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2013年8月14日 (水)

杉山俊彦「競馬の終わり」徳間書店

「…絶望、私は絶望を感じた。金稼ぎのために産み育てられたサラブレッドが走らされている。命を削って走らされている。強靭な心肺昨日を内蔵する胴体と反比例する細い脚が芝生を蹴る。そして最後の直線。披露の限界だ。それは死に至る病だ。(略)状況そのものが絶望だ」

【どんな本?】

 第10回日本SF新人賞を受賞したSF長編小説。22世紀、ロシアに占領され植民地化された日本では、競走馬のサイボーグ化が賛否両論を巻き起こしつつも、推進派が優勢となり、近い将来の実施が決まり、競馬会は激烈な変化に晒される運命にあった。サイボーグ化に絡む政治的な思惑も含め、激動に備え大小の生産者・馬主・調教師・騎手たちは、それぞれの立場で競馬との関係を見つめなおし、それぞれの道を模索する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2009年10月31日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約247頁+あとがき3頁。9ポイント48字×17行×247頁=約201,552字、400字詰め原稿用紙で約504枚。標準的な長編小説の分量。

 一見ハードボイルド調でとっつきにくい印象を与える文章だが、実際に読み始めると、新人とは思えぬほど読みやすく、サクサク読める。SFではあるが、テーマに絡む重要なガジェットは「サラブレッドのサイボーグ化」ぐらいなので、メカっぽいのが苦手な人でも大丈夫だろう。

 それよりも、重要なのは競馬の知識。よく知っている人ほど楽しめると思う。いや私は競馬をほとんど知らないんだけど、それでも充分に楽しめた。また血統が重要な世界なので、遺伝学の基礎は知っていた方がいい。

【どんな話?】

 22世紀、ロシアの植民地となった日本。笹田は生産馬の小規模な牧場、駿風牧場を経営している。目立つ存在でもない笹田の牧場に、なんとロシアのエリートで北海道地区弁務官のアレクセイ・イリッチが訪ねてきた。笹田が期待している繁殖牝馬サッドソングが産んだ最初の仔の、馬主になりたいというのだ。

 世界的な異常気象で、ヨーロッパやアメリカは大打撃を受け、競走馬も壊滅した。唯一、天災を逃れた日本は、南下するロシアに占領されたが、優れた競走馬の血統は残った。そして今、日本の競馬はサイボーグ化が決定し、サッドソングの初仔は生身でダービーに出走する最後の世代となる

 そして最後の(生身の)ダービーに向け、物語は走り始めた。

【感想は?】

 短い、短いよ。もっと読ませろ。半分ほど読んだ時点で「ああ、もう半分しか残ってない」と寂しくなったじゃないいか。

 一応はSFのラベルが貼ってあるけど、中身はほとんど競馬の話。SF者としては肩透かしを食らってガックリ…とはならず、むしろ競馬小説そしてやたらと面白かった。

 私の知人にも、競馬が好きな人が何人かいる。楽しみ方は人それぞれで、競走馬そのものが好きな人もいれば、レースとして楽しむ人もいるし、一種のミステリとして予想する事自体を楽しむ人もいる。楽しみ方はそれぞれでも、長く続けている人には、共通した特徴がある。

 みんな、競馬に関して、確固とした哲学またはスタイルを持っている点だ。目先の配当に惑わされず、自分のスタイルを貫いている。

 所詮、競馬は博打だ。博打には魔力がある。迂闊に近づけば、惑わされ身包みはがされる。それでも、長く続けられる人がいる。彼らは、魔力に惑わされない。自分の哲学に絶対の自信を持ち、一度決めたスタイルを決して崩さない。過去の自分の戦績がどうあれ、自分のやり方に従って賭け、勝っても驕らず、負けても悔いない。いや内心は知らないが、表には決して出さない。

 この話が面白いのも、そこだ。出てくる人は、様々な立場で競馬に関わる。最初に出てくるのは、こじんまりとした規模の牧場を経営する、笹田。父に連れられ出かけた競馬場で、彼は競馬に惚れ、やがて自分の牧場を持つまでに至る。小さな新進の牧場だけに、大牧場とは異なった戦略で牧場を経営する。

 同じ牧場主でも、大規模な井声ファームを経営する井声信一郎との方針の違いが、競馬との関わり方のバラエティーを感じさせる。大きな牧場だけに、仕掛けも大きい。井声の計画は、サイボーグ化を企む政府との、決定的な溝を象徴すると共に、ヒトと家畜またはヒトとペットとの関わりそのものを暗示しているようだ。そう、我々は馬ばかりでなく豚や牛や犬も、自分の都合で改造してきたのだから。

 やはりサイボーグ化への反発を代表するのが、環境保護団体グリーンプラネットのコールマン。政治的には似た結論を持ちながらも、牧場主たちとコールマンには根本的な違いがある。ちなみに「説教の後の幻影」で画像検索した結果はこちら

 そして、馬主として競走馬に関わる者もいる。たった一頭の、そして恐らくは生涯に一度だけのつもりで馬主になるイリッチと、長年に渡り多くの馬を保有し、今後も保有し続けるであろう田沢。いずれも力を誇示する類の男だが、誇示の手段の違いがキャラの違いそのままだ。

 やはり鮮やかな対照をなしているのが、騎手。ベテランで体力的には下り坂の曾根崎と、新進の黒節。私は今までスポーツ選手のヒーローインタビューって、あまり細かく分析してなかったけど、熱心なファンは、ちゃんと細かい部分まで注意して聞いてるんだなあ。

 そして、曾根崎のレース運びの深謀深慮。単に勝てばいいってモンじゃない、競馬って世界の複雑さ。こういった事情を読むのも、競馬の面白さなんだろうなあ。

 などと様々な立場で競馬に関わる者たちが、それぞれの立場や姿勢の違いを、自らの言葉で語る所が、この作品の一番オイシイところ。人の生き方を描くという点では、SFというよりハードボイルドに近い。各登場人物は、外見の描写がほとんどないのに、台詞だけで充分にキャラが立っちゃってる。

 全般的に型破りな作品が多い日本SF新人賞だけど、この作品は娯楽小説として巧くまとまっている。何より、著者が競馬に抱く愛情が伝わってくるのがいい。「競馬って、こんなに面白いんだぜ」という滾る想いを、冷静なリードで乗りこなした作品。

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