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2013年7月29日 (月)

SFマガジン2013年9月号

川上 野尻さんは働いたほうがいいんじゃないですか?働きながら、週末に書いたほうが、アウトプットはあがりますよ。
塩澤 早川書房に入社されますか?
野尻 ……いいかもしれないですね。
  ニコニコ生放送「ボカロから電王戦まで――SFが現実になるとき」採録

 280頁の標準サイズ。今月の特集は「サブジャンル別SFガイド50選」として、10テーマそれぞれに海外作品の代表5作をレビュー。テーマは宇宙SF・異星人/アンドロイド・仮想世界・時間テーマ・ディストピア・大作/シリーズ・感動/ハートウォーミング・SFファンタジイ・ユーモアSF・SFミステリ。加えて小田雅久仁・芝村裕吏・籘真千歳・長谷敏司・藤井大洋・三島浩司・ゆずはらとしゆきが、「マイ・スタンダードSFⅡ」として好きな海外SFをそれぞれ一作紹介する。今月出る月刊誌の中では、最も書評の多い雑誌じゃなかろか。

 芝村裕吏がマイク・レズニックの「キリンヤガ」を挙げてるのが嬉しい。ほんと、「空にふれた少女」は文句なしの大傑作。シリーズとしても、終盤でのドンデン返しが見事すぎる。未来の架空の世界の話なんだが、似たような構図は今も現実に起きてるんだよなあ。書評としては、三島浩司の「星を継ぐもの」評が外道技ながら大胆で笑った。

 小説はラヴィ・ティドハー「ナイト・トレイン」,菅浩江「化粧歴程」,草上仁「犬を連れた男」,中村弦「フェアリー・キャッチ」,夢枕獏「小角の城」の5作。

 ラヴィ・ティドハー「ナイト・トレイン」。未来、黄昏時のバンコク、フワランポーン駅。彼女は暗殺者を警戒しながら、<親爺>を待っている。<親爺>の殺害を請け負った彼女は、逆に<親爺>にスカウトされ、今は彼の警護をしている。今回の旅行は危険が予想されたのだが、<親爺>はメンツにかけてもやりとげるつもりだ…
 冒頭の「彼女の名前はモリーではなかったし、ミラーシェードであれ何であれ、眼鏡はしていなかった」で爆笑。発達したテクノロジーと猥雑なバンコクのコントラストが面白い。しかし、なんで巨大ナメクジが機関車になるんだかw しかも機関士が酷いw 過激な肉体改造も、タイが舞台だと、なんか納得しちゃうから不思議だ。

 菅浩江「化粧歴程」。医療と美容の融合を果たし巨大企業に成長したコスメディック・ビッキーは解体分割され、取締役の山田キクは退任する。シンボルとしてモデルを務めてきた山田リルは事故で負傷し、その治療も兼ねて宇宙空間対応の人工皮膚を身にまとい、衛星軌道へと旅立ってゆく。
 今までのシリーズの登場人物が次々と顔を見せて、堂々の大団円。合間にコスメディック・ビッキーの広告を挟みつつ、遥か昔からの連なりを垣間見せて終わる。加筆修正の上でJコレクションで秋に刊行予定とか。なぜかジョン・ヴァーリーの「残像」を読み返したくなった。従来の身体改造物から一歩、自らの肉体を改造する人の心に踏み込んだ作品。

 草上仁「犬を連れた男」。探偵にかかってきた電話、「人を探して欲しいの」。事務所に訪ねてきたのは、普通のオバサンだった。依頼内容は、人探し。彼女が飼っている小型犬チョコを、散歩させてくれる男だ。あまり人に慣れないチョコだが、彼にはなついており、彼が飼い犬タロウを散歩させるついでに、チョコも連れて行ってくれていたのだが…
 草上仁お得意のズッコケ・ハードボイルド。妙に生活感が漂う探偵は、ピーター・フォークを連想させる、疲れた感じの中年男だろうなあ。カミさんはいないっぽいけど。コミカルに書き込んだ愛犬家のコミュニティが楽しい。「○○ちゃんのパパ」になっちゃうのは、PTAと同じかな?

 中村弦「フェアリー・キャッチ」後編。避暑地の民宿の子で、小学三年生の昭太郎。夏休み、彼の家に宿泊した旅芸人は、夜の森に出かけては網で奇妙な生き物を捕まえていた。避暑に来た外国人の少女エミリーを連れ、旅芸人の網を持って森に出かけた昭太郎は、誤ってエミリーに網をかぶせてしまい…
 先月号の見事な引きに続く後編。エミリー奪回の冒険の旅に出かける前に、昭太郎が準備する場面がじんわりと来る。そうそう、子供って、変なモノに拘るし、創意工夫にも富んでるんだよなあ。危なっかしくはあるけど、少ない資産でやりくりするんで、そこらの木切れやパイプも重要なアイテムとして使いこなしちゃう。

 冒頭の引用は、野尻抱介×川上量生(株式会社ドワンゴ取締役)×塩澤快浩が出演したニコニコ生放送の番組の採録。川上・塩澤両氏が尻Pをいじめる場面に大笑い。川上氏の「そのときの忙しさによります」も妙にリアルw。まあ、そんなもんでしょう。でも忙しくない時って、あるのかしらん。

 カラーの Media Showcase/Movie は、ギレルモ・デル・トロ監督の「パシフィック・リム」を大プッシュ。巨大ロボット vs 大怪獣というお馬鹿映画。これは楽しみ。ギレルモ・デル・トロ監督曰く「怪獣たちのデザインの基本は、着ぐるみっぽいこと」ってのが、泣かせる泣かせる。最後の言葉も、かなりディープなオタク魂を溢れてる。

 やはり Media Showcase/Music、今回はボカロPの特集として、てにおは/八王子P。ここで「あれ?」と思ったのは、ボカロ云々より、いずれもコンセプト・アルバムっぽいな、って点。プログレは干物になっちゃったけど、一応は遺産を残したのかしらん。

 SENCE OF REAL、金子隆一の「でも、お高いんでしょ?」は社会的生物の話。最近ウイルソンの「社会生物学」を読んだばかりの身としては、なかなか気を惹かれる内容。で、なんとハダカデバネズミが登場する。そう、 貴志祐介が、あの傑作で使ったハダカデバネズミ。偶然とは思えない。ちゃんと調べた上でのチョイスなんだろうか。

 READER'S STORY、今月は真北泰光「花と鳥」。予算不足に泣く鳥類研究室。何でももらってくる教授、今回は惑星科学研究所から隕石をもらってきた。狭い研究室だけに、仕方なくオウムのケージに突っ込んでおいたのだが…
 アイデアもさることながら、語りのリズムがいい。特に、助手の突っ込みと、教授の間の抜けた答えの、会話のテンポが最高。

 大森望の「新SF観光局」。伊藤計劃を「古典を消化する義務のリセット」と位置づけたのが新鮮。まあ年寄りってのは説教が好きだから、ついつい若い頃に自分が好きだったモノをネタに滔滔と演説しちゃうんだけど、若い人からすれば、そりゃウンザリするよねえ。あとライトノベルで慣れてるから、SFっぽい仕掛けにアレルギーがないってのも、あるのかなあ。ハルヒとかネタ盛りだくさんだし。まあ、何にせよ、SFが好きな人が増えてるんなら喜ばしい。気が向いたら菅浩江の「そばかすのフィギュア」もお薦め。表題作だけでいいから、味見してほしい。アニメ化してくれないかなあ、GAINAXさん。

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