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2013年10月22日 (火)

バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 2

「われわれドイツ人は最高に勤勉で、熱心で、ヨーロッパ中でいちばん教育の高い民族である。ロシアは反動の典型であり、イギリスは利己主義と背信の、フランスは退廃の、そしてドイツは進歩の典型である。ドイツ文化は世界を啓蒙し、この戦争が終わった暁には、それ以外の文化はみな消滅してしまうだろう」
  ――ドイツの科学者がアメリカのジャーナリスト、アーウィン・コプに語った言葉

【どんな本?】

 第一次世界大戦(1914年7月28日~1918年11月11日、→Wikipedia)を、その前夜からマルヌ会戦(1914年9月5日~9月12日、→Wikipedia)まで、ドイツ軍 vs フランス軍&イギリス軍とドイツ軍 vs ロシア軍 を中心に描いたドキュメンタリー。

 バーバラ・W・タックマン「八月の砲声 上・下」ちくま学芸文庫 山室まりや訳 1 から続く。

【概況】

 読み終えて振り返ると、「シュリーフェン・プランの発動と挫折」みたいな内容。上巻の前半はシュリーフェン・プランが発動するまでの過程で、以降はプランが発動しマルヌで挫折するまでの話。

 上巻の前半は内容が政治だけに、出てくるのも皇帝だの首相だの元帥だのと、偉い人ばかり。上巻の中盤あたりからは戦争の推移となり、各軍の進退が描かれる。ここで登場するのも大半が将官で、稀に参謀本部の佐官が登場する程度。つまりは、そういう俯瞰した視点の本だ。

 オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子がサライェヴォで銃撃され、口実を得たオーストリア=ハンガリー帝国はセルビア併合へと動く。裏庭を荒らされたロシアは総動員令を発令、オーストリア&ドイツとの対決姿勢を明らかし、同盟関係のフランスもドイツとの戦争が不可避となる。先手必勝とばかりドイツはシュリーフェン・プランを発動、中立国ベルギーを蹂躙する。これに怒ったイギリスはフランスに加勢し…

 と、そんな感じで、欧州諸国は戦争に突き進む。ここで興味深いのは、どの国も短期決戦だと思い込んでた点。もともとシュリーフェン・プラン(→Wikipedia)も短期にケリつけようって発想の計画だし。つまりは甘く見てたわけです、みんな。

【強いぜドイツ】

 肝心のシュリーフェン・プランとは何か。これはドイツのフランス侵攻計画で、一気にパリを落としちまえ、という目論見。フランスの北部国境、東は中立国スイスから山間部のアルザス・ロレーヌでドイツと接し、西に行くとアルデンヌ高地でルクセンブルグ・ベルギーに接し、更に西は平原でベルギーに接し大西洋に出る。

 アルフレート・フォン・シュリーフェン(→Wikipedia)は考えた。スイス国境を円の中心として、ぐるっと反時計周りにドイツ軍を侵攻させてパリを落とそう、と。最も外側の戦力はベルギーを大回りするけど、平野だし道路や鉄道も発達してるから、なんとかなるだろ。「ベルギーは中立国だからマズいんじゃないか」って?いや弱小国なんか知ったこっちゃないし。ルクセンブルグ?踏み潰せ。

 この作戦のキモは、右翼、つまりベルギーを通過する軍の速さと強さ。最も長い距離を動かにゃならん。軍が強けりゃ速く敵を突破できる。ってんで、右側に戦力を集中し、左の山間部は薄く配備する。最悪、左は進軍しなくてもいい…敵の戦力を惹きつけ、左の平野部を手薄にしてくれれば。

 これを実現するために、人員の動員から物資の移動まで、小モルトケことヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケ(→Wikipedia)を筆頭とするドイツ参謀本部は、綿密な作戦を組み上げる。特徴の一つは鉄道の活用。大モルトケことヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ(→Wikipedia)曰く「要塞は建設するな、鉄道を敷け」。

 ドイツは鉄道を軍の支配下に置き、精密なスケジュールを作る。おかげで、作戦が始まったら、ヘタに変えたり止めたりできなくなった…と小モルトケは言ってるけど、後に鉄道局長フォン・シュタープ将軍は「鉄道局を誹謗するもはなはだしい」と怒り「本を書いて変更が可能だったことを立証した」。参謀本部は、勝手に出来こっこないと思い込んでたのか、他の計画を変えるのが嫌で鉄道を口実に使ったのか。

 この計画で、騎兵隊や砲兵隊に並んで自転車隊もいるのが面白い。当時は重要な移動手段だった模様。後にも、伝令などで自転車が活躍する場面が何回か出てくる。他にも火力重視や、予備役の動員による大兵力の確保など、当時としては大胆な試みをドイツはやってる。また、兵の服を目立たない灰緑色にしてるのも賢い。

【掛け声だけは勇ましいフランス】

 対するフランス、予備役兵は全く信用せず、徴兵期間を2年から3年に延長して兵力を確保する。制服も目立つ「青い上着、赤いケピに赤いズボン」。作戦も大胆。ドイツのシュリーフェン・プランは承知の上で、ならこっちはサルザス・ロレーヌから攻め上がり、ドイツ軍右翼を包囲したるわい、と気炎をあげる。

「フランス軍はいまや古来の伝統に帰り、今後は攻撃以外の法則はこれを排す」

【一方ロシアは】

 ロシアもなかなか酷いもので、ニコライ二世(→Wikipedia)は政治・軍事に無関心。軍も火力軽視で、重野砲中隊ドイツ381に対しロシア60。日露戦争後の粛清で将校をリストラしたはいいが、「1913年には将校が三千人も不足していた」。

 デカい国だけあって、動員中の兵一人あたりの平均輸送距離は700マイル(約1127km)でドイツの約4倍に加え、使える鉄道は「ドイツに比べ一平方キロにつき1/10」。とまれ、兵力はデカい。平時で142万3千、戦時動員311万5千、地方軍200万他でしめて650万。

幸か不幸か軌道の幅がドイツと違い、これは第二次世界大戦じゃ独軍の足を止めるカギとなるんだけど、それはまた別の話。

 老害も酷くウラジーミル・スホムリノフ陸軍大臣(→Wikipedia)は銃剣突撃にしがみつき、「1913年に彼は“射撃法”なる邪道を教科に加えることを主張した陸軍大学の教官五名を罷免してしまった」。日露戦争から何も学んでない。それでも、ナポレオン同様、東におびき寄せじっくり戦力を充実させてから叩けばいいものを、フランスにせかされ準備不足の小兵力で東プロイセン侵攻を企てたものだから…

 ラスプーチンも登場して、当事のロシア政府や軍の内情がわかるのも、ちょっとした拾い物。軍の横領体質は、この頃から今もあまし変わってなかったりする。

【怒りのトルコ】

 陸戦ばかりのこの本の中で、海軍ファン、特にドイツ海軍贔屓が感涙にむせぶのが第一○章 「手中の敵ゲーベン号をとり逃す」。トルコがイギリスに発注した戦艦スルタン・オスマン号とレシャディエー号、支払いが終わってもイギリスは引き渡さない。

 ドイツの地中海艦隊である巡洋戦艦ゲーベン号と軽巡洋艦ブレスラウを率いる海軍司令官ヴィルヘルム・スーション提督、天下の英国海軍相手にチェイスを繰り広げ、コンスタンチノープル(現イスタンブール)に辿りつく。なんとしてもダーダネルス海峡を塞ぎロシア海軍の地中海進出を防ぎたいドイツ。仇敵ロシアを蹴飛ばし、戦艦二隻を強奪したイギリスに一矢報いたいトルコ。両者の利害は一致し…

 すんません、次の記事に続きます。

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