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2013年8月 1日 (木)

吉田一郎「消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国」社会評論社

 これは黒人を部族ごとに作ったホームランドに所属させ、それぞれのホームランドを南ア(フリカ)から独立させて「外国」にしてしまうというもの。こうすれば黒人は「外国人」になるから政治的権利を与えなくてもよく、南アで働く黒人は外国人の「出稼ぎ労働者」になるから、労働者としての権利を制限しても、社会福祉を保障しなくても構わないことになる。
  ――南アメリカのホームランド

【どんな本?】

 ソビエト連邦,南ベトナム,東ドイツなど比較的に有名で崩壊の過程が良く知られている国から、コソボ,キレナイカ,北イエメンなど話題にはなるがイマイチその過程や実情が良く分からない国・地域、アドゥ環礁,アンギラ共和国,自由ヤナムなど聞いたこともない国など、第二次世界大戦以降に消えた国や独立を目論んだが失敗した国・今なお独立を求め運動している国などを取り上げ、それぞれの国や地域の歴史・成立過程・独立勢力と反対勢力の利害関係や、現在の状況を読みやすいコラム形式にまとめた本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年11月30日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約686頁。9ポイント31字×29行×686頁=約616,714字、400字詰め原稿用紙で約1542枚。長編小説なら3冊分ぐらいの大ボリューム。

 かつて週刊誌の記者や編集長を勤めた経歴の人だけあって、文章はこなれていて親しみやすく、著者一流の「ぶっちゃけた」表現が随所にあって、わかりやすく読みやすい。読みこなすのにも、特に前提知識はいらない。ただ、多数の勢力が集合離散を繰り返していて、ややこしい情勢の国や地域も多いが、著者の親しみやすい文章が、読者に「なんとか理解しよう」という気持ちを起こさせる。

【構成は?】

  国旗/まえがき/世界地図
第一章 国際的に承認された国
第二章 わずかな国に認められた国
第三章 改めて独立したら併合された国
第四章 併合されたくて独立した国
第五章 植民地に戻った国
第六章 ソ連崩壊で生まれた国
第七章 ソマリア崩壊で生まれた国
第八章 国家連合
第九章 首長国・土侯国・藩王国
第十章 保護国・準独立国
第十一章 いわゆる傀儡国
第十二章 いわゆる独立勢力
第十三章 作り損ねた国々
  参考文献/あとがき

 それぞれの国や地域は1頁~10頁程度の独立した記事で扱っていて、気になった所だけを拾い読みできるのが嬉しい。長めの記事は1~2頁ごとに見出しをつけ文章を区切る配慮は見事で、読みやすさ・わかりやすさ・親しみやすさが大きく増している。

【感想は?】

 書名は「消滅した国々」だが、通して読むと「激動の20世紀の集大成」といった感がある。

 なにせ国家の消滅という政治の激動を扱った本だ。時には政治的・軍事的な衝突もある。これだけ多くの具体例が示されると、世の中の政治的・軍事的な衝突のパターンもうっすらと見えてくるから面白い。

 全般的に、第二次世界大戦後、欧州の撤退に伴って独立した国が多い。そこで起こりがちな政治的対立のありがちな構図が、東ティモール民主共和国に見て取れる。そう、最近インドネシアから独立した東ティモール。ここ、1975年8月にも独立した歴史があった。主な勢力は三つ。

  1. ティモール人民民主協会(APODETI):島の伝統的な支配層、リウライと呼ばれる首長たち、インドネシア併合を望む。
  2. ティモール民主同盟(UDT):ポルトガル統治を支えた人たち、独立志向。
  3. 東ティモール独立革命戦線(FRETILIN):農民基盤の社会主義政党、独立志向。

 つまり、植民地以前の権力者 vs 宗主国と関係が深い人 vs 庶民派 でバトルロイヤルになるわけ。で、情勢に応じて互いに組んだり分かれたり。現実にはこれに共産主義者や宗教原理主義者やソレを嫌うCIAが横からチョッカイを出したり、部族・宗教的な対立が彩りを添えたりして、更にややこしい事になってゆく。

 特に地下資源が豊富な国は悲惨で、鉱山や油田の権益を巡り血みどろの内戦に発展する。その典型がコンゴ民主共和国で、カタンガ国,北カタンガ国,南カサイ鉱山国,カビンダなどが鉱山や油田を基盤に独立しては消えてゆく。独立する側は「地元の資源を他地域に搾取される」って気分があり、併合する側は「ドル箱に逃げられちゃたまらん」って都合がある。それに民族対立や多数派・少数派の問題,強引な独裁者,無責任な宗主国,採鉱する外国企業が絡んで複雑化し、憎しみや恨みが錯綜して四分五裂の状態になったのが今のコンゴ民主共和国。

 こういうややこしい事情を、親しみやすい表現でわかりやすく説明してくれるのが、この著者の優れた所。その手腕が光っているのが、ソ連崩壊のくだりで、特に共産主義の説明が見事。たった2頁程度で、ややこしいマルクス主義の主張を要約し、理解…したつもりにさせてくれる。

 いや私はマルクスを読んでないから、この本の要約があってるかどうかわかんないんだけど。一般にマルクス主義の本って、堅苦しい言葉が並んでややこしそうな上に、なんか上から目線の説教臭い論調の本が多くて、なんか読む気になれないんだよね。それを週刊誌っぽい文体で…

「プロレタリア革命」が起きて労働者や農民が権力を握り、富を生む生産手段(資本家なら工場や企業、地主なら土地)を公有化して、社会全体の所有物にすれば、資本家や地主がピンハネしていた分がなくなり、労働者や農民は「能力に応じて働き、労働に応じて受け取れる」社会が実現する……、これが社会主義社会だ。

 などと説明してくれると、なんか分かったような気分になるから嬉しい。
 まあ、そんな「お勉強」的な楽しさもあるが、同時に三面記事的な面白さにも溢れてる。

 酷い王様の話がいくつか出てきて、例えばアドゥ環礁。モルディブの一部でイギリスの保護領。農業は壊滅状態、特産はカツオ節。スルタンが統治しインドにカツオ節を売り米を買って食ってた。そこに真珠湾攻撃のニュース、ビビったスルタンは売り上げをパクってインドに定住、米が入ってこない農民は飢える。酷え。この後も民衆の苦境は続き…

 やはり無茶苦茶なのがオマーン・イマーム国。イギリスの力を借りオマーンを統一したスルタン、首都マスカットから遠く離れた離宮に…

黒人奴隷500人とハーレムの女性150とともに引き篭もり、内務大臣に無線機で国政を指示するだけになった。さらに66年末に暗殺未遂が起きると、スルタンは公然の場に二度と姿を現れず、生きているのか死んでいるのかも「国家機密」にしてしまった。

 「謎の秘密組織」が暗躍するケースも幾つかあって、例えばソマリアのアウダル共和国。背後にいたのは「人間が国家から束縛されない理想の国作り」を目指すオランダ人、マイケルバン・ノテン。まあ彼はちょっとイっちゃった無政府主義者で、それなりに現実的な目論みもあったんだが、もう一つの黒幕「フリードニア公国」が大笑い。

 黒幕の圧巻は、終盤のミネルバ共和国,アバコ,アゾレス諸島で大暴れする、マイケル・オリバー率いるフェニックス財団も陰謀論者大喜びの人物。「あらゆる国家権力からの干渉を排した自由な企業活動のユートピアを建設する」という壮大な野望のもと、何回も小国を作ろうとしては失敗し、それでもくじけない執念は凄い。

 世界的に重大な影響を引き起こした国や地域もあれば、帝国主義の遺物もあり、また封建時代の社会構造と現代文明社会の衝突に揺れる国もある。大航海時代以降の技術・文明の進歩がもたらした歴史的な変転と、現代の国際社会の趨勢が、これらの国々の運命を通し垣間見えてくる。

 ナガランド連邦や朝鮮人民共和国など我が国と関係の深い国もあれば、カラート藩王国ではイマイチよくわからないバルチスタンの歴史的な経緯やパキスタンのゴタゴタの原因の一端が見えたり、幼女婚で有名なインドのヤナムの事情、シッキム王国から見えてくる中国・チベット・インドの関係など、もう一歩踏み込んだ国際情勢が知りい人には、宝の山みたいな本。

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