榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 西海岸編 2」電撃文庫
「ぬふふ。黒か戦闘班も決まっとるのー。工具一式、餞別タイ」
【どんな本?】
2000年9月28日発売の SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」のノベライズとして始まったシリーズ。ゲームはプラットフォームの限界を超えた野心的なシステムがマニアの熱狂的な支持を受けロングセラーとなり星雲賞も受賞、2010年にはPSP用のアーカイブとして復活した。2001年12月15日発売の短編集「5121小隊の日常」から始まった榊涼介の小説シリーズも12年以上続き、この巻で通算38巻目。
1945年に突然現れた幻獣に人類は蹂躙され、ユーラシア大陸・アフリカ大陸を失い、今も激烈な戦闘が続く。1999年に幻獣は九州に上陸、日本政府は14歳~17歳の少年兵を捨て駒として招集して対応する。この時に召集された学兵のはぐれ者集団がシリーズの主人公となる5121小隊である。
三機の人型戦車・士魂号を主力とする5121小隊は予想を裏切り急激な成長を遂げ、壊滅的な九州戦線で殿軍として活躍、多くの学兵を救う。幻獣の本州上陸を退け九州に逆上陸、幻獣の王カーミラとの和平に漕ぎつける。青森・北海道と転戦し英雄となった5121小隊はアメリカ・ワシントン政府に招待され、レイクサイドでも多くの市民を救う。
米国にはもうひとつ、西海岸のシアトル政府があった。国交を望む日本政府や財界の意向もあり、シアトルに降り立った5121小隊はここでも歓迎される。戦場では古参兵の貫禄を見せる5121小隊だが、中身は悩み多き青少年。幾つかの騒動を巻き起こしながらも、市民には親しまれる存在となった。
若い四人組みの銀行強盗事件に巻き込まれた5121小隊は、シアトル政府の暗部を垣間見る。シアトル市場のリスク評価を望む日本財界の後押しを得て、外交使節としての特権を振りかざし、対幻獣戦の前線であるサンディエゴへ視察の名目で赴く。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年8月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約266頁に加え、特別短編 Take me out to the ball game 12頁を収録。 8ポイント42字×17行×(266頁+12頁)=約198,492字、400字詰め原稿用紙で約497枚。標準的な長編小説の分量。
文章そのものは読みやすい。シリーズ物なので、できれば「5121小隊の日常」から読むのがベストだが、さすがに30巻以上もあるので気後れする人もいるだろう。その場合は前の「ガンパレード・マーチ2K 西海岸編 1」か、その前の「5121小隊の日常Ⅲ」がお薦め。舞台がシアトルに変わり5121小隊以外の登場人物も大幅に交代したので、入り込みやすいだろう。なお、「刊行順に読みたい」という人は、「書評一覧:ガンパレード・マーチ」をどうぞ。刊行の逆順に並べてあります。
戦争物なので、多少は軍事の知識があると、より楽しめる。銃器については、かのよしのり「銃の科学」が、軍の組織は「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」が、初心者向けにお薦め。
長いシリーズなんだし、そろそろ新しいファン向けに、再録でいいから5121小隊の面々を紹介するイラストを口絵につけて欲しいなあ。
【どんな話?】
シアトルの平和な日常に浸っていた5121小隊だが、四人組みの銀行強盗騒ぎに巻き込まれ、今も戦争が続くアメリカ大陸の現実を思い知る。日本の政府と財界の圧力をテコに前線サンディエゴへの視察を強行する5121小隊は、丁重な接待を試みる補助兵総司令官のグラント中将をかわして銃弾が飛び交う最前線へと向かう。そこでは、優れた戦闘力を持つ古参兵で固めた銀狼師団が、補助兵を使い捨ての囮として使っていた。
【感想は?】
なんとイワッチが表紙に出てる。「小隊の日常」以来?やっぱりイっちゃってます。メイク取ればいい男なのに。
まずは巻末の特別短編 Take me out to the ball game から。タイトルは、メジャーリーグのファンに特別の意味を持つ歌「私を野球に連れてって」から取ったもので、予め Wikipedia で予習しておくと、感慨が違ってくる。メジャーリークでは7回のチェンジの際、観客が背伸びをしてこの曲を歌う習慣がある。歌は、女の子が男の子に「ねえ、野球に連れてってよ」とおねだりする内容。プロの歌手がスタジオで歌ったヴァージョンも沢山あるが、この短編だと球場の観衆が大合唱してる版(→Youtube)が雰囲気を掴めると思う。
内容は、ご想像のとおり戦争と野球とロマンスの、ちょっと切ないお話。こっちの世界じゃ、サンディエゴは海軍の町で、メキシコ国境に近いため観光拠点でもある。映画 Top Gun(→Wikipedia)の舞台にもなり、軍港を遊覧するフェリーもあったりする。メジャーリーグの球団パドレス(→Wikipedia)も擁しております…あまし強くないみたいだけど。
アメリカに旅行する機会があったら、野球でもバスケットでもホッケーでもいいので、何かプロ・スポーツを観戦するといいよ。チケットの手配は旅行代理店でもいいし、ホテルに頼んでもいい。あまりいい席じゃなくて、例えば野球なら外野席がお薦め。ゲームそのものより、観客のノリのよさが楽しいんだ。
さて、本編。前巻で仄めかされた補助兵制度と、それを食い物にする正規兵のエリート部隊・銀狼師団の軋轢が主なテーマとなる。
両者の間に強引に割ってはいる5121小隊、政治的にも難しい事態なためか、今まで原さんにいじめられ搾取されるだけの役だった善行が、この巻では堂々と主役としてスポットを浴びる。珍しい。半島から散々に苦労ばかりさせられた人が、やっと偉い人とのコネが出来て悠々自適…とはいかないのが悲しいところ。日本での派閥争いでセンスを磨いたのか、屁理屈を並べ割り込む割り込む。まさしく錦の御旗を掲げた善行の強引な割り込みぶりが、この巻の最大の読みどころ。
その善行に張り合うのが、補助兵総司令官のグラント中将。イギリスじゃ伯爵だったとかで、血筋を誇るだけのヘタレかと思いきや…。まあ、やっぱしキザったらしい貴族趣味はそのまんまなんだけど、終盤での大見得はなかなかのもの。ずっと、やってみたかったんだろうなあ。昔の欧州じゃ騎兵って貴族の役割だったし。いや庶民は軍馬なんか用意できないでしょ。オッサンのドヤ顔が目に浮かぶ。
お芝居といえば、怪人半ズボンも前巻に続き、得意の口先三寸で周囲を煙に巻く大活躍。善行さんも、よくこんな猛獣を飼う気になったなあ。今は猛獣使いが控えてるからいいけど。とはいえトイレ掃除はトラウマになってるようで、これは士官学校校長の指導の賜物でしょう。つか森さん、何作ってるんだw
ガジェットでは、「小隊の日常Ⅲ」収録の「遠坂圭吾の不思議な愛情」で登場したロボット、前巻でも少し出てきたけど、この巻ではやっと本領発揮。しかしあのネタをここにつなげますかw まあ斥候ってのは重要な仕事だし、例えば迫撃砲の照準あわせとかでも、高所を占領する必要がないのは戦術に大きな利点だし。
「小隊の日常Ⅲ」「西海岸編1」と日常描写が続いたけど、この巻からは、先の偵察ロボットの登場でわかるように、いよいよ硝煙の匂いが漂ってくる。
ゲームだと、実は最も速い攻撃は突き(FSの2ステップ)で、それに返し刃(SV)のコンボを決めると FSV の3ステップで2回攻撃できたりする。これにジャンプ前(またはジャンプ右・ジャンプ左)を組み合わせ、JFSV(または JRSV, JLSV) の4ステップにして、敵の攻撃タイミングと攻撃範囲を読みきれば、まずもって戦闘じゃ負けない。やっぱし突き最強。戦闘はヒット・アンド・アウェイです。
…ってなゲームを彷彿とさせる未央ちゃんの活躍が嬉しい。ジャンプ・突き・返し刃を駆使するこの戦術、単に強いだけじゃなく、接近戦となるため幻獣の射線をひきつけるんで、友軍の損害も減っていい事ばかりのようだけど、気力の消耗が激しいのが問題。予めイワッチと「いっしょに訓練」して気力を充実させておけば、未央ちゃんの気分が味わえます。
お約束どおりキナ臭さが増したこの巻。グラント閣下の活躍を期待しつつ次巻を待とう。
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