ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版」角川書店 越前敏弥訳
事実
シオン修道会は、1099年に設立されたヨーロッパの秘密結社であり、実在する組織である。1975年、パリのフランス国立図書館が“秘密文書(ドシエ・スクレ)”として知られる史料を発見し、シオン修道会の会員多数の名が明らかになった。そこには、サー・アイザック・ニュートン、ボッティチェルリ、ヴィクトル・ユゴー、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチらの名が含まれている。
【どんな本?】
2003年に発表されるや、世界で大ベストセラーとなり、映画も制作された話題作。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」や「最後の晩餐」などの名画,ルーブル美術館やウエストミンスター寺院などの高名な建築物に隠された手がかりを元に、事件に巻き込まれた宗教象徴学教授のロバート・ラングドンが、カトリックの組織の一つオプス・デイや秘密結社シオン修道会などと、西洋史に隠された秘密へと迫ってゆく。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原初は THE DA VINCI CODE, SPECIAL ILLUSTRATED EDITION, by Dan Brown 2004。日本語版は2005年8月31日初版発行。今は文庫本で上・中・下の三巻で出ている。ハードカバー縦一段組みで本文約597頁+訳者付記2頁+荒俣宏の解説6頁。9.5ポイント48字×20行×597頁=約573,120字、400字詰め原稿用紙で約1433枚だが、この「ヴィジュアル愛蔵版」はカラーの図版や写真を大量に収録しているので、実際の文字数は3/4ぐらいだろう。それでも普通の長編小説2冊分ぐらいの大分量。
分量こそ多いが、文章は自然で読みやすさは抜群。キリスト教、それもカトリックにまつわる薀蓄がアチコチに出てくるが、主人公のラングドン教授が懇切丁寧に教えてくれるので、心配後無用。また、絵画や建物にまつわる部分は、この愛蔵版だと写真を収録しているため、いちいち Google で検索する必要がない。とっても嬉しい。
【どんな話?】
ルーヴル美術館の老館長ジャック・ソニエールが、館内のグランド・ギャラリーで殺された。偶然パリに滞在していたハーヴァード大学教授で宗教象徴学専門のロバート・ラングドンは、その夜DCPJ(司法警察中央局)の警部ベズ・ファーシュに呼び出される。いびかりながら現場へと向かったラングドンが見たのは、あまりに奇妙なソニエールの死に様だった。
【感想は?】
そりゃ売れるわ、こりゃ。ベストセラーの教科書みたいな小説だ。
お話の基調は、謎解きとサスペンス。主人公のラングドン教授、夜中にたたき起こされた後は、ひたすらピンチの連続。ソニエールの死に様から始まった謎は、やがて新たな人物の登場と共に、思わせぶりな展開を経て、キリスト教の成立と発展に関わる問題へと発展していき、やがてカトリックの総本山バチカンにまで及んでゆく。
ダイイング・メッセージに隠された暗号は、次の鍵へとラングドンを導き、それがまた新たな謎へと…ってな流れは、ご都合主義とも取られかねないが、そこもちゃんと理屈をつけてあるのでご安心を。謎解きそのものは玉石混合だけど、大事なのは語り口。謎解きに至るまでの焦らせ方が、この人は実にうまい。「ゴクリ」といた所で邪魔が入ったり、思わぬ人が思わぬ秘密を握ってたり、読者をトコトン振り回す。
しかも、愛蔵版だと、収録した多数のカラーの写真や名画が、「思わせぶり」をトコトン盛り上げてくれる。文庫本は読んでないけど、愛蔵版は確実に面白さを5割以上増してると思う。やっぱり、フルカラーの写真や名画の迫力は大きい。
途中、ラングドンは専門の宗教象徴学に関してイロイロな薀蓄をたれるんだが、これもカラーの写真や絵画が迫力を増している。初版がどんな形で出たのか判らないが、むしろこの愛蔵版こそ本来の形じゃないかと思えるぐらい、お話の盛り上げに貢献している。
写真の貢献の思わぬ効果がもう一つあって、それはこの本がパリやロンドンの優れた観光ガイドになっている点。冒頭のルーブル美術館はもちろん、ラングドンが宿泊していたホテル・リッツ、ちょいと見かける凱旋門やエッフェル塔に加え、シャルトル大聖堂やサン・シュルビス教会などの歴史ある宗教建築物の写真が続々と出てきて、思わず聖地巡礼に行きたくなる。というか、既に沢山の読者が訪れてるんだろうなあ。
にしてもルーヴル美術館、実にデカい。作中によれば「エッフェル塔三本分以上」、Wikipedia によると「常設展示室の総面積は60,600平方メートル以上」。なんというか、フランスの意地みたいなものを感じる。
謎解きへの吸引力も、イラストや写真が大きな効果を上げている。宗教象徴学って、「○○のココに△みたいな形があるでしょ、実はコレ□□の象徴で、同じシンボルを扱ったモノとしては云々」みたいな話がアチコチに出てくるのだが、そのネタごとに、この本だとイチイチ写真や絵画を載せているので、説得力が大きく増してくる。つまりはMMR(→Wikipedia)の「なんだってー!」なんだけど、やっぱりビジュアルの効果は大きいなあ。
謎の「証拠」は傍証っぽいのが多くて、さすがに「そのものズバリ」なのは出てこない。が、それが弱点ってわけじゃなく、むしろその怪しさこそが、この本の面白さな感がある。キリスト教に疎い私も一つ「あれ?」と思った所があるが、ソコはむしろ「なるほど、アレをこう使うか」と、著者のベストセラー作家たる所以を垣間見た気分になった。
肝心の謎そのものは、かなりスキャンダラス。ベストセラーとなった理由の一つは、この大胆な創作による話題性だろうなあ。敬虔なカトリックは、あまり良い気分がしないと思う。
ただ、人物はちょっと弱いというか、主人公のラングドン教授の影が薄く、助演のシラスや脇役のリー・ティービングに食われちゃってる感がある。私が気に入ったのはティービング。傲岸不遜なイギリス貴族で、タチの悪い冗談が大好き。この人のジョークが、実にまた嫌味ったらしいイギリス貴族らしくて楽しい。やっぱりね、イギリス人は皮肉もヒネリが効いてないと。
税抜き\4,500と少々お値段は張るけど、「文庫本で読んで面白かった、でもキリスト教には疎くて…」ってな人は、買わずとも是非図書館で借りて読んでみて欲しい。理屈は分からなくても、絵や写真を見ればなんか分かった気になるし、何より迫力と説得力が大きく増す。また、近くパリやロンドンに観光旅行に行く予定があるなら、読むと行きたいところが増えるだろう。モノ書き志望なら、書き方をじっくり研究する価値あり。
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