« 高橋克彦「写楽殺人事件」講談社文庫 | トップページ | いわゆる文学を僻んでいた »

2013年9月14日 (土)

ブラッドリー・C・エドワーズ+フィリップ・レーガン「宇宙旅行はエレベーターで」オーム社 関根光宏訳

 宇宙エレベーターによる輸送料金は、1kgあたり約200ドル(約2万円)。航空機による現在の国際輸送料金は1kgあたり約40ドル(約4千円)、ロケットの場合は1kgあたり約1万ドル(約百万円)となっている。

【どんな本?】

 ロケットにかわる宇宙へのアクセス手段として、最近は少しずつ知名度が上がりつつある軌道エレベーター。SF小説ではアーサー・C・クラークの「楽園の泉」やチャールズ・シェフィールドの「星ぼしに架ける橋」で建設の詳細が描かれているが、現実に建築可能なのだろうか。

 この本は、必要な素材や技術的ブレイクスルー,全体の構造から建築手順などの科学・技術的側面から、建築にかかる費用と、それを負担しえる国家・団体などの経済的な条件、そして気候や政治・軍事・地勢的状況などの国際情勢を考慮して、軌道エレベーターの可能性を探ると共に、それによって得られる経済的・政治的な利益にも配慮し、「2029年には建築可能である」と結論する、現在日本語で読める最も詳しい軌道エレベータの一般向け解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Leaving the Planet by Space Elevator, by Bradley C. Edwards & Philip Ragan, 2006。日本語版は2008年4月にランダムハウス講談社から「宇宙旅行はエレベーターで」として刊行。オーム社版はそれに修正を加え、2013年6月25日第1版第1刷発行。

 単行本ソフトカバーで縦一段組み、本文約350頁+訳者あとがき15頁。9ポイント45字×18行×350頁=約283,500字、400字詰め原稿用紙で約709枚。長編小説ならやや長め。

 翻訳物の科学解説書だが、日本語は比較的に読みやすい。というのも、二重否定などの気取った言い回しがなく、素っ気無いほど素直な文章のため。扱う内容は軌道エレベーターと科学・工学の話だが、あくまで一般の人(と、恐らく政治家)を読者に想定していて、数式は出てこない。「静止衛星はなぜ落ちないか」が分かるなら、中学生でも充分に読みこなせる。

【構成は?】

 はじめに/謝辞/序文(アーサー・C・クラーク)
第1章 ロケットに代わる宇宙輸送手段
第2章 宇宙への架け橋
第3章 SFと宇宙エレベーター
第4章 先端技術開発の難しさ
第5章 宇宙エレベーターの建造方法
第6章 安全上の問題点
第7章 宇宙エレベーターへの移行
第8章 アース・ポート
第9章 NASAの宇宙開発計画
第10章 宇宙エレベーター建造競争
第11章 軍事防御
第12章 なぜ宇宙エレベーターを作るのか
第13章 宇宙観光旅行の始まり
第14章 はるかなる宇宙への旅
第15章 月の宇宙エレベーター
第16章 火星の宇宙エレベーター
第17章 次の目的地
第18章 宇宙株式会社
第19章 21世紀の未来像
 訳者あとがき
 付録 参考文献/原注/索引

【感想は?】

 一般向けの科学解説書のフリをして、政治家、特にUSAの政治家にに対し「じゃあ、軌道エレベーターをいつ作るか?今でしょ!」と煽る本。愉快だ。

 軌道エレベーター(→Wikipedia)。静止衛星から真っ直ぐ地上に向けてケーブルを垂らし、赤道上に固定する。ただ、それだと、ケーブルの重さで静止衛星が落ちちゃうんで、反対方向(地球の外)にもケーブルを延ばしバランスを取る。ケーブルを這い上がれば、宇宙に出られる。降りるときも、ケーブルを滑り降りればいい。

 ロケットだと、燃料も一緒に持ち上げなきゃいけないんで、すんげえ不経済。でも軌道エレベーターなら、持ち上げる物の重さ(質量)と降ろす物の重さが釣り合ってれば、滑車の要領でタダで物を持ち上げられる…理論上は。ロケットだと1kgの物を宇宙に持っていくのに百万円かかる。

 じゃ、なんでそうしないのか、というと、作れないから。静止軌道は高度3万6千km。この本だと10万kmぐらい欲しい、と言ってる。ケーブルにだって重さがある。仮に鋼鉄のワイヤーを使ったとしても、途中でプッツンと切れちゃうのだ、自分の重さで。無理じゃん。

 ってな状況を一気に変えたのが、カーボンナノチューブ(→Wikipedia)。必要な強さは鋼鉄の180倍。理論上、カーボンナノチューブは鋼鉄の400倍までいける。軽いわ強いわで、そりゃもう大モテ。これ編んで繊維にすりゃいいじゃん、ってんで、今も盛んに研究されてる。例えばテイジンが、2013年1月31日に「カーボン・ナノチューブ繊維の開発について」と発表してる。

改めて読むと、この記事、実は凄いコトなんじゃなかろか。金属ワイヤーと同程度の電気伝導性・金属ワイヤーを凌駕する熱伝導性って、ボーイング社あたりは注目してるだろうなあ。

 と実現性が増してきたところで、この本は真面目に軌道エレベーター建設を検討した本である。当然、科学・技術的な部分は充実していて、著者ならではの新しいアイデアも披露している。例えばケーブルの形はリボンやきしめんみたく細長くて平たい(幅20cm)形にしましょう、とか。

 ここで意外なのが、エレベーターの速さ。なんと時速200km。新幹線より遅い。だもんで、静止軌道まで一週間以上かかる。エレベーター・ボックス(この本ではクルーザーと言ってる)は、ケーブルを掴み、電機モーターで登ってゆく。さすがに1週間給油なしで走れる自動車はない。まして電気自動車じゃ…と思ったら、「エネルギーはレーザーで送ろう」ときた。

 建築方法も検討してるのが、更に燃える。実はこれ、高層ビル建築の際、屋上に大型クレーンを持ち上げるのと同じ手口。ビルだと、まず小型クレーンを持ち上げる。次に小型クレーンで中型クレーンを持ち上げ、中型クレーンで大型クレーンを持ち上げる。

 軌道エレベーターだと、まずロケットで静止軌道上にケーブルなどを持ち上げる。次にケーブルを地上に垂らし、固定する。固定したら、ケーブルを使って次のケーブルを持ち上げ…ってな風に、段階的に頑丈なエレベーターにしてゆく。

 などの科学的・技術的な話に加え、この本の特徴は、社会的な側面も検討していること。ここでの煽り方が、実に巧い。こういう言い方をするのだ。「最初に軌道エレベーターを作った者が、宇宙を制するだろう」と。

 なぜか。カネだ。宇宙に物を持ち上げるのに、軌道エレベータはロケットより98%も割安なのだ。だから、一回作っちゃえば、他の者が1回ロケットを打ち上げる費用で、軌道エレベーターなら50回持ち上げられる。最初の軌道エレベーターを使って商売すれば、ボロ儲けで、すぐに二つ目の軌道エレベーターを作れる。差は開くばかり。そして、こう囁く。

 「アメリカさん、ロシアや中国に負けてもいいんですか?三井物産なんか、月に10トンのカーボン・ナノチューブ作ってますぜ。連中がツルんだら…」

 うはは。小気味いい。 面白いのが、地上基地の候補地。今までは赤道上じゃないと駄目と思われてたけど、実は緯度35度内ならイケそう、とある。宇宙センターがある種子島は北緯30度、房総半島の南端・野島岬は北緯35度。おお、なんとかイケるじゃん、と思ったら。

 著者が勧めるのはオーストラリアのパース沖。著者の一人フィリップ・レーガンがパース在住の不動産投資信託ファンド・マネージャーだからか、と疑ったが、本書じゃ気候の問題、とある。台風と雷だ。ぐぬぬ。ただし、「地上基地は陸上じゃなくて海上都市にしましょう」とあるので、当然、日本はメガフロート(→Wikipedia)技術で活躍するでしょう、きっと。

 そして話は月や火星の軌道エレベーターへと進み、やがて小惑星から木星圏へと広がってゆく。火星の地上基地の候補地とかは、胸を熱くするばかり。他にもケーブルの保守や、失業したロケット技術者の再雇用、軍事的な意義とテロ対策など、下世話な話から政治的な話まで、面白いネタがギッシリ。

 最後に。軌道エレベーターを扱った小説として、実はもう一つ重要な作品を挙げておきたい。なぜか日本語版 Wikipedia でも無視されてるのが悲しい。巌宏士「バウンティハンター・ローズ2 火炎の鞭」朝日ソノラマ。1997年3月31日第1刷発行と、だいぶ早い時期に、軌道エレベーターを狙ったテロを題材に描いてます。

【関連記事】

|

« 高橋克彦「写楽殺人事件」講談社文庫 | トップページ | いわゆる文学を僻んでいた »

書評:科学/技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ブラッドリー・C・エドワーズ+フィリップ・レーガン「宇宙旅行はエレベーターで」オーム社 関根光宏訳:

« 高橋克彦「写楽殺人事件」講談社文庫 | トップページ | いわゆる文学を僻んでいた »