リチャード・フォーティ「地球46億年全史」草思社 渡辺政隆・野中香方子訳
先カンブリア時代には四回以上も超大陸が存在したことが、今では明らかになっている。具体的には、まず25億年前、つまり始生代と原生代のあいだの時代。それから約15億年前と約10億年前にも存在した。そしてカンブリア紀の開始に先立つ8000万年ほど前、今からいえばおよそ6億2500万年前の原生代後期である。
【どんな本?】
古生物学者の著者による、一般向け地質学の解説書。イタリアのナポリ・ハワイ諸島・ニューファウンドランド・アルプス・グランドキャニオンなど、世界中の特徴的な地形をめぐりながら、それぞれの地形はどんな特徴があるか・その生成過程を科学者はどう調査しどう解釈してきたか・それは自然環境や人の生活に影響を与えたか、など多彩なエピソードを取り混ぜながら、プレート・テクトニクスに代表される現代の地球科学を紹介する。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THE EARTH : An Intimate History, by Richard Fortey, 2004。日本語版は2009年1月5日第1刷発行。ハードカバー縦一段組みで本文約543頁+渡辺政隆による訳者あとがき8頁。9.5ポイント45字×20行×543頁=約488,700字、400字詰め原稿用紙で約1222枚。長編小説なら二冊分ちょい。
文章は翻訳物の科学解説書にしては、比較的にこなれている部類。内容も特に難しくない。数式も出てこないし、理科の知識は中学卒業程度で充分。むしろ必要なのは地理で、アパラチア山脈やデカン台地など世界中の地名が頻繁に出てくる。地図帳を用意するか、Google Map を参照しながら読もう。
【構成は?】
序文
第1章 アップ・アンド・ダウン
第2章 島――天地創造の現場へ
第3章 海と大陸
第4章 アルプス
第5章 プレート
第6章 古代の山脈
第7章 ドルと宝石
第8章 熱い岩
第9章 断層線
第10章 日の老いたるもの
第11章 カバーストーリー
第12章 地球深部
第13章 地球周回の旅
謝辞/訳者あとがき/写真・図版クレジット/索引
【感想は?】
現代の地学の本だ。となれば、当然、アルフレート・ヴェーゲナー(→Wikipedia)の大陸移動説(→Wikipedia)と、それに続くプレート・テクトニクス(→Wikipedia)が重要なテーマとなる。だが、意外な事に、本書中で活躍するのは、ヴェーゲナーの支持者であるアーサー・ホームズ(→Wikipedia)である。
アチコチに寄り道しつつ、ゆっくり進むこの本を物語風に語るなら、チャールズ・ライエル(→Wikipedia)の斉一説(→Wikipedia)から、プレート・テクトニクスへと、地学が発展してゆく物語だろう。これを通し、著者はこう語る。「間違いを修正していく過程が科学なのだ」(訳者あとがきより)。
幸か不幸か日本は地震が多いため、日本人はプレート・テクトニクスに馴染んだ人が多い。そのため、「何を今更」な感もあるが、この本の真価は、むしろアチコチへの寄り道にある。
物語はイタリアのナポリ、ベスビオ火山で幕をあける。本を開いて最初の頁にあるカラー写真が印象的だ。ベスビオ火山を中心とした、ナポリの衛星写真(→GoogleMap)。著者自身が当地を訪れた際のエピソードと、紀元79年のボンベイの悲劇以来のナポリの歴史を紐解きつつ、ゆっくりと地底の謎へとにじりよってゆく。
次のハワイでは、輸入種により大きく変わったハワイの生態系を「楽園のイミテーションにすぎない」と皮肉りつつ、各島の誕生・成長の記録と、将来の運命を予言する。これもGoogleMapで航空写真を見よう。
ハワイ諸島は全て火山島だ。最大の島はハワイ島で、最も南東にあり、最も若い。これを、かつてはこう解釈していた。「火山の熱源が次第に南東に移動した」と。今は違う。「どっしりと動かない熱源の上を地殻が通過し、その動きに合わせて火山という地殻の末裔が噴火した」。
ハワイの将来も、あまり明るくない。「地殻のコンベアに乗ったプレートが前進して熱源から遠ざかると、自身の溶岩層の重みに耐え切れず、ゆっくり沈みはじめる」。実際、「ハワイ海嶺にそって、今では事実上水没してしまった島が並んでいるのだ」。島が地殻に沈むって、発想のスケールがデカい。
デカいが、それにもワケがある。海洋プレートは薄いのだ。「その暑さは10キロメートル足らずで、場所によってはその半分のこともある」。ちなみに大陸プレートは「最大で40キロメートル」。
スケールがデカいのは、アルプス山脈の生成過程も、なかなかの迫力。ここの地層は複雑怪奇に曲がりまくり逆転しまくり。出てくるアンモナイトの化石も「形が押しつぶされ、非対称になっており、らせん形がねじれてゆがんでいた。場所によっては、化石は本来の長さの10倍にも引き伸ばされていた」。様々な手がかりを元に、地質学者は、こんな仮説を立てる。
「テーブルクロスの上に手をついて前へ押してゆくと、クロスは盛り上がって折り重なる。もっと押すと、折り重なりは前へ倒れ、後からできた重なりがその前の重なりの上にどんどん積み重なって、何層にもなっていく」
だが、前へ押す手に相当する力は何か。今は「マントル対流」となるが、当事の発想もダイナミック。
19世紀から20世紀初頭になっても、地殻変動は地球が縮んでいるために起きると考える地質学者のグループが強い力をもっていたからだ。地球は熱い「原始的な状態」から冷えてきたために縮み、その結果、山脈ができた(と、この一派は考えた)。
スティーヴン・J・グールドもそうだったけど、どうも古生物学者や地質学者は攻撃的な人が多い。その理由も、この本を読むと、なんとなくわかる気がする。他の理系の学者と違い、彼らはフィールド・ワークを重んじる。それも人里離れた、砂漠の真ん中や氷原の彼方だったり。体育会系なんだな。なぜ辺鄙な所へ行くかというと、例えば…
最高39億年前の岩石が採取できる場所が少しだけある。そしてそこはさらに遠い過去を開明する手がかりがある。モンタナ州のカナダ楯状地チャーチル区の南端や、西オーストラリアの楯状地最古の地域、そしてグリーンランドのイスアなどである。
お宝は辺鄙な所に眠っているのだ。お陰で個性的な人が多く、例えば地質学者ハンクことハロルド・ウイリアムズ。彼が1960年代にニューファウンドランドの地質図(→Wikipedia)を作った際は、「徒歩とカナディアンカヌーという過酷な方法で開明した」。その際、「大勢の学生の手も借りたが、人選の基準は楽器が弾けるかどうかだった」。
進歩しつつある地学だが、今でも謎は残っている。終盤では、地磁気(→Wikipedia)の原因について二つの仮説を披露している。外核の熱対流と、ダイナモ理論だ。ここまで読むと、「わからない事があるって素晴らしい」と思えてくる。まだまだ科学には発展の余地が沢山あるのだから。
プレート・テクトニクスの物語だけに、それに馴染んでいる日本人には、本筋はちと退屈かもしれない。だが、それの誕生は、例えば岩の分子構造と生成過程や、生態系の変化など、関連分野の多数の発見・進歩に支えられたものだ。我々の視界に入る科学の話は、綺麗に整理されたものだが、その裏には複雑で煩雑な個々の事実と、その事実をかき集める科学者たちの奮闘がある。科学そのものというより、その礎となるゴチャゴチャしたモノゴトと、それをかき集め整理しようと苦闘した科学者たちの物語だろう。
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