ハロルド・ハーツォグ「ぼくらはそれでも肉を食う 人間と動物の奇妙な関係」柏書房 山形浩生・守岡桜・森本正史訳
日本には「虫」という言葉があって、西欧人がこれを完全に理解するのはむずかしい。日本人の高齢者たちは、昆虫、クモ、トカゲ、種類によってはヘビも、まとめて虫と呼ぶ。オタマジャクシは虫だが、成長したカエルは虫とは呼ばない。
ヘルマン・ゲーリング「動物を自分の所有物として扱い続けることができると考えている諸君には、強制収容所入りを約束する」
ふたつのベルカーブが重なるとき、それぞれの集団の平均の差は小さくても、両端では大きな差が出る
【どんな本?】
菜食主義者、動物実験に反対する人、捕鯨に反対する人がいる。彼らは極端であるにせよ、多くの人はネコをいじめる場面を見たら不愉快に感じるだろう。だが、そんな人の多くはゴキブリを忌み嫌い、ステーキに舌鼓をうつ。なにやら矛盾しているようだが、大抵の人はなんとなく判断を下し、特に深く考えずに日々を暮している。
人間と動物の関係は、複雑で多様で矛盾に満ちている。ヒンズー教徒は聖なるモノとして牛を食べない。ムスリムは穢れたモノとして豚を食べない。そしてあなたは可愛いからネコを食べない。日本人は鯉を食べるが金魚は食べない。闘牛は残酷と言われるが、同じ人がステーキを食べ牛革のベルトを使う。
ややこしく多様な人と動物の関係を通し、大量のエピソードの中から、ヒトの倫理と心の奥へと切り込む、新しい学問・人間動物学の案内書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Some We Loves, Some We Hates, Some We Eat : Why It's So Hard to Think Straight About Animals, by Harold Herzog, 2010。ハードカバー縦一段組みで本文約347頁+山形浩生による訳者解説11頁。9ポイント45字×17行×347頁=約265,455字、400字詰め原稿用紙で約664枚。長編小説ならやや長め。
文章はこなれていて読みやすい。学問の本とはいえ、一般の人向けなので、特に前提知識はいらない。中学生でも充分に読みこなせるだろう。ごく一部に、「名犬ラッシー」(→Wikipedia)なんて若い人には通じない例がでてくるけど。
【構成は?】
はじめに なぜ動物についてまともに考えるのはむずかしいんだろう?
第一章 人間と動物の相互関係をめぐる新しい科学
第二章 かわいいのが大事 人間のようには考えてくれない動物についての、人間の考え
第三章 なぜ人間は(そしてなぜ人間だけが)ペットを愛するんだろう?
第四章 友だち、敵、ファッションアイテム? 人とイヌのいろんな関係
第五章 「高校一の美女、初のシカを仕留める!」動物との関係と性差
第六章 見る人しだい 闘鶏とマクドナルドのセットメニューはどっちが残酷?
第七章 美味しい、危険、グロい、死んでる 人間と肉の関係
第八章 ネズミの道徳的地位 動物実験の現場から
第九章 ソファにはネコ、皿には牛 人はみな偽善者?
訳者解説
基本的に各章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただ、最後の第九章だけは最後に読むことを勧める。ここで著者なりの最終的な結論を出しているからだ。
【感想は?】
などと言うと、「じゃ忙しい俺は最終章だけを読めばいいんだな」と考えるかもしれないけど、それはあまりにもったいない。それぞれの章で、実に興味深い実験やアンケートやエピソードが沢山紹介されてて、ソレこそがこの本の最大の魅力なのだから。例えば、あなた、ナンパの成功率を上げる方法、知りたくない?
ええ、バッチリ書いてあります。ちょっとした工夫で、女性の電話番号のゲット率を1割から3割に上げる方法が。ありがたや。
いや本当は真面目な本なんだけどね。私がスケベなだけで。真面目なところでは、マイケル・サンデルの著作で出てきた、トロッコの問題(→Wikipedia)。
- 暴走トロッコが5人の男に向かい走っている。放置すれば5人の男は死ぬ。もあなたは路線を切り替えられる。切り替えた先にも1人の男がいる。切り替えれば1人の男は死ぬが、5人は助かる。あなたは切り替える?
- 暴走トロッコが5人の男に向かい走っている。放置すれば5人の男は死ぬ。あなたは橋の上にいて、隣に1人の男がいる。隣の男を軌道に突き落とせば、落ちた男は死ぬが、トロッコは止まり5人の男は助かる。あなたは隣の男を突き落とす?
これを、ちょっとアレンジすると、途端にヒトの反応が変わるから面白い。
暴走トロッコが5頭のゴリラに向かい走っている。放置すれば5頭のゴリラは死ぬ。あなたは橋の上にいて、隣に1頭のゴリラがいる。隣のゴリラを軌道 に突き落とせば、落ちたゴリラは死ぬが、トロッコは止まり5頭のゴリラは助かる。あなたは隣のゴリラを突き落とす?
人がゴリラに変わると、多くの人が功利主義的な解、つまり「より多くのゴリラを救える方法」に切り替わる。こんな風に、ちょっとした問題をヒトからゴリラやネコや魚に変えていくと、ヒトの反応はそれぞれに違ってきたりする。例えばペットのエサ。
ヘビを飼う際、エサにネズミを与える人もいる。今検索したら、ハムスターを与えてる人がいた(→Yahoo!知恵袋)。私はハムスターを飼っていたんで、残酷だと思う(*1)。ところが、だ。中型のニシキヘビを飼うのに必要な肉の量は年で約2.3kg。これがネコだと、年に23kgの肉が必要になる。なら、私はネコ飼いを責めるべきだよね。これを推し進めると、とんでもない提案が飛び出す。
飼い主に捨てられたペットは施設に送られ「処分」される。なら、処分される仔猫をヘビに与えればいい。
合理的だ。でも、なんか納得できない。どういうことか。どうも、ペットになりうる動物が、道具として扱われるのは、不道徳を感じるらしい。などという風に、この本は最終的に倫理や道徳の問題に切り込んでゆく。猫屋敷にしてしまうご婦人、極端な菜食主義者、狂信的な動物愛護主義者などを通し、哲学や倫理が抱える根本的な問題が明らかになる最終章は、その手の問題が好きな人には、たまらない快楽と…絶望を与えてくれる。
などの倫理的な問題に限らず、動物に関係する豊富なトリビアも、この本の魅力。例えば、近頃日本でも有名なアニマル・セラピー。特にイルカがよく使われるけど、野生のイルカを閉じ込めるって残酷じゃね?ってのに加え、その効果は…
調査の対象となった人はアニマルセラピストとの交流の結果、なんらかの改善を見せていた。そして、その改善の程度は平均すれば、がうつ病患者がプロザックなどの抗うつ剤を服用することによって得られるのと同じくらいだった。
時おり問題になる、異常に沢山の猫を飼って猫屋敷にしちゃう人。どうもアレは病気のようで、仮説としてトキソプラズマ(→Wikipedia)の影響を挙げている。もっと怖いのは、その抑止で…
人類動物学者たちは、飼いだめ(猫屋敷にしちゃう傾向)の正確な原因を突きとめていないけれど、この病気を治すのはほぼ不可能だという点で見解が一致している。実際、飼いだめ人の再犯率は、ほぼ100%だ。
犯罪関係だと、酒鬼薔薇聖斗に代表される、少年が動物を虐待する傾向。これ、一般に犯罪傾向の兆候と思われてる。全米獣医学会のエミリー・パターソン・ケーンとマンチェスター・メトロポリタン大学のヘザー・パイパーは、24件の調査報告を分析し、幼少期の動物虐待と暴力犯罪の関係を調べた。暴力犯罪者の35%は幼少期に動物を虐待していた。暴力犯罪歴のない男性は、37%だった。つまり、暴力犯罪と幼少時の動物虐待は、ほとんど関係が見いだせてない。
一部は科学の面白い側面も扱ってて。例えば冒頭のベルカーブ(正規分布)の話。一般に男性は女性より背が高い。これが極端な値だと、差が大きくなる。
身長175cmの集団では男性30人の割合に対して女性1人の割合だけれど、身長180cm以上の集団になると男女比は2000:1に急上昇するのだ。
だからといって、「男は女より2000倍背が高い」とはならない。中央近くじゃ大きな差はなくても、極端な例を挙げると大きな差になる。ありがちな統計マジックの一つだね。受刑者は男性が極端に多い理由の一つは、これかもしれない。
他にも飼い犬と飼い主が似る傾向、ドミトリー・ベリャーヘフのキツネの話、闘鶏とブロイラーの違い、矢ガモは騒ぐが大勢の難民は無視する傾向など、面白いネタが盛りだくさん。ただ、下手に知人友人との会話に使うと、人間関係が壊れかねないネタも多いのが難点かも。
*1:残酷と感じるけど、非難はしません。蛇でもハムスターでも、生きるってのはそういうことだし。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2023.12.01)
- 「アメリカ政治学教程」農文協(2023.10.23)
- ジャン・ジーグレル「スイス銀行の秘密 マネー・ロンダリング」河出書房新社 荻野弘巳訳(2023.06.09)
- イアン・アービナ「アウトロー・オーシャン 海の『無法地帯』をゆく 上・下」白水社 黒木章人訳(2023.05.29)
コメント