまた、盟友の代表作を連想させて…

 などと、アチコチにパロディっぽいネタが詰まってるのも、この作品の魅力の一つ。しかも、大抵がクラーク御大本人のネタだったりするから楽しい。「彼らは宇宙をかき乱す方法をたくさん夢見て…」とか、ニーヴン&パーネルの某作品を思わせるネタも、大笑いしてしまう。

 クラークもバクスターもイギリスの作家だけに、アメリカを意識したネタがチラホラあるもの楽しい。スペース・プレーンのブーディッカの機長さんの台詞なんかは、もう対抗意識バリバリ。あの計画が失敗した原因の一つが、アメリカの邪魔だったりするって事情を知ってると、更に楽しめたりする(→半ばネタバレ)。

 もちろん、肝心の本ネタは壮大でエキサイティング。「何を作るか」も楽しいが、それ以上に「どんなモノで、どうやって作るか」などの細かい所こそ、この本の最も美味しい所。黄金時代のSFのワクワク感を、現代先端科学・工学の新鮮なトピックで蘇らせた、サイエンス・フィクションの王道まっしぐらの力作。

 しかし、改めて考えると、これ、一種の破滅モノなのに、読んでてやたら楽しい気分になるのは…まあ、しょうがないかw

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2013年10月23日 (水)

バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 3

「もしフランスがあえて先にベルギー国境を越えたりしたなら、英国はけっしてフランスの味方にはつかないだろう。もしドイツが先に越せば、フランスは、英国をドイツの敵としてフランスの味方に引き入れ得る」
  ――イーシャー子爵

【どんな本?】

 第一次世界大戦(1914年7月28日~1918年11月11日、→Wikipedia)を、その前夜からマルヌ会戦(1914年9月5日~9月12日、→Wikipedia)まで、ドイツ軍 vs フランス軍&イギリス軍とドイツ軍 vs ロシア軍 を中心に描いたドキュメンタリー。

 バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 1バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 2 から続く。

【概況】

 1914年6月28日、オーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公がセルビアの国粋主義者に暗殺される。セルビアに野望を抱くオーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦、バルカンを己の裏庭と自認するロシアはドイツ&オーストリアへと軍を進める。

 ロシアと組むフランスはドイツと敵対し、準備万端整ったドイツはシュリーフェン・プランに則りルクセンブルグ・ベルギーを蹂躙してフランスへと突き進む。同時にドイツ海軍はロシアの艦隊を警戒するが、トルコを巻き込みダーダネルス海峡の封鎖に成功、ロシア艦隊は黒海に閉じ込めた。

 ドイツによる欧州支配を恐れながらもタテマエに拘るイギリスは、フランスの先制攻撃を牽制するが、送る支援はたったの四個師団。中立の立場を守るベルギーは歩兵師団六個+騎兵師団一個で、34個師団を擁するドイツに立ち向かう。頼みとするのはリエージュの要塞(→Wikipedia)だが…

【お互いの誤算】

 ドイツ・スイス・フランス三国の国境を中心に、反時計回りに軍を進めパリを包囲しよう、ってのがシュリーフェン・プラン。これだと外回りの左翼は、とっても忙しいんで、戦力を充実させてる。回転の中心となる右翼はヒマで、敵を足止めすするだけの役割。実際には「わざと退却して峡谷に誘い込み八方からタコ殴りにしよう」って計画だった。

 フランスもこれは読んでて、「じゃ弱い右翼を叩こう」って作戦でくる。ところが、だ。ドイツは火力を重視し塹壕を掘って待ち構えているのに対し、フランスは昔ながらの突撃一本やり。105ミリ砲が重たく機動力を殺すから「ありがたいことに、われわれは一門たちとも持っていない」と豪語する始末。頼みの75ミリ砲なんだが…

日露戦争を観戦したアイアン・ハミルトンは、榴弾砲の砲撃下にあっても、胸壁の背後に身を隠していれば、銃眼から正面の敵に発砲し続けることが可能だと警告していた。

 お陰でフランス軍は散々にボコられる。あまりの楽勝ぶりにドイツ軍も引くに引けず、誘い込み計画はオジャン。ドイツ第六軍を率いるはバイエルン王国の王太子ルプレヒト殿下(→Wikipedia)は「将兵が前に出たがって叛乱寸前、出ていいよね?」なんて参謀本部に言ってくる始末。

 悲惨な状況のフランス、ところが陸軍総司令官のジョゼフ・ジョフル(→Wikipedia)は「指揮官たちの重大な短所」と結論し、前線の声を聞こうとしない。だから大本営ってやつは。

【大国ロシア】

 可能な動員数は650万と膨大なロシアだが、「1914年にロシア陸軍が有していたトラックは418台、乗用車259台、救急車二台」。時間をかければ大軍を編成できるけど、急には無理。そこを押して二個軍を編成し東プロイセンに攻め込むが、これが絵に描いたような各個撃破。

 通信用の電線が足りないんで無線を使うが、「師団の参謀部には、暗号の用意もなく、暗号の解読者もいなかった」ので平文で通信する。ルーデンドルフ(→Wikipedia)曰く「われわれにも連合国があった。すなわち敵である。わが軍は敵の計画を何から何まで知っていた」。

 結局、このタンネンベルクの戦い(→Wikipedia)でドイツは大勝利。捕虜9万2千、鹵獲した野砲はロシア第二軍の総数600門中300~500門。おかげで近所には「多数のロシア兵が沼にはまって死んだ」と噂が立つが、ルーデンドルフ曰く「それはおかしい。戦闘地区の近くには沼がひとつも見当たらなかった」。いけず。

 もっとも、ロシア軍もオーストリア=ハンガリー軍相手には死傷25万捕虜十万に加え敵を240キロ退却させる大勝利を挙げてる。

【快進撃】

 シュリーフェン・プランじゃベルギーを突っ切る右翼は大忙し。「クルック軍は一日30キロ、ときには40キロという強行軍を続けた」。ヒトが徒歩で歩く速さはだいたい時速4kmだから、7~10時間歩き続ける計算になる。ただ歩くだけじゃなく、戦ってメシ食ってクソして馬の世話して…と、やる事は山ほどある。しかも、だ。

兵一人の装備の重量は30キロで、小銃、弾装、背のう、水とう、予備の深靴、塹壕を掘る道具類、ナイフ、その他種々様々な支給装具を、兵はすべて上着にくくりつけていた。

 加えて、大人しくドイツ軍を通してくれると思ってたベルギー人は「電話や電信線をやたらに切断した。強力なエッフェル塔の無線ステーションは、電波をさかんに攪乱した」。電子戦だね。あんまりにもスケジュールがキツいんで…

兵を道路から左右に離れて野営させずに、道に沿って就眠させたからで、この手をつかって一日6キロから7キロ距離をかせぐことができたのである。

 とまれストレスは溜まり補給は遅れがち。腹をすかせた将兵は略奪で腹を満たし、それが更に住民の反感を煽る。住民の反感に神経を尖らせるドイツ軍は強硬な手段に出て、と悪循環が始まり、いきつく先は…

【反撃】

 敗走を続けるに見えたフランス軍だが、小モルトケは奇妙な現象に気づく。「なぜこうも捕虜が少ないのか?」まあ実際にはフランスの戦略的撤退というより、各軍の相互の連絡が取れないためになしくずし的に後退してたんだけど。特に得支援に来たはずの英軍は全くヤル気なしだし。

 いい加減パリも危なくなってきたんで、泥縄的にパリ防衛軍を結成する。酷いのは、それまで戦況を国民はおろか議員にまで知らせなかったこと。みんなフランスが勝ってると思っていたのだ。これはイギリスも同じで、すっぱ抜いたのはイギリスのタイムズ紙。

 ここで、イギリスにはケッタイな噂が流れる。「夜半過ぎに一万人のロシア兵がヴィクトリア駅に向かった」「俺のダチはロシア兵の通訳をやった」「ロシア兵がドーヴァー海峡に向かった」。いつだって、変なデマは流れるもんです。

 土壇場になって政府もボルドーにトンズラ。「国民に大臣たちの品定めなどといういやなことをさせないよう、パリにひとりものこさないことにした」と夜逃げ。パリ市警視総監もトンズラ。パリ防衛を任されたガリエニ将軍(→Wikipedia)「大臣などいない方がいい」。

 この時に活躍したのが、タクシー。徴用した600台のタクシーが、パリから戦場まで6千人の兵をピストン輸送する。そして、シュリーフェン・プランの運命を決するマルヌ会戦(→Wikipedia)へ…

【おわりに】

 きらびやかな王族の行進に始まり、氷山同士の衝突に似た外交と内政の調整、そしてドイツ軍の快進撃と暴虐、旧態依然のロシア軍とフランス軍の壊走から塹壕戦への変化。少しではあるけど、日本の記述もある。最も多いのは日露戦争の教訓で、もう一つは日本が連合国として参戦した影響。歯ごたえはあるが、欧州の軍が現代的な軍へと変貌を遂げる前夜の物語として、充実した内容だった。

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2013年10月22日 (火)

バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 2

「われわれドイツ人は最高に勤勉で、熱心で、ヨーロッパ中でいちばん教育の高い民俗である。ロシアは反動の典型であり、イギリスは利己主義と背信の、フランスは退廃の、そしてドイツは進歩の典型である。ドイツ文化は世界を啓蒙し、この戦争が終わった暁には、それ以外の文化はみな消滅してしまうだろう」
  ――ドイツの科学者がアメリカのジャーナリスト、アーウィン・コプに語った言葉

【どんな本?】

 第一次世界大戦(1914年7月28日~1918年11月11日、→Wikipedia)を、その前夜からマルヌ会戦(1914年9月5日~9月12日、→Wikipedia)まで、ドイツ軍 vs フランス軍&イギリス軍とドイツ軍 vs ロシア軍 を中心に描いたドキュメンタリー。

 バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 1 から続く。

【概況】

 読み終えて振り返ると、「シュリーフェン・プランの発動と挫折」みたいな内容。上巻の前半はシュリーフェン・プランが発動するまでの過程で、以降はプランが発動しマルヌで挫折するまでの話。

 上巻の前半は内容が政治だけに、出てくるのも皇帝だの首相だの元帥だのと、偉い人ばかり。上巻の中盤あたりからは戦争の推移となり、各軍の進退が描かれる。ここで登場するのも大半が将官で、稀に参謀本部の佐官が登場する程度。つまりは、そういう俯瞰した視点の本だ。

 オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子がサライェヴォで銃撃され、口実を得たオーストリア=ハンガリー帝国はセルビア併合へと動く。裏庭を荒らされたロシアは総動員令を発令、オーストリア&ドイツとの対決姿勢を明らかし、同盟関係のフランスもドイツとの戦争が不可避となる。先手必勝とばかりドイツはシュリーフェン・プランを発動、中立国ベルギーを蹂躙する。これに怒ったイギリスはフランスに加勢し…

 と、そんな感じで、欧州諸国は戦争に突き進む。ここで興味深いのは、どの国も短期決戦だと思い込んでた点。もともとシュリーフェン・プラン(→Wikipedia)も短期にケリつけようって発想の計画だし。つまりは甘く見てたわけです、みんな。

【強いぜドイツ】

 肝心のシュリーフェン・プランとは何か。これはドイツのフランス侵攻計画で、一気にパリを落としちまえ、という目論見。フランスの北部国境、東は中立国スイスから山間部のアルザス・ロレーヌでドイツと接し、西に行くとアルデンヌ高地でルクセンブルグ・ベルギーに接し、更に西は平原でベルギーに接し大西洋に出る。

 アルフレート・フォン・シュリーフェン(→Wikipedia)は考えた。スイス国境を円の中心として、ぐるっと反時計周りにドイツ軍を侵攻させてパリを落とそう、と。最も外側の戦力はベルギーを大回りするけど、平野だし道路や鉄道も発達してるから、なんとかなるだろ。「ベルギーは中立国だからマズいんじゃないか」って?いや弱小国なんか知ったこっちゃないし。ルクセンブルグ?踏み潰せ。

 この作戦のキモは、右翼、つまりベルギーを通過する軍の速さと強さ。最も長い距離を動かにゃならん。軍が強けりゃ速く敵を突破できる。ってんで、右側に戦力を集中し、左の山間部は薄く配備する。最悪、左は進軍しなくてもいい…敵の戦力を惹きつけ、左の平野部を手薄にしてくれれば。

 これを実現するために、人員の動員から物資の移動まで、小モルトケことヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケ(→Wikipedia)を筆頭とするドイツ参謀本部は、綿密な作戦を組み上げる。特徴の一つは鉄道の活用。大モルトケことヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ(→Wikipedia)曰く「要塞は建設するな、鉄道を敷け」。

 ドイツは鉄道を軍の支配下に置き、精密なスケジュールを作る。おかげで、作戦が始まったら、ヘタに変えたり止めたりできなくなった…と小モルトケは言ってるけど、後に鉄道局長フォン・シュタープ将軍は「鉄道局を誹謗するもはなはだしい」と怒り「本を書いて変更が可能だったことを立証した」。参謀本部は、勝手に出来こっこないと思い込んでたのか、他の計画を変えるのが嫌で鉄道を口実に使ったのか。

 この計画で、騎兵隊や砲兵隊に並んで自転車隊もいるのが面白い。当時は重要な移動手段だった模様。後にも、伝令などで自転車が活躍する場面が何回か出てくる。他にも火力重視や、予備役の動員による大兵力の確保など、当時としては大胆な試みをドイツはやってる。また、兵の服を目立たない灰緑色にしてるのも賢い。

【掛け声だけは勇ましいフランス】

 対するフランス、予備役兵は全く信用せず、徴兵期間を2年から3年に延長して兵力を確保する。制服も目立つ「青い上着、赤いケピに赤いズボン」。作戦も大胆。ドイツのシュリーフェン・プランは承知の上で、ならこっちはサルザス・ロレーヌから攻め上がり、ドイツ軍右翼を包囲したるわい、と気炎をあげる。

「フランス軍はいまや古来の伝統に帰り、今後は攻撃以外の法則はこれを排す」

【一方ロシアは】

 ロシアもなかなか酷いもので、ニコライ二世(→Wikipedia)は政治・軍事に無関心。軍も火力軽視で、重野砲中隊ドイツ381に対しロシア60。日露戦争後の粛清で将校をリストラしたはいいが、「1913年には将校が三千人も不足していた」。

 デカい国だけあって、動員中の兵一人あたりの平均輸送距離は700マイル(約1127km)でドイツの約4倍に加え、使える鉄道は「ドイツに比べ一平方キロにつき1/10」。とまれ、兵力はデカい。平時で142万3千、戦時動員311万5千、地方軍200万他でしめて650万。

幸か不幸か軌道の幅がドイツと違い、これは第二次世界大戦じゃ独軍の足を止めるカギとなるんだけど、それはまた別の話。

 老害も酷くウラジーミル・スホムリノフ陸軍大臣(→Wikipedia)は銃剣突撃にしがみつき、「1913年に彼は“射撃法”なる邪道を教科に加えることを主張した陸軍大学の教官五名を罷免してしまった」。日露戦争から何も学んでない。それでも、ナポレオン同様、東におびき寄せじっくり戦力を充実させてから叩けばいいものを、フランスにせかされ準備不足の小兵力で東プロイセン侵攻を企てたものだから…

 ラスプーチンも登場して、当事のロシア政府や軍の内情がわかるのも、ちょっとした拾い物。軍の横領体質は、この頃から今もあまし変わってなかったりする。

【怒りのトルコ】

 陸戦ばかりのこの本の中で、海軍ファン、特にドイツ海軍贔屓が感涙にむせぶのが第一○章 「手中の敵ゲーベン号をとり逃す」。トルコがイギリスに発注した戦艦スルタン・オスマン号とレシャディエー号、支払いが終わってもイギリスは引き渡さない。

 ドイツの地中海艦隊である巡洋戦艦ゲーベン号と軽巡洋艦ブレスラウを率いる海軍司令官ヴィルヘルム・スーション提督、天下の英国海軍相手にチェイスを繰り広げ、コンスタンチノープル(現イスランブール)に辿りつく。なんとしてもダーダネルス海峡を塞ぎロシア海軍の地中海進出を防ぎたいドイツ。仇敵ロシアを蹴飛ばし、戦艦二隻を強奪したイギリスに一矢報いたいトルコ。両者の利害は一致し…

 すんません、次の記事に続きます。

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2013年10月21日 (月)

バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 1

「前途にいかなる運命が待ちうけていようとも、この日1914年8月4日は、ドイツ国家にとってもっとも重要な日のひとつとして永久に記憶されるだろう!」
  ――ドイツの宰相テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク(→Wikipedia)、
     1914年8月4日帝国議会閉会の弁

【どんな本?】

 1914年6月28日、セルビアの国粋主義者がオーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公を暗殺する。ヨーロッパを戦乱に叩き込む、第一次世界大戦(→WIkipedia)の導火線に火がついた。

 欧州の没落とアメリカの勃興など国際社会の変動、トルコ・オーストリア・ロシアの帝政崩壊など政治体制の転覆、騎馬突撃を無効化する機関銃の登場と塹壕戦による膠着状態、馬匹から鉄道や自動車への輜重の変化、参謀本部による戦争指導など、現代史・軍事史の転回点となった第一次世界大戦を、その前史から開戦に至る経緯、そしてマルヌ会戦(→Wikipedia)によるシュリーフェン・プラン(→Wikipedia)の挫折に至るまでの過程を綴った、傑作ドキュメンタリー。1963年ピュリッツァー賞受賞作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE GUNS OF AUGUST, by Barbara Wertheim Tuchman, 1962。日本語版は1980年に筑摩書房から単行本で刊行、1986年8月に新装版。2004年7月7日に文庫本で第一刷発行。文庫本の上下巻、縦一段組みで本文約464頁+422頁=886頁に加え訳者あとがき9頁。8.5ポイント40字×16行×(464頁+422頁)=約567,040字、400字詰め原稿用紙で約1417枚。長編小説なら3冊分ぐらいの大ボリューム。

 当事の翻訳としては、日本語は比較的にこなれている方だろう。ただ、言い回しそのものが、元々が回りくどい政治・外交・軍事文書を元にしているため、意味を掴むには注意深く読む必要がある。また、戦争物ドキュメンタリーの常として、登場人物が極めて多いため、覚えるのに苦労する。やはり戦争物のため、見慣れぬ地名が多数出てくるので、地図帳や Google Map があると便利。

 つまり、スラスラ読める本ではなく、じっくり時間を確保して取り組む本だ。

【構成は?】

上巻
   まえがき
  第一章 大葬
 戦争計画
  第二章 「右翼最前線は、袖で海峡をかすって通れ」
  第三章 セダンの影
  第四章 「ただ一名の英国兵!」
  第五章 ロシア式蒸気ローラー
 戦争勃発
   戦争勃発
  第六章 八月一日のベルリン
  第七章 八月一日のパリ ロンドン
  第八章 最後通牒とブリュッセル
  第九章 「落葉のころには家に帰れる」
 戦闘
  第一○章 「手中の敵ゲーベン号をとり逃す」
  第一一章 リエージュとアルザス
  第一二章 英国海外派遣軍大陸へ向かう
  第一三章 サンブル・エ・ミューズ
下巻
  第一四章 ロレーヌ、アルデンヌ、シャルルロワ、モンスの崩壊
  第一五章 「コサック兵が来るぞ!」
  第一六章 タンネンベルク
  第一七章 ルーヴァンの火焔
  第一八章 公海、封鎖、大中立国
  第一九章 退却
  第二○章 前線はパリだ
  第二一章 フォン・クルック軍の方向転換
  第二二章 「紳士諸君、マルヌで戦おう」
   マルヌ会戦後
    訳者あとがき/人名索引

 基本的にお話は時系列に沿って進むので、素直に頭から読もう。注釈は各章の末尾にあり、また戦況地図が章の途中にあるので、栞を5~6個用意しよう。

【感想は?】

 実は、これを書いている時点じゃ上巻だけしか読み終えていない。予想通りに、重い本だ。物理的にじゃなく、内容的に。かなり気合を入れて読まないと、内容が掴めない。とまれ、数学や科学の本ではないので、気合を入れれば、なんとか意味が掴める。

 上巻の半分ぐらいまでは、政治・外交の話が中心となる。そもそも、なぜ第一次世界大戦が勃発したのか。

 よく言われる。「セルビアでオーストリアの王子が銃撃されたから」。なんのこっちゃ。ソレでなぜフランスやイギリスがドイツと戦わにゃならん?セルビアとフランス・イギリスに、何の関係があるんだ?ロシアなんて、全然遠くじゃん。

 残念ながら、この本のまえがきには、こうある。「わたしはこの本で、オーストリア=ハンガリー、セルビア、ロシア-オーストリア、およびセルビア-オーストリア戦線には触れなかった」。つまり、肝心のセルビアとオーストリア=ハンガリー帝国の関係は、かなり簡潔に済ましている。

 これが逆に功を奏して、むしろ関係が理解しやすくなった。つまりは、ややこしい同盟関係のせいだ。

 ドイツとオーストリア=ハンガリー帝国は、強固な同盟関係にある。某国とオーストリア=ハンガリー帝国(以後オーストリアと略す)が戦争になったら、ドイツも某国と戦わなくちゃいけない、そういう関係だ。当事のオーストリアは、クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナも併合していた。つまり、セルビアと国境を接している(→Wikipediaの地図)。

 セルビアのテッポダマに王子をとられたオーストリアは、セルビアにデイリを仕掛ける。ドイツも一緒に参戦。

 ロシアはこう思ってる。「ワシゃスラヴのボスじゃけん」。そして、セビリアは自分の子分だと思っている。シマ荒らされて黙ってるわけにはいかん。ってんで、ロシアが参戦。当事のフランスはロシアと親しく、同盟関係にある。ロシアが戦うなら、フランスも参戦せにゃならん。

 ロシアとフランスがヤる気なら、ドイツも本気を出すぞ。てんで、ドイツはフランスに向け進軍開始。途中、中立国だったベルギーを通る。ところがこのベルギーの中立を保障してたのが、ロシア・ドイツ・フランス・イギリス他。イギリスも吼える。「ベルギーの中立はワシが保障しとるんじゃ。ワシのメンツ潰してタダで済むと思っとんのかジャガイモ野郎、この稼業ナメられたらシマイじゃ!」

 こちらトルコ。斜陽のオスマン帝国だが、なんとか近代化を目論み、イギリスに軍艦二隻を発注した。ところがブリ公、田舎者とコケにしくさり、完成しても引き渡さない。「文句があるなら実力で取りに来いやターバン野郎」とナメきってる。でなくても宿敵ロシアなんぞと組むのはまっぴらごめん。そこにドイツから声がかかる。「戦艦貸すぜ、かわりに羆を黒海に閉じ込めてくれや」。

 …すんません。つい懐かしの東映ヤクザ映画風になってしまいました。

 実際にはこれに、動き出したら止まらないドイツのフランス侵攻作戦シュリーフェン・プランや、各国内の主戦派・反戦派の争い、基本戦略を巡る対立、古い戦術に拘る古老と前線指揮官の軋轢、思い込みに囚われ前線の情報を無視する中央の司令部など、生々しいドラマが展開してゆく。

 物語は、1910年5月のロンドン、エドワード七世(→Wikipedia)の葬列で幕を開ける。参列するのは、各国の主君。絢爛たる行列は、当事の時代背景・社会体制を否応なしに感じさせる。つまり、現代のように議会が力を持つ民主制の社会ではなく、君主と貴族が幅を効かす身分制が色濃く残っている社会だ、と。各国の王家の血筋が紹介される度に、その想いは強くなる。大半が親戚関係にあるのだ。

 そして歴史の歯車は、きしみながら戦争へと突入してゆく。やっぱり「世界一~」なドイツの科学、大量の屍で学ぶ現代戦の教訓、腰のフラつくイギリス、いつだって甘い銃後の連中の見通しなどは、次の記事で。

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2013年10月20日 (日)

王様の耳はロバの耳3

Fortran をプログラム言語だと思うから文句を言いたくなる。
浮動小数点プロセサやベクトルプロセサ用のマクロだと思えば、かなりよく出来ている。

苦労した人は敬われるが、苦労している人は蔑まれる。
本当に苦労した人は、それを知っている。
だから、決して苦労を自慢しない。
苦労を知らない者だけが、苦労を自慢する。

「苦しい時の神頼み」という。
では、宗教組織が拡大を望むなら、どんな人を市場と見るだろうか。
拡大を望む宗教組織が政治に関わったら、どんな政策を支持するだろうか。

論語など中国の古典を読むとき、次の事実を念頭に置くと、印象が大きく変わってくる。
「人、特に年配者は説教するのが大好きだ」
ただし、上の前提で解釈した答案は、あまり教師にウケないだろう。

てらだくんは免許ももってないくせにくるまをこんなにウマく描いてはいけない
  ――寺田克也「のらずにいられないっ!」に寄せた鳥山明の推薦文、
    いしかわじゅん著「漫画の時間」晶文社版p208より

いしかわじゅん「いつまで怠けてりゃ気がすむんだよ」
江口寿史「もっと仕事してないやつがいる!」
いしかわじゅん「誰?」
江口寿史「上条淳士」
  ――いしかわじゅん著「漫画の時間」晶文社版p279より、ちょいと改変

「クソ暑い日に冷やした梨やスイカって最高のお菓子だよなあ」と考えつつ、「果物」と「お菓子」の文字を見て納得した。
なるほど、果樹園はお菓子のバイオ工場だったのね。

カート・ヴォネガット・ジュニア「愛は負けても親切は勝つ」

本好きな人は読書の効用より、好きな作家の新作について熱く(または暑苦しく)語る。
野球好きはスポーツの良し悪しより、好きな選手やチームの成績の話題を好む。
一般に、あまり対象に入れ込んでいない人が、広い視野での発言をする。

ブログはリンク(参照)の文化、tumblr はコピーの文化。

ホラー作家の言い分を捏造してみた
  レイ・ブラッドベリ「僕はB級なホラー作家じゃない」
  スティーヴン・キング「ホラーがB級とは限らない」
  D.R.クーンツ「小説にA級もB級もない」
  ロバート・R・マキャモン「B級で何が悪い」
  ロバート・マキャモン「俺はもうB級じゃない」
マキャモンなんか嫌…いや、やっぱり好きだ。悔しい。

ハーバード大学や東京大学には、世界中から留学生がやってくる。
三流大学には、地元の者しかいない。
いい大学に進むべき理由の一つは、それだ。
評価の高い大学に通えば、より幅の広い友人と出会え、より幅の広い視野が得られる。

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2013年10月18日 (金)

宮内悠介「盤上の夜」東京創元社

「教祖様の打ち回しにしても、もちろんタネはある。それを、おれはついに見破れなかった。つまりはこういうことさ。突出した技術は、魔法と区別がつかない。そして現象だけを見るならば、真田優澄は魔術としか言えないことをやってのけた。だが……だがよ、プロがそんなこと、腐っても口にできるか?」
  ――清められた夜

【どんな本?】

 新鋭SF作家・宮内悠介の鮮烈なデビュー作。囲碁・チェッカー・麻雀・将棋などのゲームと、それにのめり込むプレイヤーたちの姿を通し、盤上の向うに広がる宇宙を描く、傑作連作短編集。表題作「盤上の夜」が第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞したほか第33回日本SF大賞を受賞。またSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」でもベストSF2012国内編の2位に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年3月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約276頁。9.5ポイント43字×19行×276頁=約225,492字、400字詰め原稿用紙で約564枚。長編小説なら標準的な長さ。

 デビュー作ながら、日本語は比較的に素直で読みやすい。SFとはいえ、内容はそれほどマニアックじゃないので、理科が苦手な人でも、それほど苦労しないだろう。というか、基本的にSFな小道具は味付けで、主なテーマは人間にあるので、わからなくても特に問題はない。

 むしろ重要なのはゲーム。出てくるのは囲碁・将棋・チェッカー・麻雀で、特に重要なのは囲碁と麻雀。当然、詳しい人ほど楽しく読めると思うが、「ヒカルの碁」や「アカギ」などの漫画が楽しめる程度でも、ぐっと迫力が増す。私は囲碁とチェッカーを全く知らないし、将棋は駒の動かし方を知っている程度、麻雀も点数計算すら出来ないヘボだが、充分に楽しめた。

【収録作は?】

盤上の夜 Dark Beyond the Weiqi / 創元SF文庫「原色の想像力」2010年12月
 
異端の棋士、灰原由有。15になるまで碁を知らなかったが、海外で四肢を失い碁を覚えた。一時はトッププロに列席した相田淳一の弟子としてデビューし、数年の短い絶頂期を迎えたが…
相田は語る。「由有は、盤面を肌で感じることができる人間だったのです」
 
お話の構図は、娯楽の王道路線で漫画的。突然、棋界に現れた破格の新人女性棋士と、反発する古老たち。彼女を暖かく見守るべテラン、ライバルとみなす若手の風雲児…と少年漫画にありがちな形を取りつつ、主題はとんでもない方向に進んでゆく。と思ったが、やっぱり映像化したらハチワンダイバーみたいな絵になる気がする。
人間の王 Most Beautiful Program / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.45 2011年2月
 
1992年、アルバータ大学のシェーファーらが作ったプログラムが、当事の王者マリオン・ティンズリーを破る。その後、2007年に、同じシェーファーらが証明した。双方が最善の手を打ち合った場合、チェッカーは引き分けになる、と。果たしてゲームとしてのチェッカーは死んだのか。また、マリオン・ティンズリーとは何者だったのか。
 
 1997年にディープ・ブルーがカスパロフを破り、また最近では電王戦などで、コンピュータと人の対戦が注目され、様々な問題を提起している。いずれも二人完全情報ゼロ和ゲームで、理屈の上では純粋戦略でゲームの値が存在する…つまり、双方が最善の手を打った場合、結果は以下3つのいずれかと決まっている。先手必勝,後手必勝,常に引き分け。これがチェスや将棋の価値にどう影響するか、が話題の一つだ。
 
 既に解が出ているチェッカーを例に取り、この問題に真っ向から取り組んだのが、この作品。主役であるマリオン・ティンズリーが、これまた凄まじい人物で、一応リンクを張っておくが、少々ネタバレ気味なので要注意(→ニコニコ大百科)。
 SF者としては、シェーファーのプログラム・シヌークと、近年の Bonanza(→Wikipedia)以降の流れの違いが面白かった。似たような問題が「IBM 奇跡のワトソン・プロジェクト」でも、Google 翻訳をネタに提起されてたり。ソフトウェア開発の世界でも、大人数が参加する大規模なプロジェクトでは、規格化したコードが喜ばれ、巧みな職人芸は歓迎されません。だって他の人が引きつげないし。
清められた卓 Shaman versus Phychiatrist / 東京創元社<Web ミステリーズ!>2011年6月
 
白鳳位戦の第九回は封印され、新日本プロ麻雀連盟の歴史から抹消された。あまりに異様だったからだ。対局したのはアマ三人とプロ一人。宗教法人<シティ。シャム>代表の真田優澄,アスペルガー症候群の九歳の少年・当山牧,精神科医の赤沢大介,そしてたった一人のプロは新沢駆。
 
 この短編集では、この作品が一番好き。全体の中で、これが最も異色でもある。何より、新沢駆の人物像がいい。麻雀というゲームの胡散臭さを、見事に体現している。
 
 三つの点で、麻雀は囲碁・チェッカー・将棋と全く性格が違う。他は二人完全情報ゲームだが、麻雀は四人の不完全情報ゲームだ。つまり、数学的に完全な解析は不可能で、運が入り込む余地があり、短期決戦ならある程度の実力差を覆せる。次に、基本的に博打であり、胡散臭い印象が付きまとう。最後に、審判がいない。お陰でイカサマがアリなのだ。他の打ち手が手口を見抜き現場を押さえない限り、やられた方が悪い。
 
 そのためか、他の作品の登場人物が純粋で妙に神がかりなのに対し、ここに登場する新沢プロは、口調もスレてるし、手口も搦め手が多い。徹底してえげつなく俗な新沢プロと、神がかりな真田優澄の勝負って構図になる。それに絡むのが、数学的に打つ当山牧と、凡人ながら最善を尽くす赤沢大介。何度も修羅場を潜り狡知に長けた新沢が、人智を超えた打ち手の真田に、いかに挑むか。異色ではありながら、同時にこの作品集のテーマを巧く表現した作品。
象を飛ばした王子 First Flying Elephant / 東京創元社<Web ミステリーズ!>2012年2月
 
遠い昔。ヒマラヤの麓にある小国カピラバストゥ最後の王子の物語。大国コーサラとマガダに挟まれ、ひとつ誤れば存続も危うい。10歳の王子ラーフラは、物思いにふける癖があった。群臣に頼りないと思われがちな彼は、だが軍議で妙手を提案し…
 
 今回の勝負はチャトランガ(→Wikipedia)。チェスや将棋のルーツと言われるゲームだ。ゲームのルーツを、この作品で取り上げているのが、連作短編集としてのこの本を読み解くキモになる。なぜ山田正紀賞なのか、私はここまできてやっと解った。
千年の虚空 Pygmalion's Millenium / 書き下ろし
 
葦原兄弟の絆は奇妙なものだった。政治家として国を改革しようとした葦原一郎。将棋で活躍した恭二。二人の間には、もう一人の女性がいた。織部綾。孤児の兄弟を、資産家の織部家が引き取った。一郎・恭二・綾は共に育った。意外な事に、恭二を将棋に誘ったのは一郎だった。
 
 先の「象を飛ばした王子」を受ける形の作品。一郎・恭二・綾の三人は、いずれもラーフラが抱える迷い・躊躇いを体現したかのような人物。それぞれが限界のある肉体を抱える人間でありながら、それを越えようと足掻く姿は、悲しくもあり羨ましくもあり。まあ、人間、なかなか悟れるもんじゃない。
原爆の局 White Sands, Black Rain / 書き下ろし
 
出版する本で灰原由有&相田淳一と打ち合わせが必要なのだが、やっぱり二人とも行方をくらませている。なんと幸い若手のトップ・プロ井上隆太が行き先を知っていて、シアトルにいると言う。これ幸いとシアトル行きを決めたが、タイトル戦を控え多忙な井上までついてきた。
 
 冒頭の「盤上の夜」で暴れた面々が再登場する、連作短編集の完結編。途中でひょっこりアノ人が出てくるのは、ファン・サービスなんだろうか。タイトルが示す重苦しい雰囲気を、一気に吹き飛ばすのはさすが。近代以降の日本の囲碁の歴史を辿るあたりは、勝負ものとしても味わい深い。

 山田正紀が気に入った理由が、「象を飛ばした王子」でやっとわかった。あの人は「謀殺のチェスゲーム」なんてのも書いてるから、そっちかと思ったら…。同じテーマを追いかける者として、鋭い嗅覚が働いたんだろうか。でもやっぱり、微妙な胡散臭さが漂う「清められた卓」が一番好きだなあ。というか、いかにも海千山千でしぶとい新沢プロがいい。

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2013年10月17日 (木)

スーエレン・ホイ「清潔文化の誕生」紀伊國屋書店 椎名美智子訳 富山太佳夫解説

「よい配管工事は……衛生改革者の最大の助けになる」
  ――ジョージ・ウェアリング

【どんな本?】

 現在、アメリカのまっとうなホテルなら、部屋ごとにシャワーがあり、シーツは真っ白でピンと張ってあり、洗面台にはひげそりセットなどの洗顔用品が揃えてある。

 いつからアメリカは清潔好きになったのか。その前は、どんな様子だったのか。なにがアメリカを清潔好きに変えたのか。だれが、どのように働きかけたのか。どんな運動があり、どんな方法が効果的だったのか。それは女性の地位をどう変えたのか。地域や社会的地位により、どんな格差があったのか。

 ノートルダム大学歴史学客員教授の著者が、膨大な資料から描き出す、アメリカの清潔文化の誕生と、それが浸透する過程、そして清潔文化が人々の生活や行動に与えた変化を綴る、生活感に溢れた近現代史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Chasing Dirt : The American Pursuit of Cleanliness, by Suellen M. Hoy, 1995。日本語版は1999年5月28日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約299頁+訳者あとがき「清潔というイデオロギー」7頁+富山太佳夫の解説「不潔、清潔の歴史学」5頁に加え、原注がなんと76頁。9ポイント46字×19行×299頁=約261,326字、400字詰め原稿用紙で約654枚。長編小説なら少し長め。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないし、前提知識も要らない。小学校の家庭科で習った程度の衛生観念があれば、充分に読みこなせる。炊事・洗濯・掃除など多少の家事の心得があれば、更に楽しめる。

【構成は?】

  序 まず「清潔」第一
第1章 すさまじく汚い
第2章 広がる戦争
第3章 都市の掃除
第4章 アメリカの習慣
第5章 大衆の説得
第6章 洗濯物は真っ白――漂白剤で輝く白さ
  あとがき
    訳者あとがき/解説 富山太佳夫/原注

【感想は?】

 水道に感謝。上水道にも、下水道にも。また、小学校で習った家庭科にも感謝。そしてもちろん、カアチャンにも。

 冒頭では、19世紀のアメリカの生活が描かれる。これが、かなりショッキング。19世紀に予防医学の普及と衛生改革に尽力したウィリアム・オールコット1850年に調査した際には、「ニューイングランドの人口の1/4が、年に一度も入浴して全身を洗わないことを知った」。まあ、こんなのは、まだマシな方で…。ちなみに同時期、日本じゃ銭湯が普及してます(→Wikipedia)。

 改革の契機となったのが、1861年~65年の南北戦争。この直前にクリミア戦争(1854年~57年、→Wikipedia)があり、そこで英雄となったフローレンス・ナイチンゲール(→Wikipedia)の影響も大きかった。なんたって、「クリミア戦争後、赤痢、コレラ、腸チフスなどの病気が原因となった死傷者の約3/4が院内感染だった」のだから。

 当事の戦争は、敵に殺される兵より病気で死ぬ兵の方が多かった。劣悪な衛生環境のせいだ。1846年~48年の米墨戦争(→Wikipedia)では、「メキシコ戦に参戦したアメリカ軍兵士十万人中、戦死者は1500人以上、一方病死者は一万人以上にのぼった」。なお、この数字が初めて逆転したのは、日露戦争。

 これを機会と捉えた人もいる。フレデリック・ロー・オムステッドは、衛生委員会の指導業務を引き受ける。これを機会と考えたのだ。「一般の兵士を教育しておけば、その兵士たちが地元に帰還したときに、今度はその考え方をアメリカ国民全体に広めるチャンスができる」。「カレーライスの誕生」にも、日本でのカレーの普及には日露戦争が一役買った、みたいな記述があるが、どうも戦争と軍ってのは、庶民の文化・風俗を大きく変えるらしい。

 特に北軍では、無知で無能で頭の固い軍医より女性、つまり「看護婦」が大活躍し、職業としての尊敬を勝ち得る。

 この本では女性に焦点をあてる場面が多い。著者がフェミニストっぽい部分もあるが、実際に現場で活躍しているのが女性なんだからしょうがない。というのも、清潔の維持ってのは、モロに生活そのものであり、炊事・選択・掃除などの家事が、伝染病の予防に直結しているからだ。そうそう、もう一つ、手洗いや歯磨きなど、子どもの躾も。

 当時は洗濯も重労働。そもそも水がない。川から汲んでくるか、または川に洗いに行くか。1919年でも、農家の多くは水汲みに毎週10時間以上かけている。もちろん、水汲みは女性の仕事と看做されていた。全自動洗濯機が普及した今はピンとこないだろうが、濡れて水を吸った洗濯物(特に冬物)ってのはやたらと重くて、たらいから出し入れするだけでも、かなりの力仕事となる。意外と家事って、筋肉を使うのだ。

 ってんで、水道の普及が重要な問題となってくる。特に解放奴隷が南部から職を求め集まった都市部は大騒ぎ。メンフィスも「1860年から70年までの10年間に、そこのアフリカ系アメリカ人の人口は、三千人から一万五千人へと増加した」。黄熱病やコレラが流行し、行政も真面目に対応する必要に迫られる。

 ってんで、婦人団体などが活躍を始める。ここで多くの教訓を残すのが、20世紀初頭に活躍したキャロライン・バートレット・クレイン。地域の衛生改善で大きな功績をあげた女性で、彼女の手法は社会運動の優れた教科書だろう。著者曰く「調査、教育、説得」。

 まず82項目のアンケートを取る。地域の婦人運動家に対しては、政治家や行政を巻き込むよう叱咤する。公演では、できる限り多くの聴衆が入る場所を選ぶ…群の庁舎ではなく。後援団体には予め資料を配り、新聞社にも情報を送る。当時は女性に参政権がなかったが、マスコミを使う術は心得ていた。

 やがてアイルランドのジャガイモ飢饉などもあり、欧州から移民が続々とやってくる。生活習慣の違う彼らに対し、「アメリカで成功するには清潔が重要だ」と刷り込む。ここで重要な役割を果たすのが二つ。初等学校と生命保険会社だ。学校はアメリカン・スタイルを子どもに教える。そして子どもは親に教える。成功がかかってるんだから、子どもの話でも、親は真面目に聞く。移民を同化する方法としては、なかなか見事だ。

 面白いのが生命保険会社。移民は様々な言語を話す。メトロポリタン社は外交員に「ターゲットとした移民と同じ共同体の出身者」を雇う。この外交員の手口が巧い。「うれしいことがあったときだけでなく、悲しいことがおこったり、誰かが亡くなったときにも」顧客に会いに行った。勿論、蝿叩きや結核予防パンフレットを配るなど、積極的に衛生教育に励んでいる。

 第一次世界大戦じゃ「徴兵予定者のほぼ1/3(251万1千人のうち73万1千人)が身体的に不合格とされた」などもあり、学校教育に更に拍車がかかる。1920年代になると、石鹸会社も清潔産業に加わる。今度は広告を利用した。

 ハッキリ言って、同時代の日本人の方が桁違いに清潔な生活をしていたと思う。江戸時代には銭湯が普及していたし。著者は「アメリカが清潔文化発祥の地」と主張するが、日本の読者なら異論ありまくりだろう。

 とまれ、逆に、入浴文化を持たないアメリカがどうやって衛生観念を普及させたか、個人主義が強い文化でいかに街路を清潔にしていったか、企業の自由を尊重し小さい政府を好む国でなぜ水道や電気などの社会基盤を整備させたのか、それを考えながら読むと、なかなか興味深い。今でこそ「フェミニズム」なんてカタカナ言葉があるが、昔のアメリカはかなり保守的だった事もわかるし、20世紀がいかに人類の生活を大きく変えたかも実感できる。

 衛生観念の普及のプロセスは、途上国の発展過程にも応用できそうな場面が多い。またキャロライン・バートレット・クレインの運動は、そのまま市民運動の教科書でもある。一見キワモノっぽいが、読み方によっては多くの事が学べる本だった。

 なお、終盤に出てくるハウスクリーニングのモーリーメイド社、今は日本にも進出している(→モーリーメイドジャパン)。「彼女らはイギリスのメイドをまねた青と白の制服を」ってな記述に興奮しヨコシマな期待で画像検索すると、現実が見えます。というか、現実を突きつけられました、はい。

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2013年10月15日 (火)

アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター「タイム・オデッセイ 時の眼」早川書房 中村融訳

「1895年に――この時間軸では十年も先だ!――H・G・ウェルズが『タイム・マシン』を発表したとき、2,30ページを費やして、タイム・マシンがなにをするのか説明しなければならなかった。どういう仕組みで働くのかじゃなくて、それがなんであるかを説明するために」

【どんな本?】

 英国SFの長老アーサー・C・クラークが、やはり英国のサイエンス・フィクションを代表するスティーヴン・バクスターと組んで発表するシリーズ<タイム・オデッセイ>の開幕編。人類200万年の歴史から、何者かによってパッチワークのようにかり集められた人々が、不慣れな環境の中で戸惑い争う姿を描く、長編SF小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2008年版」ベストSF2007海外編の20位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は TIME'S EYE, by Arthur C. Clarke and Stephen Baxter, 2004。日本語版は2006年12月15日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組で本文約337頁。8.5ポイント25字×22行×2段×337頁=約370,700字、400字詰め原稿用紙で約927枚。普通の長編なら2冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。SFだが、特に難しい理科の知識は要らない。それより、必要なのは世界史の知識。ポイントは3つ。アレキサンダーの大遠征、チンギス・ハンの大帝国、そして19世紀にイギリスとロシアがアフガニスタンで繰り広げたグレート・ゲーム。

【どんな話?】

 <探るもの>は、乳飲み子の<つかまるもの>を抱え、おずおずと森から出た。森は安全だが、外の平原にはライオンやハイエナなど猛獣が沢山いる。宙に浮かぶ見慣れぬ球体を見た時、<探るもの>と<つかまるもの>は蔓草のようなものに捕らえられた。

 2037年。<断絶>の時、国連派遣軍の三人、英国陸軍のビセサ・ダット,合衆国航空宇宙軍のケイシー・オシック,パシュトゥーン族のアブディカディル・オマルは観測ヘリで飛んでいた。突然、あらゆる信号が途絶え、しかもRPGが飛んできた。テイル・ローターが破損し、機体は墜落した。

 国際宇宙ステーションから帰還するソユーズ往還船に乗り込んだのは、船長ムーサ・ヒロマノヴィッチ・イワノフとコーリャことアナトーリー・コンスタンチノヴィッチ・クリヴォラポフ、それにセーブル・ジョーンズの三人だった。ステーションから切り離された直後、地上およびステーションとの通信が途絶えた。

 1885年。インド(現パキスタン)北西部とアフガニスタンの境近くのジャムルド砦には、英国第七十二高地連隊が駐屯している。ボストン・グローブの記者ジョシュ・ホワイトとラホールの新聞社の記者ラディは、異変で飛び起きた。門の近くに、ボールのような物が空中に浮かんでいる。

【感想は?】

 ユーラシア大陸を部隊に繰り広げる、大規模な戦国自衛隊。

 お話の概要は、様々な時代から、幾つかの集団が、何者かによって突然パッチワーク状に、地球上にかき集められる、そんな話だ。人類の起源の頃から<探るもの>と<つかまるもの>。2037年からアフガニスタン国連派遣軍の3人とソユーズの3人。19世紀の西北インド(現パキスタン西北部)から英国駐屯軍。そして、なんと遠征中のアレキサンダー大王と、モンゴルのチンギス・ハン。

 描写は確かにSF作家のものだ。19世紀またはそれ以前の者が、21世紀の者とモノに出会ったら、どうなるか。時代によって変わってきた、ヒトのモノの考え方のギャップを、どう乗り越えてゆくか。そこに存在するであろう認識のギャップについて、SF作家ならではの透徹した眼で、著者たちは問題を描き出す。

 ただ、この作品においては、少しだけ登場人物にゲタを履かせている。主要な人物が、全て軍人なのだ。よって、考え方の方向性は、だいたい似通ってる。敵か味方か。ボスか部下か。やるかやられるか。同盟が組めれば、話は早い。基本的な目的は一致する。まずは敵に備えること。違いが出るのは、その次、「どうやるか」の段階である。

 といったモノの考え方に加え、<断絶>の仕掛けが、これまた意外性に溢れている。実際は何が起きたのか、それによってどんな影響が起きたのか、その辺の考察はさすがクラーク&バクスターな感じで、表紙を見直し「おお、なるほど!」と感激したり。かなり無茶やってます。

 なんてSF的な面白さ、実はこの作品は控えめで、私はむしろニワカ軍ヲタとして楽しんだ。なんたって、19世紀の英国派遣軍 vs アレキサンダー大王の大軍勢 vs チンギス・ハンの騎馬軍団。軍ヲタならずとも、男の子(のなれの果て)としてゾクゾクしてくる。

 まあ、この辺の対決は、当然ながら終盤に入ってからなんだが、それ以前の、各軍団の生活様式が、なかなかに調べられてて、ちょっと感心したり。アレキサンダーもチンギス・ハンも、ほとんど常に移動を続ける組織ってのは、共通してる。だもんで、生活様式も移動に適応してて、例えば住む所は…

 それぞれの集団の構成もキチンと調べてあるし、「おお、スゲー」と思ったのは、チンギス・ハンの騎馬集団の食事。私はこの本で知ったんだが、著者はどうやって調べたんだろう。

 もちろん、各軍団の主要な武装と、得意とする戦術もバッチリ。歩兵中心のアレキサンダー、騎兵による蹂躙が得意なチンギス・ハン。チンギス・ハンの騎馬軍団については、主要武器(→Wikipedia)も押さえてるし、編成もちゃんと考えてる。今考えると、チンギス・ハンの軍事思想って、グデーリアンと似てるんだなあ。後智恵による改良で、アレ(→Wikipedia)が出てきたのも嬉しい。

 ってんで、やっぱりクライマックスは終盤での大決戦。この分量で決戦にケリつけるとなると、やっぱりこの両名になるよなあ。例えば第二次世界大戦の各国軍じゃ補給に問題が出るし、日本の戦国時代の武将じゃ一箇所に腰を落ち着けちゃうだろうし。

 などと、仮想戦記としてマニアックな楽しみができる作品でありました。

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2013年10月14日 (月)

ジェイミー・ドーラン+ビアーズ・ビゾニー「ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で」河出書房新社 日暮雅道訳

「私たちが生徒に『これは誰がやったの?』と尋ねると、ユーリー(ガガーリン)はいつも『僕です、二度としません』と言ったものです」
  ――小学校でガガーリンを教えた教師、エレーナ・アレクサンドロヴナ

(宇宙からの帰還後)彼はアンナ(ガガーリンの母)を抱きしめ、その涙をハンカチで拭ってやり、わざと子供っぽい声で言った。「泣かないで、ママ。もう二度としないよ」

【どんな本?】

 1961年4月12日、人類は初めて宇宙有人飛行を実現する。パイロットの名はユーリー・ガガーリン(→Wikipedia)、ソビエト連邦空軍のパイロット。

 ソ連崩壊に伴う情報公開により明らかになった資料や、可能となった多くの人のインタビューにより、ユーリー・ガガーリンの人物像と生涯を明らかにすると共に、鉄のカーテンに隠されていたソビエト連邦の初期の宇宙開発体制と、設計技師長ことセルゲイ・コロリョフ(→Wikipedia)など宇宙開発に関わった人々の実像に迫るドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Starman : The Truth behind the Legend of Yuri Gagarin,by Jamie Doran and Piers Bizony。1998年初版、2011年に改訂版。日本語版は2013年7月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約332頁、9.5ポイント42字×18行×332頁=約250,992字、400字詰め原稿用紙で約628枚。長編小説ならやや長め。

 文章は比較的にこなれている。一応カテゴリを「科学/技術」としたが、読みこなすのに特に科学の素養は要らない。とまれ、宇宙ロケットについて多少知っていると、より楽しめる。また、当事は冷戦の最中で、アメリカとソ連が睨みあっていた時代だ、と知っていれば充分。キューバ危機などの詳しい背景は、本書中に説明があるので、詳しく知っている必要はない。

【構成は?】

 まえがき
第1章 農民の息子
第2章 リクルート
第3章 設計技師長
第4章 準備
第5章 飛行直前
第6章 108分間
第7章 帰還
第8章 宇宙開発競争
第9章 フォロス事件
第10章 仕事への復帰
第11章 地に堕ちる
第12章 残骸
 エピローグ
  あとがき/訳者あとがき/原注・参考文献

 時系列順なので、素直に頭から読もう。できれば索引をつけて欲しかった。

【感想は?】

 滅茶苦茶、面白い。ずっと驚愕と爆笑の連続。主人公ガガーリンの魅力的な人物像も相まって、一気に読み終えた。

 この本の魅力は沢山ある。情報統制が厳しく実態がよくわからないソビエト連邦の社会の様子。その中で行なわれた、驚きに満ちた宇宙開発の詳細。異世界としか思えない、ソ連のガガーリンへの対応。そして何より、主人公ユーリー・ガガーリンの愛すべき人物像。

 ユーリー・アレクセイエヴィッチ・ガガーリン。1934年3月9日、モスクワの西160kmのスモレンスク地域の村クルシノ生まれ。父アレクセイは大工の技能を活かし農場の建物や施設の保守責任者で、母アンナは酪農の仕事に就いていた。教養あるアンナは子どもたちに本を読み聞かせていたが、富農を憎むスターリン体制化のソ連では、「教養がある」と見られるのは好ましくなかった。

 やがてドイツ軍が雪崩れ込んできて、幼いユーリーもレジスタンスとして活躍する。この武勇伝も楽しいが、そんなのは序の口。空に憧れる16歳の彼は、モスクワのリューベルツィ鉄鋼工場の職に就き、学校に通う。当事の上司ヴラディミール・ゴリンシュテインは、こう評している。「彼が特別な人間か?いいえ。だけど努力家でしたよ」

 ロシア人らしい鋼の忍耐力に加え、明るく茶目っ気がある。何より驚くのは、頭の回転の早さと優れたユーモアのセンス。地上に帰還を果たした彼は、ソ連の栄光を体現する英雄として世界各国のドサ回りを任される。「貧農の息子」のレッテルにも関わらず、彼は優れた外交センスで西側記者の意地悪な質問をかわしてゆく。例えば東京でぬいぐるみを山ほど買ったガガーリンに対し、日本人記者が…

記者「国に帰ってもロシアのおもちゃは買えなかったりするのですか?」
ガガーリン「いつも娘たちにおみやげを買って帰るんですよ。今回は日本のお人形で驚かせてやろうと思っていましたが、これでこの話はどの新聞にも出てしまって、子どもたちにもばれてしまいますね。あなたはいま、二人の幼い娘の楽しみをだいなしにしたんですよ」

 なまじ外交センスに優れていたのが仇となり、帰還後の彼は客寄せパンダとしてハード・スケジュールでのツアーの連続となり、ストレスが溜まった彼は…などガガーリンその人のエピソードは当然豊富だが、それ以上に当事のソビエトの宇宙開発の実情がわかるのも、この本の大きな魅力。

 医者に小突きまわされるのは、アメリカのオリジナル・セブン(→Wikipedia)と同じ。選抜の対象が空軍のパイロットなのも、そう(アメリカは空軍・海軍・海兵隊の航空機パイロット)。2200人の候補者から20人を選抜したというから、競争率は100倍を越える。

 危険でケッタイなテストも沢山ある。10Gを越える遠心分離機やパラシュート降下はともかく、部屋の空気を抜いていく酸素欠乏訓練なんてのもある。

 驚くのは、候補生以外に、単にテストを受けるだけの「テスター」の一隊が存在した事。その仕事は「人間の体がどこまで持ちこたえるかを示すこと」。つまりテストの限界を探るためのモルモットだ。秘密保持のため、負傷者に特別な補償は出ない。「1200人のテスターが、30年にわたりさまざまなプログラムに関与した」。おそロシア。

 宇宙開発のスケジュールも常識外れ。1957年8月21日、ロケットR-7(→Wikipedia)の弾道飛行に成功したコロリョフに、最高指導者フルシチョフ(→Wikipedia)から電話が入る。「10月革命40周年記念に革命歌『インターナショナル』を宇宙から放送できないか?」コロリョフは答える。「生きた動物を乗せ有人飛行の地固めをしましょう」。

 無機物を飛ばすならともかく、動物を飛ばすとなれば、生命維持システムなど大量の新規技術が必要になる。それを、たった一ヶ月でやろうってんだから、今の慎重居士のNASAじゃ考えられないスピード。そして見事ライカ(→Wikipedia)を飛ばしてみせる。

 このコロリョフ、なんとシベリア帰り。謎に包まれた「設計技師長」の逸話も豊富で、彼の遺灰を巡るロマン溢れる伝説は涙なしに読めない。

 秘密主義のソ連ならではのエピソードが大量に続くのは、ガガーリン帰還時の様子。そもそも彼が飛ぶこと自体が秘密とされていて、家族も知らない。例えば彼の父アレクセイはいつも通り職場に顔を出し、息子について聞きたがる同僚に対し…

アレクセイ「それがどうしたっていうんだ?」
同僚「知らないのか?ガガーリン少佐が宇宙に飛んだって、ラジオで言ってたんだよ」
アレクセイ「ちがうね、うちの息子はただの中尉だよ。同名なら幸運を祈るよ、なあ?」

 妙に思ったアレクセイ、地元の評議会に確認に行く。そこに党の役員から電話がかかってくる。「その宇宙飛行士の記録が君の村にあるか?」評議会議長のワシーリー・ビリュコーフは答える。「記録なんかいりません、彼の父がここにいますから」。アレクセイは地元クルシノから役員がいるグジャーツクまで出かける羽目に。

 ところが途中の道路は洪水で水没、アレクセイは馬に引かれたトラクターの後ろで草原を横断しましたとさ。息子はロケットで地球を横断、父は馬車で草原を横断。なお、ユーリー・ガガーリンの階級について、アレクセイの記憶は正しい。ユーリーの帰還を迎えたのはガシエフ少佐。まるでドラマみたいな会話が交わされている。

ガガーリン「同志少佐!ソヴィエト社会主義共和国連邦の宇宙飛行士、ガガーリン中尉であります!」
ガシエフ「いいや、きみも少佐だ。知らなかったのかね?きみは飛行中に昇進したのだ」

 他にも驚愕の無重力訓練、アメリカのミサイル・ギャップの誤解、初の宇宙遊泳の秘話、ユーリーのライバルであるゲルマン・チトフとの関係、ソユーズ1号の事故のあらまし、キューバ危機の冷や汗の一瞬、どこにでもいるKGBなど、興味深いエピソードがてんこもり。トム・ウルフの「ザ・ライトスタッフ」に並ぶ、笑いと驚きと感動に満ちたドキュメンタリーの傑作。

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2013年10月12日 (土)

海堂尊「極北ラプソディ」朝日新聞出版

「カネ。カネ、カネ。医者は患者を助けるのが仕事だろ。カネのことなんか話すべきじゃない」
「でも、カネがなければ薬も買えず、スタッフも雇えません。支払いをしないのは食堂でカネを払わず食い逃げするのと同じです」

【どんな本?】

 「チーム・バチスタの栄光」でデビューして以来、上質なエンタテイメントの皮に包みながら、現代日本の医療が抱える問題を提起し続けてきた人気作家・海堂尊の「極北クレイマー」に続くスピン・アウトのシリーズ第二作。

 自治体として破産宣告を受けた極北市の市民病院と、その隣でドクター・ヘリを運用する雪見市の極北救命救急センターを舞台に、危機に瀕する地方の医療行政と、緊急医療のあり方を問う、長編娯楽小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 初出は週刊朝日2011年2月4日号~11月18日号に連載。単行本は2011年12月30日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約381頁。9ポイント43字×18行×381頁=約294,894字、400字詰め原稿用紙で約738枚。長編小説としてはやや長め。

 文章はこなれていて読みやすい。医療が関わるお話だけに、少しは専門用語が出てくるが、わからなくても全く問題ない。私も医療は素人だけど、充分に楽しめた。一応、前作「極北クレイマー」の続きであり、また「チームバチスタ」のシリーズの外伝に属する作品だが、これから読み始めても、ほぼ問題ない。

 なお、既に朝日文庫から文庫版が出ている。

【どんな話?】

 破産宣告を受けた極北市では、赤字の原因の一つである市民病院に、地方医療再建屋の世良雅志が院長として乗り込み、大胆な改革を実施していた。入院病棟を閉鎖して人員を整理し、無駄な薬は処方しない。特に話題となっているには救急で、市民病院では受け付けず、隣の雪見市にありドクターヘリを擁する極北救命救急センターに回している。

 現在、極北市民病院の医師は院長の世良と副院長の今中良夫だけだ。ご当地のしがらみを無視して果断な手を着々と打つ世良を、今中は心配しつつも振り回されるが、当の世良はあっさりと言い放つ。

「追い出されるまではここで義務を果たすし、追い出されたら後任に今中先生を指名する」

【感想は?】

 今回のテーマは、地方医療の再建だろう。

 本編にあたる田口・白鳥シリーズは、ボンクラの田口が怪人・白鳥に振り回される形で話が進む。この作品も形は同じで、事なかれ主義の今中が腹芸の達者な世良の駒にされ、文字通りアチコチに飛ばされる。外野から見れば度胸があり決断力に優れ根回しも上手な世良は理想的なリーダーだけど、そんなリーダーの下にいる者がどれだけ悲惨な目にあうことか。

 話は今中の視点で語られる。それだけに、優秀で行動力のあるリーダーが部下としてはどれほど厄介か、読者も今中の身になって感じ取れるだろう。いやホント、大変なのよ。とまれ、このリーダー、単に部下をコキ使うだけじゃなく、折に触れて今中を育てようとしてるのは流石。やり方は「少しは自分で考えなよ」と、かなり厳しいけど。

 表紙のイラストにはヘリコプターが描かれている。となれば、今までのシリーズの読者なたピンとくるだろう。そう、あのお方、ゲネラル・ルージュこと速水晃一が降臨して大暴れ。哀れなのは今中。直属のボスである世良に振り回されるだけでも大変なのに、天上天下唯我独尊の速水にも小突き回される。「何とわかりやすい、人使いの荒さだろう」に、シリーズのファンなら大笑い。

 世良・速水共に独断専行タイプではあるけど、視点が全く違うのが面白い。政治や行政も視野に納める参謀本部的な視点なのが世良、常に前線に立って部隊を鼓舞するのが速水。ただ、どっちも喧嘩上等なのは、やっぱり医師って職業の性なのかしらん。

 読み所は幾つかあるけど、ニワカ軍ヲタとして興味深々で読めたのが、ドクターヘリ運用現場の詳細。一見、万能に見えるヘリだけど、実際に飛ばすとなると、色々な問題がある事がわかる。説明役の越川が、細かい所に拘りまくるのが可愛い。この辺は、航空管制や航法を少し齧ってると、もっと楽しめる場面。

道路を滑走路代わりに使う(→Wikipedia)って、一見簡単そうだけど、実はかなり難しいってのも解って、ニワカ軍ヲタとしてはちょっとした収穫だった。

 技術的な面ばかりでなく、救急医師とパイロットの対立も、なかなかの読みどころ。命を救うためなら手段を選ばない速水、事故防止のために徹底してルール厳守のフライト・クルーの大月と越川。いずれも厳しい職業倫理に裏打ちされたものだけに、どっちの言葉にも頷けてしまう。私はどっちかというと大月&越川を支持するけど、自分が患者の立場になったら、きっと考えが変わるんだろうなあ。

 さて、メイン・テーマの地方医療の再建。冒頭で、医療費が膨れ上がる原因の一つがわかりやすく示唆される。かなり前から話題になっている、薬漬け医療だ。ここでは医療費踏み倒し患者の田所が、わかりやすい悪役を演じる。だが、私には彼の言い分もわかるのだ。気持ちとしては。ちょっと、自分の事として、または自分の子供の事として考えて欲しい。

 具合が悪くて病院に行く。または子供がぐずるので連れて行く。診療の後、医師が言う。「暫く様子を見ましょう」。これで薬も出さずに初診料を取られたら、あなた納得できますか。なんか薬が出たら少し安心する、そういう気持ちって、あるでしょ。あるよね、私だけじゃないよね。

 医師の理屈もわかるのだ。正確に診断するには暫く経過を見る必要があるし、間違った薬を処方したら、それこそオオゴトになる。医学的には「暫く様子を見る」のが最も適切な場合も多いんだろう。でも、なんか納得できない。つまりは医学じゃなくて、気持ちの問題なのだ。

 ってんで、これに対する見事な解を提示してるのが、目立たないけど、この作品の読みどころのひとつ。

 大きな仕掛けとしては、ドクターヘリに代表される、「いかに地方医療を再建するか」という問題。これに対しては、中盤以降に登場するガジェットを筆頭に、世良が大仕掛けで鮮やかな解を示す。いいなあ、こういう稀有壮大なビジョンって。

 世良 vs 速水、速水 vs 大月&越川に象徴されるプロフェッショナル同士の軋轢。今中と世良&速水と桃倉が戯画化する医師としての世代の違い。メインテーマの地方医療の再建も興味深いが、やっぱり越川が語るドクターヘリの詳細が一番面白かった。いや男って、いくつになっても「乗り物」には弱いのよ。

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2013年10月11日 (金)

天野鎮雄「孫子・呉子」明治書院 新釈漢文大系36 呉子編

然戦勝易 守勝難

然れども戦ひて勝つは易く、勝を守るは難し。

しかしながら、敵と戦って勝つことは容易であるが、一度勝ったその勝を守り続けることは困難である。

【どんな本?】

 天野鎮雄「孫子・呉子」明治書院 新釈漢文大系36 孫子編から続く。

 呉子(→Wikipedia)も孫子同様の兵法書で、中国の春秋・戦国時代、紀元前400年ごろの呉起(→Wikipedia)の作とされる。魏の文公(→Wikipedia)・武侯(→Wikipedia)との質疑応答の形を取り、平時の国力や制度の充実,精鋭部隊結成など組織面,練兵・士気や急襲部隊の選抜など、人事関連の記述が多いのが特徴。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 呉子は紀元前400年頃の人だが、現存するものは後世の者が注釈を加え、又は加筆した部分が多い模様。明治書院版は1972年11月30日初版発行、私が読んだのは1993年6月20日発行の20版。ハードカバー縦一段組みで約499頁、うち孫子 376頁+呉子123頁。9ポイント55字×21行×499頁=約576,345字、400字詰め原稿用紙で約1441枚。長編小説なら三冊分ぐらい。

 現代語訳である「通釈」だけの拾い読みなら、あまり苦労しない。基本的に文献を研究する本なので、語釈がとても充実している。また、余談では、前後の文脈などから、呉起の原文と後世の者の追加・編集を判別しようとする研究的立場での解説がなされる。

【構成は?】

 例言
孫子
  孫子解説: 孫武/『孫子』書/『孫子』の思想/『孫子』の注釈書
 計篇
 作戦篇
 謀攻篇
 形篇
 勢篇
 虚實篇
 軍爭篇
 九變篇
 行軍篇
 地形篇
 九地篇
 火攻篇
 用間篇

呉子
  呉子解説: 呉起/『呉子』書/『呉子』の注釈書
 圖國第一
 料敵第二
 治兵第三
 論將第四
 應變第五
 勵士第六
  跋/孫氏呉子索引

 各編は数行ごとに原文をわけ、それぞれに和訳や通釈をつけている。

  1. 題意:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 孫子同様、これも「いや戦争ってロクなもんじゃないよ」で始まる。「まず国をちゃんと治めようね、でないと軍が一つにまとまらないよ」と。

 圖國第一では、戦争が起こる原因と対策を分析してて、これが結構今でも使えそう。曰く原因には5種類あって…

  1. 義兵:覇者になりたい。礼を正して応対し、戦争を止めろ。
  2. 彊兵:利益目的。へりくだった態度を示し、戦争を止めろ。
  3. 剛兵:憎みあい。言葉で意思の疎通を図り、戦争を止めろ。
  4. 暴兵:国内政治の乱れ。敵をあざむき、戦争を止めろ。
  5. 逆兵:凶作による飢え。計略を使い、戦争を止めろ。

 全部、結論は「戦争を止めろ」なのが、なんとも。「威嚇して戦争を止めろ」がないのも、儒教の国らしい発想。

 孫子との大きな違いは、兵の質に言及している点。これを、まず為政者の徳と国民の教育に帰しているのが、この人らしい。まあ教育ったって、当事の教育は今とは違う意味・内容なんだろうけど。兵の質に加え、組織論や統率論が多いのも特徴で、兵の士気を重視するのが独特。これは常備軍って制度の有無が原因なんだろうか。

 組織論では、平時に常備軍を整え、また以下5種の精鋭軍を結成せよ、と提言してる。

  1. 勇気あり精神力の盛んな者を集めた隊
  2. 楽しんで戦い全力で勇気を示したがる者を集めた隊
  3. 足が速く高い所・遠い所を飛び越えられる者を集めた隊
  4. かつての地位を失い名誉回復の機会を求める者を集めた隊
  5. 先の戦争で逃げた恥をすすごうとする者を集めた隊

 …なんか漫画やライトノベルのネタになりそうな集団だなあ。1. はエリート部隊、2. は好戦的なヤバい部隊、3. は機動力重視で、4. は元お坊ちゃま、5. は冒険小説の主人公によくあるタイプ。なお、3. が必要なのは、当時は騎兵がなかったためだろう。

 この人はよっぽど精鋭部隊が好きらしく、例えば敵の将の能力を計る時も、「小部隊で挑発し反応を見ろ」とし、その小部隊は「地位が低く勇気あるものに、軽快な精鋭を率いさせろ」と返してる。今なら強行偵察・威力偵察(→Yahoo!知恵袋)にあたるのかな。隘路で敵に遭遇した際の作戦も、こんな感じに答えてる。

予め戦車を数部隊に分け四方に隠す。勇敢な兵と軽快な兵を集め敵陣を突破させ、山の外に築陣する。直後に戦車で突進しろ。

 グデーリアンの「戦車で突破→歩兵で補強」の逆だね。まあ、当事の中国の戦車はチャリオット(→Wikipedia)で、装甲や火力より機動力重視の兵器だから、今とは全く違うシロモノだけど。その戦車や馬車、「車軸に十分に油を含ませるなら、車は人を軽快に運びます」とあるので、潤滑油の智恵はかなり昔からあった様子。

 常備軍の存在を伺わせる記述も処々にあって、治兵第三では練兵の必要性を語ってる。ここで興味深いのが、訓練のの順番。

  1. 隊形を円に→隊形を方形に
  2. 座る→立つ
  3. 行進→停止→左に行進→右に行進→前進→後退
  4. 分散・集合→部隊を密集・離散
  5. 武器を持たせる

 隊としての行動を重視し、戦闘は後回しにしてる。呉起は、よほど統率を重視する人らしい。隊を組む際も「同郷同里の者が相互に親和し」とあるので、出身地ごとに隊を作った模様。帝国陸軍も同郷で部隊を編成してたし、イギリス陸軍もそう。対照的なのが米国陸軍で、確か出身地を無視してる。今の中国はどうなんだろ。確か出身地とは違う地域に配属するって話だけど。向うは銃を人民に向けるのも軍の仕事で、同郷じゃやりにくいとか。

 兵の士気重視も特徴で、これは先の精鋭部隊も能力と動機付けで分けてた。勝敗の要素も、士気を第一に挙げてる。曰く、一に士気、二に地の利、三に敵の事変、四に機動力。兵力が勘定に入ってない点に注意。

 大軍なら広い所で戦え、寡兵なら狭い所で戦え、陣を整えた大軍相手には小部隊で間断なく嫌がらせしろ、などは現代でも通用する話。兵数より士気や精鋭を重視する点などは、かつての帝国陸軍を思わせる。

 戦死者と遺族へのねぎらいの重要性を説くあたり、精神論ではあるけれど、動機付けを重視した今風の発想でもある。当事の兵器や政治情勢に沿った話が多いためネームバリューこそ孫子に劣るものの、組織論のネタとしては孫子にヒケを取らない充実振りだった。

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2013年10月10日 (木)

天野鎮雄「孫子・呉子」明治書院 新釈漢文大系36 孫子編

知彼知己者 百戦不殆 不知彼而知己 一勝一負 不知彼不知己 毎戦必殆

彼を知り己を知れば、百戦して殆からず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば、戦うふ毎に必ず殆し。

彼我両国の優劣を知って戦うなら、百たび戦っても危ないことはない。
敵の軍備について何も知らず、ただおのれの軍備を知っているのみで戦うなら、買ったり負けたりする。
彼我両国の軍備について何も知らずに戦うなら、戦うたびに必ず危うい、と。
  ――孫子 謀攻篇

【どんな本?】

 孫子は兵法書として最も有名で、多くのビジネス書のネタともなっている。紀元前500年頃、中国の春秋時代に伍子胥と共に呉の闔閭に仕えた孫武(→Wikipedia)の作とされるが、後世の者が追加したと見られる部分も多い。単に軍事に留まらず、経済や政治も含めた政略・戦略レベルの内容を多く含むのが特徴。

 呉子も兵法書で、やはり中国の春秋・戦国時代、紀元前400年ごろの呉起(→Wikipedia)の作とされる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Wikipedia によると、孫子の成立は「後漢・魏の曹操(武帝)が分類しまとめ上げたもの」とある。明治書院版は1972年11月30日初版発行、私が読んだのは1993年6月20日発行の20版。ハードカバー縦一段組みで約499頁、うち孫子376頁+呉子123頁。9ポイント55字×21行×499頁=約576,345字、400字詰め原稿用紙で約1441枚。長編小説なら三冊分ぐらい。

 現代語訳である「通釈」の部分だけを拾い読みすれば、意外とすんなり読める。ただ、この本は孫子の思想を解説するというより、文献として研究する姿勢で書かれている。そのため、語釈や余談で「この文は前後のつながりがおかしいので、後世の者の追加だろう」「ここはテーマから考えて○○篇にあったのではないか」など、原文を忠実に再現しようとする著者の研究者らしい誠実な記述も見逃せない。

【構成は?】

 例言
孫子
  孫子解説: 孫武/『孫子』書/『孫子』の思想/『孫子』の注釈書
 計篇
 作戦篇
 謀攻篇
 形篇
 勢篇
 虚實篇
 軍爭篇
 九變篇
 行軍篇
 地形篇
 九地篇
 火攻篇
 用間篇
呉子
  呉子解説: 呉起/『呉子』書/『呉子』の注釈書
 圖國第一
 料敵第二
 治兵第三
 論將第四
 應變第五
 勵士第六

  跋/孫氏呉子索引

 各編は数行ごとに原文をわけ、それぞれに和訳や通釈をつけている。

  1. 題意:各部の冒頭にあり、要約や位置づけなどを示す。
  2. 本文:漢文。
  3. 和訓:読み下し文。
  4. 通釈:現代日本語に訳した文章。
  5. 語釈:本文中のまぎらわしい語・難しい語や、関連知識が必要な語の解説。
  6. 余説:解釈に複数の学説がある場合、通釈で採用しなかった説を述べる。

【感想は?】

 紀元前の本だ。にも関わらず、内容も記述方も、かなり整理されているのに驚く。

 クラウゼッツ(→Wikipedia)とよく比べられる孫子。よく言われることだが、基本的に孫子は戦争を「金かかるしロクなもんじゃない」としている。「特に長引くと大変だから、ヘタでもいいから速くケリつけな、持久戦は損ばっかだ」と。

 面白いのが「器材は国から持っていけ、食料は現地調達」としてる点。確か湾岸戦争以降の米軍も同じ方針になった。米軍は「その方が安上がりだから」。けど孫子は「食料が減れば物価が上がる、自国の物価高騰は困る、だから敵の糧食を奪え」。経済も織り込んで軍事を考えてるわけ。

 明示してないけど、情報戦の重視も孫子の特徴。最後の「用間篇」はスパイの話で、「間者は厚遇しろ」とある。謀攻篇も外交重視で…

  • 最上:敵のはかりごとを未然に防ぐ
  • 良い:外交で敵を孤立させる
  • 普通:対等の条件で戦う
  • ダメ:城攻め

 最近の東太平洋地域の中国包囲網は、まあ合格といった所か。こういう段取り重視の姿勢は形篇にもあって、「戦上手はあまし功績がない、だって勝ち易いところで勝つから」。これは企業でも良くあって、段取り整えてスムーズに業務こなすと「楽しやがって」とあまし評価されず、ドタバタ騒ぐと「頑張ってる」と言われるんだよなブツブツ←私怨入ってます

 戦闘の形態について、西洋はメソポタミアのファランクス(→Wikipedia)やローマのレギオンなど隊列を重視しているのに対し、孫子は「最上の形は形をなくすことである」と変化を重視してるのが面白い。何がこういう違いを生んだんだろ。

 さて、記述方。いきなり最初の計篇から、「軍備で重要な5つの点」みたいな書き方で、箇条書きではないけれど、ソレに近い表現法だ。モロに「ブログでアクセスを稼げる記事タイトルの付け方」じゃないか。ちなみに5個とは…

  1. 道:国民が君主を支持してれば、国民は君主のために死を恐れない
  2. 天:天候・気候・時の変化
  3. 地:彼我の距離、地形、土地の広さ、有利不利の環境
  4. 将:軍を率いる将の能力
  5. 法:国の法・制度・運用

 ここで「兵の強さ」を無視してる点に注意。天野鎮雄氏によれば、兵卒を単純に数で考え、その強さを無視するのが孫子の特徴の一つだとか。当時は常備軍って発想がなかったのか、あっても敢えて無視したのか。まあいい。こういう記述は後半の行軍篇や地形篇など、具体的な戦術の話になると俄然冴えてきて、ニワカ軍ヲタがワクワクする内容も増えてくる。例えば地形篇は、こんな風に始まる。「地形には6種類あってね…」

  1. 通形:両軍が自由に往来できる。日当たりのいい高所に陣取り食料の補給路を確保しろ。
  2. 挂形:両軍の間に行動を妨げる密林や密草がある。敵が油断してるならいいが、備えてるなら撤退できないので仕掛けるのはマズい。
  3. 支形:両軍の間に川・湖・沼沢がある。誘いに乗るな、さっさとズラかれ。または敵の半数が渡り終えた時に攻撃しろ。
  4. 隘形;両軍の間が狭い道。先に占拠できたら要所に部隊を配備して敵を待て。先手を取られたら攻撃するな。
  5. 険形:両軍の間に険しい山がある。先に日当たりの良い高所を占拠できたら敵を待て。先手を取られたらズラかれ。
  6. 遠形:両軍共に有利な地形にいて遠く隔たっている。戦力が同じなら先手が不利。

 どれも言われてみれば「当たり前じゃん」と思う事なんだが、それをキチンと整理して文章にするのが学問たる所以だろう。戦術としての火攻めに一篇を割いてるのも、当事の戦争の模様が伝わってくる。ここでも、「怒りで軍を動かすな、利で動かせ」と、功利主義で軍事を捉えるあたりが、今でも孫子が重視される所以だろう。曰く。

亡國不可以復存 死者不可以復生
滅びた国は戻らず、死んだ人は生き返らない。

 まあ、これだけ整理されてるって事は、それだけ昔から戦争ばっかりやって充分な経験を積んでたって事でもあるんだが。他にもチョロチョロ抜き出すと、ビジネス書のネタに使えそうな部分が沢山あるのも嬉しい。他の中国の古典と違い、全体がコンパクトにまとまっている上に、後半は実際的で具体的な戦術レベルの話が多く、また地形篇などは現代でも充分に通用するので、ニワカ軍ヲタの私には楽しい本だった。

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2013年10月 8日 (火)

東浩紀「クォンタム・ファミリーズ」新潮社

 当事のネットは、何兆もの自律判断プログラムはダミーエントリやトラックバックスパムなどをばらまく一方、同じくらいたくさんの修正ボットや削除ボットが動き回り、どれが人間の書き込みでどれが機械の書き込みなのかはだれも区別できず、たいへんな混乱に陥っていました。

【どんな本?】

 インターネットやサブカルチャーに親しむ新世代の批評家・東浩紀が始めて著したSF長編小説。2010年(第23回)三島由紀夫賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2011年版」でも、ベストSF2010国内編で堂々3位に輝いた。著者が得意とするSFやインターネット関係のネタを大量にまぶしつつ、幾つかの並行世界を交錯しながら渡り歩く家族を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年12月20日発行。初出は「新潮」2008年5月号・8月号・10月号・12月号,2009年2月号・4月号・7月号・8月号、「ファントム、クォンタム」として掲載したものに加筆修正。単行本縦一段組みで本文約368頁。9.5ポイント43字×20行×368頁=約316,480字、400字詰め原稿用紙で約792枚。長編小説としては、やや長め。

 初の小説だが、元々が著述を手がける著者だけに、文章は思ったよりこなれている。ただ、読者によっては内容的に敷居が高く感じる部分があるだろう。詳しくは後で述べるが、結論を言えば、わからない所は「なんか難しい事言ってるな」ぐらいに思っていれば充分。あまし構える必要はないです、はい。

【どんな話?】

 2009年3月、大学人文学部准教授で、若者文化を取り入れた著作で知られる葦船往人36歳が、米国でテロ容疑で逮捕された。国内線の航空機に爆発物を持ち込み、自爆テロを狙った模様。だが犯行の背景事情は不明で、テロ組織との接点も見当たらない。葦船の交友関係からも、政治的な傾向は見つからなかった。

 捜査が難航し、拘置が長引く中、奇妙な噂が流れる。「葦船は秘密裏に帰国している」と。

【感想は?】

 いろいろと難しい言葉や理屈が出てくるけど、つまりは家族、それもトーチャンの話。著者と同年代で、妻子がいる男性に向けた、応援歌だ。

 道具立てがイロイロとややこしく、真面目な読者は煙に巻かれかねない。主な道具は、以下の4種類だろう。

  1. ブログや2ちゃんねるなど、インターネット、それも web関係の社会・用語。
  2. ドストエフスキーやフィリップ・K・ディックなどの小説やSF。特に村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」。
  3. カントやデリダなどの哲学。
  4. 量子コンピュータを基盤とした並行世界理論。

 1.~3. は、この世界に既にあるもので、4. は著者が独自に創造したもの。このうち、小説としてのテーマに関わるのは 2. と 3. で、1. と 4. は、テーマを成立させるための小道具、または味付けのための薬味だ。

 この記事を書く前に、ちょっと他の書評を幾つか読んだ。多くの人が、4. の量子コンピュータと並行世界で苦労してる。ハッキリ言おう。量子回路とかは、わかんなくて構わない。それは著者のハッタリだ。物語中で果たす役割は、特撮ヒーローが叫ぶ必殺技の名前と同程度に思っていい。お話の筋書きとして大事なのは並行世界で、量子回路は並行世界を成立させるための小道具でしかない。ドラえもんの「どこでもドア」みたいなモンだ。

 並行世界は、ちょっとややこしいが、これも難しく考えなくていい。この世界と似てるけど、ちょっと違う世界がある、その程度で充分。キモは、世界によって時間が違う事。別の世界では、この世界と少し違う歴史を辿り、かつ時間も28年ぐらい先に進んでいる。何故かは、深く考えない事。そういうモンだ、で納得しておこう。あまし深く考えるとボロが見えちゃうから。

 で、私は上の 2. と 3. もよくわかんない人だ。いやSFは好きなんだが、村上春樹は風とピンボールと羊しか読んでないし、ロシア文学はサッパリだ。まして哲学なんて「何それ美味しいの?」な始末。

 それでも、この小説は充分に楽しめた。娯楽小説としても、冒頭で読者をひきつける仕掛けが、なかなか巧妙。新聞社のウエブサイトの記事の引用、という形で、インターネットに淫している現代の我々が食いつきやすい「ブログ」「コメント」「炎上」「はてなブックマーク」などの言葉を散りばめ、物語へと誘ってゆく。「そんな餌で俺様が…」などと思いつつ、しっかり釣られてしまう。

 この記事冒頭の引用にあるように、事実と嘘、人とボットの区別がつきにくいネットの状況も、やっぱり読者を惹きつける。と同時に、物語の中でも、ちゃんと意味があるのが面白い。メッセージの文字列が Hello, World! とか、クスグリも気が利いてる。ネットで繋がる、ちょっとイタい人たちにも、思わず苦笑い。私のブログにもコメント下さい←をい

 などのサブカルっぽい道具立ては、中盤から終盤に向かうに従って背景へと退き、むしろ主人公の葦船往人36歳のイタさが前面に出てくる。

 恐らく著者自身を投影したであろう葦船往人、物語の主人公にしては、かなり情けなくてみっともなくて見苦しい。正直、中盤までは、私は彼が嫌いだった。身勝手で小心でメンヘルで、おまけにスケベで変態である。いやスケベで変態なのは許すが(←をい)、身勝手で卑劣なのはいただけない。フィリップ・K・ディック原作の映画で活躍するアーノルド・シュワルツネッガーとか大違いだ。

 が、最後の最後、彼が最もみっともなく開き直る場面で、彼の印象は一気にひっくり返った。うん、許す。身勝手でいい。卑劣でいい。自己欺瞞でも、イカれてても、構わない。それでこそオヤジだ。オヤジは、それでいいのだ。滅茶苦茶だけど、作中で問われる「35歳問題」への解としては、なかなか実際的で役に立つ…実も蓋もないけど。

 釣って、釣られて、そうやって私たちは生きてゆく。それでいいんだろう、たぶん。

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2013年10月 7日 (月)

リチャード・フォーティ「地球46億年全史」草思社 渡辺政隆・野中香方子訳

 先カンブリア時代には四回以上も超大陸が存在したことが、今では明らかになっている。具体的には、まず25億年前、つまり始生代と原生代のあいだの時代。それから約15億年前と約10億年前にも存在した。そしてカンブリア紀の開始に先立つ8000万年ほど前、今からいえばおよそ6億2500万年前の原生代後期である。

【どんな本?】

 古生物学者の著者による、一般向け地質学の解説書。イタリアのナポリ・ハワイ諸島・ニューファウンドランド・アルプス・グランドキャニオンなど、世界中の特徴的な地形をめぐりながら、それぞれの地形はどんな特徴があるか・その生成過程を科学者はどう調査しどう解釈してきたか・それは自然環境や人の生活に影響を与えたか、など多彩なエピソードを取り混ぜながら、プレート・テクトニクスに代表される現代の地球科学を紹介する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE EARTH : An Intimate History, by Richard Fortey, 2004。日本語版は2009年1月5日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約543頁+渡辺政隆による訳者あとがき8頁。9.5ポイント45字×20行×543頁=約488,700字、400字詰め原稿用紙で約1222枚。長編小説なら二冊分ちょい。

 文章は翻訳物の科学解説書にしては、比較的にこなれている部類。内容も特に難しくない。数式も出てこないし、理科の知識は中学卒業程度で充分。むしろ必要なのは地理で、アパラチア山脈やデカン台地など世界中の地名が頻繁に出てくる。地図帳を用意するか、Google Map を参照しながら読もう。

【構成は?】

 序文
第1章 アップ・アンド・ダウン
第2章 島――天地創造の現場へ
第3章 海と大陸
第4章 アルプス
第5章 プレート
第6章 古代の山脈
第7章 ドルと宝石
第8章 熱い岩
第9章 断層線
第10章 日の老いたるもの
第11章 カバーストーリー
第12章 地球深部
第13章 地球周回の旅
 謝辞/訳者あとがき/写真・図版クレジット/索引

【感想は?】

 現代の地学の本だ。となれば、当然、アルフレート・ヴェーゲナー(→Wikipedia)の大陸移動説(→Wikipedia)と、それに続くプレート・テクトニクス(→Wikipedia)が重要なテーマとなる。だが、意外な事に、本書中で活躍するのは、ヴェーゲナーの支持者であるアーサー・ホームズ(→Wikipedia)である。

 アチコチに寄り道しつつ、ゆっくり進むこの本を物語風に語るなら、チャールズ・ライエル(→Wikipedia)の斉一説(→Wikipedia)から、プレート・テクトニクスへと、地学が発展してゆく物語だろう。これを通し、著者はこう語る。「間違いを修正していく過程が科学なのだ」(訳者あとがきより)。

 幸か不幸か日本は地震が多いため、日本人はプレート・テクトニクスに馴染んだ人が多い。そのため、「何を今更」な感もあるが、この本の真価は、むしろアチコチへの寄り道にある。

 物語はイタリアのナポリ、ベスビオ火山で幕をあける。本を開いて最初の頁にあるカラー写真が印象的だ。ベスビオ火山を中心とした、ナポリの衛星写真(→GoogleMap)。著者自身が当地を訪れた際のエピソードと、紀元79年のボンベイの悲劇以来のナポリの歴史を紐解きつつ、ゆっくりと地底の謎へとにじりよってゆく。

 次のハワイでは、輸入種により大きく変わったハワイの生態系を「楽園のイミテーションにすぎない」と皮肉りつつ、各島の誕生・成長の記録と、将来の運命を予言する。これもGoogleMapで航空写真を見よう。

 ハワイ諸島は全て火山島だ。最大の島はハワイ島で、最も南東にあり、最も若い。これを、かつてはこう解釈していた。「火山の熱源が次第に南東に移動した」と。今は違う。「どっしりと動かない熱源の上を地殻が通過し、その動きに合わせて火山という地殻の末裔が噴火した」。

 ハワイの将来も、あまり明るくない。「地殻のコンベアに乗ったプレートが前進して熱源から遠ざかると、自身の溶岩層の重みに耐え切れず、ゆっくり沈みはじめる」。実際、「ハワイ海嶺にそって、今では事実上水没してしまった島が並んでいるのだ」。島が地殻に沈むって、発想のスケールがデカい。

 デカいが、それにもワケがある。海洋プレートは薄いのだ。「その暑さは10キロメートル足らずで、場所によってはその半分のこともある」。ちなみに大陸プレートは「最大で40キロメートル」。

 スケールがデカいのは、アルプス山脈の生成過程も、なかなかの迫力。ここの地層は複雑怪奇に曲がりまくり逆転しまくり。出てくるアンモナイトの化石も「形が押しつぶされ、非対称になっており、らせん形がねじれてゆがんでいた。場所によっては、化石は本来の長さの10倍にも引き伸ばされていた」。様々な手がかりを元に、地質学者は、こんな仮説を立てる。

「テーブルクロスの上に手をついて前へ押してゆくと、クロスは盛り上がって折り重なる。もっと押すと、折り重なりは前へ倒れ、後からできた重なりがその前の重なりの上にどんどん積み重なって、何層にもなっていく」

 だが、前へ押す手に相当する力は何か。今は「マントル対流」となるが、当事の発想もダイナミック。

19世紀から20世紀初頭になっても、地殻変動は地球が縮んでいるために起きると考える地質学者のグループが強い力をもっていたからだ。地球は熱い「原始的な状態」から冷えてきたために縮み、その結果、山脈ができた(と、この一派は考えた)。

 スティーヴン・J・グールドもそうだったけど、どうも古生物学者や地質学者は攻撃的な人が多い。その理由も、この本を読むと、なんとなくわかる気がする。他の理系の学者と違い、彼らはフィールド・ワークを重んじる。それも人里離れた、砂漠の真ん中や氷原の彼方だったり。体育会系なんだな。なぜ辺鄙な所へ行くかというと、例えば…

最高39億年前の岩石が採取できる場所が少しだけある。そしてそこはさらに遠い過去を開明する手がかりがある。モンタナ州のカナダ楯状地チャーチル区の南端や、西オーストラリアの楯状地最古の地域、そしてグリーンランドのイスアなどである。

 お宝は辺鄙な所に眠っているのだ。お陰で個性的な人が多く、例えば地質学者ハンクことハロルド・ウイリアムズ。彼が1960年代にニューファウンドランドの地質図(→Wikipedia)を作った際は、「徒歩とカナディアンカヌーという過酷な方法で開明した」。その際、「大勢の学生の手も借りたが、人選の基準は楽器が弾けるかどうかだった」。

 進歩しつつある地学だが、今でも謎は残っている。終盤では、地磁気(→Wikipedia)の原因について二つの仮説を披露している。外核の熱対流と、ダイナモ理論だ。ここまで読むと、「わからない事があるって素晴らしい」と思えてくる。まだまだ科学には発展の余地が沢山あるのだから。

 プレート・テクトニクスの物語だけに、それに馴染んでいる日本人には、本筋はちと退屈かもしれない。だが、それの誕生は、例えば岩の分子構造と生成過程や、生態系の変化など、関連分野の多数の発見・進歩に支えられたものだ。我々の視界に入る科学の話は、綺麗に整理されたものだが、その裏には複雑で煩雑な個々の事実と、その事実をかき集める科学者たちの奮闘がある。科学そのものというより、その礎となるゴチャゴチャしたモノゴトと、それをかき集め整理しようと苦闘した科学者たちの物語だろう。

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2013年10月 3日 (木)

ジェフ・ライマン「エア」早川書房 古沢嘉通・三角和代訳

「この村は首を刎ねられて、脚をひくつかせているアヒルよ。これまでの世界は全部滅びてしまった。生き直す方法を学ぶには、あと一年しかない!」

【どんな本?】

 カナダ出身のSF・ファンタジー作家による、近未来の中央アジアを舞台とした長編SF小説。2006年アーサー・C・クラーク賞,英国SF協会賞,ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞受賞のほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2009年版」でもベストSF海外編11位に食い込んだ。

 山岳国家の貧しい小さな村に、突然やってきた画期的なネットワーク技術エアをめぐり、その技術を村の生存と発展のため活用しようとする中年女性チュン・メイと、彼女の活動が村に巻き起こす騒動を、意地っ張りで張り切り屋のオバサンであるメイの視点で描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は AIR ( or, Have Not Have), Geoff Ryman, 2004。日本語版は2008年5月25日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組で本文約463頁+古沢嘉通の訳者あとがき7頁。8.5ポイント25字×22行×2段×463頁=約509,300字、400字詰め原稿用紙で約1274枚。普通の長編小説なら二冊分ちょいの大ボリューム。

 文章は比較的にこなれている。近未来のネットワーク技術を扱ったSFだが、IT系の小難しい前提知識は要らない。むしろ、最近の地上波デジタルTVやDVDデッキなどで、ワケわからんメニュー画面やカタカナ用語にイライラした経験がある人こそ、主人公メイの気持ちがよくわかるだろう。

 ただ、登場人物一覧が欲しかったなあ。

【どんな話?】

 エア。脳から直接ネットワークにアクセスできる画期的な技術で、全世界で一斉導入を予定している。中国・チベット・カザフスタンに国境を接するカルジスタンのキズルダー村は、テレビすら一つしかない山間の小さな村で、中国系・ムスリム・キリスト教徒など、多様な宗教・人種が混在しながら暮している。

 2020年、一年後の導入を前に試験運用した日、タン婆さんがパニックに陥って亡くなる。村のファッション・エキスパートとして働く中年女性チュン夫人ことメイは、折り悪くタン婆さんと交感していたため、タン婆さんがメイの頭の中に住み着いてしまう。一足先にエアへのアクセスを手に入れたメイは、エアが村を襲う激動を予見し、村を新しい技術に適応させるべく奮闘を始めるが…

【感想は?】

 直前に読んだ国際銀行史研究会編「金融の世界史」にグラミン・バンク(→Wikipedia)の話があって、興味を持った所なので、個人的にはタイミングがバッチリの本だった。

 グラミン・バンクはバングラデシュの地元密着型の金融機関。貧しい人、特に女性を対象に小額のお金を短期・低利・無担保で貸し、事業(というより商売とかお店ってレベル)の立ち上げを支援する。貸し倒れを防ぐための工夫が見事で、途上国の底辺層に発展の機会を創り出した点を評価され、2006年にノーベル平和賞を受賞している。

 そんな話を読んで感動した直後なので、どうしても「田舎の貧しい村が最新技術で変容してゆく話」として読んでしまう。ただ、視点が大きく違う。「エア」は、融資を受ける立場である、村の女性チェン・メイの一人称で話が進む。

 舞台は中央アジア、中国・チベット・カザフスタンに国境を接する架空の国カルジスタン。たぶんアフガニスタンの北にあるキルギスあたりをモデルとした地域。山あいの小さな村、キズルダー。中国系・ムスリム・クリスチャンが混在しつつ、特に宗教・民族的な対立もなく暮している。

 とまれ、そこは田舎の村。色んな形での争いはある。セゼンやアンみたいな若い連中は、年寄りのいう事なんか聞きやせず、村から出て町へ行くことばかり考えている。今の村の実力者はウィンだけど、ハシームは抜け目なくスキを伺ってる。学校の先生シェンは教育熱心で、村の教育レベル向上のためずっと頑張ってきた。

 そんな中で、村のファッション・エキスパートとして張り切る主婦チュン・メイが主人公。字は読めないけど、仕事に関しちゃ目端が利いて、村の中じゃ相応の敬意を集めてるオバサン。ただ、夫のジョーは頼りなくて…

 冒頭から、客で友人のスンニを馴染みの美容院に連れて行く場面で、メイのチャッカリした性格が巧く描かれる。次に、やはり友人のクワン相手に商売する所では、客商売に慣れたメイの辣腕ぶりも明らかになる。学こそないが、商売人として、誇り高く、したたかに頭を使って生きている人なのだ。そこにやってくる先端技術、エア。

 舞台装置として重要な役割を果たすのが、テレビ。実力者のウィンは、村に一台だけのテレビを屋外に置き、村人が楽しめるようにしている。キズルダー版の街頭テレビだね。自動車もあることだし、村人も外の世界の事は一応知っている。近くの町イェシボズケントに出かけることもあり、自分たちが田舎者の農民と見られる事もわかっている。妙な優越感を持ってメイを見る読者に対し、彼女は早速一発カマしてくる。

「よくわかっています。わたしたちのことを心配しているんです、まるでわたしたちが子どもであるかのように思って」
「わたしたちにはテレビやコンピュータに向かう時間などありません。太陽に、雨に、風に、病気に、そしておたがいに向かい合っています。わたしたちを助けたがるのは、結構なことでしょう」

 小さい村とはいえ、ややこしい人間関係の中を渡り歩き、慎ましくとも逞しく商売してきたオバサンの誇り溢れる台詞だ。人を見る目に長け、向こうっ気の強いメイは、事故を経て、村でただ一人エアに常時触れる能力を手に入れる。田舎の村で、ただ一人、先端のITテクノロジに触れたオバサン。そこではニューヨークや東京とキズルダー村が難なくつながり、否応なしに世界中の情報が村に入ってくる。

 この記事の冒頭の引用が示すように、パニックに陥る村人たち。その中で、向こうっ気の強いメイは、村人としての誇りを持ちながら、今までの商売で培った嗅覚を頼りに、村が生き延びる道を探ってゆく。

 巧いと思うのは、主人公のメイの設定。息子と娘、二人の子どもを立派に成人させた中年女性で、自ら切り開いた商売もやってる。行動力あふれるオバサンで、それなりに人生経験を積んでいる。一般に若者は新しいものを歓迎し、年寄りは恐れるものだ。メイはちょうどその真ん中にあって、双方の気持ちがわかる世代だ。

 しかも、メイの頭の中には、過去にしがみつくタン婆さんが住み着いてる。この状況で、ただ一人、村のIT化を推進せにゃならん立場に追いやられてしまう。権威の喪失を恐れ新しいものに反発する老人たち、スポーツや音楽など娯楽ばかりにかまけるガキや野郎ども、そして新しければ何にでも飛びつく若者たち。様々な力学が軋轢を生む中で、一年後尾に控えたエアが巻き起こす「革命」から、村を守ろうとするメイの奮闘。

 というと、ド根性オバサンの感動物語みたいだが、そんなに綺麗な物語じゃないあたりが、この小説の真価。主人公のメイも、決して滅私奉公な聖人ではなく、スキャンダラスな欲望も備えた俗人なのがリアルでいい。特に光るのが、後半でメイが弟のジュメイと争う場面。逞しいオバサンと繊細な男って対比が、この著者ならでは。傷つきやすいオッサンとしては、居心地悪いながら、思わず苦笑いしてしまった。

 やっぱり笑ったのが、メイがネットに触れて、早速トラブルに見舞われる場面。まあ、いつになろうとも、あーゆー困ったシロモノは絶滅しそうにないしw

 エアは世界的な問題だけに、後半になると、村の外の力学もいろいろと関わってくる。これは間接的な形で描かれるので、ちょっとわかりにくいが、現在でも中央アジア諸国、特にキルギスは中国・ロシアと微妙な関係があって、これはアハメド・ラシッドの「聖戦」が詳しい。クリストファー・ナイハードの「ヌードルの世界史」によると、あの辺も独特の麺料理があるらしい。通販で買えたら、あなた、欲しいと思いますか?私は是非食べてみたいです。

 新技術が田舎の村にもたらす変容の物語として、負けん気の強いオバサンが頑固な村人を導くお話として、一つのビジネスの誕生を通して語るマネージャーの苦労話として、中年女性のラブ・ロマンスとして。そして何より、現在の我々が直面している世界の激動に対し、どのように足場を築くのか、という話として。読み手によって、この物語は様々な側面を見せるだろう。

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2013年10月 2日 (水)

国際銀行史研究会編「金融の世界史 貨幣・信用・証券の系譜」悠書館

 州法銀行のなかには、株主が当該銀行から借り入れた銀行券で資本金を払い込むところも多く、正貨による十分な資本金や準備金を有しないものも多かった。兌換を避けるために山中に店舗をおき、「山猫銀行」とよばれるところもあった。
  ――第5章 アメリカ合衆国 州法銀行期 1.州法銀行の発展

【どんな本?】

 かつては高利貸しとして蔑まれながら、現代では経済の基盤であり、時として経済政策で大きな役割を果たし、またサプライム・ローンやリーマン・ブラザースなどで世界経済に重大な影響を及ぼす金融。それはいつ、どこで、どのように発達し、どのような役割を果たし、どうやって認められてきたのか。また、国や地域ごとに、どのような違いがあるのか。

 イギリス・フランス・帝政ロシア・ドイツなどの欧州諸国、アメリカ合衆国・アルゼンチンなどの新興国、植民地だったインド、極東の中国と日本での金融の歴史を辿り、第一次世界大戦以降は世界的視点で金融の足跡をたどり、またサプライム・ローン以後の現代の情勢を解説する。最後に、発展途上国において自立を促す優れた手法として注目を集めているマイクロ・ファイナンスを代表するグラミンバンク(→Wikipedia)を紹介し、欧米とは全く異なったモデルでの新しい金融のあり方を提示する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年10月11日第1刷。私が読んだのは2012年12月28日の第2刷。これだけ短期間で増刷してるんだから、評判よかったんだろうなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約460頁+鈴木俊夫によるあとがき2頁。9.5ポイント48字×19行×460頁=約419,520字、400字詰め原稿用紙で約1049枚。長編小説なら二冊分ぐらい。

 専門家向けの本のわりに、文章は比較的にこなれている方だろう。だた、内要はかなり専門的かつ包括的で、大学で金融を学んだか、または銀行や証券など金融関係に従事している人でないと、読みこなせないと思う。一般企業で経理や会計に携わる人なら、株式・社債や手形の仕組みは知ってるだろうけど、例えば信用需要なんて言葉はピンとこないんじゃなかろか。いや私が読みこなせなかったので、負け惜しみで言ってるんだけど。

 なお、著者に「国際銀行史研究会編」とある。企画物の本だと、具体的な著者名を誤魔化すためにテキトーに団体名をデッチあげる場合があるが、この本は違う。ちゃんとあとがきで会員名を明示しているし、各章の担当者の名前も出ている。

【構成は?】

 まえがき
序論 中世から近世へ――国際金融の始まり 鈴木俊夫
第1章 イギリス 小林襄治
第2章 フランス 矢後和彦
第3章 ドイツ 赤川元章
第4章 帝政ロシア ソフィア・ソロマティーナ 矢後和彦訳
第5章 アメリカ合衆国 菅原歩
第6章 アルゼンチン 北原雅志
第7章 インド 西村雄志
第8章 中国 蕭文嫻
第9章 日本 粕谷誠
第10章 世界大恐慌と国際通貨制度 平岡賢司
第11章 現代国際金融の諸相 入江恭平
補論 開発経済とグラミンバンク モハマド・マイン・ウディン 伊藤大輔訳
 あとがき/参考文献/索引/著者略歴

 巻末の参考文献に加え、各章末に「さらに詳しく知りたい人のための読書案内」として、数冊の本を紹介している。原則として各章は独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしてもいい。

 金融の専門家でない人は、冒頭の「まえがき」を読んだら、次に「第9章 日本」を読もう。ここでは江戸時代以降の日本の金融の歴史を語ると共に、「株式会社とは何か」「手形とは」「手形割引とは」など、金融の基礎知識をわかりやすく解説している。というか、日本を第1章にして欲しかった。

【感想は?】

 先にも書いたが、内要はかなり高度で専門的。特に第1章のイギリス~第6章のアルゼンチンまでは、相当に基礎が出来ていないと理解できない。私は少し簿記を齧った程度なので正確な判断はできないけど、四年制大学で金融系を専攻した程度の知識が必要だろう。

 ところが第8章の中国と第9章の日本は、歴史的に欧米と全く異なるためもあって、比較的にわかりやすい。特に親切なのが第9章の日本で、「江戸時代の金融システム」から、懇切丁寧に金融の基礎を教えてくれる。

 幸いな事に、日本は大阪を中心に商業と流通が発達していて、先物取引から両替や手形まで、現代の金融の雛形となる仕組みが出来上がっていた模様。ということなので、金融に疎い人は、第9章から読み始めるといいだろう。誰だって外国の歴史より自国の歴史の方が知識も興味もあるから、楽しく読めると思う。

 例えば振手形(→コトバンク)。「今日の小切手とほぼ同じ機能を果たしており、現実に銀貨がやり取りされることなく取引が決済されている」。どうするのか、というと。

商人Aが商人Bから商品を購入した時、代金相当額の振手形を自分の預金先の両替商人Xにあてて振り出し、商人Bに手渡すと、商人Bはその振手形を自分の取引先の両替商Yにもっていって取引を依頼し、自らの預金口座に入金してもらうのである。

 両替商というと、単に貨幣の両替だけみたいな印象があるが、現代の当座預金の管理もやってたわけ。イスラム系の送金制度として有名なハワラみたいな事もやってて、これには大阪と江戸の事情も絡んでる。

 江戸は大消費地で各地から物資を買う。物資の多くは大阪に集まり江戸に送られる。つまりモノは大阪→江戸、カネは江戸→大阪。ところで西日本の天領の米は大阪に集まり、各地に売られる。天領は幕府のモンだから、カネは大阪→江戸って流れ。おまけに江戸は金本位で大阪は銀本位だから、その両替もあって、面倒だから両替も兼ねカネの流れは相殺しましょ、みたいな仕組みが出来てた。江戸時代の経済すげえ。

 ここでもう一つ、面白いのが「悪代官に山吹色のお菓子」を渡す場面の解説。あれ、お菓子を紙で包んでるけど、あの紙にもちゃんと意味があるとか。

両替商などが金貨・銀貨の真贋を鑑定し、枚数や重さを数えて一定の単位にして包み、表面に署名・封印をした包金・包銀が広く用いられていた。

 「本物でございますよ」というお墨付きなのですね。この章は他にも開国の際の金銀レートの問題や、株式会社のしくみ、大手銀行と小規模銀行の性格の違いなど、現代の金融の基礎を講義してくれるんで、素人にはなかなか嬉しい章だった。

 全般を通して気がつくのは、現代的な株式会社や銀行の成立が、鉄道と大きく関わっていること。例えばプロイセンでは1838年に株式会社法が鉄道会社に対し公布され、多くの国で初期の銀行が主に扱うのが鉄道債だったり。アルゼンチンでは、鉄道ブームが、そのまま資金の流入・流出に反映してる。

 国として特徴が分かりやすいのが、フランス。自由と成長を最重視するアメリカに対し、フランスはまず安定を求める。「ヨーロッパ諸国のなかで19世紀に大規模な移民を送出しなかった唯一の国」で、1881年に国営貯蓄金庫が全国の郵便局を窓口に創設とか、モロに郵貯。著者曰く。

農村人口が欧州先進国のなかでは例外的に大きな比率を占め、「地域」の利害が国の進路を大きく左右してきたフランス社会の独自性をも物語っている。

 そのフランスのライバルであるドイツは、「ドイツ金融システムは(略)東欧諸国の金融システムにも挿入され、今日のヨーロッパ金融システムを先導する役割を果たしてきた」。ソ連崩壊はドイツ金融圏の拡大を意味したのか、などと感心してしまう。そのドイツ、歴史的には小国家が乱立し、通貨も統一されてなかったんで…

 植民地インドも、独特の構造をしてる。欧州資本の銀行がカルカッタ・ボンベイ・マドラスに集中してるのに対し、地元のインド人を相手にする在来型のシュロフや金貸し業が並立してた。この本では「情報の非対称性」と言ってるが、つまりは欧州資本の金融は地元の事情に疎くてインド商人相手の商売ができず、そっちの市場は在来型のインド人業者が活躍してたわけ。おまけに、19世紀以降は状況が変わって…

財産権を主張できるようになったことで、それまでは共同体の慣習法の権威の前に躊躇せざるを得なかったシュロフや金貸し業者たちは、財産権侵害を裁判所に訴え、国家権力の発動によって自らの権利を行使できるようになった。その結果、農村部における在来金融業が著しい発展をとげ…

 これが中国だと、上海など都市部の銭荘が外国の銀行と取引してたりする。中国商人とインド商人、いずれも逞しいけど商売の方法は大きく違う。

 最後の補論は、ノーベル平和賞を受賞したグラミンバンクの紹介。これが、今までの章とはまったく毛色が違ってるのに驚き。頁数は少ないながら、実に衝撃的な内容で、創立者モハマド・ユヌス(→Wikipedia)の着実ながら柔軟な発想に衝撃の連続。これについては、近く彼の著作を読むつもりなので、ここでは詳細を省く。

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