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2013年9月29日 (日)

SFマガジン2013年11月号

「SFの未来は?」
北野勇作「知ったこっちゃないわ!」
  ――巽孝之 第2回国際SFシンポジウムレポート SF的思考と物語の力

 280頁の標準サイズ。特集は「海外SF短編セレクション」として、キャサリン・M・ヴァレンテ「ホワイトフェード」,カリン・ティドベック「ジャガンナート――世界の主」,メガン・アーケンバーグ「最終試験」,スティーヴン・バクスター「真空キッド」,チャールズ・ストロス「パリンプセスト」前編。小説は他に連載の夢枕獏「小角の城」,梶尾真治の「怨讐星域 その日への輪舞曲」。

 もう一つの特集は「第2回国際SFシンポジウムレポート」として、共同声明,巽孝之の総括のほか、小谷真理,立原透耶,タヤンディエー・ドゥニ,藤井大洋が報告を寄稿に加え、パオロ・バチガルピのインタビュウ。「SFはアメリカとイギリスだけじゃないんだぜ」的な広がりを感じる報告だった。

 キャサリン・M・ヴァレンテ「ホワイトフェード」。共産主義との激しい戦いに突入し、大きく変わったアメリカ合衆国。テレビCMは商品イメージの向上とと同時に、愛国心の高揚を緻密な計算と演出に織り込む時代。間もなく15歳になる少年マーティンは、かつて牛乳配達や宇宙飛行士に憧れていたが、今のマーティンの希望は…
 ロボコップのように、CMで幕を開ける物語。舞台は近未来、または別の歴史を辿ったアメリカ。「マッカーシー大統領(→Wikipediaのジョセフ・マッカーシー)」でほのめかされるように、アカ狩りが定着したアメリカを更に推し進めた社会を描く。要所に入るCMが見事に象徴するアメリカの経済的自由主義志向と、少年マーティン&少女シルヴィーの自由を奪われた人生の対比が光る。ちょっとケイト・ウォルヘイムの「鳥の声いまは絶え」と思い出した。

 カリン・ティドベック「ジャガンナート――世界の主」。マザーのチューブから、新しい子供ラクが生まれた。言葉を覚えたラクたちに、パパは語りかける。「世界が駄目になったとき、マザーがわしらを受け入れてくれた。わしらはマザーの機械を動かし、マザーはわしらを生かす」。やがて成長し働けるようになったラクは、<腹>で蠕動エンジンを動かす仕事に就く。
 フィリップ・リーヴの「移動都市」や、クリストファー・プリーストの「逆転世界」のように、破滅した世界を舞台に、人の集団と住処が一つの生態系を形作って移動してゆく、そんなお話。ただ、住処が機械じゃなくて、生物っぽいのがポイント。こういう、「巨大生物の中に住む」ってのは、どうにも原始的な憧れをそそる設定だよなあ。

 メガン・アーケンバーグ「最終試験」。あなたに提示される、17個の問題。それぞれ選択肢は5個。それぞれの問題と、回答の選択肢から、次第に事件の真相が浮かび上がってくる。
 選択問題と回答の選択肢から、「何が起こったのか」が少しづつわかってくる、そういう独特の形式で作られた小説。構成の工夫は確かにユニーク。私は最初、心理テストとか性格診断っぽいものかと思った。またはドラマなどの脚本の書き方を考えてるのかな、とか。同じストーリーでも、重点の置き方や視点の違いで、物語の味は全く違ってくるし。

 スティーヴン・バクスター「真空キッド」。21歳のトゥスン・イブン・テュナヤン、またの名を<真空キッド>。19歳のとき、偶然に彼は自分の特殊能力に気がついた。リヤドからオタワに向かう軌道下直行便のシャトルに激安チケットで乗り込んだトゥスンは、宇宙に放り出され、強烈な放射線と真空に晒されたが…
 一種のスーパー・ヒーロー物。今回の特集じゃ、これが一番楽しかった。19歳の煩悩真っ盛りの青年が、なんとも地味な特殊能力を手に入れて、イロイロと活躍するお話。アメコミのヒーローは、なぜかケッタイなコスチュームをまとうと相場が決まってるけど、真空キッドがコスチュームに身を包む理由が大笑い。ジーリー・クロニクルで名を馳せたバクスターだけに、真空の描写は真に迫ってる。と同時に、シモネタ満載なのが楽しい。

 チャールズ・ストロス「パリンプセスト」前編。ピアスは、浮浪者に返送し、待ち伏せして自分の祖父を殺す。これが均衡管理機構のエージェントとなるための通過儀礼だ。「<ステイシス>へようこそ、エージェント・ピアス。これできみは根無し草に、時間流の孤児となり、無から出でて永遠の任務似つくこととなった」。
 昔は羊皮紙が貴重だったんで、書かれてる文字を消して再利用した。これがパリンプセスト(→Wikipedia)。お話はタイム・パトロール物。ただし、正常な歴史を守るんじゃなく、目的に向け意図的に歴史を改変する。イっちゃったストロスらしく、得体の知れない(しかも微妙に説明不足な)時間理論に頭がクラクラしてくる。

 梶尾真治「怨讐星域 その日への輪舞曲」。今回の舞台はニューエデン。巨大世代宇宙船はニューエデンに姿を見せたが、乗員が降りてくる気配はない。アルデンス・ワルゲンツィンは首長となり、アジソンの末裔たちを撃退するために、様々な状況を想定したシミュレーションを用意する。市庁舎に勤めるダニー・コリンズは激務が続き、息子のトミーも戦闘訓練で忙しい。
 完全に復讐の念に囚われたニューエデンを、夫ダニー・妻エヴァ・息子トミー、そしてエヴァの父ジャンのコリンズ家を通して描く。連れ合いを亡くし部屋に閉じこもりがちになったジャン。心配したエヴァはジャンを引き取り共に暮し始めるが、やはりジャンは閉じこもりがちで…。迫ってくる対決の時に向け、ギリギリと緊張を高めてゆく回。芸幅の広いカジシンだから、この先どう転ぶか分からない。

 長山靖生「SFのある文学誌」、今回は「空に浮かんだ未来――アルベール・ロビダの二十世紀」として、19世紀末に活躍したフランスの作家・画家のロビダ(→Wikipedia)を取り上げる。現代ならコミックで活躍しただろうなあ。Google で画像検索してみた。19世紀はビルの高層ほど家賃が安かったのかあ。エレベーターは偉大だ。当事のフランスでの電話の使い方が、これまた以外。ニコニコかよ。

 Media Showcase/Music は今回もボーカロイド特集で40mPとナノウ。最近の若者の話として、ヘビメタとアニソンとボカロ物をシームレスに聞いてるとか。そういう感覚が羨ましい。とまれ、こういう感覚は日本じゃ昔からあって、アメリカの音もイギリスの音も日本じゃ「洋楽」だから、聴き手はあんまし区別してなくて、フォリナー(→Wikipedia)なんてバンド名がピンとこなかったりする。カナダ出身のザ・バンドがサザンロックに分類されたり、よーわからん。

 橋本輝幸「世界SF情報」。Amazonの新企画<キンドル・ワールド>にワクワク。カート・ヴォネガットの二次創作小説の販売が可能になったとか。二次創作を正式に著作物として認める流れなわけで、これが日本で暴走したら面白いことになりそう。川端裕人あたりが先頭切って試行して、更にそれをネタに小説を書いてくれないかなあ。

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