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2013年8月 6日 (火)

伊藤典夫編「ファンタジーへの誘い 海外SF傑作選」講談社文庫

 そう、わたしはあのころ、変わっていました。でもいつまでも風変わりでいるというのは、並たいていではないのですよ。眼を閉じて、両手をてきるだけ広くのばしてみる、自分ではしっかりのばしているつもりでも、少しずつ少しずつ、下がっていくものなの。
  ――キャロル・エムシュウィラー 順応性

【どんな本?】

 日本のSF界を牽引した一人である福島正実が、海外の優れたSF短編を紹介しようと始めた講談社文庫のオリジナル・アンソロジー・シリーズの一冊。急逝した福島正実に代わり、翻訳家の伊藤典夫が引きついだ。

 この巻では、「SF作家によるファンタジー」をテーマに、魔法使いやドラゴンが出てくる正統派のハイ・ファンタジーから、現代を舞台に不思議な現象が起こるロウ・ファンタジー、少し不思議な話からSFともファンタジーとも判然としない奇妙な味の短編まで、色とりどりの傑作を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1977年10月15日第1刷発行。私が読んだのは1978年8月14日発行の第3刷。文庫本縦一段組みで本文約300頁+訳者による解説「SFの中のファンタジー14頁を収録。8ポイント43字×19行×300頁=約245,100字、400字詰め原稿用紙で約613枚。長編小説なら少し長めの分量。

 当事の翻訳物としては、文章は比較的に読みやすい部類だろう。内容的にも、いわゆるサイエンス・フィクションではなく、ファンタジーや「奇妙な味の小説」ばかりなので、SFとしてはかなりとっつきやすい作品が揃っている。

【収録作は?】

死神よ来たれ ピーター・S・ビーグル / Come Lady Death, by Peter S. Beagle, 1963 / 伊藤典夫訳
 昔のイングランド。高齢の未亡人フローラ・ネヴィル侯爵夫人はとても羽振りがよく、残りの人生をパーティや舞踏会の開催に捧げている。彼女の名はロンドンの社交界に鳴り響き、時には国王もご出席になるほど。やがて並みのパーティーに満足できなくなった夫人は、とんでもない事を思いつく。「みなさん、つぎの舞踏会の主賓は、死神その人です!」
 
 「ドイツなまりで息子たちを憎んだジョージが国王」というと、ジョージ一世(→Wikipedia)かな? 死神なんぞという浮世離れした存在に、どんな招待状を出し、どうやって渡すのかを巡る、常連たちの議論もおかしいが、「この連中ならアリだろうなあ」と思わせるキャラづけがなかなか。
不可視配給株式会社 ブライアン・W・オールディス / Intangibles, Inc. , by Brian Aldiss, 1959 / 深町真理子訳
 新婚のアーサーとメイベルの家の前で、一台のトラックがエンコした。仏心を出したアーサーは、手をこまねいている運転手を夕食に招待する。食事の席でメイベルは尋ねる。「どんな製品を販売してらっしゃるの?」 運転手の回答は、更に夫妻の当惑を増した。「わたしのトラックの文字をごらんにならなかったんでしょう。ほら、『不可視配給株式会社』」
 
 オールディスといえば、妙に変態的で耽美的な印象があるけど、これは「奇妙な味の小説」って感じ。オチがついてから、再びタイトルを見直すと、また「おお!」と感嘆する仕掛け。まあ、あれです、長く一緒に暮してても、人には互いにイロイロあるわけで。
大いなる旅 フリッツ・ライバー / The Big Trek, by Fritz Leiber, 1957 / 伊藤典夫訳
 気がついたら、わたしはここにいた。見渡すかぎりの砂漠に、四列ぐらいの行列が、果てしなく続き、どこかへ向かっていいる。行列をなすのは、あらゆる世界のあらゆる時代から来た生き物だ。二本足、六本足、八本足、くるくる回るもの、ぴょんぴょん跳びはねるもの、どろどろ流れるもの。やがてわたしも列に混じり歩き始め…
 
 百鬼夜行を思わせる、不思議で不条理な情景が静かに描かれる。不気味な感じもするが、意外と恐怖は感じず、穏やかさが漂っている。ちょっと手塚治虫の「火の鳥」を連想した。
この卑しい地上に フィリップ・K・ディック / Upon the Dull Earth, by Philip K. Dick, 1954 / 浅倉久志訳
 シルヴィアは言う。「彼らはもうすぐそこまできているのよ」。 そして、リックが持つ全ての金属を棄てさせる。そして遠い羽ばたき、きらめく白いもの、彼らは来た。翼をもった群れがシルヴィアを取り囲む。見つめただけでものを燃え上がらせる、白く巨きいものたち。
 
 「ブレードランナー」や「トータル・リコール」など、よく映画化されるディックの初期の作品。改めて読むと、やっぱりこれも映像化したらいかにも映えそうな作品に仕上がってる。ディック作品に共通する「現実が揺らぎ崩れてゆく」感じは、この短編でも色濃く漂い、世界が侵食されてゆく不安定感がジワジワと迫ってくる。
ふるさと遠く ウォルター・S・テヴィス / Far from Home, by Walter S. Tevis, 1958 / 伊藤典夫訳
 夏のアリゾナ、砂漠の町。公共プールの管理人の老人は、潮の香りに気がついた。あたりにいるのは、茶色い紙袋を持って金網越しにプールを覗く子供がひとりだけ。表に出てプールに目をやった老人は、とんでもないものを見る…たしかに、クジラだ。

 5頁の掌編。カラリと晴れわたる、やたらと暑い夏の日には、頭がクラクラして幻を見そうな気分になる。老人が目を疑うのも当然だろう。
十三階 ウィリアム・テン / The Tenants, by William Tenn, 1954 / 福島正実訳
 マゴーワン・ビルの管理人の職に就いたシドニー・ブレイク。早速二日目に、入居希望者が現れた。黒の背広・黒のコート・黒の靴・黒のネクタイ・黒の帽子、そして真っ白なシャツの二人組み。トフウとボフウと名乗る二人は、妙な事を言い出した。「十三階が借りたいんだ」
 
 西洋じゃ13は不吉な数字だから、13階がないビルも多い。黒尽くめの二人というと、今はメン・イン・ブラックを連想しちゃうけど、この二人は言葉も怪しげで、むしろエイリアンっぽい。にも関わらず、全く動じない秘書のミス・カーステンバーグの肝の据わりっぷりなど、ドタバタ風味で話が進むが… ラジオ・ドラマ向きかも。
闇の旋律 チャールズ・ボーモント / The Dark Music, by Charles Beaumont, 1956 / 酒匂真理子訳
 リディア・メイプルは、サンド・ヒルのハイスクールで生物学を教えているが、ちょっとした問題があった。生物学を教える立場にありながら、いささか考え方が古風なのだ。野外授業の日、彼女は奇妙な調べを聞いた。ひと気のない森の奥から聞こえてくる、その音を追って森に入ってゆくと…
 
 半世紀以上たっている今でも、アメリカの一部じゃメイプル先生みたいな人は、相変わらず頑張っている…なんて社会問題はチト置いて。プレイボーイ誌に掲載されただけあって、上品ながらも、そーゆー雰囲気をイロイロと漂わせ、ちょいとアレンジすれば実用的な18禁の漫画になりそうな作品。最後の一行がヒドいw
順応性 キャロル・エムシュウィラー / Adapted, by Carol Emshwiller, 1961 / 小尾芙佐訳
 若いころ、わたしは変わっていました。そして、人と違っているのが嬉しかったの。長くてうすい鼻、どがった顎。大きくなるにつれ、それははっきりしてきて、何かが起こりそうな気がしたの。それがなんなのかはわからないけど。そして十九の年に、あなたのお父さまがあらわれたのです。
 
 SFともファンタジーともホラーとも解釈できる、不思議な作品。誰だって若い頃は多かれ少なかれどこかがトンガってて、そのトンガリに磨きをかける人もいるけど、大抵の人はカドを取り周囲に合わせる生き方を選んでゆく。それがオトナになる事かもしれないけど、あんまし嬉しい気分にはなれない。
 
 この作品が紹介された頃はオタクなんて言葉は世間に流布してなくて、SF者は自分のケッタイな趣味の位置づけに苦労してた。世間の目は「SFなんてガキの読み物」って感じで見下してたし。今、オタクや腐女子と呼ばれ己の趣味に複雑な想いを抱いているなら、是非読んで欲しい。最後の一行は、あなたの胸をキリキリと締め付けるだろう。
街角の女神 マーガレット・セント・クレア / The Goddess on the Corner, by Margaret St. Clair, 1953 / 伊藤典夫訳
 午後おそく、ポールは街角で彼女に声をかけられた。すこし酔っていたポールは、女と思い込んで彼女を部屋に連れ込んだ。そして彼女の腕を取ったとき、彼は知った。かすかにほほえんだ女神は答える。「わたしたちも年をとるのです。神々でさえ年をとるのです」
 
 年金暮らしで素寒貧なポールが、彼女のために尽くす様子は、男のしょうもない性がヒシヒシと伝わってくる。若者向けに解説しておくと、昔のアメリカじゃ、血を売れたんですよ。そこで血を売って酒を買う、しょうもない貧乏人もいた。そうやって仕入れる血液は品質が悪いんで、次第に禁じられるようになりましたとさ。
みにくい海 / The Ugly Sea, by R. A. Lafferty, 1961 / 伊藤典夫訳
 「海はみにくい」と苦虫ジョンはいう。「ユダヤ人の海の男はたった三人いただけだな。三人目は、モイシャ・ユーファーウォーナーだ」「何が彼をいまわしい海にひきよせたかということだな」「つまり、年端もいかない娘なのさ」「そのころモイシャは二十ちょっと前で…」
 
 ラファティおじさんお得意の法螺話。高利貸しの倅のモイシャ君、まっとうに商売をやってりゃいいものを、青魚亭の娘でピアノのへたくそな小娘ボニイを見かけちまったのが不幸のかじまり。ところが語るはラファティおじさんだから、話は不条理に曲がりくねってゆく。解説に曰く「ラファティにしては比較的おとなしい」。
名前の掟 アーシュラ・K・ル・グウィン / The Rule of Names, by Ursula K. Le Guin, 1964 / 酒匂真理子訳
 小さな島の丘のふもとに住むアンダーヒル氏は、島でたったひとりの魔法使い。残念ながら腕はイマイチで、島の人はあまり敬意は抱かないが、隣人として親しくつきあっている。とはいえさすがに魔法使い、彼が住む洞窟に忍び込む子供もいたが、扉を守る魔法だけはしっかりしていた。ある日、島によその舟がきて…
 
 境界的な作品の多いこのアンソロジーの中では、最もまっとうなファンタジー。小さな島で平和に暮らす人々と、あまりうだつのあがらない初老の魔法使いの、ほのぼのとした日常風景の中に、突然入ってきたヨソ者。これまた最後の一行が、ガツンとくる作品。
きょうも上天気 ジェローム・ビクスビィ / It's a Good Life, by Jerome Bixby, 1953 / 浅倉久志訳
 三つになるアントニー坊やが、芝生でネズミと遊んでいる。地下室で捕まえたのだ。そこにビル・ソームズが来た。モグモグとつぶやきながら。そう、アントニーに考えをよまれたら、たいへんな事になる。好かれていたって、ロクな結果にならない。まして嫌われたら…
 
 出だしはアメリカの片田舎の、穏やかな日常の風景。アントニー坊やがナニやら重要なカギを握ってるらしいのは分かるが、話が進むに従って…。
ゲイルズバーグの春を愛す ジャック・フィニィ / I Love Galesburg in the Spring Time, by Jack Finny, 1960 / 福島正実訳
 新聞記者に、E.V.マーシュは開口一番こう答える。「ゲイルズバーグには私の工場は立たない」。そして騙り出す、その不思議な夜のことを。決心つけかねる点があって、マーシュは散歩に出かけた。ゲイルズバーグは、散歩するには楽しいところだ。町並みは美しく気品があって…
 
 ジャック・フィニィがお得意のノスタルジー趣味を全開にしたファンタジー。今なお古きよき時代の煉瓦道が残り、気品ある屋敷が立ち並ぶゲイルズバーグ。だが土地開発の波はここにも押し寄せ…

 一般にSFはナマモノで、鮮度が落ちると味も落ちる。最近読んだコニー・ドクトロウの「リトル・ブラザー」とかは典型的な見本で、あのエッジの効きぐあいは今だから楽しめるもので、20年後に読んだらきっと「うんうん、当時はそうだったよね」的な懐かしさに変わってしまう。

 ところが、この短編集は、SFではあっても、いずれも全く古びていない。一部の小道具は若い人に通じないかもしれないけど、作品の根幹をなすアイデアは今でも充分に通用するし、作品によってはテレビや映画の原作として美味しそうなシロモノが詰まってる。つくづく、ファンタジイってのは、時代の変化に強いなあ。

 以下、余談。

 この作品集を読んだ目的は、キャロル・エムシュウィラーの「順応性」が目当てだった。この作品、初めてであったのはSFマガジン1990年10月号、創刊400号の特集。読んだ時は「ちょっと面白いな」ぐらいで、あんまし印象に残らなかったんだけど、数ヶ月たってからジワジワきた。

 ところが探そうにも雑誌は棄てちゃったし、著者名はすっかり忘れてしまい、覚えてるのは「順応性」ってタイトルだけ。あまりに普通の言葉なんで、検索しても、まず出てこないだろうと諦めていた。

改めて考えると、キーワード「SFマガジン 順応性」で検索すればいいのであった。阿呆か、私は。

 先日、何気なしに図書館をブラついてたら目に入ったのが同著者の「すべての終わりのはじまり」。なんか心惹かれるタイトルだなあ、と思ってパラパラめくり、解説を見るとそこに「順応性」の文字が。おお、この人だったのか!と感激して蔵書を検索すると、この本が出てきた。

 学生時代の憧れのマドンナに会うためン十年ぶりに同窓会に行く気分で読み始めると…動作はより優雅で言葉遣いはより知的、昔より遥かに魅力的になってて、改めて惚れ直した、そんな気分で、今これを書いてる。ロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」とかは、今でもよく話題になるけど、この作品は滅多に話題にならない。けど、SF者の魂を揺さぶるって点では、オールタイム・ベスト級の傑作だし、オタクって言葉が普及した今こそ、広く読まれて欲しい作品でもある。お話は半世紀以上たった今でも全く古びていない、どころか最後の一文はむしろ衝撃を増してすらいる。もっと話題になって欲しい隠れた傑作。

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