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2013年7月21日 (日)

リチャード・バック「僕たちの冒険」TBSブリタニカ 北代晋一訳

「故郷というのは場所じゃない。思い出やいとしさには、釘や屋根や植木はないだろう?もちろん釘や屋根に愛着をもったっていいけど、思い出すものがなければ、そこへ戻ったところで『何だろう、このがらくたの山は?』とつぶやくだけだ。故郷というのは僕らにとって大切なある種の状態、自分が本来の自分として安らげる状態をさすんだと思う」

【どんな本?】

 「かもめのジョナサン」で一躍脚光を浴び、カルト的な人気を得たアメリカの作家リチャード・バックの、ファンタジックで自伝的な長編小説。ニューエイジっぽい発想と独特の思索、そしてアクの強い哲学に基づいた多数の警句を散りばめながら、少年期の自分自身に語りかける形で、彼が人生から学んだ様々な事柄を綴ってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Running from Safety : An Adventure of the Spirit, by Richard Bach, 1994。日本語版は1997年6月5日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約387頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント46字×21行×387頁=約373,842字、400字詰め原稿用紙で約935枚…だが、やたら空白行が多いので、実際の文字数は7~8割程度。長編小説としてはやや長め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、特に前提知識は要らないし、難しい理屈も出てこない。敢えて言えば、今までの著者の作品を読んでいれば、より楽しめる。

【どんな話?】

 パラグライダーを楽しんでいたリチャード。着地の後、天の救いにも等しい声が聞こえた。「頂上まで送ろうか?」灰色の髪の小柄な男は、シェパードと名乗った。だが、次に彼が発した言葉で、リチャードはげんなりした気分になった。

 「本当に会ってるのかい?」「君の本に出てくるような人間にさ」

【感想は?】

 相変わらずのリチャード・バック。「イリュージョン」→「翼に乗ったソウルメイト」→「ONE」の、素直な延長上にある。

 彼の作品は、とてもアクが強い。惹かれる人は強く惹かれるが、そうでない人は全く受け付けない、どころか大きな反発を感じるかもしれない。「生きるって、どういう事なのか」みたいな、青臭いとも言えるテーマを、リチャード・バック独特の哲学で、ファンタジイというよりはメルヘンっぽい仕掛けを織り交ぜながら語る、そういうスタイルだ。

 根底にある彼の哲学は、出世作「かもめのジョナサン」の頃から、ほとんど変わっていない。最初に「なんか自分はこの世界じゃヨソ者・変わり者だよなあ、巧く適応できないなあ」みたいな違和感があって、次に「空を飛ぶのが大好きなんだ」が来て、最後に「好きなように生きてみようよ、何度か叩き潰されるけど、なんとかなるよ」みたいな結論になる。

 って、意味わかんないよねえ。私の下手な説明より、「イリュージョン」の冒頭「イントロダクション」を味見してみよう。あの十数頁の寓話に、彼の作品の真髄が凝縮されている。集英社文庫で出てます。アレでピンときたら読めばいいし、つまんなければ、又は腹がたったら無視するが吉。

 その「イリュージョン」以来、彼の芸風は次第に自伝的な色彩が強くなってゆく。それはこの作品でも健在で、やはり主人公は彼リチャード・バック自身。更に、この作品では少年時代の彼がディッキーの名で登場し、60歳近い執筆当事のリチャードと会話を繰り広げる。

 そこでリチャードが語る内容は、いつも通りのリチャード節。多少、神秘主義っぽい雰囲気を纏いながら、基本的にはアメリカならではの楽天的な思想が流れている。世界のルールを覚え、自分が何をしたいかを考え、自分を幸福にする選択をしよう、そんな感じだ。

 少年時代に限らず、空軍時代や青年時代のリチャードが登場するのも、ファンには嬉しいサービス。頁数は少ないながら、ダグラス社でテクニカル・ライターとして働いていた頃の話は興味深かった。C-124(→Wikipedia)のマニュアル編集の話は、いかにも「軍のテクニカル・ライティング」らしいエピソードだ。

 昔から彼の作品に一貫して流れるもう一つのテーマ、「空を飛ぶ」も健在。冒頭のパラグライダーに始まり、続いて登場するのは愛機デイジー、たぶんセスナ社の双発プロペラ機(→Wikipedia英語版)。リチャードがディッキーと一緒に飛ぶ場面は、「本当に飛ぶのが好きなんだなあ」と、その気持ちが伝わってくる。

 苦手な医者のパーティーに出かける話も、彼らしくて爆笑。薬嫌いのリチャード、奥さんのレスリーに誘われしぶしぶ出かけるものの、やはり敵地との気持ちは拭えない。とこころが、意外な所から救いの天使が現れ…

 やはりファンに嬉しいのが、彼の作品にまつわるエピソード。「イリュージョン」を書く前に、ジプシー飛行士として暮した経験は、やっぱり楽しかったらしい。それでも変に考え込んじゃうのが彼らしい。それ以前に、哲学を学ぶ空軍パイロットってのも、相当に変り種だが。

 中でも圧倒的なのが、ファンの起こした奇妙な二つの事件。つかダイエット本なんか出していたのか。まあいい。冗談なのか実話なのか、実話だとしたら彼自身の話か他の作家の話かは不明だが、こういうのを悩み続ける人なんだよなあ。

 少々青臭くて、いい歳こいて夢見がちで、楽天的。メルヘンっぽい仕掛けを使いつつ、人生を語る。疲れてイライラした時や、煮詰まってどうしようもない時に読むと、少しだけ気分が軽くなる、そんな作風が彼の持ち味。

 …などと考えながら、英語版の Wikipedia のRichard Bach の頁を見たら、1997年に奥さんのレスリーと離婚してた。何があった?

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