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2013年10月23日 (水)

バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 3

「もしフランスがあえて先にベルギー国境を越えたりしたなら、英国はけっしてフランスの味方にはつかないだろう。もしドイツが先に越せば、フランスは、英国をドイツの敵としてフランスの味方に引き入れ得る」
  ――イーシャー子爵

【どんな本?】

 第一次世界大戦(1914年7月28日~1918年11月11日、→Wikipedia)を、その前夜からマルヌ会戦(1914年9月5日~9月12日、→Wikipedia)まで、ドイツ軍 vs フランス軍&イギリス軍とドイツ軍 vs ロシア軍 を中心に描いたドキュメンタリー。

 バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 1バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 2 から続く。

【概況】

 1914年6月28日、オーストリア皇位継承者フランツ・フェルディナント大公がセルビアの国粋主義者に暗殺される。セルビアに野望を抱くオーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦、バルカンを己の裏庭と自認するロシアはドイツ&オーストリアへと軍を進める。

 ロシアと組むフランスはドイツと敵対し、準備万端整ったドイツはシュリーフェン・プランに則りルクセンブルグ・ベルギーを蹂躙してフランスへと突き進む。同時にドイツ海軍はロシアの艦隊を警戒するが、トルコを巻き込みダーダネルス海峡の封鎖に成功、ロシア艦隊は黒海に閉じ込めた。

 ドイツによる欧州支配を恐れながらもタテマエに拘るイギリスは、フランスの先制攻撃を牽制するが、送る支援はたったの四個師団。中立の立場を守るベルギーは歩兵師団六個+騎兵師団一個で、34個師団を擁するドイツに立ち向かう。頼みとするのはリエージュの要塞(→Wikipedia)だが…

【お互いの誤算】

 ドイツ・スイス・フランス三国の国境を中心に、反時計回りに軍を進めパリを包囲しよう、ってのがシュリーフェン・プラン。これだと外回りの左翼は、とっても忙しいんで、戦力を充実させてる。回転の中心となる右翼はヒマで、敵を足止めすするだけの役割。実際には「わざと退却して峡谷に誘い込み八方からタコ殴りにしよう」って計画だった。

 フランスもこれは読んでて、「じゃ弱い右翼を叩こう」って作戦でくる。ところが、だ。ドイツは火力を重視し塹壕を掘って待ち構えているのに対し、フランスは昔ながらの突撃一本やり。105ミリ砲が重たく機動力を殺すから「ありがたいことに、われわれは一門たちとも持っていない」と豪語する始末。頼みの75ミリ砲なんだが…

日露戦争を観戦したアイアン・ハミルトンは、榴弾砲の砲撃下にあっても、胸壁の背後に身を隠していれば、銃眼から正面の敵に発砲し続けることが可能だと警告していた。

 お陰でフランス軍は散々にボコられる。あまりの楽勝ぶりにドイツ軍も引くに引けず、誘い込み計画はオジャン。ドイツ第六軍を率いるはバイエルン王国の王太子ルプレヒト殿下(→Wikipedia)は「将兵が前に出たがって叛乱寸前、出ていいよね?」なんて参謀本部に言ってくる始末。

 悲惨な状況のフランス、ところが陸軍総司令官のジョゼフ・ジョフル(→Wikipedia)は「指揮官たちの重大な短所」と結論し、前線の声を聞こうとしない。だから大本営ってやつは。

【大国ロシア】

 可能な動員数は650万と膨大なロシアだが、「1914年にロシア陸軍が有していたトラックは418台、乗用車259台、救急車二台」。時間をかければ大軍を編成できるけど、急には無理。そこを押して二個軍を編成し東プロイセンに攻め込むが、これが絵に描いたような各個撃破。

 通信用の電線が足りないんで無線を使うが、「師団の参謀部には、暗号の用意もなく、暗号の解読者もいなかった」ので平文で通信する。ルーデンドルフ(→Wikipedia)曰く「われわれにも連合国があった。すなわち敵である。わが軍は敵の計画を何から何まで知っていた」。

 結局、このタンネンベルクの戦い(→Wikipedia)でドイツは大勝利。捕虜9万2千、鹵獲した野砲はロシア第二軍の総数600門中300~500門。おかげで近所には「多数のロシア兵が沼にはまって死んだ」と噂が立つが、ルーデンドルフ曰く「それはおかしい。戦闘地区の近くには沼がひとつも見当たらなかった」。いけず。

 もっとも、ロシア軍もオーストリア=ハンガリー軍相手には死傷25万捕虜十万に加え敵を240キロ退却させる大勝利を挙げてる。

【快進撃】

 シュリーフェン・プランじゃベルギーを突っ切る右翼は大忙し。「クルック軍は一日30キロ、ときには40キロという強行軍を続けた」。ヒトが徒歩で歩く速さはだいたい時速4kmだから、7~10時間歩き続ける計算になる。ただ歩くだけじゃなく、戦ってメシ食ってクソして馬の世話して…と、やる事は山ほどある。しかも、だ。

兵一人の装備の重量は30キロで、小銃、弾装、背のう、水とう、予備の深靴、塹壕を掘る道具類、ナイフ、その他種々様々な支給装具を、兵はすべて上着にくくりつけていた。

 加えて、大人しくドイツ軍を通してくれると思ってたベルギー人は「電話や電信線をやたらに切断した。強力なエッフェル塔の無線ステーションは、電波をさかんに攪乱した」。電子戦だね。あんまりにもスケジュールがキツいんで…

兵を道路から左右に離れて野営させずに、道に沿って就眠させたからで、この手をつかって一日6キロから7キロ距離をかせぐことができたのである。

 とまれストレスは溜まり補給は遅れがち。腹をすかせた将兵は略奪で腹を満たし、それが更に住民の反感を煽る。住民の反感に神経を尖らせるドイツ軍は強硬な手段に出て、と悪循環が始まり、いきつく先は…

【反撃】

 敗走を続けるに見えたフランス軍だが、小モルトケは奇妙な現象に気づく。「なぜこうも捕虜が少ないのか?」まあ実際にはフランスの戦略的撤退というより、各軍の相互の連絡が取れないためになしくずし的に後退してたんだけど。特に得支援に来たはずの英軍は全くヤル気なしだし。

 いい加減パリも危なくなってきたんで、泥縄的にパリ防衛軍を結成する。酷いのは、それまで戦況を国民はおろか議員にまで知らせなかったこと。みんなフランスが勝ってると思っていたのだ。これはイギリスも同じで、すっぱ抜いたのはイギリスのタイムズ紙。

 ここで、イギリスにはケッタイな噂が流れる。「夜半過ぎに一万人のロシア兵がヴィクトリア駅に向かった」「俺のダチはロシア兵の通訳をやった」「ロシア兵がドーヴァー海峡に向かった」。いつだって、変なデマは流れるもんです。

 土壇場になって政府もボルドーにトンズラ。「国民に大臣たちの品定めなどといういやなことをさせないよう、パリにひとりものこさないことにした」と夜逃げ。パリ市警視総監もトンズラ。パリ防衛を任されたガリエニ将軍(→Wikipedia)「大臣などいない方がいい」。

 この時に活躍したのが、タクシー。徴用した600台のタクシーが、パリから戦場まで6千人の兵をピストン輸送する。そして、シュリーフェン・プランの運命を決するマルヌ会戦(→Wikipedia)へ…

【おわりに】

 きらびやかな王族の行進に始まり、氷山同士の衝突に似た外交と内政の調整、そしてドイツ軍の快進撃と暴虐、旧態依然のロシア軍とフランス軍の壊走から塹壕戦への変化。少しではあるけど、日本の記述もある。最も多いのは日露戦争の教訓で、もう一つは日本が連合国として参戦した影響。歯ごたえはあるが、欧州の軍が現代的な軍へと変貌を遂げる前夜の物語として、充実した内容だった。

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