スティーヴ・ブルームフィールド「サッカーと独裁者 アフリカ13カ国の[紛争地帯]を行く」白水社 実川元子訳
「スーダン人の全員がアル・バシールを支持しているわけじゃないよ。僕らはスーダン代表チームの応援に来ているんだ。あの人を応援しているわけじゃない。二つはちがうことだから」
「友を愛しすぎてはいけない。明日には敵になるかもしれないから。敵を憎みすぎてはいけない。明日には友になるかもしれないから」 ――ソマリアのことわざ
【どんな本?】
英国人でインディペンデント誌特派員の著者は、スーダンのダルフール地方の取材に赴く際、フランス人と間違われ検問に引っかかる。緊張した雰囲気の中、英国人だと主張する著者に、彼を捕らえた軍人は突然叫び出す。
「デヴィッド・ベッカム!」「マイケル・オーウェン!」
途端に機嫌が良くなった軍人たちは、著者を予定地へと送り届ける。アフリカでは、イングランドのプレミアリーグが大人気であり、時には政権の行方すらも左右する。
自らもサッカー・ファンであり、アストン・ヴィラのサポーターでもある著者は、サッカーを通してアフリカを伝える事を思いつく。幾つかの国では、政府の要人が自らクラブ・チームを持っている。政治記者では会えない要人にも、スポーツ記者ならインタビューできる。国家の枠組みすら危うい地域で、手製のボールを蹴る少年たちがいる。一人の選手が、戦争の行方を決めることすらある。
サッカーという斬新な切り口で激動のアフリカを紹介する、著者ならではの視点が光るアフリカ・レポート。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Africa United, by Steve Bloomfield, 2010。日本語版は2011年12月25日発行。単行本ハードカバーて縦一段組み本文約304頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×304頁=約273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。長編小説なら、やや長め。
翻訳物にしては文章は比較的にこなれていて読みやすい。ただ、舞台がアフリカのため、馴染みのない人名・地名が多く出てくるので、その辺がちとキツい。内要は特に難しくない。政治的な部分とサッカーの部分があり、政治の部分は、とてもわかりやすくまとめてある。
サッカーの部分は、ある程度知らないとピンとこないかも。といっても、テレビでJリーグやワールドカップを楽しめる人なら、問題なく楽しめる。クラブ・チームと国家代表の違いがわかれば、なおよし。
【構成は?】
アフリカ地図/プロローグ
まえがき チーター世代が台頭するアフリカをサッカーで読み解く
第一章 エジプト サッカーを利用した独裁者
第二章 スーダンとチャド 石油をめぐる哀しい争い
第三章 ソマリア 紛争国家に見出される一筋の希望の光
第四章 ケニア サッカーは部族間闘争を超える
第五章 ルワンダとコンゴ民主共和国 大虐殺と大災害を乗り越えての再生
第六章 ナイジェリア サッカー強豪国が抱える深い悩み
第七章 コートジヴォワール サッカー代表チームがもたらした平和と統一
第八章 シエラレオネとリベリア アフリカナンバー1になった障がい者サッカー代表チーム
第九章 ジンバブエ 破綻した国でサッカーを操る独裁者
第十章 南アフリカ アフリカ初ワールドカップ開催国の光と影
エピローグ
謝辞/訳者あとがき/アフリカ各国情報/口絵写真クレジット
【感想は?】
サッカーが好きなら、立ち読みで第七章だけでも読もう。せいぜい30頁ぐらいだ。読み終えたとき、あなたはサッカーがもっと好きになっている。ついでに第八章も読んでみよう。サッカーに何ができるか、サッカーが人に何を与えるか、友人知人に演説したくなる。ただし、やりすぎると煙たがられるので、演説はホドホドに。
オリンピックはナショナリズムを煽る。政治家は有名なスポーツ選手を利用して票をあつめようとする。特に、政情が不安定で民衆に不満が渦巻く国、国民が政府を信用しない国では、スポーツも政治の道具となる。
私はスポーツ観戦に熱心な方じゃない。だから、政治の道具としてのスポーツを胡散臭く見ていた。だが、この本で少しだけ認識を改めた。確かにスポーツは政治の道具になる。だが、道具は使い方次第なのだ。包丁は人も刺せるし、魚もさばける。コロ・トゥーレ(→Wikipedia)とディディエ・ドログバ(→Wikipedia)が、それを教えてくれた。
残念ながら、この本は明るい話ばかりじゃない。むしろ、暗い話の方が多い。第一章のエジプトでは、ムバラク政権がいかにサッカーを利用したかが、こと細かに描かれる。1990年、代表チームがギリシャに1-6で敗れた際、エル=ゴハリ監督の解任をめぐり議会が調査に乗り出している。サッカーは国民の不満を逸らす道具なのだ。
2006年エジプトがアフリカネイションズ・カップ(→Wikipedia)で優勝したあと、政府は統制している食料価格を高騰させた。代表チームの勝利に浮かれているときしか、政府はその政策がとれないのだ。
(コンゴ民主共和国の)司法省の予算はわずかに1億6250蔓延程度しかないのに、スポーツ省の予算は4億5500万円だ。
そんなエジプトと対戦するチームも大変で、特に因縁深いアルジェリア代表が訪れた際は「食事に細工されないようにシェフを帯同し、食料を自国から持ち込み、ウェイターの一団まで連れていった」。
アフリカのサッカー界の事情は、まあご想像のとおり。監督の給料不払いのエピソードも複数回出てくる。ケニア代表監督のドイツ人アントワーン・ヘイに対し、ケニア政府はドイツ大使館にツケを回そうとした。堪忍袋の緒が切れたヘイ監督、ワールドカップ最終予選でアウェイの対ナイジェリア戦に向かう飛行機を見送る。一人ストライキだ。タフな仕事だなあ。
一般に発展途上国のユース・チームが強い理由も、みもふたもない。「アフリカじゅうをめぐって若いサッカー選手に年齢をたずねると、彼らは一様に二つの年齢を教えてくれた。一つは実年齢で、もう一つがサッカー年齢だ」。ズルいんだか、正直なんだか。「ナイジェリアサッカー協会がMRI(核磁気共鳴画像法、→Wikipedia)で検査すると通告したところ、(U-17で)新しく召集されたチームの半分を越える16人が自主的にトレーニングキャンプを去った」。
当然、独裁者の話も多く出てくる。リベリアとシエラレオネを地獄に変えたチャールズ・テーラー(→Wikipedia)のスローガンが滅茶苦茶。「母親を殺され、父親を殺されても、おまえは俺に投票しろ」。誘拐が頻発するナイジェリアで石油会社がしぶとく創業する理由は「1バレルの石油を汲み上げるのにナイジェリアでは5セントですみ、その経費はサウジアラビアの1/10だ」。だが油田のあるニジェール・デルタ州に利益は流れず、流出した石油で「漁業も農業もできなくなった」。
ムガベ(→Wikipedia)が君臨し史上最高のインフレを記録したジンバブエ。一般に途上国じゃ為替レートが銀行と闇で違うけど、66倍のってのは凄い。ムガベの甥は中学2年で、自分が通う中学校のスポーツ担当事務局長におさまった。著者が秘密警察に捕まった際のエピソードが、この国の状況をよく示している。賄賂の交渉が終わった際、警官が彼に告げる。「明朝早くに出ろ、秘密警察はまたやってくる」。
ここでの生活は厳しく、これから先もっと厳しくなるばかりだ。海外ジャーナリストに、この国でどんなことが起きているかをもっと世界に伝えてもらう必要がある。
サッカーも金儲けの道具としか考えず、ジンバブエサッカー協会は対戦費用を目当てにアウェイの国際親善試合を組みまくる。FIFAランクは120位に落ちた。各国のプロ・リーグで活躍する選手の旅費が払えず、国内でプレイする選手しか集まらない。おまけにクラブは中心選手を出し渋る。そして代表監督のサンディ・マリモ・チザムブワは七ヶ月も無給だ。
笑っちゃったのが、南アフリカ。人種差別政策の下、「黒人が大勢集まることをアパルトヘイトを施行する政府が許可するのは、サッカーの試合だけ」な国だった。その南アフリカ、黒人中心の代表選手に、一人だけ白人の選手がいる。彼にボールが渡ると、「黒人の観客たちが圧倒するような大声でブーという叫び声をあげた。ボールを持っている間ブーイングは続き」…。サッカーに詳しい人なら、オチがわかると思う。
なぜサッカーなのか。なぜ野球やテニスじゃ駄目なのか。南アフリカの章で、その謎は明らかになる。そして、なぜワールドカップはサッカーが最も盛り上がるのか、も。
この記事では、敢えて明るい話題を避けた。だが、その明るいネタこそ、この本の最も美味しい所だ。繰り返す。サッカーが好きなら、「第七章 コートジヴォワール」だけでも読んでみよう。ただし、本屋でエグエグ泣いてアレな人扱いされても、私は一切責任を取らないので、そのつもりで。
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