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2013年7月 4日 (木)

小野不由美「丕緒の鳥」新潮文庫

「意外に民もそうかもしれないわよ? あなたが哀れんでるおかみさんは、王がどうとかより、今日の料理は上手くいったとか、天気が良くて洗濯物がよく乾いたとか、そういうことを喜んで日々を過ごしているのかも」
  ――丕緒の鳥

【どんな本?】

 小野不由美が1992年(「魔性の子」を入れれば1991年)から書き継いできた、人気長編ファンタジー・シリーズ「十二国記(→Wikipedia)」の、12年ぶりの新作短編集。元は少女向けのレーベル講談社ホワイトハートで出版。根強い人気と充実した内容により講談社文庫でも刊行されたが、2001年の「華胥の幽夢」で中断、このたびめでたく再開となった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年7月1日発行。文庫本縦一段組みで本文約397頁+辻真先の解説9頁。9ポイント39字×17行×397頁=約263,211字、400字詰め原稿用紙で約658枚。長編小説なら標準的な長さ。

 ファンタジイ作品ではあるが、文章はむしろハードボイルドで、無駄な修飾語が少なく濃い。中国風の世界を舞台としているため、やたらと見慣れない漢字が多いが、ちゃんとルビがふってある。ジュニア向けのホワイトハートから新潮文庫に移ったためか、遠慮がなくなっている感がある。まあ、読者も齢を重ねてるから、ちょうといいのかも。

 長いシリーズの一編ではあるが、この短編集は番外編の感が強い。そのため、この作品を単独で読んでも充分に楽しめる。この世界の独特のルールも、それぞれ必要な分は作中で説明がある。シリーズ全体の物語の流れを掴まなくても、個々の短編は独立しているので、特に心配は要らない。その上で、シリーズを追いかけてきた読者には、「ああ、コレはアノ国の、この頃の話だな」と伝わる構成になっている。

【どんな話?】

 古代中国を思わせる世界にある十二の国には、それぞれ人型に変化できる麒麟がひとりづつ居る。麒麟は王を選び、また宰相として王を補佐する。国を 治める王や官僚・役人は仙となり不老長寿の恩恵に与る。王が道を誤る(失道)と、麒麟は病み国は妖魔が跳梁跋扈して荒れてゆく。王が倒れれば麒麟は再び王 を選ぶ。麒麟が倒れれば王も倒れ、新しい麒麟が生まれ王を選ぶまで国は荒れ続ける。王が道を誤らず長く治めれば国は富むが、短期で交代すれば荒廃が進む。 また、国境を越えた出兵は失道と見なされる。

 人は里木・野木から生まれるが、稀に流されて我々の世界に漂着する事がある。人を襲う妖魔も、なぜか里木・野木のそばでは襲わない。今、慶は新しい王が立ったが、偽王との噂もあり、国は荒れていた…

【収録作は?】

丕緒の鳥 / yom yom vol.6 2008年3月
 丕緒は、射儀に使う陶鵲を誂える羅氏で、下級役人だ。慶国は予王が崩御し,妹の舒栄が王を騙ったが、偽王だったらしく、新しい王が舒栄を下した。新王の登極にあたり、久しぶりに射儀が行われる。陶製の鵲を飛ばし、これを矢で射るのである。王の御前で行われる射儀だけに、相応しい工夫が求められる。だが、長く羅氏を務めた丕緒だが、心に思うところがあって…
 
 主人公は下級役人だが、民間企業でもいわゆる「現場」に近い人なら、丕緒の気持ちが痛いほど伝わってくるだろう。業績の悪化などで状況が厳しくなるほど上役のチェックは煩くなり、また現場を知らない役員が無茶な要求を出してくる。新しい企画を出して成功すると、次はもっと高い目標を達成せよとハードルが上がってゆく。言うだけなら楽だが、現場ってのは、そうそう無理が利くもんじゃない。
 しかも、これは恐らく著者が意図しなかった事だと思うのだが、最近の日本の「現場」は一時雇用の派遣さんが増え、ベテランの人が減っていく傾向にあり、熟練者のノウハウが失われつつあって、これまた本作の状況に似てたりする…ってn愚痴ってどうするw いや身につまされたもんで。
落照の獄 / yom yom 2009年10月
 北にある柳の国は、今までよく治まっていた。王は長く在位して法は整い、役人の腐敗にも厳しく対処していた。治安もよく、条文として死刑はあるが、王が厭うこともあり、ここ暫くは執行されていない。そこに現れた残酷な連続殺人犯・狩獺。小銭のために幼い子供を殺し、その小遣いを奪ったばかりでなく、他にも多くの人を無慈悲に殺めていた。重大な事件でもあり、地方の官では扱いきれず、瑛庚にお鉢が回ってきた。民は強く極刑を望むが、むやみな厳罰は弊害も多い。王の裁可を仰ごうにも、「司法にまかせる」の一声のみ。思い悩む瑛庚だが…
 
 死刑の是非を巡る、ディスカッション・ノベル。判断を任された瑛庚・如翕・率由の三人が、司法の立場としての死刑の是非を議論してゆく。この他に、瑛庚の妻の清鼻が民の意見を代表し、また大司寇の淵雅が国のタテマエを代表した意見を出す。板ばさみになった瑛庚・如翕・率由の三人も、一応は賛否に分かれているものの…って構造が見事。読者にも死刑の賛否両論があるだろうが、ここでは思い切り残酷で無反省の犯人を思い浮かべながら読むと迫力が増す。例えば付属池田小事件(→Wikipedia)の宅間守とか。
 それとは別に、長くシリーズに付き合った読者には、謎に包まれた柳の内情が少しだけわかるのも嬉しいプレゼント。法治国家として名高い柳だが、鋭い観察眼を持つ楽俊はタガの弛みを嗅ぎ取っており、賢いと思われた柳の王は果たして…
青条の蘭 / 書き下ろし
 王の不在により、荒れた国。都会では妖魔が人を襲い、村も人が絶え、子宝を願う人が絶え里木まで枯れる有様。雪が舞う中、荷物を抱え旅を急ぐ一人の男、標仲。彼が抱える物は、一本の丸太。枝が折れたあとにできた瘤の付け根に、青々とした葉がついている。
 ――立ち直るには、遅すぎたのかもしれない。
 ――この上の災禍は、全ての息の根を完全に止めるだろう。
 
 「丕緒の鳥」と同様に、下級役人の奮闘を描く物語。中で重要な役割を果たす山毛欅(ブナ)の生態が、今Wikipedia で調べたら「基本的に毎年不作」とか事実なのに驚いた。特に日本みたく起伏の激しい地形じゃ山林の役割は重要で、高度成長期には無茶な伐採による地すべりが多く報道された事もあった。また落ち葉は海へと流れ、漁業にも大きな影響を与えてたりする。
風信 / 書き下ろし
 蓮花の幸福な暮らしは、その日を堺に一変した。春の盛り、蓮花が十五歳の時。母や妹と屏風の張替えをしていた時に、事件が起きた。錯乱した予王は、全ての女に国外退去の命を下す。あまりの馬鹿馬鹿しさに民は楽観していたが、なんと兵が出動して女の虐殺を始めたのだ。命からがら逃れた蓮花は、奇妙な屋敷で奇妙な者たちと生活を始めるが…
 
 蓮花が暮らす嘉慶らの生態が、いわゆる理系のヒトなら悶絶したくなるような内容。市井人は「そんなモノ、何の役に立つの?」と聞くが、簡単に答えられるようなモンじゃ、ないんだよなあ。昔から数学者は変人と見られていたし、物理学者だって原爆が落ちるまでは「ケッタイな連中」扱い。工学は比較的に理解を得られやすいけど、最近は分野が細分化しちゃってる上に、「今、開発している技術」を説明するには、まず従来の技術を説明しなきゃいけないんだが、聞き手は長い演説を大人しく聞くほどヒマじゃない。覚えなきゃいけない事が山ほどあるんで、どうしても世間には疎くなる。フレッド・ワトソンの「望遠鏡400年物語」やデイヴィッド・E・ダンカンの「暦をつくった人々」あたりとあわせて読むと、感慨もひとしお。

 全般として、背景に「国家の危機」という大きな問題が背景にある。そこで各々の職分を果たすか、社会全体に目を向けるか。でもまあ、現実には結局「これしかできない」となったりする。

 十二国記シリーズ全体の中では、周辺的な役割の人々の物語が集まっている。評判は高いが長いシリーズだけに、手を出すのに躊躇する人もいるだろうが、そんな人が軽く味見するには最も適した本だろう。特にシリーズ初めの「月の影 影の海」は前半がかなり暗くて、慣れない人にはちょっと厳しかったりする。この作品集が気に入ったら、私は「図南の翼」を勧める。特に変態紳士なら必読…って、発売は今年の九月かあ。残念。

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