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2013年8月23日 (金)

マリオ・バルガス=リョサ「世界終末戦争」新潮社 旦敬介訳

「アンチ・キリストは生まれた、
ブラジルを支配するために。
しかし、コンセリェイロがいらっしゃる、
わたしたちをやつらから解放するために」

【どんな本?】

 2010年にノーベル文学賞を受賞したペルーの作家マリオ・バルガス=リョサが、19世紀末のブラジル辺境バイア州セルタンゥで起きたカヌードスの反乱に題をとった壮大な物語。アントニオ・ヴィンセンチ・メンデス・マシエルことコンセリェイロ(教えを説く人)の教えに惹かれ集まった者たちと、彼らを軍事力で制圧せんとするバイア州/ブラジル共和国の壮絶な戦いを、ブラジル北部高地の乾燥した風土と独自に発達した荒っぽい文化を背景に描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は La Guerra del fin del mundo, by Mario Vargas Llosa, 1981。日本語版は1988年に新潮社から出たが絶版、2010年12月10日に同じ新潮社で復活した。単行本ハードカバー縦二段組で本文約680頁+訳者あとがき22頁。8.5ポイント24字×22行×2段×680頁=約718,080字、400字詰め原稿用紙で約1796枚。そこらの長編小説なら3~4冊分の大容量。

 翻訳物としては、文章は読みやすい部類。かなり込み入った舞台背景のわりに、内容も意外と明瞭でわかりやすい。この辺は訳者の解説がとても役に立った。ただ、登場人物の生死などのネタバレがあって、そこは予告して欲しかった。また、この分量に相応しく登場人物が多く、かつ史実を基にしているため、ジョアン・アバージとジョアン・グランジなど紛らわしい名前も結構ある。不慣れなポルトガル語も手伝い、ちょっと混乱する。できれば登場人物一覧をつけて欲しかった。

【どんな話?】

 帝政から共和制に生まれ変わり、近代化の道を歩み始めた19世紀末のブラジル。北部バイア州の内陸部セルタンゥは痩せて乾燥した土地で、貧しく時代に取り残された地域だ。日照りが続けば人々は飢え、カンガセイロ(盗賊)が跳梁跋扈する。

 そんな貧しい村や町を、素朴な説教をして歩く者がいた。コンセリェイロと呼ばれる痩せた男は、貧しい身なりで粗食に甘んじ、地面で眠る。彼の教えは人々の心を捉え、巡礼団は次第に大きくなってゆく。小さな町カヌードスに拠点を定め祈りと助け合いの生活を営む彼らは、やがて州政府に敵と目され…

【感想は?】

 大きく緻密で複雑な物語だ。いろんな読み方があると思う。私は現在のアフガニスタン情勢を連想した。

 分量こそ多く、ノーベル文学賞作家なんて看板は高尚で小難しい印象があるが、お話そのものは難しいシロモノじゃない。司馬遼太郎の「坂の上の雲」や「翔ぶが如く」のように、個性的な多くの人物が絡み合う、壮大で凄絶なドラマだ。

 中でも魅力的なのが、舞台となるセルタンゥ。

 ブラジルというとアマゾンの熱帯雨林とリオのカーニバルが有名だが、セルタンゥは北部バイア州の内陸部。解説によればブラジルは沿岸部から発達してきた国で、内陸部は時代に取り残された地域だ。乾燥したセルタンゥの土地は土地が痩せていて、人々は貧しく教育も行き届かない。リオ政府の威光より地主や教会が権威で、盗賊の出没も多い。当然、宗教はカトリック。

 そこに現れたコンセリェイロ。みすぼらしい格好で清貧を貫き、カトリックの我流解釈で素朴な教えを説き、辺境の町や村を歩いて回る。多くの人々が彼に感化され巡礼団は大きくなり、カヌードスに住み着く。

 物語はコンセリェイロが人を惹きつける魔力については何も述べず、聖人か狂人かもわからない。描くのは、彼に感化された者、彼を利用しようとする者、彼に敵対する者など周囲の者たちだ。

 筆の多くは、彼の取り巻きに割かれる。孤児で信心深いベアチーニョ、せむしの書記ナトゥーバのレオン、奇妙な能力で忌み嫌われる女アレジャンドリーニャ・コレアなど、貧しく厳しいセルタンゥの社会すらはみだしてしまう、弱い者たち。それだけではない。お尋ね者の逃亡奴隷ジョアン・グランジ、強盗のパジェウやジョアン・サタン改めジョアン・アバージなど、物騒な連中までコンセリェイロに心服し、カヌードスへやってくる。

 物語の随所で披露される、彼らセルタンゥのはみだし者たちの生い立ちが、それだけで一冊の小説を書けるぐらい強烈で凄まじい。サタンと恐れられるジョアン・アバージの凄絶な復讐の物語もいいし、くじけず目端の利く商人アントニオ&ヴィラノヴァ・ヴィラノヴァの起伏に富む半生も魅力的。物語は壮絶だが、その語り口は突き放した冷静な文章なのが、乾燥したセルタンゥの空気を感じさせる。ドライというかハードボイルドというか。

 って書いてて気がついたけど、水滸伝みたいな面白さもあるんだな、この物語。最も、水滸伝のように「腐敗した政府に戦いを挑む義兵集団」なんてわかりやすい構図じゃないけど、海千山千のならず者集団が、土地勘と狡猾な戦術で、兵力と装備に勝る正規軍を翻弄する話でもある。

 特に中盤から終盤にかけての戦闘場面はド迫力で、正規軍を相手にゲリラ戦を仕掛けるジョアン・アバージの狡猾さが冴え渡る。彼が用いる戦術は「作り話だろ」と思うかもしれないが、実は似たような事をベトコン&北ベトナム軍がアメリカ軍を相手に、アフガニスタンでマスードがソ連軍相手に、やはりアフガニスタンでタリバンがISAFを相手にやってる。あ、アメリカは、朝鮮でも人民解放軍にしてやられてたな。懲りんやっちゃ。

 戦争勃発の経緯も似たようなモンで、つまりは攻め込む側の思い込みと早とちりによる勘違いに始まり、メンツを潰された意地によるエスカレート。

 当事のブラジルの政治は大きく二つの派閥がある。中央集権を望む共和党、地方分権を志向する自治党。カヌードスは両者の勢力争いの駒にされ、州政府・共和国政府の敵に祭り上げられる。いずれも洗練された欧州文化に染まった者たちだが、彼らのモノサシとカヌードスは、全く座標軸が違っている。

 この辺の根本的な価値観の違いも、現代のアフガニスタンを連想するんだよなあ。お互いが前提としている価値観・世界観が違いすぎて、互いに理解し合えないのだ。で、圧倒的な力を持つ者が、「面倒くさいからヒネり潰しちゃえ」と先走り、ドツボに嵌ってゆく。

 根本にある複雑な背景はバッサリ切り捨て、一部を取り上げ単純化して実態と全く異なる形で騒ぐ、そういう報道は今でも政治関係じゃしょっちゅうで、我々は当事のブラジルと全く変わっていないんだなあ。むしろ通信網が発達してニュースが素早く行き渡るようになった分、余計に悪化してるのかも。

 この世界観の違いを見事に戯画化しているのが、スコットランド人の無政府主義者ガリレオ・ガル。変に革命精神に染まっちゃった欧州のインテリの彼が、我流カトリックを基盤とした原始共産制っぽいカヌードス社会を勝手に理想化し、「彼らなら俺の理想をわかってもらえる!」と思い込み突っ走る姿を、徹底的にチャカして描いてる。

 そんな彼の対偶となるのが、セルタンゥの価値観を体現したかのような男、案内人のルフィーノ。「案内人」って仕事も、交通や通信が未発達な当事のセルタンゥ社会を象徴している。定住している者だって、外の世界のニュースは欲しい。けどまったく知らないヨソ者は物騒だ。顔見知りで顔の広い旅人なら、ニュースを交換するには持ってこい。ってな生活様式に加え、彼とガリレオ・ガルを結びつける因縁、これがセルタンゥ的な世界観と、それ以外の世界の断絶を見事に象徴している。

 そんなセルタンゥ的世界に対し、近代的な国家認識や職業意識を掲げ立ちはだかるのが、第七連隊を率いるモレイラ・セザル大佐。帝政から共和制に移行する際、ブラジル各地で連戦を重ねたエリート部隊を率いる、実際的で合理的な軍人さん。強固な意志と鋭い頭脳、そして国家や民衆への誠実な忠誠心を持つ理想的な軍人として描かれる彼だが…

 そんな強烈な意思と意地に生きる男たちの中で、運命を受け入れていくしかない女たちもまた、セルタンゥの大事な一員。ルフィーノとガリレオ・ガルの因縁に巻き込まれるルフィーノの妻ジュレーマ、妙な能力を持ってしまったが故に疎まれるアレジャンドリーニャ・コレア、そして「十字架を担ぐ女」マリア・クアドラート。荒くれ男が闊歩するセルタンゥの中で、なんとかたどり着いた安息の地カヌードス。

 カヌードス vs 政府軍って目で見ると悲劇だが、セルタンゥという土地とそこに生まれた文化の物語として捉えると、この終幕は…まあ、そういうことです。

 などと「セルタンゥ」を中心に私は読んだけど、きっと他の人は違う物語を読み取ると思う。一つの新興宗教の興亡の物語でもあるし、殉教の物語でもあるし、田舎と都会の物語でもあり、中世と近代の物語でもあり、人と国家の物語でもあり、男と女の物語でもある。決して高尚で難しい話じゃない。波乱万丈で驚きが詰まった、濃密で複雑で壮大なドラマだ。

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