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2013年8月 2日 (金)

エイモス・チュツオーラ「やし酒飲み」晶文社 土屋哲訳

 わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。

【どんな本?】

 ナイジェリアのヨルバ族でキリスト教徒のエイモス・チュツオーラ(→Wikipedia)が、独特の文体の英語で綴った民話風の長編小説。金持ちの総領息子だが、やし酒を飲むしか能のないグウタラが主人公。主人公のため父が雇っていたやし酒造りの名人が亡くなり、主人公は死んだ名人を連れ戻すため冒険の旅に出る。

 朴訥な語り口で綴る、昔話風で波乱万丈の冒険物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Palm-Wine Drinkard, by Amos Tutuola, 1952。日本語版は1970年11月25日初版、私が読んだのは1990年12月10日の12刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約140頁+訳者による解説「チュツオーラとアフリカ神話の世界――『やし酒飲み』の宇宙論的背景をめぐって」なんと31頁。力はいってます。9ポイント43字×17行×140頁=約102,340字、400字詰め原稿用紙で約256枚。長めの中編の分量。

 意図的にたどたどしくした独特の文体だが、当事の翻訳物としては抜群の読みやすさであり、今でも全く古びていない。荒唐無稽・波乱万丈な作品の内容と巧くマッチして、雰囲気を巧く盛り上げている。

【どんな話?】

 わたしはやし酒を飲むしか能がなかった。だが父が雇ったやし酒造りの名人が死んでしまったので、わたしは名人を探しに旅に出た。野獣や精霊がたむろする危険な森林をいくつも越え、町にたどり着いたら住民にやし酒造りの消息を聞いて回った。7ヶ月たったころ、ある町で老人の所にいった。老人は実は神様で、やし酒造りの居所を教えるかわりに難題をふっかけてきた。

【感想は?】

 日本むかし話+ギリシャ神話+グリム童話+西遊記を濃縮した雰囲気の、妙に懐かしさすら感じさせる物語。児童文学と言っても通りそうなぐらい、物語はわかりやすくて起伏に富み、話は気持ちよくズンズン進んでゆく。

 まず、文体がいい。原文は「ピジン英語」とも「ヨルバ語と英語の混成」とも評される独特の文体らしい。つまりは流麗な英語ではなく、ガイジンっぽくたどたどしい文体だとか。日本語訳も「です・ます調」と「だ・である」を混ぜ、わざと「朴訥だが教育のない人」が書いた文章を演出している。

 この演出が、いかにも「囲炉裏端でお婆ちゃんが語る昔話」っぽい雰囲気をかもし出し、物語の面白さを引き立てている。

 その物語は、まさしくヨルバむかし話。やし酒を飲むしか能のないグウタラ総領息子が、酒飲みたさに死んだやし酒造りの名人を取り戻す旅に出る。「死んだ人を取り戻す」って所からしてマトモな小説じゃないのは明確で、つまりはメルヘンとかファンタジーとか、そういう世界だ。

 主人公のやし酒飲み、幸いな事に父から「ジュジュ」を授かっている。作品中でジュジュの意味は明確に説明されないけど、変身したり姿を隠したりできる、魔法のアイテムみたいなモノで、消耗品らしい。このジュジュを使ったり、智恵を働かせて、やし酒飲みは様々な危機を乗り越えてゆく。

 その危機ってのが、森の中で出会う化け物だったり、やし酒造りの手がかりと引き換えの冒険だったり。例えば、神である老人から言い付かるのが、「死神を網にくるんで連れてこい」。死神の連行ってあたりが、エキゾチックな匂いを漂わせているが、それを実現する手段は大笑い。まあ、基本ですね。

 かと思えば、次の冒険は「囚われの美女の奪回」で、これはアチコチの神話・民話によくあるパターン。町の長の美しい娘さん、続々と舞い込む縁談を断り続ける。ところが娘さん、市場で見かけた“完全な紳士”に見とれ、後をついていく。やがて紳士は底なしの森に入り込み…

 “完全な紳士”の正体は、なかなか不気味で斬新で、夏の夜の肝試し前の怪談にピッタリ。お話のパターンは「化け物に囚われた美女を奪回し、呪いから解放する話」なわけで、ギリシア神話の「ペルセウスとアンドロメダ」や日本神話の「スサノオノミコトとクシナダヒメ」など、神話じゃお馴染みの構図。

 日本の民話でも、蛇の婿さんの話があったり、こういう物語は世界全体で共通しているのか、どっかで生まれたのがアチコチに伝播したのか。ナイジェリアの地理を考えると、ギリシアから伝わって地元の風土に合わせアレンジされた可能性もあるけど、実は逆、つまりアフリカから入ってきた物語をギリシアが消化吸収変形した可能性もある。

 母国ナイジェリアではチュツオーラを酷評する人もいて、「伝承的民話の盗作」との評もあるとか。これは多分ある程度は当たってて、たぶんヨルバ族の民話を集め加工して長編小説に織り込んだんだろう。

 その結果、作品としてはどうなったかと言うと。次から次へと主人公の前に立ちふさがる難題や不気味な怪物を、智恵と勇気とジュジュで切り抜け、お宝を得て金持ちになったかと思えば全てを失い、再び化け物が跳梁跋扈する森へと向かって突き進み…ってな感じの、波乱万丈の冒険物語になった。

 一般に民話ってのは、あまし登場人物の心理描写に筆を割かず、難題や強敵をアクションと策略で乗り越える、ストーリー重視のお話が多い。この物語もそれは同じで、とにかく物語はポンポン進んでゆく。コニー・ウイリスあたりに書かせたら4分冊の大長編になりそうな内容を、たったの140頁で消化しちゃう、「物語の面白さ」をギュウッと濃縮した作品に仕上がってる。

 とまれ味付けはヨルバ風で、主人公のやし酒飲み、元がグウタラ息子だけあって、勇ましく戦う場面は少なく、狡知とジュジュで切り抜けるケースが多いのも異国風味で楽しい。語り手が面倒くさくなっちゃったのか、なんか適当にほっぽっちゃった雰囲気の挿話もあって、そこがまた野性味を感じさせる。

 まあむかし話ったって銃が出てきたり単位がヤード・ポンド法だったりで、結構いい加減なんだけど、現代の子供を読者に想定したと考えれば、その辺も納得できようもの。

 異郷の物語のはずなのに、妙に懐かしい物語の枠組みと、「ああ、やっぱり異郷だなあ」と感じさせる大道具小道具。野獣や毒虫がうじゃうじゃいる森の恐怖を象徴する奇妙な化け物たち。小難しい理屈は抜きで、勢い良く進んでゆく物語。「お話」が持つ面白さをギッシリ詰めて、数珠繋ぎにしたような濃い小説。化け物や神話や民話が好きな人なら、きっと楽しめるだろう。

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